初めての苦悩
こちょこちょこちょこちょこちょこちょ
僕はコーヒを半ば睨むようにして、手を動かした。
だが、コーヒはクスリともしない。
僕がくすぐっていることにも気付かず、ただ無表情で座っている。
いや、これは気付く気付かないの問題では無い気がする。
この幼女には、気付くための"気"さえ無くなっているのではないのだろう。
文字通り、気の抜けた姿で、幼女はなんの反応もなくただそこに座っていた。
「そんな……」
有り得ない。
こんな事有り得ない。
僕がくすぐっているのに、何故笑わないんだ?
まさか、あの能力は一晩で消えてしまったのか?もしくは、この幼女には、僕の能力が通用しないのか?
どちらにしても、僕にコーヒを笑わせることは出来ない。それは、紛れもない事実だった。
それなら、僕がここにいる意味は━━
♦♦♦♦♦
ガチャッ
しばらくして、部屋の扉が開いた。
慌てて振り返ると、そのには昨日のバスケットを抱えたミミが居た。
「遅くなってすいません。少し、準備が必要だったので。
これが、私が昨日持っていた薬草です。」
僕の動揺など、知る由もなく、ミミはさっきと変わらない口調でそう言った。
「実はこの薬草には、浩介さんの能力に似た効能を持ったものがあるんですよ。」
ミミは、バスケットの中をごそごそと探し、ほうれん草に似た草を取り出した。
「これは、にっこ草という草で、これで作ったお茶は、心を落ち着け人を笑顔にすると言われています。」
ミミはにっこ草を片付けると、次にユリのような球根を持った草を取り出した。
「これは菜憎草といって、この根の部分に人の心を荒れさせる毒があります。
本来は食べるのもではないんですが、今のご主人様には効果があるような気がして……」
ミミはバスケットの中の薬草を、宝物を見せるみたいに披露した。
当たり前だ。その薬草があれば、ミミの大好きなご主人様を助けることが出来るかもしれないのだ。
多分、コーヒさんが幼女の姿に変えられてから、ずっと試そうと考えていた方法なのだろう。
そして、それを実行したのが昨日だった。
そのことに、思い当たったとき、僕は一つのことに気が付いた。
ミミにとっては、この僕と、あのバスケットの中に入った薬草は同じ様な物だったということに。
ミミは僕だけに期待していたわけでは無いのだ。
僕だけを頼り、僕の力だけを希望としていたわけではなかったのだ。
多分、その薬草達が本命で、僕はついでなのだろう。
薬草採りの返りに、偶然見つけた珍しい薬草。
多分僕の立ち位置はそんな所だろう。
そう思った瞬間、僕は真っ暗な闇が心を覆うのを感じた。
「ごめん。悪いけど僕は手伝えないや。」
これが自分の声なのかと疑いたくなるほど冷め切った声でそう言った。
そして、僕はそのままコーヒさんの部屋を後にした。
後ろから、僕の名前を呼ぶミミの声を聞いたが、僕は無視して走っていった。
♦♦♦♦♦
僕は、多分怖かったのだ。
ある日突然この世界にやってきて、前の世界のものはすべて失った。
今まで、僕自身も気が付いていなかったが、それは僕にとって、とてつもなく大きなストレスだったのだと思う。
これから先も続くはずの日常に終わりが告げられ、何処とも知らぬ場所へ飛ばされてきた。
それはもしかしたら、死ぬことよりも辛いことではないだろうか?
自らの記憶と感情を持ったままそれ以外の殆どを失うということは。
だけど、僕はそれと同時にあるものを得た。それがあの能力だ。
僕は、あの能力のお陰で二度命を救われた。
一度目はシュラノに襲われたとき。今でこそ仲良し(そう言うのは凄く抵抗があるが)になっているが、アイツは初め僕を喰い殺そうとした。
そして二度目は、プーラン一家との戦闘だ。あの時は数多くの山賊を笑わせた。
あの時、僕は自分の得た力の大きさに身震いしたのを覚えている。昨日のことなのだから、当たり前だが。
だが、僕はこの能力に、命よりも大切なものを救われている。
それは、心だ。
クサい言い方になるが、これは事実だ。
全てを奪われた僕にとって、その与えられた一つは、とても意味のある大きなものだった。
言葉の通り、この能力は僕の心を支えていた。
僕がこの世界に来た理由。それが分かるような気がしたからだ。
……だけど、この能力でコーヒを笑わせることは出来なかった。
能力自体が消えてしまったのか、はたまたコーヒにだけ効果が出なかったのか、どちらなのかは分からない。
だけど、ただ一つ分かっていることがある。
僕は、あの抜け殻のようになった幼女を救うことは出来ないということだ。
♦♦♦♦♦
がむしゃらに屋敷の中を走り回っていると、いつの間にか中庭に来ていた。
中庭は、フットサル位なら楽に出来そうな程の広さで、真ん中に大きな噴水があった。
それは、三メートルを裕に越えるほど大き……。
噴水を見上げた僕は、驚いた。なんと、噴水の真ん中辺りがくの字型に折れ曲がり、こちらに倒れてきたのだ。
「うわっ!」
慌てて腕で頭を庇った僕の上に、大きな噴水が落ちて……来なかった。
「まったく、この程度の脅かしでその様に飛び上がりおって。情けないことこの上ない。」
いきなり、折れた噴水が話し出したかと、一瞬本気で考えた。
だが、そんなことある訳無く、僕の目の前に居たのはシュラノだった。
「えっ、なんで?さっき噴水が。」
「馬鹿者、魔法だよ、魔法!
昨晩教えたばかりだろ。私が今使っているのは、幻覚系の魔法だと。」
僕の目の前に仁王立ちしたシュラノが、威張り腐った声でそう言った。
そして、僕が「どうしてこんなところに?」と聞こうと口を開く直前に、矢継ぎ早にシュラノはこう言った。
「どうだ?そろそろ修行パートに入ってもよいのではないか?」
シュラノか、謎の言葉を残して今回は終了です。
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