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吸血鬼ちゅるる  作者: 野良にゃお
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第三幕)必然と言えば必然

第三幕)必然と言えば必然



 デンワですよぉ~。

 デンワですよぉ~。


 明けて翌朝。暫しの茫然の後、そこはかとなくベッドに潜り込んでいた清水坂は、突然と言えば突然に規則的に鳴り響く、携帯電話の着信音によって起こされた。


「ん、んっ・・・・もっす」

 目覚めてすぐ、まだ虚ろな状態の清水坂ではあったが、その着信音が浜本からのコールを告げるモノであるという事はほぼ反射的に理解していたので、携帯電話のディスプレイで確認する事なく応対した。


『よっす! おっはよー』

 その確固たる予測どおり、充分に聞き慣れていた浜本の声が耳に届いた。相変わらず今日も元気そうで何よりです。と、清水坂はなんとなく思った。


「うん。おはよー」

『只今ワタクシ、清水坂家の玄関先にて待機しておりまぁーす!』

 どうやら、予告なしで訪ねてきたようだ。


「ん。判った・・・・」

 気だるさらしき脱力感を全身に浴びながらベッドから身を起こした清水坂は、気だるさとは何か違うダルさを感じつつも寝ぼけ眼で、ゆらゆら。と、ベランダに向かう。


 ・・・・?


 そして、カーテンをシャッと開けた途端。まとわりついてくるようなその脱力感が更に不可解な違和感となって襲いかかってきた。


 ・・・・?!


 ぐらり。


 その理由を模索する事なく流れのままベランダに出た清水坂は、ここで遂にと言うべきか猛烈な脱力感に支配され、それに抗う余裕なくふらふら。と、柵にもたれかかった。


「えっ! ちょ、ちょっ、清水坂!」

 清水坂がベランダの柵にぐらりと倒れかかったのが見えた浜本は、その光景を目撃する直前まではたしかにあったワクワクでドキドキな期待感を一切合切あっさりと捨て、清水坂に慌てて呼びかけた。その表情とその声には、心配と言う感情が如実に表れている。


「な、んか急に、目眩が・・・・ゴメン。今、そっちに行くから」

 強烈な痺れを帯びた猛烈な脱力感を全身にくまなく浴びながらも、しかしながら浜本をこのまま待たせては申し訳ないという思いで清水坂は、殆どの感覚が無くなりかけているかのように感じる身体をそれでもなんとか動かし、玄関へ向かおうとその足を前方へと出し続けた。


 ・・・・ん?


 すると、ベランダから部屋へと移り、更には廊下へと繋がる部屋のドアの前までなんとか歩みを進め、そのドアを開けて廊下へと出たあたり。


 ・・・・え?


 不思議に感じるくらいの勢いで、スーッと脱力感が消失していくのが判った。まるで甦るかのように、全身の力が戻っていく。


『清水坂? 大丈夫なの? 無理し』

「何か大丈夫みたい・・・・すぐ行くから待ってて」

 心の底から心配している浜本にそう告げて電話を切った清水坂は、階段を下りて一直線に玄関へと向かった。力が漲ってくるような感覚だったからなのか、清水坂はなんだか身体が軽くなったような気がした。


 がちゃ!


 なので、不可解な一時的体調不良で心配させてしまった事を申し訳なく感じた清水坂は、もう心配は無用だというアピールを込めて勢いよくドアを開ける。


「ゴメ・・・・ん?!」


 かま、しかし。


 玄関のドアを開けて浜本に話しかけようとしてすぐ、つい先程感じていたモノと同じ強烈な脱力感が再び清水坂を襲った。


「あっ、清水坂!」

 がくり。と、崩れ落ちてしまいそうになる清水坂に慌てて駆け寄った浜本は、慌てて清水坂を抱え上げ、慌てて玄関から奥へと移動し、慌てながらも優しく廊下に優しく寝かせた。


 ん・・・・?


 すると、その脱力感が再びスーッと消失していったので、我が身に起きている不可思議な現象に清水坂は逡巡を深めた。


「大丈夫? 救急車、呼ぶからね」

 玄関のドアを閉めて再び清水坂に駆け寄った浜本は、そう話しかけながら清水坂の様子を窺う。その表情とその声は、もはや心配し過ぎて泣く寸前という程に震えている。


「え、あ、ゴメン・・・・。自分でもよく判んないんだけど、大丈夫みたい。顔、洗ってくるから。浜本は部屋で待ってて」

 怖いくらいに摩訶不思議な感覚に逡巡しながらも、清水坂は努めて明るくそう言った。


「ひぐっ、ふえっ、ホントに大丈夫なの? ホントに? ねぇ、清水坂ぁー・・・・ひんっ」

 浜本は既に泣いている。


「大丈夫だから。浜本、ゴメンね」

 清水坂は笑顔で謝る。


「ふぐっ、無理しちゃダメだよ? ダメだからね? ね?

「うん。ありがとう」


「ひぐっ、ううん。大丈夫なら大丈夫・・・・ふえっ、でも」


「すぐ行くから」


「ひくっ、うん・・・・」


「ホントに大丈夫みたいだから、ね?」


「うん。判った・・・・」

 清水坂は不思議な感覚に襲われながら洗面室へと向かい、心配で心配で仕方のない浜本は何度も立ち止まっては振り向きつつ二階へと上がった。


 ・・・・そして。


 二人はその日を部屋の中ですごした。清水坂の元気な様子を見るにつれて徐々にではあったのだが安堵していった浜本は、動転してしまうほどに心配した姿を晒してしまった気恥ずかしさから、いつもよりも自身のペースで二人きりを、けれど二人きりというその状況を貪り尽くすかのように、いつもよりも開放的に振る舞った。


 ・・・・。


「じゃあ、また!」

「うん。またね♪」


 アッと言う間に時間は流れていき、夜はすっかり更け、時刻は既に深夜と呼ぶに相応しい辺りにまでなった頃、清水坂は浜本を自宅へとバイクで送り届けた。結局、カットベルの事は話しそびれたようだ。いいや、話せなかったと言うべきか。


 ・・・・。


「あっ」カットベル、あれ?


