スイカ割り
その村は少し変わっていた。目の前は海、背後は山に挟まれたその小さな村では、スイカ割りは禁忌とされてきたのだ。
そもそも何故、そのように戒められるようになったのか。その原因となったのが、村で起きた一つのイジメ事件だ。
いつの時代もイジメが絶える事はない。その頃の村も例外ではなかった。
小さな村には小さな学校があった。下は小学一年から上は中学二年までと、バラバラな学年と少ない人数から、クラスは一つしかなかった。
そんな運命共同体とも呼ぶべき集団の中ででも、それはあった。
標的となったのは、小学校低学年の男女二人。
クラス一番の年上である中学二年の男子が、その二人をからかったのが全ての始まりだった。日に日にイジメは悪質なものになり、男の子は左のこめかみに消えない傷を負った。また、イジメっ子側に加わってくる生徒もいた。
それでも二人は、決してイジメに屈しようとはしなかった。イジメられていることを、口外しようともしなかった。それは子供なりの意地だったのかもしれない。
ある日、二人はイジメっ子達に連れられ、海へやって来た。風呂敷に包まれたスイカと縄を、一メートルくらいの長い棒に引っ掛けて。
皆、水着に着替え、海に入って行く。去り際にイジメっ子達のリーダーらしき一人が、取り残されたように棒立ちしていた二人に、「遊んでいいぞ」と声をかけた。
二人はその言葉の意味を理解しかねた。「今まで彼らに散々イジメられ続けたのに……」という想いが、二人の胸中では渦巻く。
しかしそんな疑念は、まだ幼い二人の好奇心に塗り潰されてしまった。二人は手を取り合い、陽が暮れ始めるまで砂浜で砂まみれになった。
そして陽が暮れ始めた頃、あのリーダーが、「スイカ割りするぞー!」と声を張り上げた。イジメっ子達はわらわらと集まり、一応二人もそれに合わせる事にした。
全員が集まった事を確認したリーダーは、続けて二人を指差し、「お前らの協力が必要だ」と言った。
質問する暇もなく、二人は羽交い締めにされ、引き離された。男の子の方は目隠しをさせられ、何やら重たい、棒のような物を持たされた。
リーダーの声が聞こえる。男の子はこれからスイカ割りの割る役をやれるらしい。
当然、男の子は喜んだ。喜ぶ男の子は、昨日まで彼らにイジメられていた事など微塵も考えなかった。それ以上に嬉しかったから。
「準備が出来た」との合図を聞き、棒を握り直す男の子の横顔を汗が走る。
「右、右」、「左ぃ」、「あー、行きすぎ!」とイジメっ子だった彼らの声援を頼りによたよたと歩を進め、その声援がピークに達した所で棒を思い切り振り下ろす。
――グシャァッ。
彼らの歓声が聞こえる。それに導かれるように、男の子は目隠しを外そうと頭の後ろに手を回し、気が付いた。
『アノ子ハドコ行ッタノ?』
慌てて目隠しを取り、男の子の目に写ったのは――。
――紅。
辺り一面、紅、紅、紅。
夕日に照らされてもわかるその生々しい紅に、女の子だった物は染まっていた。口には猿ぐつわ。首から下は砂に隠れて見えない。おそらく身体を拘束され、埋められたのだろう。
男の子の意識は遠のいていく。失いかけた意識の中、女の子と目が合い、声を聞いた気がした。
『許サナイ……』
それから間もなく、男の子は村の外へ引っ越した。あの女の子から逃げるように。
時が経ち、男の子は一人暮らしを始めた。両親と住んでいた家にあの子が来たからだ。
あの子はもうすでに、過去に自分をイジメたヤツらを全員殺していた。自殺に見せかけて。だが男の子は知っていた。それが全てあの子の仕業だと。
そして残るは、あの子を殺した張本人である男の子、一人だけ。しかし、その居場所があの子にバレてしまったようだ。じきにあの子は男の子のもとへやって来て、男の子は殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。…………。
「警部、ホトケの自室から遺書らしき物が……」
とあるマンションのエントランス前、ブルーシートで囲われた空間。
その中心でしゃがみ込む彼に、私は声をかけた。
「遺書? 内容は?」
「それが、なんと言いますか……」
「ふむ。どれ、貸してみ」
彼は遺書のようなそれが書かれた大学ノートを受け取り、読み始めて数秒としない内にうんうんと唸り出した。
「なんだこりゃ? 村の話で始まったかと思えば、終いにゃ『殺される』の連呼……ホトケはヤクでもやってたのか?」
そうボヤきながら、彼はノートをパラパラとめくって行き、最後のページに差し掛かった。
「ん?」
「おや? これは……」
そこには短く、一言だけ記されていた。私はそれを読み上げようと、口を開け――
「許サナイ……」
この世のものとは思えない声が囁いた。当然、彼の声でもなければ、私の声でもない。
「誰だ!?」
彼は立ち上がり、辺りを見回す。私もそれに続き、首を傾げる。
「おかしい……」
今この場にいるのは、刑事の私と、警部の彼と、このノートの持ち主であろう、左のこめかみに古傷のある男性――だった物だけだと言うのに。
夜なかなか寝付けずに、思わず書いてしまった作品です。後悔はしていません。