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吸血鬼ちゅるる  作者: 野良にゃお
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第七幕)判然と言えば判然

第七幕)判然と言えば判然



 死を覚悟して生を得るに至った夜が明け、朝を迎え更には、昼と呼ばれる辺りを大きく過ぎてそろそろ、太陽が沈もうとしている頃。清水坂が住む家の、清水坂の部屋にある、また一つ想い出の増えたベッドの上。


「ん、んっ・・・・」

 全裸のままで心地よく眠っていたカットベルは、今まで感じた事のない気だるさを全身に感じながら、随分前まで遡らなくてはならない程に遠い昔ならそうであった無防備さで、ふんわり。と、目を覚ました。


「ん・・・・」

 顔を沈めていた枕から微かに清水坂の匂いがして、反射的に笑顔が零れる。そしてふと、清水坂が与えてくれた昨夜の余韻を身体のそこかしこに感じる。


「コータロぉー・・・・」

 脳裏に浮かぶその一つ一つは、カットベルにとって初めての経験で、恥ずかしさと嬉しさが複雑に、そして幾重にも駆けまわり、その結果あまりにも心地良い幸福感に包まれて思考回路が遮断された時間を、あらためて思い出す。


「・・・・っ、コータロー?」


 そして気づく。

 居る筈の清水坂が居ないという事に。


「コータロー!」

 がばっ。と、身体を起し、

 部屋中を見廻し、見渡す。


「コータ・・・・」


 が、見つけられず。


「ロぉー・・・・」

 途端に心が悲しみで埋め尽くされ、脳が不安に支配され、ベッドから跳び出してドアを開け、廊下へと踏み出して匂いを探す。


「何処に行ったですかぁ・・・・あうっ、コータロー?」

 泣きそうな表情で階段を駆け降りるその途中、物音が耳に届いた。


「はぐっ、コータローですか?」

 階段を下りきった一階の廊下を左にブンッと顔を向け、その音がする場所へと一目散に向かい、ドアを開けて中へ入る。


「コぉー」

 そこは、浴室に繋がる一室で、洗面スペースの横に洗濯機や脱衣カゴや衣類やタオル等が置いてあり、そのカゴに誰かが脱いだ衣類が収まっていた。


「タ、ロー」

 それを視界に捕らえた瞬間、カゴに収まっている方の衣類の一つを躊躇なくがばっと掴み、顔に近づけて匂いを確認する。


「の、ですね」

 確認を終えると、奥にある曇りガラスのドアに視線を移す。音がするのはそのドアのそのまた奥で、ここに清水坂の衣類がある。


「と、いう事は・・・・」

 感じた安堵を確信に導こうと、躊躇なくドアを開けた。


「コータロぉー!」

 すぐに目が合った。驚いた表情の清水坂と。


「・・・・ノックとかしようよ」

 カットベルらしき気配は先程から感じていた清水坂ではあったのだけれど、まさかいきなり突入してくるとまでは思っていなかったので、もしかしたらと思ってそう訊いてみた。ノックは日本語ではないと判っていながらも。


「はい。えっ、と。乗っかって、少々? なのですよコータロー」

 清水坂を見つけた事で安心感に満たされきっていたカットベルは、ぽぉーっとなりながら聞いていたので聞きとれていなかった。しかし、清水坂の言う事なら間違いはないとも思っているので、その意味は判らなかったのだけれどそう言って肯定した。


「いや、その、忘れてください」

 天然かなと思った清水坂は、吸血族は基本的に無礼講なのだろうと思い込む事にした。


「忘れるですか? 判りました!」

 カットベルは笑顔でそう言った。


「え、あ、いや・・・・」

 清水坂が笑顔に戸惑う。


「あ、あう、う・・・・」

 すると、眼前の清水坂を見ているうちに昨夜の事を思い出してしまったカットベルが、恥ずかしさが込み上げてきたのだろう、俯いて目を逸らした。


「ん? どうしたの?」

 急に俯いてモジモジするカットベルを不思議に思った清水坂は、何気なく近寄っていった。


「い、いいいえそそその」

 触れるまで残り僅かという程に清水坂が寄ってきたので、カットベルは恥ずかしさが増して焦りを感じた。しかし、俯いているその視界に丁度とでも言うべきか清水坂の下腹部が入ってしまい、それによって現実的にはっきりと昨夜の事を思い浮かべるに至ってしまい、多大な恥ずかしさと微かな疼きに見舞われて顔を上げた。