 そんな清水坂が自宅へと戻ると、家の前でなにやら怒ったような表情をして清水坂を睨みつけているカットベルが見えた。今夜は清水坂のタンクトップの上に茶色の厚めの袖なしワンピを着ている。


「・・・・!」

「・・・・?」


 昨夜といい今夜といい寒くないのかなと思いながら清水坂が駆け寄ると、カットベルはスッと視線を外して玄関のドアのノブを見つめた。


「・・・・」

「えっ、と」


「・・・・」

「あの、さ」


 カットベルがドアノブを見つめたまま動かないので、清水坂は戸惑いながらドアを開けた。


「・・・・」

「カッ、ト」


 すると、カットベルは何も言わないままスタスタと中へ入り、二階へと続く階段の前でピタリと立ち止まって再び、玄関先に立ち尽くしていた清水坂を睨む。


「・・・・!」

「ベ・・・・」


 更に戸惑いながらも、清水坂はカットベルの元へと向かった。


「・・・・」

「あの、さ」


 すると、カットベルは清水坂の到着を待たずに二階へと階段を上がっていく。


「・・・・」

「・・・・」


 最高潮にまで戸惑いを深めながら、清水坂はカットベルを追った。


「・・・・!」

 すると、清水坂の部屋の前で、ぎろり。と、清水坂を睨みつけながらカットベルが立ち止まる。


「あの、さ」

 最高潮にまで達した逡巡が不安へと変わっていく感情に支配されながら、清水坂は漸くカットベルに追いついた。


「・・・・」

「カットベル、あの」


「・・・・!」

「さ、いや・・・・」

 追いついた清水坂が話しかけると、カットベルは清水坂から視線を外して再び、ドアノブを見つめたまま動かない。なので清水坂は、おそるおそるドアを開ける。


「・・・・」

 すると、カットベルは無言のまま中へと入っていき、部屋の中ほどで、ぴたり。と、立ち止まった。


「ちょっ、カットベ」

 清水坂は慌てて中へ入る。


「・・・・!!」

 と、殆ど同時。カットベルはくるりと振り返り、清水坂を睨みつけた。


「ル、うっ」

 急にと言えば急に、くるり。と、カットベルが振り返ったので、清水坂は急ブレーキをかけて立ち止まり、そのまま固まる。


 そして。


「コータローのバカぁー!」

「えっ、えと・・・・えっ」

 それは、完全武装されたカットベルの嫉妬の叫びであり、それを浴びた清水坂は不安感から再び逡巡を増大する。


「アタシという伴侶が居るのにも関わらず、あの女は誰ですかぁー!」


「と、あの・・・・」


「あんなにくっ付いて! あんなにもくっ付いて! あれではまるで! まる、で・・・・」

 そしてそれが部屋の隅々にまで轟いた直後、カットベルの嫉妬の顔がみるみる内に泣き顔へと変わっていく。


「いやそ、あっ・・・・」

 と、この時。ここにきて漸くと言うべきか清水坂は、カットベルの言うところのあの女の検討がつき、増大中だった逡巡が多大な焦燥感へと変わっていった。


「まるで・・・・ひんっ。何故ですか? 何故なのですかぁー。ひぐっ、ひん!」

 カットベルは。と、言えば。清水坂のそんな心の動きを察する余裕なく、号泣寸前。号泣まであと僅かといった様子にまで感情を高ぶらせながら、嫉妬を宿した言葉を清水坂にぶつけ続けていく。


「いやその、あの、あう、あ、泣かないで!」

 その一方で清水坂は。遂にカットベルの瞳から涙が浮かんでは溢れ零れてきたので、別の意味でも慌てるに至って傍へと駆け寄る。


「ふえっ、えくっ、こっ、ここ、こ、このお洋服は、愛の証ではないですか? ひんっ。アタシ、アタシ、汚さないように頑張ったです! ふえっ、ふえ、そ、それなのに、それなのに、うぐっ、ひんっ! 破れたりしないようにも気をつけたですし、ちゃんとコータローの言いつけを守って、守って、えぐっ、心、も、っく、身体、も、ふぐっ、た、大切に、したですよぉおおお・・・・」

 昨夜のタンクトップを着ているカットベルは、それを何度も引っ張りながら、何度も咽びながら、その胸の内を一途に叫び、そして知らしめるかのように知らせていった。


「いや、だから、その、あの、さ」

 片や清水坂は、なかなか言葉が出てこない。


「どうしてですか? どうしてなのですか? やっ、ぱ、り、うぐっ、アタシでは、ダメ、ダメなのです、かぁ・・・・ひんっ! そんなの酷いですよぉー。ひくっ、うくっ、コータローはイジワルさんなのです! ひぐっ、ひんっ、うく、うぐっ・・・・ふぇえええーん!」

 これもまた遂にとでも言うべきか。縋るようにして、けれど責めるように言葉をぶつけていたカットベルは、遂によろよろとチカラ無くその場に崩れ落ち、そして両手で顔を覆うや否や子供のように泣きじゃくった。


「ちょ、いや、いやそのいやちちちちが違うから! アイツは、アイツはね、アイツは、さ、えっと、うん! その、ほら、アイツは中学からの親友だから! そう、親友だよ親友! 親友だから! ね? ね?」

 事ここに至り焦りまくってもはや頭の中が完全に真っ白な状態の清水坂だったが、それでもカットベルの肩に手を当てて懸命なる言い訳を試みようとした。


 すると。


「ひんっ、えっ?」

 清水坂による事情説明という名の言い訳を耳にしたカットベルは、ブンッという音が鳴るのではないかしらというくらいの勢いで顔を上げ、マジマジと清水坂を見つめた。


「ホントに、なの、ですか?」

「うん、ホント・・・・です」


「戦友・・・・なのですか?」

 真顔のカットベル。


「親友、なのですが・・・・」

 戸惑う清水坂。


「ホホホホントに、そっ、そそ、そうなのですか?」

 顔が真っ赤になっていくカットベル。


「うん・・・・」

 状況が上手く飲み込めない清水坂。


「そう、でしたか・・・・」戦友なのですか。それならばあのように仲が良いのは、当然なのかもですね・・・・どうしましょうアタシ、勘違いを、あう、う。


「あの、さ・・・・」


「そそっ、そ、そそそそうでしたですかあああのアタシその、えと、勘違いしてしまいましたです。あの、あああの、で、ですからコータロー! あう、う、その、ゴメンなさいなので、すぅ・・・・」

