月のない夜の回想
「あれは前の前の月の無い夜のことでした。」
ミミは、豪邸の庭を落ち着いた足取りで歩きながら、ポツポツと話し出した。
「私とご主人様はチャーラ皇太子様の17回目の生誕祭為に王宮へと赴いていました。
ご主人様はそのような政には必ず私を連れて行って下さいます。」
ミミはここで一瞬、うれしそうな顔をした。
あくまで、一瞬。
「生誕祭は、それはそれは豪華で、日付が変わり夜の闇が一番深い時間にようやくお開きとなりました。
ご主人様は、王国の端といえど由緒正しい大貴族。それに貴族家の当主としては最長老と言うこともあり、帰りのヤヌ車には十数人の護衛の方が付いてこられました。
ご主人様は貴族の方々に大婆様と呼ばれる、とても人望の厚い方なのです。
私とご主人様が屋形に乗り込み、後の方々は徒歩で付いてきていました。
あ、屋形というのは、貴族用の屋根と壁の着いた車のことです。
つまり、先程のものよりも乗り心地の良いものだということです。
だから、あの時私達がウトウトしてしまったのはある意味どうしようもなかったことなのかもしれません。
ですが、私は今でも強く思うのです。
どうしてあの時、もっと早く異変に気付けなかったのかと。」
ミミはそこで少し俯いた。
それは、何かを悔いるような悔しむような姿に見えた。
「あれは、神淵の森と呼ばれる場所を進んでいた時のことでした。
それまで私とご主人様はヤヌ車の静かな揺れに身を任せ、お互いに方を預け合い眠っていました。
でもある時、不意にヤヌ車の揺れが止んだのです。
いえ、あれは止んだというよりは、無理矢理に止められた……と言う方が正しいでしょう。
それからの出来事は正直よく覚えていません。
ただ、気付いたときには、護衛の方の姿がどこにもなく、ご主人様は変わり果てたお姿に成っておられました。」
ん!いや、話が突拍子なさすぎるだろ!
なんだよ、最後の一文!大事な一文がなんかさらっと流されたぞ!
「え~っと、つまり何が起こったんだ?」
ミミの説明だけでは、その出来事の全体像を掴むことが出来なかったので、僕はそう訊ねた。
しかし、ミミは僕の問に
「それは、見ていただければ分かります。」
そう答えただけで黙って歩き続けた。
♦♦♦♦♦
ノンシュガー家の豪邸は、中から見ても豪邸だった。
真っ赤なカーペット、廊下の両側に並ぶ無数の甲冑、そして重そうなシャンデリア。
なんだか、ザ・豪邸って感じだ。
僕がノンシュガー家の内装をキョロキョロと見ていると、シュラノが不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「この程度の(以下省略)」
シュラノはこの豪邸に着いてからそれしか言っていない。
ミミが話している間も、小さな声で、でもミミに確実に届く声でずっと言っていた。
初めの二回くらいはまぁいつものことだと聞き流せたが、ここまでくるとさすがにウザい。
それに、シュラノがこの程度という度にミミが悲しそうな顔をするのだ。
それが僕にはとっても可哀想に思えた。
「おいシュラノ、君の家がどれほどの豪邸かは知らないけど、人様の家をそんなに悪く言うのは良くないよ。
それに、この家はどう見ても『この程度』なんかじゃない。」
僕がそう注意すると、シュラノは拗ねたように顔を背けた。
おい、ガキじゃねぇーんだから……。
♦♦♦♦♦
「ここが、ご主人様のお部屋です。」
ミミは屋敷の中のある扉の前で立ち止まってそう言った。
「ここに、そのご主人様って人が居るんだね?」
ご主人様の部屋だって言ったのだから、当然そうなのだろうけど、僕は一応そう訊ねた。
「はい、そうです。」
と、ミミが答えたのは、まぁ当然といえば当然だった。
しかし、それくらい慎重に訊ねたくもなる。だってミミの話では、この扉の奥には"変わり果てたお姿"のご主人様がいるということなのだ。
先程のミミの話では、ご主人様がどんな状況なのかイマイチ理解できなかった。
いや、あの説明だけで理解しろと言うのは無理な相談だ。
事実、ミミも「見ていただければ分かります。」と言ったのだ。
それはつまり"見なければ分からない"ということではないのだろうか?
つまり、ミミのご主人様は、目で見なければ理解できないほど変わり果てた姿(元を知らないのでどれほど変わり果てているのかは分からないが)をしているという事なのだ。
慎重になるなと言う方が無理な相談である。
そして、さらに加えて、ミミは僕にそのご主人様を笑わせて欲しいと頼んできているのだ。
ご主人様がどんな姿かは知らないが、わらわなくなっているということは分かっている。
得体の知れない人物を笑わせに行く
それは、もしかしたら戦場に赴く事よりも緊張と恐怖をはらんでいるかもしれない。
だから、ここで僕がブルっているのも大目に見て欲しい。
いくらこの世界に来て、ドラゴンと山賊との戦いに勝っているとは言え、今回のはまるで毛色が違う。
そんな僕の緊張を感じてか、ミミも扉の前に立ってからなかなかそれを開けようとはしなかった。
いや、それは別に僕へのきづかいとかでは無いのだろう。
ミミ自身もこの扉を開けてご主人様と会うことに恐怖を感じているように見えた。
そんな時、この何とも言えない緊張を打ち破る、空気の読めない声がした。
「なんだお前ら、そんな所に突っ立って。
それでは私がいつまで経っても部屋へ入れないではないか。
二人共そこを退くのだ。今日の所はこの私が直々に開けてやろう。」
シュラノだった。
シュラノは制止する僕とミミの声を聞かずに、大きな木の扉を勢いよく開け放った。
ヤバい、まだ変わり果てた人を見る心の準備が出来てないのに。
と、思いながらもそれを上回る好奇心にかられて、僕は部屋の中を見た。
……あれ?誰もいない?
一瞬そう思って、そして次の瞬間、僕は部屋の中にいる唯一の人物を目に留めた。
その人物は、高そうな一人掛けの椅子に座り、無表情で僕らを見ていた。
その姿に、特に変わったところは無い。
いや、ある。
だって、その人物とは、幼女だったのだから。
幼女が出てきました。
書いた僕も驚いています。
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