「おあう!」

 すると今度は、その視界全面に清水坂の顔が入ってしまい、その清水坂と目が合った。


「う、はう、コ、コ・・・・」近いですよコータロー・・・・あっ、ギュッてしてくれるですか? 昨夜みたいに、昨夜みたいにギュッて。


 大好きという想いが感情を独占する。


「お風呂、入りに来たの?」

 しかし、清水坂にそのような気はないようだった。


「はう・・・・う、え?」

「寒いもんね。朝は特に」


 その気がない故に、そう言って微笑んだ。清水坂は、カットベルが裸で入ってきた事をそう結論したようだ。


「っ、とぉ・・・・はい。そうなのですよ・・・・」

 清水坂に至近距離で見つめられ、微笑まれたカットベルは、それでまたポーツとなってしまい、深く考える事なく肯定の意を示した。


「それなら、オレは上で待ってるから、ゆっくり温まってね」

 カットベルが肯定したのでやっぱりそうだったのかと思った清水坂は、寒いから早く温まった方が良いと気遣って浴室を後にした。


「え、えっ? コ、コ」

 話しかけそびれたカットベルは、昨夜の事を思い浮かべてしまったのでもう充分に身体が火照ってしまって寒くありません・・・・と、思いつつも。清水坂がそう言うのならそのとおりにしようと、浴槽に足を跨ぎ入れた。


 ぱたん。


 その一方で浴室から出た清水坂は、畳んで置いてあるタオルを棚から一枚抜き出すと、身体を拭いて服を着た。


「ふいー。ん?」

 そして気づく。カットベルが着る衣類が見当たらない事に。しかし、それはそうだとすぐに思い直した。昨夜の戦闘によってボロボロになった衣類はもう衣類としては役に立たないし、その後の都合上により全裸にしてしまったし、そのまま寄り添って眠ったのだから。


「と、いう事は」裸のまま浴室まで来たの? やっぱカットベルって、触られるのは恥ずかしいけど見られるのは平気ですって感じなのかなぁ・・・・俺はどっちも平気な方かな。逆に浜本は未だにどっちも・・・・って、こらこら。


「あのさ、カットベル?」

 気持ちを切り替えた清水坂は、曇りガラスのドアまで寄ってカットベルに呼びかけた。


「あう? は、はははい!」

 呼びかけられたカットベルは、ザバッと立ち上がりながら返事をした。実は先程からずっと、曇りガラスのドア越しに清水坂を眺めていた。タオルで身体を拭いているのであろう清水坂を。服を着ているのであろう清水坂を。そして、そのドアに戻ってきた清水坂を。


「着替え、とりあえずオレのでイイかな」何を着るのが温かいかなぁ・・・・。


 と、考えながら。

 清水坂は訊いた。


「えっ、あ、お洋服ですかぁ・・・・」

 もしかして一緒にお風呂に入ってくれるのかもと期待していたカットベルは、そうではないと判って残念に思った。服を着ているのであろう清水坂を眺めていたのに、である。


 が、しかし。


「あっ! あああの、あのコココ、コータローのでしたら何でも着るですよ!」


 瞬時に思い出す。


 清水坂の服を着るという事はつまり、自分は清水坂の伴侶であるという証だという事を。そこは未だ、勘違いしたままであった。


「すぐに着るですよ!」コータローから言ってくれたという事は、アタシを、その、つまり、伴侶だと、そう思ってくださっているですね! ですね!


「え、あ、ちゃんと温まってからじゃないと風邪ひいちゃうよ? 持ってきたら置いておくから」


「はい! ちゃんと温まってからすぐ着るですよ!」コータローの・・・・そうなのですアタシはコータローの・・・・えへへ。


 清水坂が出ていくのを曇りガラスのドア越しに見送ったカットベルは、満面の笑顔になりながら再び、身体を浴槽に沈めようとした。


 あっ・・・・。


 その時、曇っていなかった鏡に自身の笑顔を見た。それは、久しく見る事のなかったとても柔らかな表情だった。


 ・・・・。


 それを見て、あらためて思う。清水坂の事で一喜一憂している自身を。


 アタシは・・・・。


 思えば、清水坂と出逢った時からずっとそうであった。それ以前の自分とはまるで別人のように見える程に、きっと幼い頃まで遡らなければ見られないであろう程に無防備な、そんな状況の自身の姿を見てカットベルは、不意に母の言葉を思い出す。



