第一幕)突然と言えば突然
第一幕)突然と言えば突然
自室のベッドにゴロンと横になって天井を見つめながら、黒髪を青く染めた長身の清水坂は自身の現状について考えを巡らせていた。
「・・・・」
現在、今、この時、自身がその身を置いている現状、立ち位置・・・・それは。もう数日後には学校であれば新学期が、会社であれば新年度が、それぞれ始まりを迎えるといった時期。で、ある。
「・・・・」
それなのに、そうであるのにも関わらず、何も決めないまま数日前に高校を卒業し、何も決めないまま時間を浪費しているという有り様。
「・・・・」
しかしながら、何かをしなくては何も始まらないという現実をこれもまた漸くといった有り様なのだけれど実感してはいるので、それならば何かしなくてはなるまい・・・・の、だけれど。と、こうして悩んでいるのだった。
「・・・・」
さてさて、問題はその何かである。スポーツで短期間の内に稼いでしまおうとか、学歴社会を比較的楽に生き抜く為に勉強に勤しもうとか、詰まるところそういった考えを持って計画的に生きてきた筈もなく。何かについて才能らしき片鱗を発見するという機会にも恵まれず。その内きっと何か見つかるだろうと思っていたけど見つからないまま、このような現在に至ってしまった。それは結局のところ何も見つからなかった場合はどうするのかという事を・・・・いいや、この場合においてはただ単に自分の将来を真剣に考えてこなかったというだけなのだが、それについてはもう過ぎた事。どう足掻いても時間は戻らないし、例え戻せるとしても戻す術を知らない。過去の自分の足跡を辿ったところで、問題の解決にはならない。回答を得るべき問題は、これからどうしようかという事なのだから。
「・・・・」
故に現在、その為の課題を模索中なのである。
・・・・。
デンワですよぉ~。
デンワですよぉ~。
どのくらいの時間が過去に流れた頃であろうか。清水坂にとっては突然と言えば突然に、愛用しているモバイルフォンが着信音をそのボディーから鳴り響かせた。震えてもいた。
デンワですよぉ~。
デンワですよぉ~。
「・・・・」おーい、電話ですおーと、その小さな身体いっぱいで懸命にお知らせしようとしている・・・・と、表現すると何やらそこはかとなく健気な気がしないでもないな。
と、徒然なるままにそんな事を考えながら。
「お、浜本からだ」
その愛機を手に取って、ポツリ。サブディスプレイに視線をやり、『浜本 茜』と表示されているのを確認した清水坂は、着信音を決め打ちにしてあったという理由から鳴り響いた時点で既にそうだと判っていたのにも関わらず、そう呟いた。
ぽちっ。
「もっすー」
『よっす! アレもコレも気兼ねなくでお馴染み独り暮らしを満喫中の所、お電話にてお邪魔しちゃいまぁ~す!』
清水坂が応対した途端、浜本茜は楽しそうにやや早口で話し始めた。
「親父殿達が出掛けたのは今朝だし、そんなの何も変わんないよ」
清水坂は両親と姉の四人で暮らしており、一昨年ほど前から独り暮らしをしている兄を含めて五人家族。今から数日ほど前に清水坂の卒業祝いという名目で家族旅行が提案され、名目の主である清水坂がそれを辞退すると、仕事が忙しくて泣く泣く断念した兄を除く三人で仲良く京都旅行へと出掛けてしまい、よって今朝から独りでお留守番役となっていたのだった。
『ねぇ、ダーリン・・・・今からそっち行って、さ。んで、ハダカにエプロ』
「激しく遠慮します」
