そろそろ能力に名前でも付けますか
べ、別にドレス姿が気に入った訳じゃないよ。
ただ、朝から色々あって自分の姿を忘れてただけさ。そうだ、そうなんだ。
だから、"目覚めた"とかそう言うんじゃないんだ。
「おい浩介、何をぶつぶつ言っているんだ。
早く私が取ってきた制服に着替えるのだ。」
僕の制服を持って、傍らに立っていたシュラノがあきれた口調でそう言った。
何?心の声が漏れてたのか?は、恥ずかしい……。
僕は、恥ずかしさに堪えながら、シュラノが魔法で取り寄せた制服に着替えた。
ミミが洗濯してくれた制服は、ほんのりと石鹸の匂いがしていた。
♦♦♦♦♦
僕が着替え終わると、シュラノが話し出した。
「これは、もう何千年も前に書かれた物だ。
題を『古記異人禄』と言う。つまり、以前この世界にやってきた浩介と同じ様な異世界人について書かれた物だ。」
シュラノの言葉に、僕は驚愕した。
昔、僕と同じ境遇の人が存在したというのだ。驚くなという方が無理である。
僕は、シュラノが持つ朱色の巻物をじっと見つめた。
この巻物に、その人について書かれている。
そう思うと、元の世界に帰れる可能性が大きく広かった気がした。
「じゃあ、僕以外にも別世界から飛ばされてきた人が居るんだね。
で、その人はどうなったの?」
もし、元の世界に変えれる方法が書いてあるのなら、僕は我が家に帰ることが出来る。
僕は大きな期待を込めてシュラノが答えるのを待った。
「残念だが、腐敗が酷くてその辺りの記述は読めなかった。」
「そうか……」
「なに、気を落とす事はない。
どの道、この私が復讐を果たすまで、浩介が元の世界に帰れはしないのだからな。」
シュラノは、僕を慰めようとしてくれたのかもしれない。だとしたら、かなり不器用なやり方だ。
「まったく、それじゃあ僕はいつまで経っても帰れないじゃないか。」
僕がそう言うと、シュラノは笑った。
やっぱり根は良い奴なのだ。
「元の世界に変える方法は書かれていなかったが、能力についてなら書いてある。
どうやら、昔やって来た異世界人も、特殊な能力を持っていたそうだ。
そして、その修練について書かれた部分は奇跡的に解読ができた。」
シュラノはそう言って、巻物の中程を開いた。
そしてやっと修行が始まった。
♦♦♦♦♦
「『古記異人禄』にはこう書いてある。
自が力を真に操る者は、自が力を知る者である。
自か力を知るとは、力の名を知ることである。」
シュラノが巻物を読んだ。
「力の名前って事は、僕の相手をくすぐる能力に名前を付けろって事か?」
「まぁそういうことだな。」
能力の名前
修行と言っていたから、もっと筋トレっぽい事をするんだと思っていた。
いや、よく考えてみると、名前を付けるというのもなかなか難しいのだ。
僕は昨日、能力に名前を付けようとした。
だけど、出てきたものは、センスの欠片も持ち合わせていない平凡以下の名前だった。
「名前を付けるって、結構大変なんだよ。
その巻物には、カッコイい名前の付け方なんてのは乗ってないの?」
「ん?カッコイいかどうかは分からんが、能力の名前を決める為の決まりの様なことは書いてあるぞ。
え~っとなになに。
力の名が持つべき、三つの掟
一、名が体を現すこと
一、力の本質を表すこと
一、自が力に誇りを持てること
と、書いてある。」
なるほど、結構色んな掟があるんだな。
名前一つ付けるのもなかなか大変だ。
「じゃあ、その通りに名前を付ければいいんだね。
名が体を現すっていうのは、相手をくすぐる能力っていうのを名前で表現しろって事だよね。
力の本質を表すっていうのも、同じ様なことかな。
それで、最後の誇りを持つっていうのは、つまりカッコいい名前を付けろって事だよね?」
「まぁ、そんなところだな。
だが、ここに書いてあることから推測すると、名前自体はそんなに関係ないみたいだぞ。
重要なのは、名前があると言うことらしい。」
名前があるという事が重要で、名前自体は別に何でもいいのか。
何でもいいというのは、一番面倒くさい。
何でもいいというのは、実は何でもよくない。
だって、制限が無いと言うことは、選んだ物が僕のセンスと言うことになってしまうからだ。
だから、下手な名前は選べない。
「とにかく、名前を付ければいいんだね。
シュラノなら、僕の能力になんて名前を付ける?」
とりあえず、シュラノの意見を訊ねることにした。
シュラノがカッコいい名前を付けてくれたら、それに決めたらいい。
もし、センスの無い名前だと、僕が付ける名前のハードルが下がる。
そんな思惑をはらんだ質問に、シュラノは即答した。
「地獄指だな。」
結果は、後者だった。
「地獄指か……。
却下。」
「なぜだ。浩介の能力は地獄指と称すに相応しい力だ。
浩介の指ですくぐられる時は、正に生き地獄。私は、何度も浩介が鬼に見えたのだぞ。」
シュラノが力説してくるが、イヤなものはイヤなのだ。
全然格好良くないし。
「もっとさ、スタイリッシュな名前がいいんだよね。
デスハンドとか、ゴッドフィンガーとか。」
「いやいや、それなら私の付ける名前の方がよい。
破笑拳腹壊手などはどうだ?」
「そんなのはダメさ。
やっぱり能力の名前っていったら……」
━━10分後
僕の能力の名前がなかなか決まらない。
「もうだめだ。こんな事で時間を使うわけにはないかない。
ここは、こういう方法で決めるのはどうだ?」
シュラノはそう言うとポケットから筆を取り出し、あたりに落ちていた木の葉になにやら書き出した。
僕が不思議に思って、そっと覗くと、シュラノは数十枚の木の葉に『ゴッドフィンガー』や『腹壊手』などと書いている。
シュラノは、二十枚ほどの能力の名前候補が書かれた木の葉を束ねて持つと、勢いよく空に放り投げた。
「この中で、一番最後まで地面に着かなかった木の葉に書かれていた名前にする。
それで良いだろ?」
ヒラヒラと舞い落ちてくる木の葉を見上げて、シュラノが言った。
「出来れば投げる前に行ってほしかったんだけど、まあいいか。
いいよ、この方法で決めよう。」
僕も、シュラノと同様にゆっくりと落ちてくる木の葉を見上げた。
すると、早くも一枚の葉が地面に落ちた。
その木の葉には、『擽死手』と書かれている。
僕の案の一つだ。
擽死手が落ちると、次々に他の木の葉も地面に落ちていった。
『不苦笑』『こちょこちょくすくす(これは僕がふざけて言ったものだ)』『芋虫の通り道』……等々
真剣に考えたものから、投げやりな物まで多くの名前が落ちていった。
そして、とうとう最後から二番目の木の葉もゆらゆらと地面に着地した。
とうとう、僕の能力の名前が決まったのだ。
僕は、未だに空中を漂っている木の葉を優しく捕まえた。
その木の葉に、書かれていた名前は……
『恥苦笑』
だった……。
「なんで、シュラノの考えた奴なんだよ。
チクショー!」
僕がそう叫んだのは、決してギャグなんかではない。
これ、ほんと。
8部で少しだけ書いて、その後放置していた能力の名前をやっと決めました。
浩介の能力は「恥苦笑」ですw