 清水坂の言い訳をアッサリと信じてしまったカットベルは、信じた分だけ取り乱した事を恥ずかしく感じ、顔から火が出そうになりながら謝った。


「えっ? いやその、そんな」

 カットベルのそんな反応を見て、どうやら凌いだらしいと判った清水坂に、余裕のような感情が生まれる。


「あっ・・・」

 そしてそれにより、つい先程まで一緒だった浜本と観ていたTVドラマと、昨夜のカットベルの言葉と、今夜のカットベルの様子。それらがここにきて不意に見事に完全に繋がった。


「だから・・・・」そのタンクトップに拘っているのかぁ・・・・。


「ああああの・・・・アタシの事、キライになりましたですか?」

 しかし、カットベルはその事に気づく様子はなく、我が身に巻き起きている危機に不安を感じながらおそるおそる訊く。


「え、あ、ううん。そんな事は、ないです」

 清水坂にとってはそれは唐突と言えば唐突な質問であったのだが、戸惑いながらもそう言って顔を左右に振った。嫌いにはなっていなかったから。


「はうう、アリガトウなのです!」

 途端にがらりと表情が笑顔に変わったカットベルは、その感情を素直に表へと解放させたかのように、がばっとおもいっきり清水坂に抱きついた。


「うわっ、ちょ、あっ!」

 突然と言えば突然にカットベルに抱きつかれた清水坂は、支えきれず堪えきれずその勢いのまま後方に倒れてベッドに重なった。不意にあの夜の事が思い浮かんだが、その圧力は人間のそれと変わらないように感じた。


「コータローは優しいです!」

「えっ、と・・・・」


 清水坂に抱きついたまま沸き上がる喜びに浸るカットベルにされるがまま、清水坂はその脳内と心の中で茫然と焦燥と安堵を忙しく行ったり来たりする。


「コータロぉー・・・・はっ! あ、あう、あうう」

 暫しして自身があまりにも感情そのままに行動してしまっている事に気づいたカットベルは、ガバッと跳ねるように後方へと跳び起きて清水坂から離れるとその場にぺたりと座りこみ、恥ずかしそうに俯いた。そして、モジモジ。


「・・・・」

 そんなカットベルを、可愛いなと清水坂は思った。


「・・・・」か、かかか、顔から火が出そうですぅ。


「・・・・」何を考えてんだ俺は。


「・・・・」どうしましょう!!


「「・・・・」」


 ぎこちない空気が漂う中、暫し沈黙が続く。


「あう、う」出ているかも・・・・顔中が熱いですよぉー。


「あの、さ・・・・」

「っ! な、ななな、何でしょう?」


 このままでは永遠にこの沈黙が続いてしまうかもと思った清水坂に声をかけられたカットベルは、それがカットベルにとっては突然と言えば突然だったので、それによって緊張の度合いが現時点よりも格段に強まっていく自身に気づきながらも、条件反射のようにブンッと顔を上げた。故に当然と言えば当然の如く、見つめ合う状態となる。


「あくっ、いやその、質問しても、イイ?」

「はう、う、コータ、ロぉ・・・・あっ、えっと、あの、はい! 勿論なのですよ」見ているですよぉ・・・・顔から火が出ているトコ、見られているですよぉー。


「じゃ、じゃあ、さ」と、言ってはみたものの何も思い浮かばない・・・・どうしようか。


「あっ、そ、もももしかしてバ、バンパ、あ、えと、吸血族についてでしゅね?」ほらやっぱり火が出ているですからコータロー、戸惑っているですよぉー。


「えっ?」でしゅ、ね?


「いえその、えと、ですね?」ここは何かお話しをして、回避しなければなのですよアタシ!


「と、いや・・・・」カットベルも緊張しているんだな・・・・って、でも。


「そそそうですよね! アタシ達は、そ、そ、その、ふ、ふ、ふふっ、ふっ、夫婦! です、もんね。えと、えっと、もも、もっと、お互いの事を・・・・はう、う、ココココータローはアアアアタシの事を、そ、その、しっ、し、しし、しりっ、しっ、し、し、知りたいっ、ですね? ですね?」どうしましょう上手くしゃべれないですぅー!


「いやその」夫婦って・・・・やっぱでもそう思われても仕方な、いのか? 吸血族の世界はそういうモノなのかな。


「わわ、わわわ判りますた!」それでもこのままこの勢いに乗るです! それで誤魔化してしまうですよアタシ! これはつまり、アタシを避けてはいないという事で、興味を持ってもらえているという事で、それはつまり・・・・愛し、て、ももも、も! そうですよ、このお洋服はその証なのです! だからこそ顔から火が出ていても指摘まではしないのかもしれないですし。はうう・・・・コータローはホントに優しい人なのです。


「え、あ、あの、違」

「では、こほん!」アタシ、その優しさに甘えてこのまま走らせていただきます、なのですよ。


「う、ん・・・・」だ、けど、さ。


 清水坂は修正しようと何度か言いかけたのだが、自身に興味を持ってくれているのかもしれないと思い込んでしまったカットベルがどんどん話しを進めていくので、その成り行きに飲み込まれていった。


「人間のみなさんはかなり思い違いをしているですので、まとめてお話しさせていただきますです」

 咳払いを一つした後そう続けたカットベルは、その場で姿勢を正すように座り直す。


「はい・・・・」

 そして、清水坂は飲み込まれた。


「では。基本的に吸血族は、2通りの理由で血を吸います。それと、太陽の光を浴びてしまっても焼けないですし、灰にもならないですが、身体が痺れてチカラが半分以下ほどしか出せなくなります。慣れないウチは・・・・と、言っても慣れないですから変な表現なのですが、つまり、その、その感覚に慣れないウチは気が遠くなって倒れてしまうかもしれません。で、ですね、えっと、あ、十字架は例えば虫がキライとかいう感覚と同じ理由で苦手なのですが、ニンニクはキライではないです。勿論、好みの問題なので他のみなさんは知らないですけど。それと、棺桶で眠るなんていう・・・・あっ、習慣? は、ないですし、変身や飛行なんて事は出来ないです。あとは、ですね・・・・あっ、白木の杭で心臓を貫かれたり、銀製のモノで首を斬り落とされたりすればたしかに死んでしまうですが、白木や銀製でなくてもそんな事をされたら致命傷ですから死んでしまいます。それで、あっ、ですけど、ですけど、銀製のモノで受傷しますと何故だかなかなか治らないです。アレルギーみたいなモノなのでしょうか? 判らなくてゴメンなさいなのです。えっと・・・・ですので、その点はコータローもかなり注意してくださいね」

 以前、そこかしこで読んだり観たりした人間による吸血鬼の小説や映画を思い浮かべながら、カットベルはカットベルなりの丁寧さで説明した。


「あっ、それともう1つありましたです! 鏡にはちゃんと映りますので、お化粧は自分でするですよ」

 そして、そう加えて微笑んだ。


「なるほど・・・・えっと、ありがとうございました」

 カットベルによる吸血鬼についての話しを結局のところかなり興味深く聞いてしまった清水坂は、小説などで知った事と実際とでは結構違うんだなと感じつつお礼を述べた。


「はい! コータローの望みでしたら、何でも言うとおりにするです!」

 褒めてくださいと言わんばかりの表情で、カットベルはそう宣言した。


「そ、それはどういう」

「うぐっ!」


「えっ?」

 清水坂が何か言おうとしたその時。


「くっ!」

 カットベルの表情が険しくなった。



 如実に。



 そして、

 その僅か後。



 どすん!