独りで居るというだけでめくるめく桃色な世界へと誘う提案をする浜本に、清水坂は速攻で辞退の意を表明した。
『ん、がるるー! 少しくらいは妄想しちゃう時間を挟めコノヤロぉー!』
「その後、鬼の弓道部主将と恐れられた浜本の尻に並の剣道部部員だったオレが尻に敷かれるという末路を、か?」
複雑な乙女心をチラリと垣間見せる浜本に、清水坂は過去から現在、そして未来においてもきっとそうであろう如実なチカラ関係を言葉にした。
『え、あ、そ、そうよ清水坂は未来永劫この私のお尻に・・・・って、いつもエスな事すんの清水坂の方じゃんかよぉー!』
「でも、それは浜本が」
『それ以上は声にするなぁー!』
「・・・・そうします」なるほどたしかにエスかもしれない。
と、思いながら。清水坂は自重した。
『んもぉ・・・・バカ。あう、う、そ、そんな事より剣道と言えばさ、道着が似てるからってだけで弓道の稽古に来るからレギュラーから外されちゃうのよ』
脳裏に浮かぶあれやこれやから逃れる為に、浜本は話題を少しだけズラした。
「だって、弓道もヤッてみたら楽しかったんだもん。それに、格好イイし」
『たしかに楽しそうだったけど・・・・でもさ、どっちかに絞ってキッチリと取り組んでたらきっと、清水坂なら絶対にもっともっともっと上達してたと思うんだけどなぁ~。ほら、先生も期待してたし。真面目に取り組んでも良かったんじゃないかなって思うよ・・・・ま、一緒に居れて楽しかったけどね。まる』
「アリガト。全国大会常連レベルの浜本に言われると嬉しいよ。でも、強くなりたいとか勝ちたいとかが目的じゃなかったからさ、やっぱりアレ以上は上達しなかったと思うよ」
『う~ん、清水坂はたしかにそういうタイプじゃなかったよねぇ・・・・あ、あ、思い出した! ねぇねぇ、知ってた? またバンパイアが出たらしいの!』
いつも話題がコロコロと変わる二人なのだが、浜本がハマッていたという理由もあって最近はもっぱらこの話題になる事が多かった。
「見間違いだよ。こんな田舎に何の用事があって来るのさ・・・・だろ?」
こういった話に水を差すと浜本は怖いと充分に心得ている清水坂は、吸血鬼の存在は否定せず、その目撃のみを否定するように努めてそう言った。
吸血鬼。
バンパイア。
何やら、このあたりで行方不明になった人がいるとか、見た人がいるとか、襲われそうになった人がいる等々、ここ一カ月ほど前から急にあちこちで噂になり始め、それが話題になっていく内にその噂話が巡り巡って、私も聞いた事があるとか、僕も何回か聞いた事があるとか、そういった流れを作り出し、それによって噂話は情報と名を変えて如実に信憑性を増していき、清水坂が住むこの町では今ちょっとした騒ぎにまでなりだしていた。メディアもそろそろネタにするのでは・・・・と、いうくらいに。
『そこら辺はさ、きっと、ほら、私達には判らない深ぁ~い深ぁ~い理由とか事情があるのよ、うん。あぁ~あ、一度でイイから私も会ってみたいなぁ~』
吸血鬼が実際に存在する怪異の者だと仮定して、昔に流行った古典ホラーとしての吸血鬼ではなくて最近の流行りであるところのコメディーやロマンス的な吸血鬼を思い浮かべているのか、浜本はまるでアイドル歌手にでも会いたいかのような気楽さでそう言った。
「会ったら吸血鬼にされちゃうぞ?」目視した瞬間に脱兎の如く駆け寄って、サインしてくださいとか、握手してくださいとか、メル友になりませんかとか、浜本なら言いかねないなぁ・・・・。