『ねぇ、カットベル。アナタもいつか、恋をする時がくるでしょう。もしかするとアナタはその時、戸惑うかもしれません。恋をするとその誰かに頼ってしまって、精神が弱くなるからです。でもね、カットベル。アナタならきっと、その大切な誰かを守ろうとも思う筈です。精神が強くなる程に、ね。ですから、安心して弱くなりなさい。弱くなれば弱くなる程に強くなりますよ。さてさて、アナタがどのような殿方を連れてくるのか、私は今から楽しみで仕方がありません。うふふ♪』



「アタシ、見つけましたですよ」母様・・・・アタシは今、そうみたいです。ううん。そうなのです。


 幸せそうにそう呟いた。いいや、話しかけたカットベルは、ざばん。と、湯船を跳ね上げるとそのまま浴室を出た。


 ぱたん。


 すると丁度その時、カットベルの着替えを持った清水坂が入ってきた。


「え、あ、ゴメン」

 まさか裸のまま浴室から出て待っているとは思っていなかった清水坂は、それではすぐに身体が冷えてしまうだろうと慌てて謝った。そうではないのだけれどでも、清水坂にはそう見えた。


「コータロぉー!」

 清水坂のもとへ行こうと思って出たら来てくれたので、カットベルは嬉しくて清水坂に抱きついた。


「えっ?」

 そんなカットベルをなんとか受け止めた清水坂ではあったが、突然だったので支えきる事までは出来ず、カットベルを抱えたまま廊下へと、更には壁際へと後退した。


 かちっ。

 がちゃ。


 その時、その廊下の先にあるこの家の玄関のドアが開いた。


「ただいまぁー」

 姉の早苗が帰ってきた。なので当然と言えば当然なのだけれど、その後ろに父の祐作、母の百合子が続く。


 と、いう事は。


 此方と彼方が彼方と此方をそれぞれの視界に捉えるのに、三秒とかからなかった。


「「あっ」」

 故に、清水坂とカットベルが固まる。


「「「えっ」」」

 故に、早苗と祐作と百合子も固まる。


「「「「「と・・・・っ?!」」」」」

 そして全員、暫しのフリーズ。


 ・・・・。


 更に暫し。


 自身の家族にカットベルを当たり障りなく紹介し、フリーズの原因と誤解を正し、次にカットベルに家族を紹介し終えた清水坂は、あらたまって家族の方に向き直った。


「突然なんだけど、オレさ・・・・明日からカットベルと、世界を旅しようとかなって思ってるんだ」

 そして、そう告げた。


「「「「ええーっ!」」」」

 清水坂以外の全員が驚く。


「どのくらいの予定なの?」

 まずは、百合子が口を開いた。


「それは・・・・決めてない」

 清水坂が答える。


「長い新婚旅行になりそうね」

 そう言って、早苗が微笑む。


「ゴメン。でも・・・・本気なんだ」

 清水坂は同行するつもりであった。勿論の事、仇討ちに。このままこの家で住むとなれば、カットベルが危惧していたような事態を招くかもしれない。既にもう教団には知られている可能性もあるのだけれど、早いうちに出ていった方が良いと考えた。放任主義の家族ではあるものの事情までは流石に言えないので、思いついたアイデアがこれであった。


「コータロー・・・・」

 清水坂がそのような覚悟を今の今まで見せなかった分だけ、カットベルはその言葉に驚いた。しかし、嬉しさが込み上げてきてもいた。


「ホントに、イイのですか?」

 カットベルはカットベルで、仇を捜す事はもう諦めて清水坂の伴侶として生きつつ、向こうから来るのを待とうと考えていた。なので、清水坂や清水坂の家族に迷惑をかけないようにするにはどうすれば良いのか、それを悩んでいるところだった。


