お風呂は心の洗濯なのだ
頭に白い手拭いでも載せれば、完璧なんだけどなぁと思いながら、僕は少し熱めのお湯に体を沈める。
頭の中ではザ・ドリフターズのいい湯だなが流れている。いい湯だな♪あははだ。
まぁ仕方がない、ここは日本ではないのだ。エンドレイズという異世界なのだ。風呂に入るという文化が有っただけでもありがたいと思わなければならないだろう。
白い手拭いは諦めよう。
あ、ちなみに、僕は寝る前にお風呂に入らないと我慢ならないタイプの人間だ。
それはさておき、ここのお風呂は、本当に日本のそれとそっくりだ。
日本を離れてからまだ一日も経っていないのに、なんだこの寂しさは。なんだこの懐かしさは。
これが異境の地のなせる技なのか。恐ろしい。
などと考えていたから、僕は指の先が真っ白にふやけるまでお風呂につかり続けた。
上せかけたので、名残惜しいが、僕はお風呂から上がることにした。
程よく火照った体から、水滴を拭き取り、髪の毛を乾かすと僕はミミから受け取った着替えを開いた。
そして、僕は一瞬で凍りついた。
♦♦♦♦♦
「おいミミ!これは一体どういうことなんだよ!」
僕はそう怒鳴って食堂の横にある調理場の扉を開けた。
丁度洗い物をしていたミミは、突然の僕の登場に驚き、洗い終わった銀の食器を持ったまま振り返った。
そのミミの持った銀食器に、フリフリのスカートのドレスを着た男子が映った。
認めたくないけど、それは紛れもなく僕だった。
「な、な、な、なんだよこの服!
完全に女物じゃないか!それも、女の人でも躊躇するようなドレスじゃないか!
なんで、僕にこの服を渡したんだ!」
僕はドレス姿のまま、何がなんだか分からないという顔をしているミミに近づいた。
近づけば近づくほど、銀食器に映った自分の姿が大きくなり、羞恥心が増してきた。
やべ、今なら死ねる気がする。
「なんでって、浩介さんが着替えを持っておられないと聞いたからです。
それに、その服を渡したときは何も言われなかったじゃないですか。」
「そりゃ着替えは持ってないけどさ、だからって女物のドレスを渡すことは無いじゃないか。
それに、渡されたときは綺麗に畳んであったから、まさかドレスだとは思わないよ!」
「そんなことを言われましても、このお屋敷には男の人の洋服は置いていませんし……。
それに、そのドレス姿とってもお似合いですよ。別に変なところもありませんし。」
「変だよ!十分変だよ!
もういい、風呂上がりに汗臭い服を着るのは気が引けるけど仕方ない、僕がさっきまで着ていた服を返して。脱衣場には無かったから、ミミが持ってるよね?」
「あ、はい。浩介さんがお風呂に入られてから、勝手に預からせていただきました。
ただ、お返しすることは出来ません。」
ミミはそこで一旦言葉を切り、そしてその後にとてつもない事実を僕に教えてくれた。
「だって、あの服は今洗濯中なんですから。」
♦♦♦♦♦
ガチャッ
僕がベットに突っ伏していると、部屋の扉が開く音がした。
「高貴なる私の帰還だぞ、そのような態度で出迎えるなど━━」
何時もの様にやたらとでかい態度で部屋に入ってきたシュラノは、そこで言葉を詰まらせた。
「だ、誰だお前!
ここには浩介という私の馬鹿な僕が居たはずだ。浩介はどうした?!」
シュラノは僕の姿を見るとボクシング選手のような構えをとった。
なんだかやたらとテンションが高い。ドラゴンは夜行性なのだろうか?
「何言ってるんだよシュラノ。僕は馬鹿じゃないし君の僕でも無い。」
今更な情報だが、僕の通っていた高校の偏差値は結構高い。ここだけの話、僕って結構賢いんだよ。
「ん?その声は浩介か?
浩介!お前は一体何処にいるんだ?
この部屋に隠れているのか?」
シュラノはファイティングポーズのまま、キョロキョロと辺りを見回した。
ベットの下、天井に吊り下がったシャンデリア、カーテンの裏側……。
「何処だ!何処に居るんだ!」
「ここだよ、ここ。」
「だから何処なんだ!」
「ここだってば!」
そんなやり取りを五回くらい繰り返した後、僕は溜め息とともに自分を指さした。
ベットにうつ伏せに突っ伏している、ドレスを着た男子を。
説明する必要はないだろう。皆さん知っての通り、それは僕だった。
「な、なんと、お前が浩介だったのか。
まさか、浩介にそのような趣味があったとはな。
む、だ、ダメだぞ浩介!いくらお前にそのような趣味があったとしても、この私を襲おうなどとは考えるでないぞ!」
「気持ち悪い妄想すんな!」
僕に女装趣味なんてない!それに、なんで僕がシュラノを襲わなきゃならないんだよ。
もし本当に僕がそんな趣味を持っていたとしても、シュラノだけはお断りだ。
「ふむ、それでは何故浩介はそのような格好をしているのだ?
先程までは、異世界の高校なる場所の制服を着ていたではないか。」
シュラノは、やっとファイティングポーズを解いて、僕の寝ているベットの横のベットに腰掛けた。
「ああ、実はその制服をミミに洗濯されちゃってさ。
それで仕方なくこの服を着てるって訳なんだ。」
僕は着ているドレスの生地を摘んで見せた。
「まぁ、制服が乾くまでの辛抱さ。
それより、シュラノ。君は今までどこをほっつき歩いていたんだ?」
僕は話題を逸らせるために、そう訊ねた。
別にシュラノの行動に興味なんて無い。
「なに、話すほどのことはしていないさ。ちょっと野暮用があったのでな。」
シュラノがそう答えたので、僕はそれ以上訊ねることはなかった。
その日はだいぶ夜も更けていたので、僕らはその会話を最後に、明かりを消して眠ることにした。
どうやら、ドラゴンは夜行性では無かったようだ。
読了ありがとうごさいます。
皆様のおかげで、この《こちょこちょは異世界を救う》も15話目まで来ることが出来ました。
お時間に余裕がありましたら、これからも読んでいただければ嬉しいです。
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