と、清水坂は言いながら思う。
『あ、そっか。そうだよね。血を吸われて奴隷に・・・・ん? じゃなくて、食べられちゃうんだったっけ? でもさ、そのバンパイアって凄い綺麗な女性だって噂だしさ、コッソリでイイから見てみたいよぉ~』
清水坂に苦言を呈された浜本は、それによって素直にホラーとしての吸血鬼の方を連想してみたのだが、山奥のお城で棺桶の中にいる伯爵を思い浮かべた時点でその想像力のほぼ全てを使い果たしてしまったようだった。年代的にとか時代的にと表現するのは些か短絡的ではあるのだが、少なくとも浜本にとっては昨今のアニメ等でお目にかかる吸血鬼の方がしっくりくるのだろう。
「だから、さ。危ないって」
清水坂はそう即答したものの、会いたいから見たいに変わっていたので少しだけではあるが安心した。
『清水坂は気になんないの? 綺麗な女性だよ? しかも、ボンでキュッでボンらしいよ?』
「うん。興味ない」
浜本の問いかけに、清水坂は即答で返した。が、綺麗な吸血鬼にではなく、そんな噂話には、という意味で。
『そっか・・・・うん。安心したよ』
ボンでもキュッでもないのが実は相当なコンプレックスである浜本は、清水坂が即答した事に安堵しているかのようにポツリ、そう呟いた。
「女性の吸血鬼、ねぇ・・・・」
しかし、清水坂はそれに気づかなかったようだ。
『やっぱさ、凄い怖いのかな?』
内心で少しの安堵と少なくはない逡巡が複雑に絡み合いながら、浜本は話しを進める。
「ん? やっぱ、そうなんじゃない?」
この町で話題の情報・・・・いいや、噂話によるとその吸血鬼とやらは、人間で言うところの女性で、腰まで届くサラサラの赤い髪、顔は小さく卵型、見る者を凍らせてしまうような視線を送る赤い瞳、聞く者を凍らせてしまいそうな冷たい声音、真っ赤な唇、透けるような白い肌、スラリと伸びた長い腕と足、バストとヒップはボンとしていて、ウエストはキュッとしているのだそうだ。それは例えるならば清水坂にとっては、北欧から来た少しパンクな美女と言われてイメージしてしまうような外見でもあり、オプションでボンテージと鞭が追加されたら女王様とお呼びといった感じでもある容姿であった。
『・・・・ん?』
「うーん・・・・」
なので清水坂は、目撃証言が事実だとしても、実際に北欧辺りから観光に来た女性だったりするのではないかと思いつつ、そんな詳しく観察できた者が吸血鬼に発見されずに生きて帰れるものだろうかとも疑問に思い、更には北欧からわざわざ観光に来るような風光明媚なモノなんてこの町にも近辺にも一切ございませんが・・・・と、その可能性についてつらつらと思考を巡らせた。
「それよりさ、あの仔猫は元気してる?」
が、しかし。やはりさっぱり興味がないので、さりげなくを装いつつ話題を変えてみる事にした。
『えっ? あ、うん! 今ね、何してるのかにゃん? って感じでコッチを見つめておりますよぉ・・・・あ、変わる?』
浜本はその話題に乗った。
「うん。お願いしようかなって無理だろそれ。あ、ナゴヤに行く準備は十全?」
清水坂は更に話題を変える。
『うむ、勿論ですとも! いつでも行けますよマジ、あ・・・・でもさぁ~』
・・・・そして。
清水坂が浜本の暇つぶしプラスごにょごにょから解放されたのは、それから二時間程が経過した後の事であった。
「吸血鬼、ねぇ・・・・」
