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吸血鬼ちゅるる  作者: 野良にゃお
3/9

第二幕)騒然と言えば騒然

第二幕)騒然と言えば騒然



 ・・・・・・。


 ・・・・・・。



 ・・・・えっ、と。


 此処は・・・・何処?


 柔らかで心地よい感触に包まれながら意識が戻った清水坂は、現在自分が置かれている状況を把握しようと、まだ存分には働いてくれない脳で思考を始めた。


 ・・・・。


 どこから・・・・あ、そうだ。浜本から電話があって、ベランダに女の人が居て・・・・その人はたしか、カットベルさんで・・・・何処から来たのかなぁ・・・・って言うか、どうしてベランダに・・・・も、もももしかして、ドロボウとか?! な、ワケがないか。だって、助けてって言っていたもんなぁー。それにさ、凄い傷だらけだったし。大丈夫なのかな、あんなに傷だらけで・・・・あ、そうだ! あんなに傷だらけだったのに、アッと言う間に、こう、何て言うか・・・・あの人、人間なのかなぁ・・・・人間みたいな姿なのに、実は・・・・まさか、ホントに吸血鬼さんとか?


 アンドロイド?

 妖精?

 天使?

 悪魔?

 モンスター?

 地球外生命体?

 地底人?

 未来から時間旅行してきた人?

 バンパイヤ?


 あ、バンパイヤは吸血鬼だったっけか。う~ん、映画や漫画になら普通なくらいに登場するのだけれど、流石に現実離れした答えだよなぁ・・・・でも、そういうキャラクターしか思い浮かばないし。俺のボキャブラって、全くな感じでアカデミックじゃないのな。もっとちゃんと勉学に励んでいたら、たぶんこういう時にだってもっとこう、少しくらいは現実的な・・・・ま、実際に見たのはたしかだし、きっとその内のどれかだろうけれど。凄いチカラだったし・・・・あっ。そうだよ、たしか俺、ギュッと抑えつけられたんだ。それで、血を吸われ・・・・と、いう事は、やっぱりホンモノの吸血鬼さん?! そう言えば、鋭い犬歯みたいなモノが見えたような気もするし。そっか、吸血鬼っているんだ。浜本に何て言おう・・・・いや待て。でもまだ確定したワケじゃ、あ、だから血を吸われて・・・・いないか。そう思ったら違くて、たしか、抱きつかれただけ・・・・って言うよりも、押し倒される感じ・・・・でもなくて、何かこう、凄いチカラでむぎゅっとされて・・・・たしか俺、それで窒息したんじゃなかったっけ? じゃあ俺、死んだのかな。それならココは何処なんだ? ん、あ、なんだ、ベッドか。横になっているのか。ああ、そっかそっか。死んだから、だから横たわっている、と・・・・なるほど。死んでもこうして色々と考えたりとか出来るんだなぁー。意外な発見だよ。まさにこれこそが、何事も経験してみないと判んない事だよな、うん・・・・俺、案外と冷静なのな。それにしても真っ暗だな・・・・夜なのかな。あれ? 暗いから夜って事は、目を開けて見ているワケで・・・・つまり、死んでいないのか? あっ、だからこんなに色々と考えたり出来るのかも。何か変な気分だよ全く。で、えっと、目の前にあるのは・・・・ああ、ティッツか。浜本のではないな。だってアイツ、こんなにボンじゃなくて、かなりカワイイ感じだもんなぁー。あ、そう言えばカットベルさんも・・・・そうそう、たしかこんな感じ。こう、ボンで、キュッで、ボンだっ、た、ような・・・・なぬ?


「・・・・」

 清水坂、暫しのフリーズ。


「・・・・?」これは、もしかして。


 更に清水坂、暫しして脳内検索。


「・・・・?!」まさか、の。


 そして。


「どぉおおおーっ!」

 思考の先に到達した視界の答えに漸く事態の大凡を把握した清水坂は、かなりの驚きをもって跳ね起きた。


 びくん!

 がばっ!


