シュラノは本当によく武勇伝を話したがる
パッカパッカパッカ……
時代劇などでしか聞けないような蹄の音が聞こえてきたのは、ベンチに座って丁度30分程が過ぎた頃だった。
なかなかヤヌ車が来ないものだから、僕はシュラノの武勇伝を嫌になるくらい聞かされうんざりしていた。
そこへ聞こえてきた蹄の音は、僕にとって救いのベルのようだった。
「お、やっと来たみたいだな。
それじゃあ、俺が西の悪い魔女を倒した話はまた今度にするか。
本当は首が3つある犬を散歩させた話しも聞いて欲しかったんだがな。」
シュラノは名残惜しそうに立ち上がって腰を伸ばした。
また今度……僕はその言葉を聞いて少し気を落とした。
シュラノの武勇伝は99%が自慢話なのだ。正直聞くに耐えない。
ちなみに西の魔女の話の前は、山ほどの蜷局を巻く蛇を丸焼きにした話、その前は空高く飛んで星を3つ持ち帰り首輪を作った話だった。
そのどれもが嘘くさいことこの上ない。
勝手に付いてきているだけとは言え、僕はシュラノにお金を借りているため、むげにも出来ない。
どうやら僕は、この世界にいる限りシュラノの武勇伝を聞かなければならないらしい。
出来るだけ早く帰らなければ!
僕はそう、切に思った。
「ん?浩介どうしたんだ?
辛いような、疲れたような、意気込んだような面白い顔して。」
シュラノが不思議そうに僕の顔を覗いてきた。
「面白いは余計だよ。別に、ちょっと考え事してたださ。
それより、ヤヌ車っていうのはアレで合ってるの?」
僕は覗き込んできたシュラノの顔を手で押しのけ立ち上がり、道の奥からやってくる牛車の様な物を指差した。
それは二匹の大型の動物によって引かれていた。
僕は、シュラノの話を聞いてヤヌのことを馬の様なものだと考えていた。しかし実際に目にしたその生き物は、馬というよりもむしろ牛ににていた。
大きな二本の角を持ち、体は長く黒い体毛で覆われている。
「ああそうさ。あれがヤヌ車だ。
あの荷車を引いている動物がヤヌと言ってな。人が昔から農業や移動なんかに使っている。
ああ見えて中々力のある生き物で、人が20人も乗った荷車を軽々と引くことが出来るのだ。」
なるほど、確かにヤヌという生き物は頑丈な体つきをしている。
あの体格ならそれくらいの馬力は出るだろう。ん、ヤヌだからヤヌ力かな?
「ヤヌってスゴいんだね。ただ、足は遅いみたいだけど。」
僕は、ゆっくりとこちらにやってくるヤヌ車を見てそういった。
ヤヌの歩き方は"緩慢"と言う言葉がよく似合う物だった。
効果音で言うとのっそとっそと言ったところか。
「確かにそうだな。
だが浩介にはこれくらいがちょうど良いだろ?この私の背中に乗ったときはピーピー泣いていたではないか」
「泣いてないよ!勝手な記憶の改竄は止めてくれよ。」
僕はそう抗議したが、シュラノからの返答は無かった。
シュラノが答える前に、ヤヌ車が目の前までやってきていたのだ。
シュラノはそれに気付くと、懐から銅貨を五枚取り出して運転席に座っていた白髪の男性に手渡した。そして、簡素な長椅子が備え付けられている荷車に乗り込んだ。
僕はもう少しシュラノに物申したいことがあったが、運転手が催促するように見てきたので仕方なくシュラノに倣った。
シュラノに貸してもらった巾着のなかから銅貨を探して運転手に渡す。運転手はそれを木箱に入れた。
僕はお金を渡すと、階段などと言う便利なものが付いていない荷車に飛び乗る。
僕たちが荷車に乗り込むのを確認すると、運転席の男性が手綱を操りヤヌを走らせた。
♦♦♦♦♦
ヤヌ車の荷車は実に質素な造りだった。
二畳あるかないかのスペースに縦長の長椅子が二つ備え付けてあるだけだった。
木造の軽トラの荷台、とでも言えば想像できるだろうか。
さきに乗ったシュラノが左側の椅子の真ん中辺りに腰掛けていたので、僕はその正面に座る。
荷車には僕ら以外に3人の乗客が居た。
2人はゴツい体つきの男性。獣の革をそのまま着ているような簡素な格好をしている。
2人は荷車の一番後ろに座っていた。
もう1人は若い女性だった。女性というより女の子と言った方がしっくりくるような幼さの残る顔をしている。
その女の子は白い生地に花柄の刺繍がしてあるワンピースを着ていた。
手に持っている籠には花が一杯に詰め込まれている。
女の子が座っているのは荷車の右前方。つまり、僕の隣だ。
今、このヤヌ車には5人の乗客と1人の運転手が乗っていた。
「おい、浩介!お前の会いたがってた人間だぞ。何か聞きたいことがあるのではないか?」
ヤヌ車が走り出してしばらくした頃、不意にシュラノがそう訊ねてきた。
「え?あそうだね。
だけど、今は人が居るって確認できただけで十分さ。
情報集めは街に着いてからにするよ。」
僕はさっと左右に目をやりそう答えた。
左側のゴツい2人組の男性は、いかにも乱暴そうな風貌で話しかけるのをはばかられる。
運転席の白髪の男性は、僕やシュラノが料金を払う際や荷車に乗り込む際、一度も声を発していない。
毎度!とか、足下お気をつけてお乗りくださいとか、それくらいは言っても良いものだろうに。頑として沈黙を守っている。
多分話しかけても無視されるのがオチだ。
そして隣に座っている女の子だが。これは言わなくても分かるだろ?
一端の男子高校生にとって、見知らぬ可愛い女の子に声をかけるのがどれほどの難易度かと言うことを。
と、言うわけで僕は、4人の誰にも話しかけない事にした。
街に着けば、人も多いだろうし、話しかけやすい感じの人の1人や2人すぐに見つかるだろう。
「そうか。まぁ私は浩介の旅の邪魔をしないと誓ったからな、浩介がそうしたいのなら異論を唱えはしない。
しかし、それではここからの移動中が暇になるな。
どうた、ここは一つ私が武勇伝を披露しようではないか。
浩介も先程から私の話を聞きたくてうずうずしているようだしな。」
「結構です。」
僕がそう断った時には、既に西の魔女を倒した話が始まっていた。
次!次の話で何かが起こります。
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