ぽつりと呟いた清水坂は、興味ないんだよなぁ~とは思いつつも、吸血鬼と言われて思い浮かぶイメージを脳内に並べてみた。
・吸血鬼は人間の血を好んで吸う。
・吸われた者は吸血鬼になる。
・生き血を飲まないと喉が焼ける。
・生き血を飲まないと苦しくなる。
・太陽の光を浴びると燃えて灰になる。
・白木の杭で心臓を貫かれると死ぬ。
・銀製の物で受傷すると大ダメージ。
・銀製具で首を切り落とされると死ぬ。
・蝙蝠と狼と鼠に変身可能。
・十字架と大蒜が苦手。
・男はテールコートとシルクハット。
・女性はドレス。
・中がフワフワの棺桶で眠る。
・鏡に映らない。
・語尾に『~ざます』が付く。
・色が似ているからトマトジュース好き。
「あとは、翼とか尻尾・・・・それは違うか。それだと、格闘ゲームのキャラとかにいた、えっと、たしか、サキュバスだっ、た・・・・インキュバスだっけ?」ま、兎に角それは吸血鬼ではなくて淫夢に出てくる妖魔だからサクッと却下して。あ、そうだ! 基本的には不老不死の怪異とかだった、かな・・・・だったか? 作品によって設定が微妙だからなぁ・・・・。
と、アレやコレやと思い浮かべてはみたものの。それ等は全て小説や漫画や映画に登場する架空の物語の吸血鬼像であり、実際に出会った経験なんてこの先も皆無であろう怪異の者を思い浮かべてみても、現実味はかなり薄かった。
「う~ん・・・・」もしも実在していれば、今頃は人間なんてゾンビ映画よろしくその殆どが既に吸血鬼にされているのではないだろうか? だいたい、ゾンビさんだってその身体は腐敗している筈なのに歩けるし、噛めるし、しかも見えるし、都合が良すぎなんだよなぁー。表面だけしか腐敗しないとか有り得ないよ。吸血鬼さんだってそうだ。不老不死なら生まれた時からあの容姿とかいう意味不明な事になるし。う~ん、何か設定を批判しているみたいな気分になってきたな。ただの作り話、スペクタクルでエンターテインメントな発想に文句を言うなんて野暮だよな・・・・ま、噂になっているその殆どって、吸血鬼である必要がないような気もするし、何よりもまず実際に存在するワケがないよ。
「もはや、空の彼方と海の奥底にしかファンタジーはない世の中だからなぁ・・・・」贅沢イコール裕福アットマーク夢みたいなモノだもんね。
と、考えていると。
ばたん!
どたん!
「ん? ん? 何?」
清水坂にとっては突然と言えば突然に自室のベランダで何やら大きな物音がしたので、驚いて跳ね起きた清水坂はそのベランダに通じるガラス戸にそっと近づき、カーテンを少しだけ開けて外の様子をおそるおそる窺った。
で、確認した途端。
「えっ!」
清水坂は驚きのあまり大きな声を出してそのまま、愕然となってしまうに至った。そのベランダに、二階である筈の部屋のベランダに、ボロボロになったドレスを纏った傷だらけの女性が蹲っていたからだ。
「と・・・・ウソ、だろ?」
しかも、長く赤い髪で、白い肌で、多分ボンでキュッでボンの女性が。
「どう、し」
清水坂が茫然となってそう呟きかけたその時、ベランダで蹲っていた女性がガバッと身を起こした。
「「あっ・・・・」」
なので、それによって目と目がバッチリと合ってしまった。その女性は卵型の小さな顔だった。真っ赤な唇の奥に牙らしき犬歯が見えたような気がした。しかしながら凍てつくような視線ではなく、今にも泣いてしまいそうなくらいに弱々しい表情だった。
「あの、助けてくださいなのです・・・・」
「えっ・・・・」なのです?