 と、いう感じに。


 そして、思ってもみなかったこの状況を体感した事で、完全に目が覚めた。どうやら、全裸のカットベルに抱きしめられていたようだ。覆っていたシーツが捲れたのでカットベルが全裸だという事も容易に判り、この光景を更に深く飲み込む変わりに座りかけの姿勢で固まる。


「んんっ、ん・・・・」

 すると、清水坂がびくんでがばっとなったので、それによってカットベルも目を覚ました。


「んんっ、あう、う、目を覚ましたですね。ご気分は悪くないですか?」

 目を覚ましてすぐだったのでまだその声はムニャムニャではあったが、清水坂が意識を回復したのが判ったからか安堵の音色だった。


「え、あっ、はははい。その、だ、大丈夫・・・・です」

「それは十全。では、痛いところはないですか?」

 清水坂が答えながら座りかけの姿勢から座位の姿勢になると、カットベルは更に返しながら身を起して対座した。


「どこも痛く、どぉおおお・・・・」

「良かったですぅー」

 対座となった事でカットベルのボンでキュッでボンな肢体がハッキリと網膜から脳へと届いた清水坂は、目のやり場に困ってしまって俯いた。しかしカットベルは、その様子に気づく事なく清水坂の回復を喜ぶ。


「オレ・・・・どうしてこうなったのかな」

 二度目の丸見え。


「はい。それは、成功したからなのです」

 そして、漸く気がついた。


「えっ、せいこー?」

 自分も全裸だという事に。


「はい!」

「せい、こー」って、時計の? せいこー、成功、精巧、製鋼、性こ、えっ?


「はい。成功なのです!」

「性交・・・・」ですか? あ、だからどっちも裸で一緒に寝ていた、と。いやでも今時、性交なんて言葉は使わないだろう・・・・だよな、うん。そんなワケな、


「良かったですぅー」

「え、良か・・・・」性交が? いいやまさかそんな・・・・って、有り得るかも。他の国の言葉を覚える時って、どうしても古い感じの固い言葉が載っていたりとかするし。性行為とか性交という言葉が辞典とかに記載されている可能性はかなり有り得る。


「コータロー?」

「え、あ、あの、良かった、っていうのは、つまり、その・・・・」どういう意味でしょうか?


「そ、そそ、それは、コータローは優しく入れてくれたのに、アタシのせいでこのような事になってしまいまして、ですから、その・・・・」あの時コータローがお部屋に入れてくれなければ、アタシは今頃・・・・。


「優しく、入れ・・・・」って、そうですか。確定だなこれはもう。性交だよ性交。間違いないよあはは・・・・覚えてないんですけどって正直に告げたら、殺されちゃうかな。俺、会ったばかりのカットベルさんと・・・・って、ヤバいまだ丸見えのままだったぁー!


 再び気づいて激しく焦燥しながら清水坂は、まずはシーツで腹部から下を中心に隠した。そして次に、懸命に思い出そうとした。しかし、めくるめく桃色な世界を目の前の美女と満喫した記憶は見つけられなかった。どうやら、カットベルが全裸で自分も全裸だという事実が清水坂から冷静な判断という術を忘れさせ、本来であればきっと聴き間違える事はないであろう事態を招くに至ってしまったようだ。


「コータロー? もしかして、良くなかったですか?」まだどこか、身体の具合が悪いとか・・・・どどどどうしましょう!


「い、いいい、いいえ、そそそんな事はないですよとても良かったと思います、です・・・・」

 清水坂の誤解は続く。


「そうですか♪ アタシ、とても緊張したですぅー。だって、初めてでしたので・・・・その、入れる時は不安でした」手を差し入れて血を注ぐという方法しか知らなかったですから不安でしたけど、本当に良かったです。


「入れる・・・・」時は、不安。


 また一つ、確定へと向かう。


「本当に良かったですぅー♪」

「そう、ですか・・・・」まさか、気を失っている間に桃色なイタズラされたとか? いいや、それはない。相手はたぶんきっと吸血鬼だ。イタズラするより殺す筈・・・・あ、でも、襲われていれば今頃は死んでいるのか。ならば、これからとか。捕食動物はお腹が減ったから襲うんだし、今のところはまだ空腹ではないというだけの事なのかもしれない。そ、そそそ、それなら、ど、どどど・・・・カマキリのオス的な展開だったら、どうしよう!


