まさか、こんな事になっていたとは
俺が不貞を働いたとして亨には殴られるし彼女の父に呼ばれるしで、どのように身の潔白を証明しようか悩めるところだった。まずは彼女に先弁明をしようとしたが、出てきた言葉は
「婚約解消してほしい。」
だった。確かに不可抗力とは言え女と一緒に過ごしてしまったが、互いに干渉しないという約束なのだから契約には抵触しないはずだ。確かに誠意が無いと言われれば仕方がないかも知れないが、だいたい何もなかったのだからと身の潔白を訴えて、
「据え膳食わぬは男の恥とは思っていない」
事を伝えた。だいたいに於いてそんな馬鹿な女が流した噂で息巻いている方がどうかしてるんじゃないかと思える。噂なんて尾ひれが付いてどんどん歪曲していくものだ。.そんなものに一喜一憂していないで自分で正しい情報を持っていれば間違いないのに、馬鹿な女だ。
大体彼女は仮初の婚約者であって想い人でもない。自分も望んだたった一年の契約婚の相手じゃないか。一応体裁は整えるがそれ以上でもそれ以下でもない。彼女は納得していないのか何か言いたそうな顔で帰って行ったが、こちらとしては話し合いの場は持ったわけだし話し合いが決裂した訳じゃないので、彼女の父の前でも決して自分から誘ったのではなく騙し討ちに合ったのだし、疚しい事は何もしていない事を伝えて誠心誠意伝わるよう謝罪した。
「君は未だに結婚した従妹を側に置きたいと考えていると言う報告を受けているし、今までの行動を鑑みても君にとってはそれが普通の事だったのだろうけど、少なくてもその行動で傷付く人の事を考えて欲しい。傷付いたのはうちの娘だけじゃない。君の両親だって私たちだってこの結婚は間違いだったかも知れない。もしかしたら君たちに取り返しのつかない事を強要してしまったのではないかと話し合った。祥子が無理して笑わなくてはいけないぐらいなら私としては岡崎家からの条件など蹴ってでもやめさせる。君には本当に祥子を幸せにする気があるのかそれが聞きたい。」
父親からの強い眼差しを受けて俺は言葉に詰まった。
「いいえ、決してそのような事は・・・。」
春香の事は亨ぐらいしか知らないはずだが、あの野郎チクリやがったか?苦い顔をしている俺に追い打ちをかけるように
「三年間海外に居た君が従妹の結婚の経緯を知らないのは仕方がないと思うが、詳しくはこれを読んで貰えれば分かる。それでもまだ信じられないのなら本人に聞いてみればいい。気持ちの整理がつかないなら、この結婚はなかった事にしてもらう。もう祥子には近づかないでくれ。」
手元を見ると興信所が調べたらしい春香の行動だった。俺を待っていてくれるとばかり思っていたが、そうではなく今の夫である男とは長年の友達付き合いで、俺が海外にいる間に深い仲になっていた。春香の父親の会社が左前になってきたのを機に結婚することになったらしい。
誰だ俺に春香は政略結婚せざるを得なかったって教えたやつは。まぁ確かに嫌いになった訳じゃないし、仕方がないことだと言うのはあながち嘘ではないか。でもそれなら、ちゃんとした経緯を伝えて貰えれば俺だってこんなバカな事は考えなかったのに。
何を言っても今更なのは分かっていても手遅れなのだ。ちゃんと調べなかった俺も悪いし、自分の思い込みで彼女には謝り切れない程のことをしてしまった自覚もある。俺はあまりにも結婚を軽く考え過ぎていたのじゃないか。少なくとも俺は彼女を幸せにするなんて事は考えてもいなかった。
結婚生活だってただ一緒に住みさえすれば、たった一年だし何とかなると思っていた。しかし、もう一部の資料で岡崎家との条件とは何だっのか何故俺が海外に行かされていたのか初めて知ることになった。そしてもうタイムリミットまでの時間はあまり残されていない事も・・・。
岡崎 樹のターン。
知らなかったでは済まされない衝撃の事実