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旅の始まりはもう少し穏やかでも良いと思う

 風が耳のそばを全速力で駆けていく。

 耳には、ひゅーひゅーなどという生易しい音ではなく、ゴーゴーというジェットエンジンの様な音が入ってくる。

 僕の平たい顔は風を遠慮なく受け、目はとても開けられない。

 だから僕は、今どこを飛んでいるのか分からなかった。


 あの後、一応話がまとまったので、僕はシュラノに人の国まで送ってもらうためシュラノの背中に乗りこんだ。

 その時は、これで歩かなくていいとか、人の国までひとっ飛びだというように、楽観視していた。

 しかし、僕は直ぐにこの事を後悔することになる。

 シュラノの飛行が、予想以上に乱暴立ったのである。

 滅茶苦茶なスピードを出すし、一回羽ばたくごとに上下にぐらぐら揺れる。極め付きには蛇行運転までする始末。と言うわけで、僕はものの二分で車酔いならぬドラゴン酔いになってしまった。

 もしかしたらドラゴンと言う生き物は、元々こういう飛び方をするのかもしれない。

 しかし、快適な空の旅を提供してくれる鶴がいる国に生まれた僕にとってそれは、絶叫マシーン以外の何物でも無かった。


 だから僕は、シュラノが飛行を始めてからずっと叫んでいた。


「うぎゃーー死にぅ~~~~。

 スピードおとしぇーー!僕をこりょすきかーーー!

 うわっ!おちる落ちる~~~……」


「うるさい!」


 怒られてしまった。

 しかし、怖いものは怖いのだ。

 シュラノの背中の乗り心地は、オープンカー仕様のジェット機の中でロデオマシンに乗っているようなものだ。

 ……例えが下手で申し訳ない。でも、実際に体験した僕にとって、その表現が一番しっくりくるのだ。

 取り敢えずこれだけは言っておく。


 怖かった。



♦♦♦♦♦


「ほら、着いたぞ。」


 シュラノがそう言って背中の僕を振り返った。

 首が長いと真後ろが向けるんだね。別に羨ましくないけど。


「シュラノ、君もしかしてわざと乱暴な飛び方した?

 さっきのこと根に持ってるだろ?」


「まさか、私はそんなに小さな男ではない。

 変なことを言うんじゃない。」


 シュラノはそう言って頭を振った。

 その振動は背中にいる僕にも伝わり、ドラゴン酔いでふらふらになっていた僕は敢えなく地面に落下した。

 うん、絶対根に持ってるね。

 なんだよ、高貴な生まれとか言っときながら器ちっせーな。


「痛てててて……」


 僕はガンガンする頭と、ズキズキ痛む腰をさすりながら立ち上がった。

 すると、さっきまでシュラノの大きな首に隠れて見えていなかった景色が目に飛び込んできた。

 

 そこは、三方を山に囲まれたお椀型の土地だった。

 もう一方はどうなっているのか分からない。視力2.0の僕の目を持ってしても、見ることは出来なかった。

 僕はその土地を囲む山の一つの中腹に立っていた。

 眼下には水田が広がり、空の蒼色を映していた。

 このあたりは街外れなのか、家がポツポツと点在しているだけだ。

 視力2.0の両目を凝らして見ると、奥の方に一際大きな建物が見えた。

 多分、城だ。

 その周りには、城下町が広がっている。こちらより活気がある。


「ここが、人の国アステカ帝国の首都だ。

 いつ見ても、ここはすべてがきっちりしている。

 水田の大きさ、家を造るレンガ、東西南北に走る道、それら全てが何から何まで真っ直ぐだ。

 これだけ高度な国を作れるのは、この世界で人ぐらいなものだ。

 そうは思わんか?」


 シュラノの問に僕は曖昧に頷いた。

 確かにこの国は、それなりに高度な文明を持っているのだろう。

 だけど、僕の居た世界と比べれば、アステカ帝国は随分遅れていた。

 世界史の授業を取っていなかったのでよくは知らないんだけど、その世界は中世のヨーロッパに似ている気がする。

 産業革命が起こる前の、まだ人口がそんなに多くなかった頃のヨーロッパに似ている。

 まぁ、簡単に言えば、ゲームとか漫画とかでよく使われる世界に似ていると言うことだ。


「それはそうと、何でこんなところに降りたんだよ。

 折角ならあの城の所まで連れて行ってくれたらよかったのに。

 ここからこの街の中心部までは結構ありそうだよ。」


 僕は、平野の奥の方に見える大きな建造物を指差してそう言った。ざっと見た限り2~30キロはありそうだ。


「馬鹿を言え。あんなに人の多い場所にこの姿のまま飛んで行けるものか。

 人の見せ物になるなど、高貴なる私の本意ではない。

 私はここで人の姿に化けるのだ。」


「ていうことは、魔法を使うの?」


「勿論だとも。

 高貴なる生まれのこの私にかかれば、人のような凹凸の無い体に化けるくらい朝飯前さ。」


「なんかいちいち言い方がイラッとするんだけど……まぁ良いか。

 僕魔法見るなんて初めてなんだよ。早く変身して見せてよ。」


 僕は比喩ではなく本当に目を輝かせてシュラノが魔法を使うのを待った。

 この世界に来るまで、魔法なんて作り物の世界でしかあり得ないものだと思っていた。

 しかし、今目の前には魔法を使えるドラゴンが立っている。僕はこの状況に馴れてしまっているが、これは実はもの凄いことなのだろう。

 喋るドラゴン、身についた特殊能力、異世界の住人の国、僕がこの世界に来て経験したそれらのことは、どれも現実には考えられないような事ばかりだった。

 そして今、目の前で魔法が使われようとしている。

 これで、興奮するなと言うのは無理な相談であった。


「そうか、そう言えば浩介は別の世界から来たから魔法を知らないのだったな。

 よし、良いだろう。この私が直々に高貴なる魔法をお目にかけようではないか。」


 シュラノはそう言うと羽を大きく広げて天を仰いだ。

 そして、なにやら呪文のようなものを唱えだした。


「天に住まるる神々よ、地に宿りし精霊よ、森に生きる守護霊よ、我を守りし衣となれ。

 この身に生える角を髪とし、我が身を守る鱗を肌とし、我がこの体を人ものへ代えよ。

 我、この身をしばし汝らへ託さん!」


 シュラノがそう言い終わった瞬間、目が潰れそうなくらいの光がシュラノを包んだ。

 僕は、突然目を襲った眩しさと痛みに、目を押さえてうずくまってしまった。

 しばらくして、うっすらと瞼を開いた僕の瞳に、シュラノの姿は映らなかった。

 それまで、緑色の頑丈な鱗を体にまとったドラゴンが立っていた場所には、その鱗と同じ色の服を着た30代くらいの男性が一人、立っていた。







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