「あああの、コータロー?」

 俯いたまま誤解を深めていく清水坂を見て、きっと自身が置かれているこの状況が呑み込めなくて混乱しているのだなと推測したカットベルは、自身の過ちと償いを素直に説明し、成功しましたから大丈夫ですよと安心してもらわなければいけません・・・・と、思った。


「え、あ、はははい?」これからどうなるんだろうか、俺・・・・。


 何を言われるのか不安になりながらも、清水坂はカットベルの言葉を待つ事にした。


「カラダの何処かが折れていたりですとか、裂けていたりですとか、砕けていたりしたままですと大変だと思いましたので、その・・・・アタシが剥いでしまいました。ゴメンなさいなのです」

「えっ・・・・」と。あっ、服の事ですか? 折れるとか裂けるとか砕けるとかだから剥いだとか、って。そんな激しくだったんですか?


「ですが、良かったですぅー」

「あっ・・・・」

 カットベルの言葉によって自身が気を失うに至った経緯をぼんやりとではあったが思い出した清水坂は、めくるめく桃色な世界を思い出せない分だけ違和感を覚えつつも、吸血鬼のみなさんは随分と荒っぽいエッチをするものなんだなぁ・・・・と、とりあえずは納得して会話を続ける事にした。


「それで一緒に、その、寝てたんですよね」

 そう言ってすぐ、それはオマエを逃がさない為だよ! と、豹変したらどうしようと清水坂は思った。途端に、ビクビクしている自分自身に気づく。


「はい。父殿と母様がそうしていましたので、そうするのかと・・・・」

 そう言って、モジモジ。カットベルは恥ずかしそうに俯いた。勿論、清水坂が思っている事とは違う意味で。


「お父様とお母様が・・・・ですか」

「あの、それと、アタシのせいでシーツを汚してしまいました・・・・ゴメンなさいなのです」

 そして、次の説明へ。カットベルは申し訳なさそうにそう呟いた。


「えっ、シーツ?」

 意味が判らず、清水坂は戸惑う。


「ここ、なのです・・・・」

 おそるおそるといった感じでシーツをベッドの足側に押しながら、カットベルは更に小さく呟いた。


「んっ?」

 話しが見えないまま、清水坂はその辺りを見た。


「あっ・・・・」

 シーツに血のような染みが付着していた。


「あああのアタシ、いつも独りでしたので、その、そういう事はですね、初めてで、ですから、その・・・・」

「い、いつもは独りで、シタ・・・・そ、そうですか」あ、さっきも初めてとか言っていたよな・・・・やっぱ確定だな、コレは。


 カットベルのその説明によって吸血鬼=血などより初めてのエッチ=血を連想してしまった清水坂は、いつもは独りでするとか吸血鬼のみなさんにとっては大胆な告白ではないんだなぁ・・・・と、その心の中で驚きつつ、桃色な世界をカットベルとすごした事がその脳内で思い出せないまま確定となりつつ、身に覚えがありませんと正直に告げたらそれこそ殺されるかなと再び思った。


「上手に出来なくて、ゴメンなさいなのです・・・・」

 勿論、上手く処置する事が出来なくて申し訳ないという思いで、カットベルは謝っている。


「あの、それは、その、気にしないでください・・・・ほら、その、初めてなら、仕方がない、です、し」

 しかし清水坂の中では、大いなる勘違いが揺るぎない決定事項となっていく。


「ゴメンなさいなのです・・・・」

「いやあの、こちらこそ全く気づかなくて・・・・痛かったですよね」

 申し訳ないのは全面的に此方の方ですと思いながらも、吸血鬼ってもっとこう頗る尊大な性格だったような気がするんだけどなぁーと、強い違和感を覚えた清水坂であったが、カットベルがあまりにも沈んでいるので、なんとか笑顔にしたいと思った。


「痛いのは我慢しました。アタシが悪いですから。コータロー、ゴメンなさいなのです」自身で傷をつけて血を溢れさせるのは未経験でしたから、たしかに力加減が判らない部分もあったですけど、コータローが受けた痛みや苦しみに比べたら、当然の報いです。


「こちらこそ・・・・あの、ホントに大丈夫だから、その、もう気にしないでください」吸血鬼さんもやっぱり初めては痛いのかぁ・・・・それなのに覚えてないとは。鬼畜だな、俺。間違いなく、うん。


