シュラノは余計なこともよく話す
「と、言うわけで、私は3つの頭を持つその犬をフレーバーと名付けたのだ……」
シュラノは1人でペラペラよくしゃべっていた。
僕は初めから話を聞くことを放棄して、この世界の風景を観察していた。
と、言っても先程から僕の目に映るのは水田ばかりだ。
田植えをして間がないのだろう、なみなみと水が張られた水田からは若くて青々とした稲がひょこっと顔を出している。
そこには、古きよき日本の風景に似たものがあった。
しかし、そうかと思えば、時たま現れる民家はどれもこれもが洋風の造りだったりする。
いやはや、世界観に統一性がないなぁ。
いや、そもそもここは異世界なのだ。僕の住む世界と異なっていて当たり前なのだ。
そこに、変な合理性を求めるのは野暮と言うものだ。
と、粗方この世界の観察を終えると、僕はもう一つの考え事を始めた。
それは、この能力についてだ。
この能力とは、離れた相手を擽る(くすぐる)というこの世界に来て僕が身につけた特殊能力だ。
正直嬉しくも何ともないし、格好良くも実用性もないこの能力の事なんてどうでも良い。
しかしながら、悲しいことに、今僕の持っている物はシュラノの巾着を除けばそのどうでも良い能力だけなのだ。
後は精々、制服のポケットに入っていたチューイングガムとポケットティッシュとハンカチだけだ。
通学鞄は、男の子を助ける際に横断歩道の脇に投げ捨ててしまった。
まぁ、もし持っていたとしても教科書しか入ってないのでさして役にも立たないだろう。携帯電話も、ここでは圏外だろうし。
それは、良い。終わったことをとやかく言っても切りがない。
だから、僕は今持っているこの能力を出来る限り解明して、使いこなしてやろうと考えたのだ。
僕が異世界に飛ばされたことと、この能力が身についた事は、決して無関係ではないだろうから。
まずは……能力の名前でも考えるか。
……いや、別にふざけているつもりはない。ただ純粋に"離れた相手を擽るれる能力"だと、この先困ると思ったからだ。
何にでも固有名詞は必要だ。
出来れば、短くて覚えやすくい格好いい名前を考えたいものだ。
擽死手
と言うのはどうだろうか?
……ダメだね。自分で言ってて恥ずかしいし、尚且つ卒業したはずの中二病が再発しかけている。
もっと皆に親しみを持ってもらえるような、そんな名前にしなくては。
くすぐりヌンチャク
は、ダメだよね。
これじゃあ某国民的猫型ロボットの秘密道具そのままだ。
もっとオリジナリティ溢れるものを。
う~ん、何かドンピシャにハマる良い名前はないものだろうか。
ど、そんな風に僕がこの重大案件に頭を悩ませていると、不意に誰かが僕の肩をたたいた。
「おい!浩介!
私の聞いているのか?」
当然、その手の主はシュラノだった。
「ウルサいなぁ、シュラノの自慢話なんて聞いてないよ。」
「なっ……浩介は私の武勇伝をそんな風に思っていたのか……。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
私が言っているのは、この状況のことだ。周りを見てみるんだ。」
シュラノは僕の本音に面食らっていたが、直ぐに深刻な声になった。
武勇伝の話をどうでもいいと言うなんて、シュラノは本当に焦っているようだ。
僕は、考えに没頭しすぎていて周りの様子なんて気にしていなかった。
子供の頃母に「浩介は一つのことに集中すると周りが見えなくなる悪い癖があるね。」と、よく言われたものだ。
それはさておき、僕はシュラノに言われた通り辺りを見回した。
乗客は先程と変わりない。
僕とシュラノ、ワンピースの女の子、ゴツい体の男性2人、そして運転手の6人だ。
だがそれとは対照的に、辺りの風景はガラリと変わっていた。
先程までは水田の中を進んでいたが、いつの間にか木々の生い茂る山の中に来ていた。
そこは、僕が寝ていた例の空き地よりも更に木々が乱立し、昼間にもかかわらず暗い陰湿な雰囲気の場所だった。
そういえば、さっきからお尻が痛くないな(ヤヌ車の荷車は木の椅子の為、舗装されていない凸凹道を進とお尻にそれそうとうの衝撃が加わる。)と思っていたが、その謎も解けた。
いつの間にか、ヤヌ車が止まっていたのだ。
それは何故かと言いますと、このヤヌ車が十数人の山賊に囲まれていたからです。
「・・・え~~~~!!?」
シュラノの言う、この状況を確認した僕は、見事なまでに普通な声を上げ立ち上がった。
すると、ヤヌ車を囲んでいた山賊の1人が「ウルサいぞ!」と言って槍を突きつけてきた。
武器と言うものを突きつけられた経験のない僕は、声に成らない声を上げながら静かに席に着いた。
どうなっているんだ?何が起こっているだ?一体どうしてこうなった?