「うん。勿論だよ」

 しかし、清水坂は違った。いいや、相手を優先するという観点で見れば、清水坂もカットベルも同じである。


「アリガトウ、なのです・・・・」

 カットベルは微笑んだ。その頬を、幸せの涙が一滴ずつ流れる。


「急な話しでゴメンなさい」

 一つ頷いた後、家族の方へと向き直った清水坂はそう告げて深く頭を下げる。


「カットベルさんを苦労させないようにするんだぞ」

 と、祐作はそう言って我が子の考えを認めた。可愛い息子の突然の決心は心配ではあったものの、反対する気持ちはなかった。なので、やるべき事はやりなさいとだけ告げた。


「連絡も忘れないでね」

 百合子も同様に、それだけを告げるに止めた。

「その土地その土地のお土産も忘れないでね」

 早苗も、ボケる事で肯定の意を示す。


「あの、皆様・・・・アリガトウなのです。ですが」


「世界で勉強してきます」

 カットベルが何か言いかけたが、清水坂が言葉を重ねた。


「コータロー・・・・アリガトウなのです」

 旅をすると清水坂は濁してくれたが、実際は危険な戦いの旅である。カットベルは自身の事も含めて正直に伝え、せめて清水坂との関係だけは許してもらおうと思っていたのだけれど、清水坂に制されたのでそのまま甘える事にした。しかし、清水坂に及ぶ危険は精一杯以上で取り除こうという気持ちは、更に更に強めた。


 ・・・・。


 そして。


 そのまま清水坂と共に清水坂の家族と和気藹々とすごしたカットベルは、その夜、清水坂と共に家を後にした。まずはナゴヤに向かう為に、である。


「迷惑をおかけして、ゴメンなさいなのです」

 暫しの沈黙の後、カットベルはそう告げて肩を落とした。


「え、あのさ、何の問題もないよ。大丈夫だって」

 清水坂は努めて明るくそう言った。


「ですが・・・・アタシはコータローに甘えてばかりなのです」


 が、しかし。

 カットベルは沈んだままだ。


「そんな事ないよ。ホントに大丈夫だって」


「そんな事あるですよぉ・・・・アタシが怪物でなければ、コータローに迷惑をかける事もなかったです」


「怪物って・・・・人間だろうと怪異だろうとイヤなヤツはイヤなヤツだし、ダメなヤツはダメなヤツだし、優しいヤツは優しいよ。それにさ、人間って何でも食うし何でも荒らすし壊すしさ、そんなに大したモノでもないと思うよ。あのさ、全知全能って言葉があるでしょ? するしないを別にして、人間って少なくとも悪いことならまさに全知全能なんじゃないかって思うよ。神様ってさ、何で人間なんて造ったんだろうね? オレなんてさ、産まれたから生きてますって感じだし、何の役に立ってんのか判んないよ・・・・」

 人間に対してコンプレックスでもあるのだろうかと思った清水坂は、励まそうとしてそう言った。


「コータローは、アタシを助けてくれたです。守ってくれたですし、その・・・・あう、あああ、愛して、くれているです。き、きっと、人間のみなさんも、コータローに助けられたりしていると思います。だって、コータローは優しいですから。だから、アタシを受け入れてくれたですし、コータローのご家族も優しい人でした。アタシ、特に人間のみなさんとは仲良くお話しする機会なんてありませんでしたから、全てはコータローのおかげ様なのです。それなのにアタシは、迷惑ばかりかけて・・・・」

 しかし、カットベルは立ち直らない。


「それを言うなら、カットベルもオレを受け入れてくれてるじゃん。人間だからとか怪異だからとかなんてさ、何かで優劣をつけようとしなきゃ気が済まない人間社会みたいだよ? 少なくとも、好きって事にだけはそういうの考えたくない。脳より心、みてくれより気持ち、みたいな・・・・上手く言えないけどさ。カットベルはそのみてくれも綺麗だから、説得力なしなんだけどね」