 清水坂家の清水坂の部屋。


 そのベランダで、

 大きな音がして部屋が揺れた。



「くうっ!」

 突然と言えば突然で唐突と言えば唐突な物音とそれに伴う揺れに焦燥している清水坂に対して既にもう立ち上がっていたカットベルは、清水坂を立たせるや否やベランダから遠ざけるように下げ、そしてその前に立ちはだかって軽く身構えた。


「えっ、え、あっ、と、ええっ?!」

 そんなカットベルの挙動に逡巡しつつも、カットベルの背中越しにその視線を追ってみた清水坂は、途端に我が目を疑った。そしてそれは、おもわず刮目してしまうほどだった。何故ならベランダに、どう見ても人間とは思えないサイズのけれどたぶん男が居たからだ。


 所謂ところの怪異の者。

 彼もまたそうで、ある。


「な、なな、なっ、ええー!」

 言葉にならない胸の内をただただ発する清水坂。


「・・・・!!」

 ベランダに現れた大男を無言で睨みつけたままのカットベル。


「おやおや、こんな所でお食事の最中ですか? 闇夜の悪魔さん♪」

 熊のような巨体を目一杯に屈ませた大男は、瞼の無い真ん丸い目で窮屈そうにベランダから覗きながらそう言うと、カバのような大きな口をニタァ~ッと歪ませる。


「えっ? えっ?」

 突然と言えば突然の怪異の者の登場にまだ対応しきれない清水坂は、ただただ逡巡する。


「お呼びした覚えはありませんが?」

 実のところ清水坂と二人で居るところを邪魔されたという事で憤慨に駆られていたカットベルは、それでもまずは何よりも清水坂を守らなければと思い直し、怒りを幾分だけ抑えて冷やかな声でそう言った。


「どうぞ、ごユルリと。麗しきレディーのお食事の邪魔なんて野暮な事はしませんから」

 ニタリと笑ったまま、大男は軽口を続ける。


 すると。


「コータローをそんな風に呼ぶな!」

 早くも我慢できず、カットベルが激昂した。


「え・・・・っと」

 途端に。予想を遥かに超えたカットベルの怒髪天ぶりに激しく戦慄した大男は、軽率すぎた自身の軽口を深く後悔した。急展開と言えば急展開ではあるのだが、実のところカットベルに対しての恐怖感は相当なものだったようだ。


「今すぐギタギタにしてあげます!」またそういう戯れ言を・・・・コータローは食事ではないです! アタシの夫なのですよ!


「ちょっ、ま、まま、待って! 待ってください! しゃ、しゃ、謝罪しますから!」

 今にも跳びかかろうとするカットベルに、大男は手の平を前面に腕を出して必死に、まさに必死に懇願した。


「謝罪? それならば、死をもって償えば済む事では? コータローを侮辱した事・・・・その身諸共激しく後悔しなさい」

 しかし、凍りつかせるような冷たい声でそう宣告したカットベルは、スーッと一歩前に踏み出す。


「わわわわ、悪かったです!」


「その後悔のまま、屍となれ」


 もう一歩、前に。


「あわ、わ、ちょ、ちょちょ、しししし知ってんだぜ! そ、そそ、その、そその、そこの、そのお兄さんは、ととと、特別なんだろ?」


「そうですけど、それが何か?」判っているのなら何故侮辱した!!


 更に一歩、前に。


「あう! う、ううっ、こ、こ、こここんな所でドンパチしたらそ、そ、そそのお兄さんにめめ迷惑だろ? な?」


「なっ・・・・うぐっ」たしかに、そのとおりですね。


 睨みつけたまま、ぴたりと止まる。


「お、ふ、ふぅ~、オレはただ、話しをしに来ただけだったんだよぉ・・・・」

 大粒の冷や汗を全身に出現させていた大男は情けない声でそう呟きながら、ギリギリで成功した命拾いに心の底から安堵した。


「・・・・」

 時間はかかったものの三文コントのような展開のおかげで冷静になれた清水坂は、それなら軽口を叩かなければイイのに・・・・と、心の中だけで思いつつカットベルと大男を交互に見やる。


「お話し? わざわざ日本語で?」

 大男の言い訳を訝しく感じたカットベルは、その感情そのままに訊いた。


「そ、そう、日本語で。だってよ、オレはそこの」


「○Δ×♯☆◎▽、□◇◎※▽♯○*△○☆!」


 大男の目的が清水坂にもあると判った途端、カットベルはその先を聞くよりも何よりもまず、殆ど反射的に、コータローに少しでも変な事をしたらすぐさま殺すわよ! と、母国の言葉で宣告した。


「わ、わ、判ってますって・・・・」

 激しく怯えながら、大男は答えた。


「それで、お話しというのは?」

 凍りつかせるような冷たい声で不承不承、カットベルは促した。


 ・・・・。


 どくん。


「・・・・」

 この間、激昂するカットベルと途端に殊勝になる大男をただ黙ってジッと眺めていた清水坂は、そんなにカットベルが怖いのなら来なければイイのに・・・・と、更なる思いを抱きつつも、それなのにこうして此処へ来るという事にどのような意図が隠されているのだろうと訝しく感じてもいた。そして、自身の事で怒りを顕わにしてくれたカットベルに感謝のような嬉しさとそれと同じくらいの戸惑いも感じつつ、カットベルは怒ると怖いという事も心に刻んでおく事にしたのだが、勿論それは闇夜の悪魔という先程の大男の言葉と絡めてそのとおりだと思ったからではなく、清水坂にとっては初めて目にしたカットベルの一面という意味で。で、ある。それと、カットベルが自ら言っていた、すぐにカッとなる性格だとカットベル自身が話していた事も思い出すに至った。


