序 幕)ぷろろーぐですよ
序 幕 ぷろろーぐですよ
出逢いというイベントはいつだって、そう。突然と言えば突然に、唐突と言えば唐突に、何の予告すら無いままに始まる日常のヒトコマである。
の、だが。
けれども。
それでも。
それはいつだって、そう。当然と言えば当然のように訪れる。それ故なのか、これこそ運命に違いないと思えてならないくらいに心を震わせてしまう瞬間がある。予測して待つことが出来ないからこそ突然で、例え前ぶれなどが存在していたとしても唐突で、けれどもそんな未来が既に決定していたかのように当然で、そうであるからこそ運命だとするのならば、それこそ。やはり。未来という認識不明瞭な行く先はハナから決まっているという事なのだろうか?
運命には、幾つもの選択肢が幾つもある。否応なしに何かを選ばされることによってその先にあるマスに進み、そうする事で未来にあるモノが何なのかがハッキリと判るのだけれど、しかし。何を選んだからそうなったのかが判らなくなるくらいに続く選択を何度も何度も繰り返し繰り返し行っていくウチに、何を選んだからそうなったのかなんて気にならなくなり、気にも留めなくなり、いつしかただ単にサイコロを振ってマスを進むゲームとすら思わなくなってしまい、遂には変わらない毎日だとしか感じないような日常と化していく。
ならば運命とは、選んでいるつもりなく選んだ選択肢の幾つもの組み合わせで起こる偶然の出来事なのか、それとも誰かが選ぶべくして選んだ選択肢の幾つもと他の誰かが選ぶべくして選んだ選択肢の幾つもが織りなす奇跡なのか。結局のところそれは、現在立っているマスでいくら考えてみたところでその答えを明確に導き出す事なんて出来ない手に余る事なのかもしれない。
けれども、
それ故に、
奇跡と形容するに値する。
そうとも、言えるワケで。
思考や感情の果てが理論や理屈で簡単に解明出来て、更にその上で理解出来る事ならば、或いは1+1=2というような簡単で明快な公式に当てはめる事ができるのならば、全ての物事に対しての認知なんて小学校教育までで十全であろう。しかし、生きとし生ける全ての者に頭の中のモノサシでは計り知る事が出来ない心のビートがある限り、出逢いという運命を偶然だと消化するのか奇跡だと昇華するのかは、選択した者の心持ち次第という事なのだろう。
もしも、
そうであるのなら。
人間という種族の男性という生き物であった清水坂幸太郎と、バンパイアという種族の女性という生き物であるカットベル=ハートネクスト・ネロキアスティルの出逢いは、清水坂にとってもカットベルにとっても間違いなく奇跡であり、淀みなく運命であり、二者のその後の幾つもも同様に奇跡であり運命であった。
さてさて・・・・。
その始まりは、まだ肌寒いと感じるとある国の三月の終わり。空に浮かぶ月がいつもよりも大きく見えた夜の事。いつもと寸分違わず流れる時間の中の、いつもとは違い過ぎる巡り逢わせであった。
の、だけれど。
その始まりに繋がる始まりは、
それよりももう少しだけ遡る。
吐く息が白く煙る、
とある日の夜まで。
・・・・・・。
ざぁあああーーっっ!
地面を叩く激しい音の幾つもが次から次へと鳴り響いては重なり、一つの轟音と化して空気を大きく揺らしている。そんな、あらゆる者の耳を独占するかのような豪雨の真夜中を独り、防水という試みを一切していない詰まり全身ずぶ濡れの長い赤髪の女性が、とぼとぼ。
と、歩いていた。
の、だが。
突然と言えば突然その足を、ぴたり。
と、止めた。
そして、うんざりといった溜め息の交ざった小さな声で、ぽつり。
「また、ですか・・・・」
と、呟く。
ざぁあああーーっっ!