僕の頭の中は、そんな言葉で埋め尽くされた。
今朝からの一件で、異常事態には免疫がついたと思っていたのだけど、全然そんなことはない。
むしろ、経験すればするほど驚きと戸惑いは増していく。
しかし、経験すればするほどこの後どうすればいいのかと言うことも分かってくる。
僕が異常事態を経験して学んだこと、それは、とにかく状況確認をすることだ。
状況を正しく認識しないと、その後の行動も正しいものには成らない。
その教訓を元に、僕は辺りの様子をうかがった。
山賊は全部で13人。
もしかしたらまだ隠れている仲間がいるかもしれないが、僕の目に入る範囲にはそれだけだ。
山賊は10人でヤヌ車を取り囲み、残りの3人が運転席に乗り込んでいた。
どうやら運賃箱を狙っているようだ。
あの無口な運転手は、リアクションこそ薄いものの体を縮めて怯えている。
いや、怯えているのは運転手だけではない。ワンピースの女の子もゴツい2人組もよく見れば下を向いて怯えていた。
っておい!アンタら2人はどう見ても怯えるキャラじゃないだろ!
と、僕は心の中で左側に座るゴツい2人組にツッコんだ。
実際、山賊達も熊のような外見の2人組に若干引いている。
そんな中、乗客の中で唯一余裕そうにしているのはシュラノだった。
シュラノは、さっきの焦ったような声はなんだったんだ!とツッコみたいくらい余裕綽々としている。
まるで、もうこの危機を脱したかのように。
と、僕が辺りの観察を終えたその時、余裕の笑みを浮かべたシュラノがおもむろに立ち上がった。
「おい、間抜けな山賊ども。よく聞くのだ。
お前たちのような小汚い獣が私の目の前に現れたことは、まぁこの際許してやる。
その不潔な体から発する腐った臭いも、この際目を瞑ろう。いや鼻をつまもう。
だが、この私の貴重な時間を奪ったことは万死に値する。
よいか、今からここにいる奇術師浩介がお前達に地をのたまう程の苦痛を与える。
地に倒れ己の行いを悔いるのだな。
そして、私の乗った車を襲ったこと、一生後悔するがいい。」
シュラノは、背筋を伸ばし胸を張り、腹の底から出したような通る低い声でそう言った。
うん、確かにそう言った。
「シュラノ、君は一体何を言っているんだ?
僕が奇術師?この山賊を痛い目に遭わせる?
そんなこと。」
そんなこと出来るわけないじゃないか!そう言おうとして僕は言いとどまった。
山賊に地をのたまう程の苦痛か……。
今の僕になら出来るかもしれない。
そう思い、僕は両手を見つめた。この、能力さえあれば……。
戦う意志を固めた僕の体に、26の殺気をはらんだ視線が突き刺さった。
予定通り事件が起こりました。
さぁ、浩介の能力の名前は決まるのか?!!……ではなく、浩介は山賊とどう戦うのか。
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