「カットベル=ハートネクスト・ネロキアスティルと申しますです・・・・」
「え、そ、あ、あああの」
「追われているです・・・・」
その女性、カットベルは凍てつくような冷たい声ではなく、弱々しく話しかけてきた。しかも、日本語で。それがあまりにも不憫な様子だったので、清水坂は慌ててガラガラとガラス戸を開けた。
「え、追わ、あの、えっと、その、あ、清水坂幸太郎です。次男なんですけど何故か、幸太郎です・・・・あっ、と、と、とりあえず中に、どうぞ」
そして、場違いな自己紹介をした。
「コータロー。そうなのですか・・・・」
すると、
「アリガトウなのですよ、コータロー」
ヨロヨロと這って部屋に入ったカットベルは、
「あう、う・・・・」
床にパタリと力尽きてそのまま、
「・・・・」
ピクリとも動かなくなった。
「えっ、えっ、ええっ?」
カットベルのそんな様子を見て驚いた清水坂ではあったのだが、追われているという言葉が思い浮かんだので慌ててガラス戸を閉め、慌ててロックをし、慌ててカーテンを閉め、大慌てでカットベルに駆け寄り、大わらわで彼女を抱きかかえた。
「あああ、あの、だっ、ん?」
が、しかし。
「んん・・・・」
どうやら、眠っているだけのようだ。
「・・・・んっ」
スヤスヤと。
「んんっ、ん」
何とも無防備な表情で。
「可愛い・・・・かも。っ!」
清水坂がどうすれば良いか固まっていると、カットベルを包んでいた所々大小切り刻まれたボロボロのドレスがハラリと床に落ち、至る所大小傷だらけの白い肌が完全に露出した。
「わっ、あ、あわ、あっ」
ほぼ・・・・いいや、完全に完璧に全裸な状態で眠るカットベルは、間違いなくボンでキュッでボンであった。
「えっと・・・・ん、いや、落ち着こう」
反射的にその脳内でめくるめく桃色な世界へと繋がる扉が開きかけたものの、苦しむ素振りや痛がる様子はないものの見るからに大怪我の女性に対して何を邪まな・・・・と、その心で激しく反省した清水坂は、傷だらけのカットベルを抱きかかえたまま立ち上がり、ベッドに移動して優しく寝かした。
「さて、と・・・・え、ええっ?」
そして、さてさて今度こそこれからどうしたものかと思案し始めた矢先、カットベルの身体にある幾つもの傷がそれぞれ徐々に小さくなり、ついには塞がり、何もなかったかのように綺麗さっぱり消えてなくなっていくという信じられない光景を目撃した。
その途端、その瞬間、不意に。
あるキーワードが頭をよぎる。
「た、たしか、吸血鬼は不死身・・・・だったよな」
人間ならあり得ないであろうそんな状況をもっと見ていたいという欲求が芽生えた清水坂ではあったのだが、女性だし全裸だし許可とっていないし見ているだけで抑える自信がなかったし変態だと思われるかもしれないし今ここで目を覚ましたら警察沙汰かもだしいやその詰まり不謹慎だから我慢するべきだと思い直した清水坂は、カットベルの身体にシーツをかけて部屋の灯りを消した。
「・・・・」
次第に、部屋にある時計の針がぼんやりと発光し始める。時刻は深夜の二時をまもなく過ぎようとする頃。
「吸血鬼、って。マジか?」
ベッドから一番遠い位置になる壁際に座った清水坂は、つい先程から今に至るまでの作り話のようなこの出来事を、頭の中で整理して落ち着こうと考えた。
「・・・・」いや待て。それにしても、だよ。今、目の前にあるベッドでスヤスヤと眠るこの女性は、吸血鬼と称されている噂の女性そのとおりの容姿っぽい。それに、目立って大きいという程ではないのだけれど、牙のような犬歯があった気もするし。それと、この目でハッキリと見た尋常じゃない自然治癒力。
「そんな人間なんて、いるのか?」ただ単に知らないだけで、実のところ普通にいるのかも・・・・いいや、それこそ小説だよ。映画や漫画の中にいるキャスト達だろう。でも、だからと言って吸血鬼だと認めてしまっても、はたしてそれでイイのだろうか? そもそも、吸血鬼って本当に存在するんだろうか? もしも本物なら、このまま傷が癒えて目を覚ましたら襲われるのかな・・・・俺に、って言うか人間にあんな弱々しい表情と声で助けを求めるような女性が、所謂ところのあの吸血鬼なのか? 吸血鬼ってたしかもっとこう、頗る尊大な性格だったような気がするんだけど・・・・あ、もしかしてこれは、浜本が仕掛けてきたドッキリ大作戦か? うん、あり得るぞぉー!