「はい。アリガトウなのです」やっぱり優しいですね・・・・。


 清水坂の言葉を聞き、清水坂に嫌われていないと感じる事が出来たカットベルは、心の底から安堵した。


「あの、さ。訊いてもイイ?」それにしても。何か、こう・・・・イメージが違うんだけど。


「はい。何でしょう?」

 唐突と言えば唐突に話題を変えようとする清水坂であったが、カットベルはそれに素直に従った。


「吸血鬼さん・・・・なの?」一応は確認しとこう。

「はい。この国ではそのように呼ばれているようです」


「人間の血を、吸うんだよね?」そっか。いたんだ、吸血鬼って。見た感じだと人間と全く変わらないから、気づかないだけなのかもしれないなぁ・・・・。


 カットベルがサラリと肯定したので、やっぱりそうなんだと改めて思い直した清水坂は、ここにきて漸く吸血鬼=血を連想するに至ったようだ。


「え、っと・・・・はい。それは、その、ふ、ふふ、2つの、理由で、ですね・・・・そう、なのです」

 すると、カットベルは恥ずかしそうに答えた。


「ふた・・・・あっ。いやその、あのさ、この町にはどうして?」

 二つの理由とやらが凄く気になった清水坂だったのだが、食事の為と下僕にする為なのかなとすぐに思いついたので、この話題を掘り下げるのは止めて話題を変える事にした。


「それは、父殿と母様の仇討ちの為なのです。あの、コータロー。昨夜は助けていただいて、ホントにアリガトウなのです」

 この町ではなくこの国へ来た理由を告げた後、カットベルは感謝の言葉を続けて、ぺこり。頭を下げた。


「コータローのお蔭様で、このとおり完全復活なのですよ」

 そして、明るくそう告げてすぐ、胸を張った。ボンが更にボンとなる。


「そっ、それは、その、良かった、です・・・・」

 清水坂はつられて微笑んだが、サラッと聞こえた仇討ちという言葉に意識を取られていた。


「コータローはアタシのお蔭様で、命の恩人様なのです」

 カットベルは嬉しそうに言った。


「そ、そんな、大袈裟な・・・・」

 仇討ちという言葉が気になったのでもう少し触れてみたいと思った清水坂だったが、あまり易々と触れてはならない内容でもあったので、逡巡しながら今の話題を進めた。


「あ、あのさ」

 しかし、あまりに感謝されて気恥ずかしくなったので、更に話題を変えようと思った。


「はい。何でしょう?」

 カットベルは素直に従う。何でも聞いてくださいといった感じだ。


「えっ、と、その、あっ、カットベルさんってさ、コッチの言葉上手だね」

 清水坂は思いつきでそう言った。話題を変えようとは思ったものの、実は何も考えていなかったので。しかしながらそうは言ってみたものの、その言葉遣いにはずっと違和感を覚えていた。たしかに頗る流暢ではあるのだが時折、語尾が変だったからだ。最初のうちは母国語ではないのだろうから仕方がないと思っていた清水坂ではあったのだが、でもそれならそれで流暢ではない筈なのにと、そう感じたのだ。伝わるので問題ないのだけれど、なんだか不自然だという思いは拭えないといった感じであった。


「アリガトウなのですよコータロー!」

 のだけれど。清水坂に褒められたと受け止めたカットベルは、親に褒められた子供のように心の底から喜んだ。


「いえ、そんな・・・・」ん、あれ?


 そんなカットベルの様子を見た清水坂は、これまでのカットベルの様子も合わせ、もしかしたら自分はとんでもなく重大な過ちを犯してしまっているのではないのだろうかと感じるに至った。自身が抱く吸血鬼像を優先し、目の前に存在している実際で現実の吸血鬼であるところのカットベルから感じるイメージの方を疑っていたからだ。


「実は、この国の言葉は得意なのです!」母様から教えていただいたですよ♪ 母様はこの国で生まれたそうですから。


 清水坂に褒められた事があまりにも嬉しかったカットベルは、そう言って胸を張った。


「・・・・」

 一方で清水坂は、自身の勝手な想像に当てはめようとする行為は愚劣な偏見でしかないと、その胸の内で深く反省した。


「・・・・?」あああの、コータロー? 急に顔色が重くなったですね・・・・。


「・・・・」吸血鬼さんにもいろんなタイプがあるよな、うん。


「・・・・?」あ、アタシのターンというヤツなのですか? それならば、何か話さないとですね・・・・さて、どうしましょう?