赤髪の彼女がうんざりした表情で立ち止まった此処は、小高い丘の上にある廃墟となって久しいといった様相を呈している学校跡。廃校となって数年は経過しているそこの、グラウンドに入ろうかといった辺り。
「毎回、毎回・・・・イライラさせるヤリ方なのです」
灯り一つない暗闇の眼前、数m先を見据えていたその表情が、徐々に怒気を帯びていく。其処には、図体が人間の規格を著しく逸脱している大男達が、これまた防水という手段を用いる事なく立っていた。
その数、十名。
「ようこそこの国へ! アンタが闇夜の悪魔さんだな?」
そのうちの一名が、何とも横柄な口ぶりで赤髪の女性に問う。
「・・・・」
が、しかし。彼女は何も答えない。
「おい! 聞いてんのかよ!」
再び、問う。
「・・・・」
が、同じく。
「ふん! ったくよ。こんな所に潜伏しやがって!」
「・・・・」アタシは仇を討ちたいだけなのですよ。
「でもよ、見つけたぞぉー! アンタの伝説は今宵で終わりだ!」
「・・・・」伝説? そんなの望んでなんていないですよ。
「今宵からは、俺様が最強だぁー!」
「・・・・」それなのに勝手に決めつけて、誰も見てはくれない。
「って、おい! 聞いてんのかよ!」
「勿論、聴こえているですよ」アタシは独りぼっち。
「なら」
「もう、イイですか?」ずっとずっと、ずっと独り。
「へ? なっ」
「もうイイですか?」これからも、
「も、もう?」
「と、訊いているのです」独りぼっち、なのかなぁ・・・・。
「な、何がもっ」
「そうやって無駄に生き続けている事が、ですよぉ!」
そう言うや否・・・・いいや、宣告するや否や。彼女は眼前にある視界の先に向かって勢いよく躍り出た。
ばしぃいいいーっ!
「あぐ、っ!」
ぐぅおしゃっ!
「っふ・・・・」
「ふう・・・・これで漸く、耳障りはなくなったですね」
と、ぽつり。赤髪の彼女は呟く。彼女が躍り出た僅か後の事。今の今まで横柄だった男は、言葉らしい言葉を発する猶予さえ全くと言ってもイイくらいに与えられず、彼女がもたらした甚大な圧力に屈した。それは、刹那と表現したいほどに僅かでしかない時間であった。彼女の右手によってあまりにも呆気なく顔面を掴まれ、あまりにも呆気なくその勢いそのままに、あまりにも呆気なく地面へと叩きつけられたのだ。
人外な、そのチカラによって。
「うわぁあああーっ!」
実はただの雑魚キャラだった男が呆気なく瞬殺されたその僅かだけ後、残りのこれもまた雑魚キャラなのであろう九名がそれぞれに、けれど同じ思いを胸に、戦慄に塗れた絶叫の声をあげた。
「それでもまだ、目障りがこんなにも」
見る者の全てを凍てつかせてしまうかのような表情て、ぎろり。そして抑揚のない声色で、ぼそり。赤髪の彼女が呟く。
「ひっ、ひぃいいっ・・・・」
すると、自分達の行く末を容易く理解し想像した内の一名が、弱々しい声を漏らしながらわなわなと震える。
「こんなに・・・・こんなにもぉー!」
「ひゃ、う、ひぎゃあああーっ!」
彼女がこの者達を残らず屍へと誘うのに、
やはりさほどの時間すらかからなかった。
「この雨ですから、まだ当分は灰にはならないですね・・・・」
グチャグチャの屍達を足下に彼女はそう呟くと、たった今来たばかりの道を引き返すかのように、くるり。そして、ふらり。その場を後にするのだった。
・・・・・・。
「みゃぁあああーっ!」
それは、否応なく耳を独占している激しい雨音を軽く凌駕してしまう程に、悲しくも激しい叫び声であった。
「んっ?」
街灯に照らされた道を自宅へと向かっていた青髪の青年が、その叫び声に反応する。
「今の、何だろう?」
さほど遠くない辺りから聴こえてきたような気が・・・・と、目星をつけながら。その青年はその方向へと歩を進める。
「みゃぁあああーっ!」
途中、再びの絶叫。
「・・・・!」
青年は更に歩を進める。
「・・・・」
眼前には小さな公園。
「・・・・?」
その、入り口付近。
「あれ、かな・・・・」
雨に打たれるダンボール。
「・・・・!」
の、中。
「にゃ、あ・・・・」
に、一匹。
「オマエ、かぁ・・・・」
その叫びは心細さからなのか、寒さからなのか、その両方からなのか、それとも別の何かからなのか、その中で仔猫が震えていた。
「みい・・・・」
「捨てられたのか・・・・かわいそうに」
傘でダンボールを覆いながら、青年は沈んだ声で呟いた。
「みい・・・・」
「事情があるんだろうけど、そんなのオマエには関係ない事だよなぁー」
