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キリング・ドールに、決別を  作者: 夜斗
第1章 心のままに
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《弟》

 駅を出てしばらくすると、正面の方向に喪服姿の人がちらほらと歩いているのが見えた。やがてその前方に夏切美智留の家も見えてくる。古式ゆかしく、広大な庭園を備えた二階建ての日本家屋。門扉をくぐったその先、鯨幕に囲まれた空間にはピンと張りつめた息苦しい雰囲気に包まれていた。線香の匂い、すすり泣き、嗚咽……黙って聞き続けていると自分の気まで滅入ってしまいそうだ。


「……?」


 そんな中で、修一は夏切美智留の両親と思しき二人の傍に立つ少年の姿に気付いた。背丈からして小学生、低学年といったところだろうか。泣くでもなく憂うでもなく、どこか無関心で虚ろな――姉の死がショックで呆けてしまっているとも見れるような表情で夏切美智留の遺影を固く抱きしめていた。


「弟の幸太君も可哀想に……お姉ちゃんとすごく仲が良かったじゃない」

「あの子、一晩中泣いてたって話よ。まだ小さいのにこんな……」

「弟……か」


 弔問客に対し両親が頭を下げる度、それに倣って幸太も小さな頭を丁寧に下げている。一晩中泣き続けていたという瞳は真っ赤に充血していて、彼にとって姉の存在が如何に大きかったかが窺い知れる。

 また誰かがやってきて頭を下げる。

 そして幸太もまた頭を下げる。

 小学生にしては出来過ぎた礼儀で、修一は少し違和感を覚えたが……


「こんなところで、何してるの」

「いや、俺は……って、お前は」


 不意に話しかけられ振り返るとそこに――夏切美智留を殺した犯人である(、、、、、)暁琥珀がムスッとした表情を浮かべて立っていた。


「……お前が葬式に来るってのはどうなんだよ」

「何言ってるの。関係者だからこそ来たんじゃない」


 修一だけに聞こえるような声でそう言うと、彼女は一つに結わえた白髪を揺らしながら奥へと進み、数分と経たないうちに修一の元へ戻ってくる。凪原女子高等学校という、所謂お嬢様学校の黒いカラーリングの制服は喪服の集団の中にあっても取りたてて目立つということは無い。白髪なのを例外とすれば、こうして会場の端で修一と並んでいても特に問題はなさそうだった。


「事件が解決したから葬式にってか。結構真面目なんだな」

「……解決なんてしてないわ」

「は? だって人形は」

「そんなことより、アンタこそここで何してるの。友達でも何でもないような人間の葬式に出るなんて、ちょっと非常識なんじゃないの」

「目の前で死んだ人間だぞ。俺だって無関係ってわけじゃないだろうが」


 反論する修一だったが、彼女はそれを聞くと猛禽類のような鋭い瞳で睨み返してきた。


「アンタ、死者を弔いに来たって顔してない。さっきからキョロキョロと周りを見回して、何か探してるような顔してる」


 ……図星だ。

 しかし、それを簡単に認めては立つ瀬がなく、修一は動揺をなるべく顔に出さないよう努めて返答した。


「失礼な奴だな……何かを探してるって、いったい俺が何を探してるって言うんだよ?」

「……」


 しかしそれには答えず、彼女は庭園の砂利をざくざくと踏み鳴らしながら歩き出す。それを追いながら修一は彼女にここへ来た経緯、そして解決していないという事件のことを訊ねてみることにした。


「ってかさ、解決してないってどういうことだ? 呪いの人形はもう回収したんだろ? それを壊して終わりなんじゃないのか?」

「……アンタに話してもしょうがないと思うけど」

「もうとっくに片足突っ込んでるのに無関係ってのはズルいだろ(、、、、、)。俺にだってちょっとぐらい知る権利はあるはずだ」

「アンタね……」


 庭園を歩き続け、彼女が足を止めたのは池に掛かった橋の上。相当に広い敷地の屋敷に東屋まで設えられてるのを見れば、夏切美智留の家が相応に裕福なのが分かる。そんな庭園を勝手に歩いているのは少々気が引けないこともない。