 どくん。


 ・・・・。


「コータローに?」


「え? えっ? オレ?」

 カットベルが驚いたような声を出したので、清水坂は現在進行中の時間の中に戻った。


「そ、そうなんだよお兄さん。つまりオレはお兄さんに話しがあって来ただけなんだよ」


「コータローに何をするつもりですか!!」


「いや、あの・・・・あのよ。アンタ、さ。その、そこのお兄さんの事となると素直に気を解放しすぎだぜ。だろ? 昨夜だって今夜だってそれで此処に居るのが判ったんだし、それってさ、注意しといた方がイイと思うぜ。教団に知られたら面倒だろ? って、オレも今はその教団側だけどよ」


「うくっ・・・・たしかに迂闊でした。それでしたら、そのような目立つ場所にそうやって置いたままお話しを聞くワケにもいきませんね。場所を変えるですよ」


 たしかにそのとおりだと激しく後悔したカットベルは、沈んだ声でそう提案した。


 どくん。


「・・・・」この大男が言っていた教団とやらは、カットベルが話していたタチの悪い教団の事なんだろうか。


 どくん。


「OKだ。そうしよう。そうするつもりだったし、な」


「えっと、コータロー・・・・」

 大男がカットベルの提案に肯定の意を示したので、カットベルは清水坂に振り返った。


「アタシのせいで、このような事態になってしまったです。ホントにゴメンなさいなのです。ホントに、ホントにゴメンなさいなのです」

 そして、とたたた。と、清水坂に駆け寄ると心の底から謝った。


「ううん。謝らなくても大丈夫だよ。何の問題もない」

 優しい声でそう告げた清水坂は、更に微笑んでもみせた。勿論の事それは、カットベルを気遣っての事であったのはたしかだったのだが、まだこの状況を重く受け取ってはいなかったという理由も少なからずあった。それは、自身もこの非現実的な舞台のキャストであるという意識が小さかったからだ。清水坂にとって今この事態は詰まるところ、読者として小説の内容を鮮明に思い浮かべたり、観客として映画を観ているような感覚を上回るにはまだまだ時間が必要なくらいに非現実的な事であった。


「はい・・・・アリガトウなのですよコータロー」

 清水坂の優しさに触れる事が出来て嬉しさと安堵を同時に感じるに至ったカットベルは、清水坂の胸に顔を寄せた。


「気にしない、気にしない。ね?」

「・・・・はい。はうう、う、う」


「あの、よ・・・・どっか行くならさ、早く行った方がイイんじゃねぇ~かなぁ・・・・」

 健気で可愛らしい闇夜の悪魔を初めて目撃するに至った大男は、意外だと心の底から感じながら声をかけた。それと同時に、自身の知る範囲を越えても恐らくは初めての者であろう、あの闇夜の悪魔がしおらしく謝る清水坂というただの人間族にしか見えない人物に対して、何やら得体の知れない畏怖にも似た感情を抱いた。そして、教団の者が言っていた事はどうやら本当の事らしい・・・・と、思わざるを得ないとも感じた。


「コータローはアタシが守るです」

「うん。ありがとう。心強いです」

 清水坂を見つめながら告げるカットベルに、清水坂はそう言って微笑んだ。


「で、何処に行けばイイんだ?」

 大男がカットベルに問う。


「此処からすぐの所です」

 カットベルが大男に答える。


「了解。じゃあ、お兄さんはオレの背中に」やはり、そこか。


「アタシと行くですよ! コータローはあげないです!」

 大男が続けて今度は清水坂に話しかけると、カットベルは清水坂の腕にギュッとしがみつきながらそう言い返して、ぎろり。大男を睨みつけた。


「い、いやその、そういう事じゃなくてさ、つまり、アレだよ。ほら、男が女に掴まってってのはさ、あのさ、どうかと思うぜ? 一応は、その、配慮が足りないというか、なんというか、さ。だろ?」

 カットベルによる剣幕に激しく怯えながらも、大男はそう説明した。内心、だからそうやって気を解放するのは気をつけた方がイイとさっき忠告したばかりなのに・・・・と、思いながら。そしてそれと同時に、やはり教団が練った作戦は完璧だとも感じた。しかし、報酬に目が眩んだからとはいえ闇夜の悪魔とこうして対面しているのはやはり生きた心地がしない・・・・とも、思った。その脳と心が、大きな体躯の内側で激しく揺れる。


「コータローに少しでも危害を加えたら、すぐに殺すわよ!」

 大男が言う事もたしかに一理あるのかもと思ったカットベルは、渋々ではあったが、イヤイヤではあったが、不承不承ではあったが、仕方なく受け入れた。そこには、嫉妬のような感情も多大に含まれていたからである。大男にさえ。


「判ってますよ・・・・じゃあ、お兄さん。コッチに来てオレに掴まんな」

 先程わざわざ母国語で宣告しときながら今度はこの国の言葉で? と、思いつつも。もうこれ以上の軽口は絶対に激しく厳禁だと悟ってスルーした大男は、清水坂に声をかけると背中を向けて清水坂を待った。


「うん」

 清水坂がよじ登る。


「よし、じゃあ行こうぜ」

 清水坂が登り終えると、大男はベランダの端にギリギリといった感じで身を傾け、カットベルがベランダに出てこれるスペースを作った。


「では、まいりましょう」

 そのスペースからベランダに出たカットベルはそう言うと、たぁーん! と、夜空に跳ねた。


「よっ!」

 大男も、どん! と、跳ねてカットベルの背中を追った。


「コータロー・・・・」

「大丈夫だよ、カットベル」


 時折振り向いては複雑な表情で清水坂の様子を窺うカットベルに、清水坂はその度ごと微笑みを返すのだった。


 ・・・・。


 ・・・・。



 そして。


 清水坂家からカットベルが取り敢えずの寝床としている廃校まで、人間で例えるならば徒歩で約一時間半といった距離を所要時間僅か三十分足らず。舞台はその廃校の屋上、月を中心に上を見ればちらほらと星が瞬き、この丘を中心に下を見ればちらほらと町の灯り、冷たい風がひゅんと流れている中を、ぽつ、ぽつ、ぽつ。と、三つの影。