「・・・・」そうだよ。決めつけは良くない。絶対にダメだ。


「あああの。実は、昨夜も教団のハンターやら賞金稼ぎやらに追われていまして、あ、あの、追われる事につきましては父殿や母様の仇もいるですから都合がイイですが、ですが、教団の連中はタチが凄く悪く、ついついカーッとなってしまうです。ですから、その、昨夜はそれで、罠にかかってしまったです」

 清水坂が黙ったままでいたので、カットベルは昨夜の経緯を感情を込めて話し始めた。実を言うと清水坂家の幸太郎の部屋のベランダには、偶然では決してなくある確信を持って自発的に向かっていたのだが、その事については伏せておく事にしたようだ。


「そうだったんですか・・・・」仇、かぁー。


 両親の仇という言葉を再び聞くに至って胸が苦しくなった清水坂は、それと同時に地球上の至るところにある紛争地帯を思い浮かべてみたのだが、正直なところそれはまるで映画や小説の中の話しのようで、確固たる現実感を得る事は出来なかった。それもあってか、先程も耳にした昨夜という言葉もキーワードとして残っていた。どうやら、丸一日近く経っているらしい。


「ですから、今度はズタズタのメタメタにするですよ」

「ん? え、っと・・・・」


「ギタギタですよ、コータロー」

「そう、ですか・・・・あはは」

 物騒な事を笑顔でサラリと言ってのけるカットベルを見た清水坂は、ある程度より以上はたぶんきっと自身の勝手な想像や思い込みと同じかもしれないと、自身の考えを少しだけ軌道修正する事にした。


「はい♪」

「あの、さ」


「はい。何でしょう?」

「仲間とかはどうしてるの?」


「仲間、ですか? それは、その・・・・ずっと独りぼっちなのです」

 ぽつり、カットベルはそう答えた。先程まではたしかにあった明るさが、この時はあきらかに消え去っていた。


「え、そうなの? じゃあ、独りで大勢となんだね」

 集団vs集団の闘いを勝手に思い描いていた清水坂は、驚きつつも感心した。


「アタシに勝てるような者なんて殆どいないですが、すぐに感情的になってしまうというこの性格を利用されてしまうと危ないです。特に昨夜は、コータローに助けていただけなかったら、きっとアタシは殺されていたです」

 そう言って、カットベルは更に肩を落とす。


「殺さ、いやその、あっ、あのさ、その、ずっと独りって、寂しい時とかない?」

「それは、はい。とても寂しいです。凄く退屈ですし、心細いです。こうして穏やかに楽しくお話しするような機会など父殿と母様を亡くしてからは全くありませんでしたし、優しくされたという事もなかったですし」

 そしてそう言うと、清水坂をジッと見つめた。


「そうだったんだぁ・・・・」カットベルさんはどのくらいの年月を孤独に生きてきたのだろうか? それって凄く、うん。ツラい事なんだろうなぁ・・・・。


 と、思った清水坂は、無性に心が痛くなった。のほほんと気ままに生きてきた自分はなんて恵まれているのだろうと心から感じると共に、世の中は不公平だなとも感じた。


「カットベルさんって」

「あう、あ、あの、コータロー」


「ん?」

「アタシの事は、カットベルと呼び捨てにしてください」

 カットベルはモジモジと、恥ずかしそうに訴えた。


「でも、まだ」

 しかし、清水坂が断る旨の何かを告げようとすると。


「いいえ、もはやそうお呼びくださいなのですよコータロー」

 今度は清水坂を真っ直ぐに見つめながらそう訴えた。


「え、っと、じゃあ、その、カットベルは、仲間を作ろうと思った事はなかったの?」もはや、って。つまりその、そういう事だよね。そうだよなぁ、恋愛感情の表現だもんね。回数とかは関係ないよなぁー。


