戦いの後のこの微妙な開放感
「どうもありがとうございました。」
あの後皆で、倒れて動かない山賊達を荷車に積んであったロープで縛り終わると、運転手の老人が嗄れた声でそういって頭を下げた。
「いえいえなんのなんの。私は当然のことをしたまでですから。」
と、何故かシュラノが自分のことのように胸を張って答えている。
しかも、「私は」って!そこは最低でも「私たちは」にしとけよ!
と、僕は心の中でツッコんだが、口には出さなかった。
だって、僕がこの山賊を倒せたのは、あの時シュラノが言ってくれた言葉のお陰なのだから。
僕は意外と謙虚な人間なのだ。
そんな風にシュラノと老人の会話を聞いていると、不意に背中から声をかけられた。
「私達もお礼が言いたいわ。
こんな恐ろしい山賊を倒してくれて、どうもありがとう。」
ん?私達?
あれ女の人は1人だったよな……。
僕はそんな疑問を持って振り返った。すると、そこには例のゴツい体つきの2人の男が立っていた。
「も~うほんとうに怖かったんだから。
ボクちゃんすごいわね~、こんな小さな体で山賊達を追い払っちゃうんだから。」
「ほんとよね~。凄く格好良かったわよ。
うっふん。」
おぇ~……。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
なんだ?一体どういう事だ?このおっさん達は何をしてるんだ?
くねくね腰を動かしながら、背筋の凍りそうな猫なで声で話してくる。
つまり、この世界にも居ると言うことだ。その、○○デラックス系の人々が。
まぁしかし、そうと分かれば自然と合点がいく。何故山賊に襲われたときこの2人が怯えていたのかと言うことに。
理由はとてもシンプルだった。つまりは、2人共オカマだったのだ。しかも、かなり気持ち悪いタイプの。
「いやぁ~どうも……」
これ以上この人達と関わっていたくないと本能が僕に訴えかけてくるので、僕は戦略的撤退を選択した。
「あら?そんなに赤くなっちゃってウブなんだから。」
背中からそんな声が聞こえてきたが、僕は振り返らずに荷車の反対側へ逃げ込んだ。
ふぅ、まさかこんな所で僕の貞操が危機に瀕するとは、思ってもみなかった。
と、そんな風に焦っていたものだから、僕は何かに躓いて転んでしまった。
「痛っ……。なんだよ、こんな所に。」
見事なまでにすってんころりんしたため、僕はまた地面に強く頭をぶつけてしまった。
打ちつけた頭をさすりながら、何に躓いたのか確認しようとして首を回すと、そこには体育座りをした女の子が居た。
荷車で僕の右横に座っていたあの子だ。
「あ、わ、ごめんなさい。そんな所に座ってるなんて気が付かなくて……。
ごめん、痛くなかった。」
僕は慌てておき上がると、そのまま素早い動作で土下座を敢行した。
こういうときの謝罪の早さは、元の世界にいたときの経験がなせる技だ。どんな経験かは、今は言わないでおこう。
…………?
あれなんで何も言わないんだ?
もしかして、僕の完璧な土下座をみて許してくれたのかな?
そう思って顔を上げると、そこにはとても怯えた目をした女の子の顔がありました。
「あ、もしかして、この世界には土下座がないの?
えっと土下座っていうのは僕の世界というか国で、最上級の謝意を表す時の姿勢なんだけど……」
僕が慌てて土下座を説明しようとすると、女の子はクスクスと笑った。
「面白い人ですね。あなたが躓いたのは此方の木の根ですよ。
だから、そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。」
そう言われて見ると、確かに女の子の前に大きな木の根っこが顔を出していた。
なるほど、つまりは僕の早とちりだったのか。
「そっか、てっきり君に躓いちゃったのかと思ったよ。驚かせちゃってごめんね。
えっと、まだ自己紹介していなかったよね、僕は香坂浩介っていいます。
異世界から飛ばされ……じゃなくて、奇術師として世界を旅しているんです。」
僕はうっかり異世界から来たと言いそうになり、慌てて訂正した。
いや、別に隠し立てする事でもないのだけど、いきなり目の前に「僕は異世界から来ました」と言う人が現れて、素直に信じる人はそんなに居ないだろうから。
ここはシュラノがとっさに言った奇術師浩介の名を名乗っておくことにする。
「コーサカ・コースケ?不思議なお名前なんですね。
私はウーサ・ミミといいます。この先のお屋敷でお手伝いとして働いています。」
僕が名乗ったので、女の子も名前を教えてくれた。
って、うさ耳?!凄い名前だな……。
プーラン・ブラブラといい、この子といい、この世界の住人の名前は少し変わっているのかもしれない。
と、ミミの名前に驚いていると、ミミは急に改まった口調になってこう続けた。
「あの、先ほどは助けていただいてありがとうございました。私、こういった経験があまりないのでとても怖くて……。」
ミミは少し俯いて目を伏せた。
山賊に襲われた瞬間の事でも思い出しているのだろうか。
「そんな、お礼を言いたいのは僕の方だよ。」
僕は土下座の姿勢をやめ、しかし正座の姿勢は崩さぬままこう続けた。
「あの時僕に危険を知らせてくれたのは君だよね?」
あの時とは、頭を貫かれそうになったあの時だ。その瞬間は誰の言葉か分からなかったが、こうしてその場にいた全ての人の声を聞いた今なら分かる。
あの声は間違いなくミミのものだった。
「そ、そんな、お礼をしていただく様なことは何も……。」
「そんなことはないさ。ミミは僕の命の恩人だよ。
ミミな居なかったら、僕は今頃死んでいたよ。」
そう、僕はミミの声に救われたのだ。
これは別に誇張でも大袈裟でもない。ミミがあの時声をかけてくれていなかったら、僕は今頃穴あきの死体へと成っていたはずだ。
だから、
「だからさ、その何かお返しが出来ないかなって。
僕は一番大切な命を助けてもらったわけだし、それ相応の恩返しをしたいんだ。
何かないかな?」
僕がそんな提案をすると、ミミは「そんな恩返しだなんてとんでもないです」と言って俯いてしまった。
しかし、僕は幼い頃から「受けた恩は倍返しにしろ!」という姉の教えの元育った身だ。そう簡単に引き下がる訳にはいかない。
「ミミはそう思ってるかもしれないけど、僕は本当に感謝してるんだ。」
誰かの命を助けたことは幾度かあるが、自分の命を助けられたのは初めてだ。
だからこそ、
「こういう大切なことは、しっかり返しておきたいんだよ。」
すると、僕の熱弁が届いたのか、ミミがそっと顔を上げた。
そして、何故か非常に申し訳ないようや顔をしてこういった。
「それでは一つだけお願いがあります。」
このミミのお願いが、後の世界を、そして僕の人生を大きく変える事になるとは、全く予想していなかった。
今回はさほど物語には動きがありませんでした。
次回から新展開です。
毎度毎度物語のペースが遅くてすいません。