「いや、待て。落ち着こうよ。とにかく、落ち着こう。まずは落ち着こうよ、オレ・・・・」
この状況を現実だとは認識しているのだが、するしかないのだが、受け入れるにはあまりにも非現実的といった感じであった。元来が楽天的な性格の清水坂であったので、大真面目に考えれば考えるほど現実離れしたサスペンスやホラーの世界に迷い込みそうで、それはまだ恐怖と言うよりも不安ではあったものの、パニックになりかけてもいた。
「・・・・無理だ。落ち着けない!」
自身との闘いは続く。
・・・・。
がばっ!
「うわっ!」
そうこうしてどのくらいの時間が過去となった頃であろうか。清水坂にとっては突然と言えば突然にカットベルが上半身を勢いよく起こしたので、清水坂はおもわず驚きの声を出した。
「んっ・・・・ん?」
ゆっくりとだがキョロキョロと何かを探すように顔を動かしたカットベルは、その視界に清水坂をはっきりと捉えるとピタリ、そこで視線を止めた。
「うっ、く・・・・」
暗くてはっきりとは判らなかったものの暗闇に目が慣れていた清水坂は、カットベルのそんな様子がおぼろげに見えた途端、聴こえてしまうのではないかというくらいに強く、鼓動が脈打ちを変え始めた。
「コータロー・・・・」
カットベルは、柔らかに微笑みながらゆっくりと清水坂に近寄る。
「えっ?」
呼ばれた清水坂は不意に、動かなければ生物だと認識されずに済むのではないかと思った。が、そんなワケがない。今更ながらではあったが、恐怖という感覚に襲われていった。相手は噂の吸血鬼かもしれないのだから。
「コータロー・・・・寒い、ですか?」
清水坂の眼前すぐまで来たカットベルは、ゆっくりと身を屈めて清水坂と視線を平行に合わせると、震えている理由を訊いた。
「さ、ささ、さ・・・・」
それはアナタに怯えているからですよと正直に告げたら見逃してくれるかなとか、助けたから大目に見てくれるかなとか、清水坂の脳は活発に働いていたのだが、身体は今更ながらの恐怖に震えるだけだった。言葉も満足に発せない程に。
「寒い・・・・ですね?」
震えているのは怯えているからで、更には怯えている対象が自分だとはどうやら全く気づいていないらしい様子のカットベルは、そう確認するように言うと清水坂の首に両腕をスルリと回し、抱きしめるように優しくその身を合わせていった。
むぎゅ。
ぎゅう。
「?!!!」
清水坂の顔のすぐ横に、カットベルの顔。
「コータロー・・・・」
カットベルの顔のすぐ横に、清水坂の顔。
「「・・・・」」
清水坂はもう動悸と表現しても間違いではない程に鼓動が速まっていたが、実はこの時、カットベルも自身の鼓動が速まるのを感じていた。それは、いつものよりも格段に強い感覚だった。いつもは遠巻きに眺めているだけだったから。触れるのは初めてだったから。
「うぐっ!」
カットベルに抱きしめられた清水坂は反射的に、このまま殺されると思っていた。それが、血を吸われる体勢だと思ったからだ。しかし何も出来ず、どうする事も出来ず、その身を強張らせただただ戦慄するのみであった。
・・・・が、しかし。
「あの、コ、ココ、コータロー・・・・あっ、あ、あ、あ、温かい、ですか?」
「・・・・えっ」
カットベルが何やら恥ずかしそうに訊いてきたその言葉があまりにも予想外で意外だったので、清水坂は我が耳を疑った。
「あの、えっと、その、で、ですか、ら、あうう・・・・温かく、ないですか?」
「え、あ、あああの、えっと、その、大丈夫です、はい・・・・ゴメンなさい」
やはりカットベルは恥ずかしそうで、その意図が全く判らない清水坂は、違和感を深めながらも謝った。
「あっ、コータロー・・・・先程はアリガトウなのです」コータローがこんな近くに・・・・えへへ。
「先程、って・・・・」えっと、襲ってこない感じなの?
「コータローは、命の恩人様です」やっぱり、優しい人でした。
「そ、そんな事は・・・・」えっと。襲われない感じ、なのかな。
「あの・・・・」これはチャンスというターンかもしれないですね・・・・甘えてみようかな。
「えっ?」やっぱり襲う?