 カットベルの訴えに依然として逡巡していた清水坂ではあったが、結局のところは気圧されたような形で受け入れ、そして話しを進めた。


「仲間だと信じていた者達によって、父殿と母様は殺されたです。高額の賞金首でもありましたから、どうやらその機会をずっと狙っていたようです。アタシはどうにか生き延び、仇を探そうと決めたですが、探し出して見つけ出して討つという毎日を生きている内に、様々なカラクリも見えてきたです。そして、アタシにも高額の賞金がかかるようになり、今や殆どの者が恐れるような存在へとなり果ててしまったです。そのような敵だらけのこんなアタシなんかの仲間になろうなんて者はおりません。そんなアタシですから、手を差し伸べていただいたのは、コータローが、その・・・・初めてなのですよ」

 清水坂を見つめたまま、カットベルが告げる。


「そん」

「うぐ!」


「な、えっ?」

 そんなアタシ、の部分はたった今こうして知り得た事なんですけど・・・・と、おもわず言いそうになったその時、カットベルが身体をビクンと震わせた。なので清水坂は、その挙動に意識をとられて口を噤む。


「くっ!」

 カットベルの表情が、みるみるうちに険しくなっていく。


「あああの、ど、どうしたの?」

 清水坂がおそるおそる訊く。


「ヤツ等がこの辺りをうろついている気配がするです」

 そう説明するや否や、カットベルはスクッと立ち上がった。そして、ベランダに向かってパタパタと歩きだす。


「ヤツ等って・・・・えっ、ま、まさか、そのままで行くの?」

 人間にとって非現実的な世界の住人であるカットベルに、清水坂は現実的な疑問をぶつけた。


「えっ? と、お着替えでしたら、此処から少し行った先にある丘の上の仮の寝床としている所にあるですが、このままではダメですか?」

 何故? と、いった感じでカットベルは訊いた。


「いやその・・・・あ、オレの服を着ていきなよ。うん。そうしよう!」

 外は寒いしやはり服を着るべきですと思った清水坂は、そう言うと収納してある自分の衣類を取りに歩いた。少し行った先の丘にある寝床とは、もしかしてかなり先にある丘の上の廃校の事かなとも思いながら。


「コータローがそう言うのでしたら喜んでそうするですけど、闘いになるですから、その、ボロボロに、汚してしまうかもですよ?」

 とても嬉しそうに、けれど申し訳なさそうに、カットベルは言った。それと同時に、初めて清水坂を見た夜の事が、清水坂を見初めたあの夜の事が、その脳内に思い浮かんだ。


「ん? イイよ、そんなの。うん。どれにする?」

 それでも服を着ていくべきだと思った清水坂は、箪笥の引き出しを開きながら言った。


「ホントに、イイですか? アタシでイイですか?」アタシを貰っていただけるですか? そうなのですか?


 その言葉とは裏腹に、とても嬉しそうに清水坂に駆け寄ったカットベルは、今度はモジモジと恥ずかしがりながら黒色のタンクトップを指差した。


「え、それはどう、って、それ?」

 アタシでイイですか? の、意味を知ろうとしたが、カットベルが意外な方向を指したので面喰った清水坂は、それをそのまま言葉にした。


「はい。これが、イイです・・・・」だって、これこそが、その証ですから。


 カットベルが望んだのは箪笥の中の衣類ではなくて、昨夜のあの時に清水坂から脱がして床に置いておいた黒のタンクトップであった。


「でも、それは」俺が着ていたヤツだし。


「あう、う、あああの、あう、やっぱりアタシではダメなのですか?」やっぱりイヤですか? そうなのですか?


 使用済みではない服の方が良いのではと言おうとした清水坂であったのだが、カットベルはそのタンクトップを胸に抱え、懇願するかのように言葉を重ねて訴えた。


「えっ、と、その、イイけど・・・・」

 アタシではダメなのですか? の、意味が判らないまま清水坂が肯定の意を示すと、そうとは知らないままのカットベルは嬉しそうにニッコリと微笑み、そのタンクトップをいそいそと着た。


「はう、う。コータローの匂いがするです」やりました、なのですよ! 遂に、遂にアタシは。アタシは・・・・えへへ。


 幸せそうな微笑みを浮かべながらそう呟いたカットベルは、あらためてベランダに向かい、シャッとカーテンを開け、ガラガラとガラス戸を開け、軽やかにベランダに歩み出た。月の灯りがカットベルを僅かに照らす。


