コーヒの謎の行動とアロハ男
コーヒはその小さな体をゆっくりと揺らしながら僕の方へと近付いてくる。
だらりと垂れ下がった両腕からは、ミミとシュラノの血がポタポタと床に跡を残している。
コーヒは、そんな殺伐とした風貌とは裏腹に、感情のかけらも感じることの出来ない顔をしている。
その顔は、今朝のそれとなんら変わっていなかった。返り血で顔が赤くなっていることを除けば。
「く、来るな……
それ以上こっちに来るな……」
何かで詰まってしまったような喉を懸命に動かして僕がひねり出した声は、掠れて言葉になっていなかった。
ただ、体の動かない僕にとっては、その言葉を発するのがやっとだった。
すると、コーヒは突然体を前に傾けるとこちらへ向かって走ってきた。
いや、それは走っていたと言うよりも跳ねていたと言う方が的を得ているだろう。
コーヒはたった一歩で、僕との間合いを一気に詰めた。
「くそ!来るなよ。
恥苦笑!なんでこんな大事なときに発動しないんだよ。この役立たず!
何のために強化したんだよ!
ミミもシュラノも助けれなくて、何になるんだよ。
こんな力じゃ誰も守れやしないじゃないか!
恥苦笑!!」
恐怖。僕の心の中はそれで埋め尽くされていた。
痛みへの恐怖。死への恐怖。仲間を失う事への恐怖。コーヒへの恐怖。
そんな恐怖に包まれた僕の瞳に腕を振り上げるコーヒの姿が映った。
死んだ。
そう確信し、僕は唇を噛んだ。溢れんばかりの怖さを少しでも抑えようと……。
すると、次の瞬間世界から色が消えた。
明るかった世界が白と黒のモノクロの世界へと変わった。
まるで、昔の映画のように、白黒の世界が広がる。
コーヒの体中に付いていた血も、壊れた壁から射す日射しも、倒れたシュラノとミミも。
この部屋の全てが色を失った。
その世界で、コーヒが止まっているのが見えた。
僕に飛びかかろうとした姿のまま、銅像のように固まっている。
それは、まるであの時のシュラノの様だった。
なんだ?何が起こったんだ?
恐怖で埋め尽くされていた頭に疑問が浮かぶ。
世界は未だに白黒で、コーヒも微動だにしていない。
僕は、全身に入っていた力を抜き、ゆっくりと唇から歯を離した。
すると、また突然世界に色が戻った。
唇が裂け血が流れるのが感じられる。
追って、全身に激痛が走る。
コーヒに二度殴られた体は、今にでも崩れてしまいそうに、ボロボロだった。
骨は何十本も折れているだろうし、内臓だって破裂しているかもしれない。
だけど、その死んでしまいそうな激痛は、僕に生きていることを実感させた。
そんな僕の目の前で、銅像の様に固まったコーヒは、ゆっくりと横に倒れた。
当然、体は全く動かない。
部屋に静寂が訪れた。
誰一人動けないのだ、当たり前と言えば当たり前だ。
僕の体は、未だに僕の命令を受け付けていない。
シュラノ、ミミ、コーヒはそれぞれ倒れたまま動かない。
だから僕は、その足音を聞いた時とても驚いた。
♦♦♦♦♦
コツコツコツ
廊下を歩く靴の音が、静寂を破った。
それは、コーヒが倒れて数秒後のことだった。
その足音は、ゆっくりと一定の歩調でこの部屋へと向かっている。
その足音が一歩近づく毎に、僕は心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
一体誰なんだ?
この屋敷に住んでいるのは、コーヒとミミだけだと聞いている。
それまでの使用人達は、コーヒが呪いにかかったことで全員辞めてしまったはずだ。
ならば、この屋敷にいるのはこの部屋にいる四人だけではないのか?
もし、もし仮にこの屋敷に僕たち以外の人物が居たとする。
その場合、その人物は何者だ?
ミミの悲鳴を聞いても、シュラノとコーヒの戦闘の爆音を聞いてもやって来なかったのだ。
そんな人物が果たして味方であるだろうか?
そんな事はない。
どう考えても、敵である公算が高い。
もっと言えば、このコーヒの奇行の原因を知っているかもしれない。
そんな人物が近づいているのだ。
僕は、部屋の扉を凝視して、その人物がやってくるのを待った。
コツコツコツコツ……
足音が段々と大きくなり、そして止まった。
最後に足音がした場所は、コーヒの部屋の扉の前だった。
僕は唾を一つ飲み込んだ。
僕の見つめる先で、扉がゆっくりと開いた。
そこには、派手な服を着た男性が立っていた。
「いやぁ参った参った。
ボクちんの実験がまさか兄貴に止められるなんて。
何も出来ない木偶の坊かと思っていたら、どうしてなかなか行動力が有るじゃないか。
まさか、ボクちんの計画に気付いていたとは、侮ってたなぁ~~。
まぁ、今更なにされようと、ボクちんの計画は狂わないんだけどね~~」
扉の奥から現れたのは、ピンクのアロハシャツを来た一人の男だった。
男は、部屋の状況を一瞥すると、大袈裟に頭を抱えてそう言った。
僕は呆然としながらも、その男に問いかけた。
「おい、お前は何者だ?」
まさかこんな台詞を言う機会があるなんて、人生何があるかわからない。
しかし、何者か分からない人物が目の前にいるのだ、そう聞かないわけにはいかない。
アロハの男は、僕が問いかけると不気味な方向へ首を曲げて僕を見た。
「ん~?ボクちんが何者かだって?
な~んだ、兄貴はボクちんの事何も話してないのか。
ボクちんを倒すために、君を呼び寄せたって言うのにさ。」
「なんの話をしているんだ?兄貴?」
「おっとっと、これ以上はヒミツだよ。
兄貴が話してないことを、ボクちんが横取りしちゃうのは良くないからね。
だけど、名前くらいは名乗ってもいいかな。初対面の人に名前を名乗らないほどボクちんは非常識じゃないかね。」
アロハの男は、オホンと咳払いを一つすると、めんどくさそうに頭を下げた。
「どうも初めまして、ボクちんはミラノ・チワーナ。
そこに転がっているシュラノ・チワーナの弟だよ。
よろしくね。」
「ミラノ?シュラノの弟……」
「あはははは、いいねその驚きの表情。
まぁ詳しいことは兄貴から聞いてよ。そのうち起きると思うからさ。」
ミラノのそう言うと、右手な指をパチンと鳴らした。
すると、僕の視界が真っ暗になった。
僕が気絶してしまったのだと気付いたのは、次に目を覚ましたときだった。
新キャラ登場です。
温かい目で見守って下さい。