 ふと、琥珀の肩が小さく揺れる。どうやら小さく溜息を吐いたらしい。


「あの人形はね、ニセモノだったのよ。良く出来た……模造品(レプリカ)だったの」

「はぁ? ニセモノ? 呪いの人形に本物も偽物もないだろ?」


 呪いの人形のニセモノって、それじゃただの人形じゃねーか。

 そんな本音を思い切りぶちまけそうになったが、琥珀は首を左右に振って苛立たしげに白髪を揺らす。


「私だって、兄さんからそう聞いただけで詳しい事はまだ知らないの。分かってるのは“暴食”の人形の本体が今も何処かに在るってこと、そしてまた誰かが喰われて、また誰かを喰うかもしれないってこと……それだけ」

「じゃあ、探せばいいじゃねえか」


 琥珀が振り返らないため、自然と修一は彼女の背中に声を掛ける形となる。

 見つからなければ、探せばいい。

 そんな至極単純な修一の思考に心底呆れたのか、琥珀の大きな溜息が聞こえてきた。


「そんな簡単に見つかるなら、私たちだって苦労しないわよ。前の時だって……ん、んんッ」


 わざとらしい咳払いで無理やり話を中断させようとしているのが丸分かり。そこまで隠し立てされると気になってしまうのが人間の性、押すなと言われて押してしまう一種のお約束。好奇心を本能とする修一にはかえって逆効果だった。


「んなひた隠しにすることかよ。だったら俺も人形探しを手伝ってやろうか?」


 この事件に関して一枚噛みたいという気持ちがついぞ露わになってしまったが、彼女も薄々感じていたのかもしれない。完全に呆れかえったような深い溜息が漏れ聞こえ、小さく肩をすくめた。


「アンタ……どこまで馬鹿なの。何でそんなに首を突っ込みたがるのよ。巻き込まれて死んでも私は知らないし、仮にアンタが人形に乗っ取られたとして、一切の容赦なく殺すわよ」

「でも困ってるのは事実なんだろ? 俺に出来る範囲のことなら、何でもしてやるぜ」


 何でもしてやる、の一言が効いたのか琥珀がゆっくりと振り返る。柳眉にはらりと前髪が揺れ、黒の双眸がまっすぐにこちらを見据える。睨まれている、に近いがそこまで敵意や蔑視の雰囲気は感じられない。うっかり手を伸ばせば向こうから刺されてしまいそうな近寄りがたい美貌。本当に高校生なのかと疑ってしまいそうな端正な顔がグッと近づいてくれば、思わずのけ反ってしまうのも無理はなかった。


「お、ぉお?」

「……今アンタ、何でもしてやる(、、、、、、、)って言ったわよね?」

「え……あ、あぁ。俺に出来る範囲のことなら、な」


 協力自体を惜しまないのは事実だが、流石に修一に出来ないことをやれと言われたらどうしようもないので念のために一言添える。それを受け取った琥珀は数秒ほど顎に指を当てながら思案するようなポーズを取り、やがて小さく頷いた。


「じゃあ一つ、今すぐにでも頼みたいことがあるわ」

「お? 何だなんだ?」


 彼女の頼みたいこととなると……やはり情報収集だろうか。

 被害者である夏切美智留に関する情報なら興涼高校の生徒に片っ端から当たれば何か得られるかもしれない。事件前日の行動、何か不審な様子はなかったか。人間関係? 何か別の事件に巻き込まれてしまったのか? いずれにせよ、手掛かりぐらいならどうにか入手できると思う。荒事に関しては……相手が呪いの人形とかじゃなければ多少は出来そうな自信はある。

 あれやこれやと予測を浮かべていた修一だったが、彼女の次の言葉は修一が予測していたどの事態にも当てはまらないものだった。


「アンタ、今から夏切美智留の彼氏になりなさい」

「…………………………は?」


 琥珀の表情は、途轍(とてつ)もなく大真面目だった。

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