「では、どうぞ」

 その一つはカットベル。


「・・・・」

 もう一つは清水坂。


「お、おう」

 そして、大男。


「実はよ、教団の連中はそのお兄さんに興味があるみたいだぜ」

 言いながら、大男は清水坂に近寄っていく。


「コ、えっ?」

「・・・・?」

 いかにも重要な事を話していると言わんばかりの態度を醸し出そうとしている大男の言葉に、動揺するカットベルと戸惑う清水坂が目を合わせる。


「あの闇夜の悪魔さんが、かなりのご執心らしい・・・・ってな」

 充分に近寄った大男は、言いながら清水坂の肩をポンと叩く。


「う、あ、うっ・・・・」

「・・・・?」

 教団に言われたとおりにカットベルを揺さぶろうとしている大男の言葉に、動揺の中の焦燥のみが深まるカットベルと戸惑いが更に深まる清水坂が目を合わせたまま固まる。


「何度も訪ねては引き返し、引き返しては訪ねるのを、毎夜繰り返してる。あの闇夜の悪魔さんが、だ。しかも、自らの気を素直に解放しまくりながらな」


「あっ、く、あう、う、う・・・・」

 見られていたと判って更に焦ったカットベルは、清水坂から視線を外し、俯いた。


「毎夜?」

 清水坂がそこに反応する。


「あぁ、毎夜だ。暫く部屋の中を・・・・いいや。お兄さんを眺め、覗き見ては、何もせず帰る。まるで、そう。恋する乙女のようにな」


「ううううるさい!」

 動揺が激しさを増していくカットベルは、その所為で大男が清水坂のすぐ傍にポジションを移したというその意図に気づかないまま、大男を睨みつける。


「とはいうものの、だ。実はまだ、教団はこのお兄さんの住まいを把握してはいないし、オレも知ったのはつい昨夜の事だ。だから毎夜というのは推測だったんだが、その様子からしてどうやら結構な以前からそうだったようだな。ま、推測どおりというワケだ」

 あきらかに動揺の色を見せるカットベルを見て、大男は心に幾らかの余裕を浮かばせた。


「うっ、く、ううぅ・・・・」

 図星だったので、カットベルは何も言えずに視線を落とした。


「・・・・」

 そうだったんだと知った清水坂は、少なくはない気恥ずかしさと妙な嬉しさを感じた。


「そして、今夜だ。どうやら、闇夜の悪魔さんの恋は見事に成就なさったご様子で」

 大男は尚も続ける。その口ぶりは余裕が生まれたからか、頗る軽い。


「アタシは、その・・・・」

「カットベル・・・・」


 カットベルがその表情に羞恥の色を見せているような気がしたのでどう声をかければ良いのか逡巡してしまった清水坂は、それによってすぐ後ろに立つ大男から完全に意識を外した。身の危険を意識して生きる事が皆無の毎日を生きてきた清水坂が、今ある自身の立ち位置に危機管理を持ち続け尚且つ接し続けるという事は難しい。例え、無意識下で懸命に信号を送っていても、だ。


 経験値。


 そこに居るのが怪異の者であったとしても、怪異=凶暴と認識しているのは小説や映画などによってであり、実際に怪異の者が実在していてコミュニケーション中だからと言って警戒心を・・・・いいや、そこに居るのが怪異の者であるが故に、やはり。自身をその舞台に立つキャストの一名だと意識せず、自分はその舞台を観ている観客だと認識したままでいるのかもしれない。


 この時までは。


 がしっ!


 それは、カットベル及び清水坂にとっては突然と言えば突然の事であった。


「うくっ!」


 大男が清水坂を背後から羽交い絞めに捕らえたのだ。


「あうっ、コータロー!」

 カットベルは初め、大男の挙動に激しく驚いた。しかしすぐに自身の失態に気づき、その事を激しく後悔した。しかしながら、時すでに遅しである。


「で、それがどれほどのものなのかを調べてくれっていう依頼がきた。と、いうワケだ。へっへっへへ! 最強のカード、この手に戴いたぜぇー!」

 教団から授けられた作戦の一先ずの成功に更に安堵した大男は、ここまでの緊張を全て吐き出そうとするかのような大声で叫んだ。それは、自分自身に対してでもあったし、カットベルに対してでもあったし、まだこのステージ上にはその姿を現す予定ではない誰かに対してでもあった。


「望みは何なのですか!」

 カットベルは大男に叫ぶ。


「アンタの首に決まってんじゃん!」

 清水坂という最強のジョーカーを手に入れた事で身の危険から解放された大男は、得意満面憎らしげにそう返した。



 すると、


「そんなモノで済むならば、今すぐアタシを殺しなさい!」


 そう、カットベルはさらりと言った。



「「えっ・・・・」」

 清水坂と大男は大いに面喰った。驚いた。唖然とした。戦慄さえした。


 どくん。


 と、同時に。


「・・・・!」

 清水坂の心臓が、再び大きく跳ねた。


「そのかわり、コータローに危害を加えるな!」

 カットベルにとっては、清水坂を救う為なら命を捨てる事に迷いなど欠片もなかった。言うなれば、当然と言えば当然である。


 どくん。


「ですから、早くコータローからその手を離せ!」

 そしてどうしようもなく、それはもう悲しくなる程に、手も足も出せない事による焦燥と清水坂を危険に晒しているという自責の念が増幅されていく。


 どくん。


「こんな状況で、唯一無二の生命線を手離せるかっつぅーの!」

 清水坂を解放すればその途端、いいや。刹那ほどの時間も許さずに生きて帰る保証が消えるであろう事を自覚している大男は、幾ら余裕が生まれていたとはいえ、それを想像するまでもなく未だ怯えてもいた。なので、その反動もあってかそう強く叫んだ。


「コータローに危害を加えないのであればアタシの命など喜んで差し上げるですよ! すぐにでも差し上げるです! ですから、早くコータローを!」

 カットベルは、なおも胸の内を叫ぶ。


 どくん。


「これ程とは、な・・・・」

 大男は恐怖している。たしかに恐怖している。自らが犯したこの展開ではあるのだが、それでも眼前のカットベルに恐怖している。しかし、その眼前のカットベルは今まで噂に聞いていたカットベルとはあまりにも程遠く、今まで目にしてきたカットベルともあまりにも違い過ぎていた。もしかしたら眼前のカットベルは偽物なのではないかと訝ってしまう程に、それほどまでに、聞いた事も見た事もないカットベルが眼前にいた。