 清水坂は方向を変えようとした。


「アタシ? 綺麗なのですか?」

 カットベルは戸惑う。しかし、清水坂に綺麗と言われた事が嬉しくて、笑みが零れた。


「ねぇ、カットベル・・・・」

 しかし今後は、清水坂の表情が沈む。言わなければと思っていた事を言おうと思ったからだ。


「コータロー、どうしたですか?」

 その変わりように、カットベルは心配になる。


「オレさ、まだカットベルに謝ってない事があるんだ」

 清水坂は、カットベルに謝りたい事があった。


「コータローが、アタシに・・・・謝る、ですか?」

 カットベルは記憶を探るが、そのような覚えは見当たらなかった。


「カットベルはさ、これまでに怪我したりしてきたでしょ?」


「はい・・・・したです」


「いくら、自然治癒力に優れてるとはいえ、痛いもんは痛いよね?」


「はい・・・・痛いです」


「ゴメンね、カットベル」

 唐突と言えば唐突に、清水坂は謝る。


「えっ、えっ?」

 当然と言えば当然なのだけれど、カットベルは戸惑う。


「教団の口車に引っ掛かっちゃって、それで何度も殴ってゴメン! オレなんかの攻撃でも、カットベルの血が流れてるんだからさ、痛かっただろ?」

 清水坂は深く頭を下げた。


「コータロー・・・・その事でしたら、何の問題もないです。だってコータローは、教団から聞かされた時、そんなのウソだと思ってくれたですよね?」

 清水坂が言いたかった事が判ったカットベルは、心の内を告げる事で清水坂を笑顔に変えようと思った。全く怒ってなどいなかったし、悲しんでもいなかったから。


「それは・・・・うん。そうだけど、さ」ゴメンね、カットベル。優しい嘘をそのまま受け取ってしまって、あんな事を・・・・。


「ですがアタシは、それは全て事実だと言いましたよね? ですからコータローは、それを信じた・・・・違うですか?」コータロー、そうですよね?


「いやそ、の・・・・違わないけど」でも、それで俺はカットベルを・・・・。


「もしもあの時、違うとアタシが言っていれば、きっとコータローはそれを信じてくれたですよね?」ですよね、コータロー?


「うん。勿論だよ」カットベルがそんな筈ないのに、それなのに俺は・・・・。


「ほら。コータローはアタシを信じてくれたです。教団の言葉ではなく、アタシの言葉を信じた。違うですか?」ウソだろ? って、言ってくれた時、凄く嬉しかったですよアタシ。


「でも、あれはオレの為に」カットベルが犠牲になろうと・・・・。


「コータローの望みでしたら、天使にでも悪魔にでも喜んでなる。と、以前に言ったですよ、アタシ。覚えてはいないですか?」コータローはアタシの全てなのです。


「カットベル・・・・どうしてそこまで」俺なんかの事を・・・・出逢って間もないのに。


「それは・・・・当ててみてください、なのですよ」と、言っても。判らないですよね。


 そう言ってカットベルは、清水坂の正面に立って、くすり。と、悪戯っぽく微笑んだ。


「当ててみろって・・・・」そんな事、言われてもさ。


 何故だか楽しそうに微笑むカットベルに正面から見つめられた清水坂は、困惑の表情を浮かべた。


 どうして、そこまで・・・・。


 清水坂が困惑するのは仕方がない事であった。清水坂には判る術がないのだから。カットベルが初めて清水坂を見つけたあの夜、あの夜のあの時、震えながら泣いていた仔猫を抱きかかえた時の表情を、張本人である清水坂が見れる筈がないからだ。カットベルはあの時、その表情に清水坂の心を見たのだ。


 そう・・・・心は見える。

 表情となって表れるから。


 そこに感情の全ては宿らないまでも、その心根にある源泉は必ず表情を支配する。それはもう、どうしようもないというくらいに。隠そうとしても、隠す事に成功したとしても、いつか必ず露見する。誰かを意識する必要がなければ尚更に、意識が向いていなければ事更に、である。あの夜のあの時の清水坂のように。


 もう誰も愛せず、このまま誰からも愛されずと悲観していたカットベルは、清水坂の胸に抱かれて安堵する仔猫に自身を重ねた。清水坂なら優しくしてくれるかもと思った。期待した。願った。そして・・・・清水坂を愛し、清水坂に愛される事を夢見た。


 楽しい事は少しはあった。嬉しい事も少しはあった。しかし、両親を亡くしてからの毎日を、幸せだと感じた事は一度もなかった。それは、清水坂がいなかったから。出逢っていなかったから。


 でもこれからは違う。清水坂は傍にいる。清水坂が傍にいてくれる。だからこんなにも幸せなのだ。こんなにも。


「判りましたですか?」

 カットベルは訊く。


「判んないよ・・・・」

 清水坂が答える。


「そうですかぁ・・・・残念です」

 しょんぼりしたフリをしてみる。


「え、あ、その、ゴメン!」

 それを見て慌てる。


「愛していますですか?」

 今度は甘えてみる。


「えっ?」

 真意が判らなくて戸惑う。


「ずっと、愛してくれるですか?」

 更に甘えてみる。


「・・・・うん」

 と、答える。


「アリガトウなのですよ、コータロぉー♪」

 清水坂に愛されていると感じたカットベルは、幸せに満ち溢れた表情で寄り添うのであった。


 ・・・・。


 ・・・・。




            第七幕) 完

            おわりへ続く

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