ただ僕は呆然とその光景を見つめた
……一体何が起きているんだ?
僕は、ピクリとも動かなくなってしまった体を壁にもたれ掛けたまま、目の前の光景を呆然と見つめていた。
目の前では、僕を殴り飛ばした相手と、体を鱗で覆いドラゴンと人間の狭間の姿をしたシュラノが、目にも留まらぬ早さで肉弾戦を繰り広げていた。
♦♦♦♦♦
それは、一瞬の出来事だった。
僕が腕に付いた血を発見したのとほぼ同士に、僕を殴った人物が猛スピードで近づいてきた。
昼間にもかかわらず、この部屋の窓には分厚いカーテンが掛けられていたので、相手の顔をハッキリとは見れなかった。
ただ、その近づいてくる影が思いの外小さかったのを、僕はしっかりと見た。
「ふぐぅ……」
大砲の砲弾が当たったかのような衝撃が下腹部を襲う。
もたれた壁がミシミシと音を立てている。どうやら、僕は壁にめり込んでしまったようだ。
だけど、それだけの攻撃を受けながら、僕は奇跡的に意識を保っていた。
僕は、途切れそうな意識を総動員して、頭を持ち上げ僕を殴り飛ばした相手の顔を見た。
その顔を、僕は知っていた。
「そんな……」
声になっていない弱々しい声を辛うじて上げるのが、僕の精一杯だった。
そんな僕を、相手は無表情に見下し右腕を振り上げた。
どうやらトドメを刺す気らしい。
僕はそれを止めようと指を動かそうとした。
だが、極度の恐怖からか、もしくは度重なる攻撃の為か、僕の体はピクリとも動かなくなった。
もうだめだ……
僕は、自分を殺す相手の目を見つめながら冷静にそう思った。
だから、その声を聞いたときは心の底から驚いた。
「諦めるな!」
突如、僕の視界の右端に緑色の物体が映り込んだかと思うと、その物体が僕を殴り殺そうとしていた人物を蹴り飛ばした。
「どうした浩介。死にそうではないか。」
その声はシュラノのものだった。
だけど、その姿はドラゴンのシュラノとも人間のシュラノとも異なる物だった。
ギラギラと輝く緑の鱗、獣のような尖った顔、大きく裂けた口にずらりと並ぶ真っ白な牙、それらの特徴を持った生き物が二足歩行しているのだ。
人型のドラゴンとでも言うべきその立ち姿は、人間のシュラノを彷彿とさせた。
「シュラノ……その格好は……」
「あ?ああこれか。
人型ドラゴン『竜半人』と言ってな、人間の姿のままでドラゴンの力を纏っているのだ。
って、今はそんなことどうでもいい。
浩介、アイツの顔を見たか?」
「うん……」
「そうか。
浩介分かっていると思うが、お前を殺すのはこの私だ。他の誰でもない。
私が殺すまで死ぬのではないぞ。」
「分かってるよ……」
僕はそう答えるのがやっとだった。
シュラノは、それだけ言うと目の色を変えて走っていった。
やはり、シュラノはこういうことが不器用なのだ。
♦♦♦♦♦
そして今、僕の目の前ではシュラノと暴行犯が肉弾戦繰り広げている。
決して狭くはないコーヒの部屋を、二人は縦横無尽に飛び回っていた。
二つの影が重なる度に、辺りに爆発音が弾ける。
部屋の壁や天井、床などには大きな打撃痕が次々に増えている。
竜半人という姿になったシュラノならまだしも、それと互角に戦っている暴行犯は、本当にただの人間なのか?
その姿を見ている僕には、俄には信じられなかった。
だが、目の前で繰り広げられる戦闘は、互角そのものだった。
もしかしたら、どちらかが優勢なのかもしれない。だけど、それは僕には分からない。
僕の目に映るのは、大きな二つのスーパーボールが部屋中を跳ね回っているかのような光景だけだった。
♦♦♦♦♦
それは、戦闘が始まってどれくらい経ったときのことだっただろうか。
二つの影は、壁にぶつかって跳ね返ると、ちょうど部屋の中央で重なった。
不思議とその時だけは、お互いの攻撃がぶつかり合う爆発音が聞こえなかった。
その変わりに、
ドサッ
という、重たいものが床に落ちる音が聞こえた。
それは、この戦闘が終わったことを告げていた。
一体、どっちが勝ったんだ?
部屋が暗くて、倒れた影と立っている影、どちらがシュラノか見分けが付かない。
先ほどまでの爆音が止んだ部屋は、キーンという耳鳴りが聞こえるほど静寂に包まれていた。
立っている影が此方に振り返る。そして、ゆっくりと近付いてくる。
僕の体は、まだ動かない。
どっちだ……どっちなんだ……。
気付けば、声もでなくなっている。
のどの奥が締め付けられて、酸素が脳に入ってこない。
僕は、陸に上がった魚のように口をパクパクと動かし、脂汗を滴らせながら、近付く影を睨んだ。
するとその時、窓がある方の壁がミシミシと音を立てて崩れ落ちた。
どうやら、度重なる打撃に耐え切れなかったようだ。
崩れた壁から、真昼の強い日光が、部屋に射し込む。
僕の視界は一瞬真っ白にフリーズし、そして光に照らされた部屋の全貌を目の当たりにした。
僕に近付く人物は、シュラノではなかった。
シュラノは部屋の中央で、ミミと同様に倒れている。
それなら、僕に近づく人物は誰か?
そんなの一目見れば分かる。
シュラノとミミの返り血で、体を真っ赤に染めたその人物は、紛れもなくこの家の主のノンシュガー・コーヒだった。
バトルの描写が下手です。
すいません。