「じゃあ、じゃあ、よ・・・・」

 大男の意識は完全にカットベルのみに向いていた。それはそうだ。ほんの少しでも気を抜けば、確実に殺されてしまう事を知っているのだから。その筈なのだから。今に至る今までは、そうだったのだから。


「そ、そこで、テメェー自身の首、バッサリとヤッてみせ、ろ、よ。あん?」

 あまり刺激すると態度をガラリと豹変させてお構いなしに襲ってくるのではという考えが脳内に浮かんだものの、大男はおそるおそるそう言ってみた。しかしながら、自身が知るカットベルとはあまりにも違う眼前のカットベルに対して気を緩めてもいた。だからこそ、今までならば確実に命を落とす事に繋がったであろうこのような言葉を吐く事が出来た。


「判りました。ですから、コータローからすぐに離れなさい」

 大男の注文を、カットベルは躊躇なく受け入れようとした。自身の喉元に、自身の手を這わせたのだ。


 どくん。

 どくん。


「おい、マジかよ」

 この時それを見た大男は、恐怖のすぐ横で徐々に膨らんでいた余裕が油断へと変わった。カットベルの挙動に唖然としてしまった事により、清水坂を羽交い絞めにしていた腕の力が意識なく緩んだ。


 どくん!


「・・・・!」

 その瞬間、清水坂がまさかの動きを見せる。


「ぐはあっ?!」

 両の腕を上げて後ろに肘を曲げ、大男の側頭部に手を添えると、大男の瞼の無い両の目にそれぞれおもいきりよく指を押し入れたのだ!


 ぐりっ!

 と、いう音がしたすぐ後、


 ぶちっ!

 と、いう音がした。


「うぎゃあああーっ!」

 その途端、大男は断末魔の叫び声をあげた。それは、明らかな油断による当然と言えば当然の結果であったのだが、大男がそれに気づく事はなかった。大男はキャストの数を間違えていた。清水坂という存在を、カットベルを消す為のアイテムとしか思っていなかったのだ。間違いなくそれは、大いなる愚かさであったと言えた。後悔すら出来ない程の。


「あが、が、あああ、ぎう、あぐ、う」


 どくん。


「・・・・」

 苦悶する大男を意外にも冷静に眺めていた清水坂は、徐にといった様子でカットベルの元へと駆け出そうと体勢を整えた。


「コータロー!」

 しかし、その時カットベルは既に清水坂の元へと駆け寄ってきていた。


「お怪我は? どうです?」

「うん。大丈夫みたい」

 この時まで清水坂が静かにしていたのは、アイテムに徹しようとしていたワケでは勿論ない。しかしながら、恐怖で動けなかったワケでもなかった。実は内心では清水坂自身でも驚いていたのだが、清水坂はこの時まで、脱出ではなく攻撃するチャンスを冷静に窺っていたのだ。


 少なくとも、どくん・・・・。

 と、彼の心臓が跳ねてからは。


「良かったですぅ・・・・」

 清水坂の無傷の生還に安堵したカットベルは、膝を落として苦悶し続ける大男に視線を移すと、ゆっくりと歩みを進めて対面した。


 そして。スーッと、

 その表情が変わる。


「あが、う、うぐ、うぐぐ」

 その表情こそが大男が知っているカットベルであったのだが、残念ながらと言うべきか大男にはもうそれを視認する事は叶わない。その手立てをつい先程、自身の油断によって失ってしまっていたからだ。故に今はただただ、痛みにワナワナと震えているだけである。


「教団がコータローを・・・・アタシのせいで、アタシの・・・・」

 カットベルはぽつりと呟いた。そう呟いたその間だけ、カットベルの表情は悲しみを纏って暗く沈んだが、呟いたその後すぐ、再び表情が戻る。


「アタシのせいで」

 そして徐に・・・・いいや、カットベルにとってみればそうしようと意識しながら、両手で大男の顔面を覆うようにガシッと掴んだ。


「あくっ?!」

 その途端、大男がビクンと震える。次の一手を実行する余裕などなく、脳の前面に留めておく余裕すらなく、逃れようのない死をどうしようもないくらいに意識したのだろう、ワナワナと震えが強くなる。


「・・・・苦しめ」

 ぽつり。カットベルが呟く。


「ひっ?!」


 ぷちべりぐにゅべりがしゅべりっ!


 大男の顔面を掴んでいた両手を力任せに喰い込ませたカットベルは、そのまま力任せに下の方へと引き落とした。


「うぎぃあっ!」

 残念ながらと言うべきか、大男の予想は外れたようだ。簡単に死なせてはくれなかったのだから。カットベルのそれにより、不快な裂音と共に顔面がグチャグチャに削げた大男は、不気味な断末魔を最後まで上げる事が出来ずに声が消え、つい先程まではたしかにそこには目も鼻も口もあった筈の自身の顔を両手で押さえながら、ただただワナワナと激痛に痙攣する大きな塊と化した・・・・今のところは。


「・・・・」

 視線の先にある視界で現実として起きたそのグロテスクな一部始終を意外にも無言のまま静かに見ていた清水坂は、お気の毒に・・・・と、思った。自身でも不思議なくらい冷静に。然したる感慨もなく。ただなんとなく、そう思った。そして、そう思ったまま夜空を見上げた。まるで、このまま汚れたモノを見ているくらいなら綺麗な月でも眺めていようとばかりに。


「・・・・」

 とりあえずの作業を終えたカットベルは、暫し塊を眺めた後、清水坂に視線を移してそのまま見つめた。まるで、汚らわしいモノを見ているよりも愛しい清水坂で視界を埋めてしまおうとばかりに。


「アタシのせいで・・・・」

 そして、ぽつり。カットベルは自らの軽率さを自戒する。意識がどんどん清水坂に集中し、こうなるに至ってしまった事を清水坂はどう思っているのだろうという不安で胸が苦しくなっていった。どうして気づけなかったのだろう。こうなるのは簡単に予測できた筈なのに。教団の連中が清水坂を利用しようとしないワケがないのだ。カットベルを捕らえる為にこれほど有効な存在なんて、世界の何処を捜しても見つかるワケがないのだから。実際、教団はカットベルが清水坂に対してどんな感情を持っているのかという事を情報として掴んでいたし、カットベルが何度も清水坂と接触しようと試みていたという事もある程度は掴んでいたし、接触に成功したという事も掴んでいた。元・大男=現・大きな塊の言うとおり、カットベルは清水坂への気を解放し過ぎていた。やっと見つけたと思ったから。そう思ってしまうに至る事があったから。それを思えば思う程に、カットベルの意識はどうしようもなく清水坂のみに集中していった。


 がしっ!