「あっ」

 その姿がとても綺麗で、おもわず見惚れてしまった清水坂は、下も何か穿くべきですよという思いを声にするのを忘れてしまった。タンクトップでギリギリ隠れているといった感じだった。前屈みになったり、腕を空に向けて伸ばさなければ・・・・では、あるが。


「コータロー。一夜を共に明かした女は、殿方の上着を着るのが証となるですよね?」

 くるりと振り向き、清水坂にそう訊くカットベルのその表情は、とても柔らかで、その声はとても優しかった。


「ん? 証って・・・・」

 どうやら、カットベルは人間の世界の恋愛モノの映画かTVドラマ辺りを観た際に、それが恋人となる為の条件だと、そう勘違いしたようで、もっと言えばそれは結婚を意味する儀式の一つとまで勘違いしているのだが、それを知る由もない清水坂は清水坂で誤解したままでいるので、カットベルの言葉に戸惑いを感じた。それと同時に、一夜を共にしたというカットベルの言葉に誤解を増幅させてしまってもいた。


「アタシは幸せなのです!」これが運命というモノなのかも、です。当たって砕けろ、でしたっけ。おもいきって来てみて良かったです!


「い、いや」あの、さ・・・・。


 大いに勘違いしているカットベルは、本当に幸せそうであった。清水坂の服を着てもOKだという事は、つまりそういう事だと思っているのだから。文化の違い・・・・いいや、認識の違いである。


「アタシ、コータローに尽くしますね」私なんかを、アリガトウなのです。


「えっ、と」

 完全なる勘違いを訂正及び説明してくれる者など、カットベルの周りにはいなかった。何故ならずっと、独りぼっちだったのだから。


「えへへ」こんなにも早くこうなれるものなのですね・・・・一目会ったその時に、ですね。母様の言うとおりでした。アタシ、頑張るですよぉー!


「いやその」実は覚えがないんですけどなんて今更、言えないよなぁ・・・・どうしよう。


 自分の事を完全に恋人だと思っているんだろうなと、だからどうしようかと、この場合どうすればイイんだろうかと、清水坂は戸惑いを更に深くしていった。しかし、その戸惑いの中には、不思議と後悔の念はなかった。


「コータロー・・・・」

「ん?」


「そ、そのぉ・・・・」

「・・・・?」


「あう、う、コータロー・・・・何も言ってはくださらない、ですか?」父殿が母様にかけていたような嬉しくなるお言葉をどうかアタシにも・・・・って、まだそこまでは甘えすぎなのでしょうか。


 清水坂が然したる言葉すら返してくれないので、カットベルは悲しい表情でそう甘え、清水坂からの言葉を待った。


「あっ、その、えっと・・・・心と身体を、大切にしてください。とか?」

 昨夜のカットベルの様子を思い出した清水坂は、気をつけてねという意味でそう告げた。


「はう、う、コータロー・・・・はい! 必ず、そうするです!!」コータロー♪ ううう、このまま傍に居たいですぅ・・・・アイツ等、ギタギタにしてやるですよ!


 清水坂のその言葉を、無事に帰ってきてねという意味だと捉えたカットベルは、途端に幸せそうな柔らかい表情に戻ってそう返した。しかしそれによって、別の感情も誘発されたらしい。


「うん・・・・あっ、その、いってらっしゃい」

「はい。それでは、まいります!」

 そう言うや否やベランダの柵にポンと跳び乗り、軽く屈伸した後にたたんと跳躍し、空を舞うように、たん、たん、たぁーん! と、跳んでいった。


「・・・・」

 清水坂はただただ、その場に立ち尽くすのみであった。


 見惚れながら、

 戸惑いながら、


 夢ではないのかと疑いながら、


 思い出しながら、

 でも思い出せず、


 現実なのだと受け入れながら。



 ・・・・・・。



 こうして。


 清水坂の大いなる誤解と、カットベルの完全なる勘違いは、微妙に繋がったまま、夜は朝へとその姿を変えていくのであった。




           第二幕) 完

           第三幕へ続く

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