言いながら、傘で雨を凌いだだけではその震えは止まりそうにないびしょ濡れの仔猫を抱きかかえる。
「うわ、冷たっ・・・・寒かったろ?」
自身の胸で温めながら、青年が優しい声で話しかける。
「みゃあー」
すると、仔猫は甘えるように鳴いた。依然としてブルブルと震えてはいるが、どうやらこの状況に安堵しているようだ。
デンワですよぉ~。
デンワですよぉ~。
と、その時。突然と言えば突然に、青年が愛用しているモバイルフォンの着信音が鳴った。
「あ、アイツならもしかしたら」
何か閃いた様子の青年はすくっと立ち上がると、パンツのポッケで震える愛機を急いで取り出す。
デンワですよぉ~。
デンワですよぉ~。
「お、タイミング宜し!」
そこで漸く着信音が完全に耳に届き、それによって誰からのコールなのかが完全に判った青年は、途端に表情が明るくなった。
ぽちっ。
『よっす! 今、何してるるる?』
すぐさま、ハキハキとした元気な女性の声が青年の耳に届く。
「お願いがあるんだけど、さ。今からなんだけどそっちに行ってもイイ?」
青年は単刀直入に告げた。
『うむ。ランチ3回で無問題としよう!』
「おおーっ、それは助かります・・・・って、あのなぁー」
が、微妙にズレる。
『で、お願いとは何かしらん? あ、あ、もしかして。更なるアブノーマルなプレイをご所望かしら?』
「更なるって何だよアブノーマルって何の事だよそんなプレイに興・・・・いや、あのさ。今ここに、激しく可哀想な仔猫が一匹いるんだよ」
ズレた方向に直進していくのをなんとか思い止まり、青年が話しを戻す。
『あらヤダお兄さん、遂に何かイケナイ事でもしちゃったのかしらん?』
「うん、実はオイタが過ぎてって遂にって何だよ。仔猫ってのはオレじゃなくて、ホントの捨て猫だよ!」
が、脱線する。
『ほほぉ~。で、その激しく可哀想な仔猫ちゃんを家族に迎えてみては如何かしら。って事、ね?』
「え、お、うん。そう。そういう事」
が、本題に戻る。
『イイよん。あっ、なんならダーリンも飼ってあげよっか?』
「誰がダーリンだよ!」
『うふ。じゃあ、今すぐシャワー浴びて待ってるわん、ア・ナ・タ、ぶちゅっ!』
「病気か!」
『うん、そうなの。恋の病。括弧アナタに夢中括弧閉じる。どうだ、参ったかぁー!』
「ウソつけ!」
で、脱線する。
『その猫ちゃん、カワイイの?』
「ん? あ、それはもうお墨付きですよ」
で、本題に戻る。
『おおー、それは楽しみぃー♪』
「じゃあ、後でまた」
『うん!』
「あいよ」
ぽちっ。
「と、いうワケで。良かったな、飼い主がみつかったぞぉー♪」
愛機をポッケに戻しながら、青年は自身の胸で穏やかに見つめている仔猫に話しかけた。とても嬉しそうだ。
「みゃあー」
「よし! じゃあ、行こっか♪」
本当に嬉しそうだ。
「今度の飼い主は優しい女性だから、安心して甘えな。あ、えっと・・・・」
「みゃう?」
「いや、あのさ。名前、どうしようか。ま、後でもイイんだけど・・・・あ、もりそば?」
「みゃお・・・・」
「もしかして、それは・・・・辞退の意とかなのかな?」
「みゃあ!」
「マジかよ。じゃあ、めんつゆ?」
「みゃお・・・・」
「トッピングに天ぷらをサービ」
「みゃお・・・・」
「判ったよ。じゃあ・・・・シンデレラ?」
「みゃあー」
「え、っと・・・・シンデレラ?」
「みゃあー」
「もりそ」
「みゃお・・・・」
「シンデレラ?」
「みゃあ!」
「マジかよ・・・・」
まるで、共通の言語で会話でもしているかのようだ。
「みゃお・・・・」
「判ったよシンデレラ。決定だ」
「みゃあ!」
「じゃあ、王子様ん所に行くぞ。シンデレラ」
「みゃあ!」
「ま、アイツは女性だけど。でも、男勝りだからなぁ・・・・ん? と、なると。南瓜の馬車かよオレは」
「みゃあ!」
「おいコラ・・・・って、動物と話せるスキルなんて習った覚えないんだけどなぁー」
仔猫に優しく話しかけながら、青年は雨の夜を歩く。
「みゃふ?」
「ん? なんでもないよ。うん」
その足取りは軽く、
「着いたらまずは何か食べもの・・・・いや、その前に風呂だな」
その表情は明るい。
「・・・・」
そんな様子の青年の背中を、
遠くから眺める女性が一名。
「・・・・」
とても羨ましげな表情で、
視線を這わし続けていた。
「・・・・」
長い赤髪の女性で、ある。
序 幕 完
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