「なっ、え、う、くっ!!」


 それは。


 唐突と言えば唐突な事であった。


「うがぁあああー!」

 言葉にならない声で呻く塊が、カットベルを両腕で挟むようにしてしがみついてきたのだ。


 ひゅん!


 そしてその刹那だけ後、月からカットベルに視線を移そうとした清水坂のその視界に、頭上高くからカットベルめがけて刀らしきモノを突き下ろしてくる何者かの姿が映り込んだ。


「あっ! カッ」

 もしかしたら、あの刀らしきモノは銀製なのかもしれないと直感した清水坂は、その持ち主とカットベルを交互に見やる。


「うくっ!」

 その何者かが攻撃に移った事による殺気でカットベルもその存在にはすぐに気づいたのだが、塊に背後から渾身の力で掴まれているので容易には動く事が出来なかった。


「なるほど・・・・」

 刃渡りはその塊と俺くらい。それでカットベルには届かないかな・・・・と、殆ど無自覚に我が身をカットベルの駒とする事にした清水坂は、カットベルと塊の間に強引に潜り込み、塊の元顔面を両手で掴んでグイッと持ち上げた。あえて言うとすればその感情は、先程のカットベルと同様のものだった。


「うぎぃやあがぁあああーっ!」

 新たなその痛みに簡単に負けてしまった塊は、その痛みを少しでも軽くしようと素直に立ち上がる。


 ずぶずぶぶっ!

 ずぶ、ぶぶっ!


 それは清水坂にとって、

 初めて耳にする音であった。


「コー、タ、ロー?」

 カットベルは茫然となった。何が起きたのか理解出来なかった。いいや・・・・理解する事を拒んだと言った方が正しいのかもしれない。


「うぐっ、かは」

 清水坂が嗚咽する。


「そ、そ、そんな」

 眼前に今、どうしようもなく起きてしまっているこの事態を、カットベルは強烈な悲しみと共に受け入れていく。


「うっ、く」

 清水坂の読みどおりだった。斜め上から突き下ろされた刀の刃は、塊の首元から胸へ、そして清水坂の胸から背中を貫き、少しだけ刃先を覗かせてギリギリ、カットベルの寸前で止まっていた。


「コータロー」


「ふくっ、うやっ・・・・」

 俺を人質にしてカットベルの反応を観察しつつ、可能であれば大男で、隙あらば刀の主で、か。たしかに教団とやらはタチが悪いな・・・・と、思いながら清水坂は、最後の力を振り絞って塊を共に左へと倒れ込んだ。


 どさっ。


「っ! オマエかぁあああー!」

 間に空間が出来た事で、河童のような風貌の刀の主をその視界に捉えたカットベルは、清水坂から視線を移すや否やズイッと跳びかかってその顔面を掴み、そのまま力任せに地面へと叩きつけた。


 ぐしゃっ!


 それにより、刀の主の首から上はまるで地面に叩きつけられた水風船のように破裂し、事切れた塊と時間を同じくして身体中のあらゆる水分が蒸発していき、砂のようになって散っていった。


「コータロぉー!」

 事が済んで振り返ってすぐ、清水坂の元に駆け寄ったカットベルは、清水坂に突き刺さっている刀を注意深く引き抜いた。その刀は銀製であった。


 ずぶっ、


「うぐっ!」


 ずぶぶ、


「ううっ!」


 ずぶっ。


「あが、う」


 引き抜く毎に、清水坂が苦悶し痙攣する。


 ぶんっ!


 清水坂から引き抜いた忌々しい刀を放り投げたカットベルは、清水坂を抱きかかえた。


「コータロー! コータロー!」

 そして、悲痛な声で呼びかける。


 きんっ。

 と、遠くで刀が鳴った。


「怪我っ・・・・い?」

 清水坂は上手く話せない。

「はい。コータローがぁ・・・・コータローが助けてくれましたですよぉー」

 カットベルはそう答え、泣きながら頷く。


「銀、だとヤ、い・・・・っ、思、た・・・・から、よ、良かっ・・・・ごほ」

 そう言って微笑もうとする清水坂だったが、もうまともに話せないどころかこぽこぽと吐血を繰り返し、痙攣がその激しさを増していく。


「コータロぉー!!」


「・・・・」

 次第に、一つ一つの痙攣は大きいものの間隔も大きく離れていく。


「コータロー?!」

「・・・・」


「コータローお願いなのです!」

「・・・・」

「コータロぉー!!」

「・・・・」


「コータロぉー!!」

「・・・・」

 カットベルは何度も呼びかけるが、虚ろな表情の清水坂にはもう、声が出せなかった。そして、その視線も最早定かではなくなっていた。


「コータロぉー!」

「・・・・」


「コータロー!!」

「・・・・」


「コー、タ・・・・」

「・・・・」


「そんな、コータロー!」

「・・・・」

 一つ一つは大きかったものの間隔がどんどん離れていった痙攣は次第に緩やかになり、穏やかになり、遂にはチカラが抜けていき、どうしようもなく、どうする事も出来ず、どうにもならず、意識が薄れる。


「コぉー、タ、ロぉおおおー、イヤなのですよコータロぉー! コータロー!」

 カットベルが叫ぶ。


「・・・・」

 清水坂は反応しない。


「コータロー・・・・ひんっ」


 夜の雲が月を隠す。

 暫しの静粛の、後。


「いやぁあああああぁーーーーーー!」

 カットベルが泣き叫んだ。


「ああぁ、あ、あああぁーーー!」

 それは、悲痛の叫び声であった。苦痛の叫び声であった。実際、気が狂いかけていた。


「ひくっ、えぐっ、あぐっ、ふく、ううう、う、ひんっ・・・・絶対に死なせないです」

 カットベルは決心した。諦めたくはなかった。諦められなかった。助けたかった。


「絶対に・・・・」

 その方法は唯一つ。


「絶対に!」

 清水坂を優しく抱きかかえたカットベルは、廃校の中へと急いだ・・・・。


 ・・・・。


 ・・・・。




             第三幕終わり

             第四幕へ続く

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