「あう、う・・・・」アタシ、どうしましょう!
「・・・・?!」殺すの?
「「・・・・」」
ぎこちない会話を数度続けた後、カットベルは清水坂の正面に自分の顔を持っていく。そして、再び清水坂を見つめると清水坂は、その瞳にも捕らえられたかのように、何も発せず見つめ続けるだけであった。
「えっと、ですね、その、傷が癒えて、そして再び、夜となるまで、ですね、そ、その・・・・此処に、居てもイイですか?」
カットベルのその声に威圧感はなく、その表情は懇願に満ちていた。
「え、あ、はははい・・・・その、イイですけど」あれ?
激しく意外に感じながらも、清水坂はカットベルによるそのお願いを受け入れる事にした。あまりにも意外な展開すぎて、恐怖感がなくなっていた。
「はううぅ、アリガトウなのですよコータロー!」
清水坂が自分を受け入れてくれた事が嬉しかったカットベルは、途端に表情が晴れ、その感情を解放するかのような勢いで清水坂を再び抱きしめ直した。
と、言うよりも。
ギュッと抱きついたつもりだった。
少なくとも、
カットベルにとってみれば。
「えぐっ、ぐはっ!」
が、しかし。
それが尋常ではないチカラであったので、清水坂は途端に握りつぶされていく苦痛を感じた。そして、呼吸すらもできないその圧力に全身が否応なく包まれていった。
そしてそれは、ほんの。
一瞬の出来事であった。
何故ならば、その直後。
「ぐっ、がはっ! っっっ!」
ミシミシッ!
と、何かが軋むような音がしたから。
バキバキッ!
と、何かが砕けたような音もしたから。
グワチャッ!
と、何かが潰れたような音もしたから。
「ぐ、ふ、うっ・・・・」
朦朧として急激に薄れゆく意識の中で清水坂は、この女性は吸血鬼さんではなくてフランケンシュタイン博士渾身の作品であるところのアノ有名な人造人間さんなのでは・・・・と、思った。
「はう? あ、ああ! ああああのそそそ、ゴ、ゴゴ、ゴメンなさいなのです!」
暫しして自身の多大なるミステイクに漸く気づいたカットベルは、慌ててチカラを緩めて清水坂を窺った。
「・・・・」
時すでに遅しではあったものの尋常ではない圧力から解放された清水坂は、時すでに遅しであったが故にコポコポと口から血を溢れ出しながら、ヨロヨロとチカラなく崩れていった。
「どど、どどどどうしましょう・・・・こ、こんな、つもりでは、そそそ、その、ゴ、ゴゴ、ゴゴゴゴゴメンなさいなのですよコータロー!」
自身の甚大なるミステイクに激しく動揺するカットベルは、強く後悔しつつも清水坂の口から溢れる血を舌で何度も受け止めた。そして、許してくださいと心の中で何度も何度も懺悔した。
「・・・・」
当然と言えば当然なのだが、清水坂はぴくりとも動かない。
「あう、うう・・・・あっ! あ、あ、そ、そそそそうでしたぁあああー!」
突然と言えば突然に何かを思い出したカットベルは、ぐったりしている清水坂を軽々とベッドまで運び、更に衣類を剥いで全裸にし、露わにした胸にガブリと噛みついた。
「はむっ、んぐ、んっ、んんっ!」
そして、清水坂の身体から漏れ出る血を飲み込みつつ、自身の手をズタズタに裂く。
「んぐ、んぐ、んぐ・・・・」
次に、途端に血まみれとなったその指をズブリ、清水坂のその傷口に刺し入れる。
「んぐ、んぐ、んぐ・・・・」
更に、暫しするとその手を抜き出して再び裂き、再度ヌルリと差し入れる。
「んぐ、んぐ・・・・」
と、いう反復動作を何度も何度も繰り返すのであった。
・・・・・・。
・・・・・・。
第一幕) 完
第二幕へ続く




