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その他小説

夏祭りのお願いごと

作者: 八島えく

 夏休み、地元で夏祭りがあるというので、陽菜子はお気に入りの浴衣を着て参加した。地元の友人達は、陽菜子を誘う前に祭りへ繰り出していたらしい。自分から誘ってみると、気まずそうに断られた。要するに、陽菜子は一人で夏祭りを楽しむ羽目になったのだ。寂しがり屋ではあるが一人も好きな陽菜子は、むしろこっちの方が気楽だった。

 遠くから、太鼓を叩く軽快な音がこちらへ流れてくる。人々の喧騒がそこらじゅうからあふれてくる。お気に入りの団扇で微風を感じながら、どこへいくでもなくのんびりと歩く。ふと、射的の屋台を通り過ぎた。陽菜子は、その屋台から、そういえばあの人は元気だろうかとふと思い起こした。

 中学校のころからずっと片思いしていたクラスメートが、陽菜子にはいた。会話も数えるほどしかしていないような関係だったが、陽菜子はその人が好きだった。高校生になって、別々の学校へ通うようになってからはもう忘れ去られているかも知れない。お互いに、メールアドレスも知らないのだ。こちらが勝手に思っているだけなのだ。向こうは陽菜子のことなど、かつての同級生程度の認識になっているだろう。

 中学校三年の夏休みも、陽菜子はこうして夏祭りに来ていた。そのとき、偶然彼が友達と射的で遊んでいたのを見た。男子が仲むつまじく遊んでいるのはほほえましかった。

 陽菜子は思い立って自分も射的で遊んでみたが、ひとつも落とせずに終わった。射的なんてこんなもんさと、自分を慰めた。

 ゆったりと道を歩いていると、山車が近づいてきた。その上から、小学生ほどの子供達が真剣な表情で太鼓を軽快に叩いている。陽菜子は邪魔にならないよう道の端に移動し、二つに分かれた道の左を進んだ。こちらには、金魚すくいやカキ氷屋があった。その少し先に神社がある。ちょうどすいていたので、そこでおまいりをした。何を願えばいいのか分からない。やけになって、あの人とまた会えますようにと願ってしまった。鳥居から向こうへと出て行った陽菜子は、小腹がすいてきたので、とりあえず何か食べようと、食べ物の屋台を物色した。ふんふん、と嗅覚をきかせる。たこ焼きの匂い、焼きそばのソースの匂い、お好み焼きの匂い、チキンの匂い。いろいろと入り混じった食べ物の匂いから、陽菜子はイカ焼きを選んだ。食べ歩きも夏祭りの醍醐味だが、人が多くなってきたので、ひとまずさっき行った神社の方まで避難した。鳥居をくぐって近くの平たい石に腰かけ、ようやくイカにかぶりついた。熱くてやけどしそうだったが、よく噛んで吟味して飲み込んだ。うむ、と陽菜子はうなずいた。やっぱり夏祭りはイカ焼きだろう、と一人納得し、二口目にありつこうと口をあける。

 ふと、目の前に、小さな子供が好奇心たっぷりの目でイカ焼きを凝視していた。

 膝に小さな手を添えて、スカートがめくれているのも気にせず、じいっと陽菜子のイカ焼きを凝視していた。大きな麦わら帽子からのぞける髪は、黄土色に染まっていた。

「えーと」

 陽菜子はイカ焼きとその女の子を何度か交互に見やり、すっとイカ焼きを差し出した。

「食べる?」

「たべう!」

 女の子は元気よく返事し、陽菜子のイカ焼きを一口かじる。いっぱい食べようと、あぐっと大きく口を開けて必死に噛み付く女の子が、なんだかほほえましかった。

「もっと食べる?」

「ううん。ひとくちでいい」

 女の子はありがとう、と陽菜子にお礼を言った。口周りがイカのソースで汚れていたので、陽菜子は巾着からハンカチを取り出してぬぐってやった。

「ありがとう、お姉ちゃん」

「いいえ。ところで、お父さんお母さんは? 一緒じゃないのかな?」

「ううん。一人」

「迷子?」

「ううん。もともと一人で来た」

 立ち上がって自分との身長差を測ってみたが、女の子は陽菜子の腰より少し低いくらいだった。まだ十歳もいっていないだろう。

「あたしも一人で来たの」

「そうなの? じゃあ、一緒に回ろうよ」

「そうしようか。一緒に行こう」

 女の子の提案に陽菜子は心から賛成した。はぐれないようにとつないだ手は、陽菜子が思った以上に小さかった。

 イカ焼きを食べ終え屋台に戻る。時々、陽菜子がどこか回りたいとこある? と聞く。女の子は、うーんとうなり、唸っているうちにめぼしい屋台を見つけるとそこを凝視した。

「カキ氷食べるの?」

「うん」

「シロップは何がいい?」

「お姉ちゃんの少し分けてくれればいいよ」

 謙虚だなあ、と感心しつつ、陽菜子はイチゴ味を頼んだ。スプーンのように作られたストローを二つもらって、一つを女の子に渡した。女の子は二三口ほおばっただけで、後は陽菜子の分だった。

「それだけでいいの?」

「うん!」

 次に女の子の目を引いたのは、ベビーカステラだった。一番安い袋を買った。女の子はやっぱり陽菜子の分を二三個もらうだけだった。

 

 そうして何件も屋台を回っているうち、陽はどっぷり暮れてあたりは真っ暗になった。それでも屋台と街灯のおかげで、ここはまだ明るく喧騒に満ちている。

「君、もう暗くなるし、おうちに帰らなきゃじゃないかな?」

「うーん。そうだねえ、もうすぐお祭りも終わりだしねえ」

「送ってくよ。おうちはどこかな?」

「ん? うん」

 女の子は陽菜子の問いに答えず、するっと手を解いて、人ごみが少しだけましになった道をてけてけと早足で歩いていった。陽菜子は慌てて女の子を追いかける。浴衣だと大股で走れない。おかげで苦労したが、不思議と女の子を見失うことはなかった。

 必死で追いついて、陽菜子は神社の鳥居前までたどり着いた。女の子は一度だけ立ち止まって、陽菜この方を振り返る。無邪気で元気いっぱいな笑顔で、鳥居をくぐる。

 すると、女の子はすうっと消えてしまった。目の錯覚かと陽菜子は目をこするが、女の子はいない。鳥居をくぐって境内をうろうろするが、さっきまで一緒だった女の子はどこにもいなかった。

「なんだったんだろ」

 陽菜子はふうっと息をついて、自分も帰るか、ときびすを返す。

 そのとき、背後から声がした。

「北見?」

 聞き覚えのある声だった。振り向くと、Tシャツに半ズボンに黒サンダルという適当な格好をした、片思いの男の子が立っていた。

「え、うそ」

「ん?」

 陽菜子は突然の嬉しい再会に、平常心を保っていられなかった。そりゃ神社でまた会えますようにとはお願いしたが、それが叶うとは思っても見なかった。

「あ、あ、加地君……。えーと。久しぶり?」

「何で疑問形? うん、久しぶり」

「友達と一緒じゃないの?」

「いや、一人できた」

「そ、そうなんだ」

 陽菜子は加地と会話できることが嬉しくてたまらない。噛まないよう、必死に舌を回していた。

「浴衣、似合ってるね」

「そ、そうかな。嬉しい」

 加地のほめ言葉に陽菜子は思わず顔を綻ばせた。

「もう帰り?」

「うん。もうそろそろお祭りも終わるから」

「送ってくよ。一人で夜道は危ないから」

「いいの?」

「いいよ。途中でなんか飲んで帰ろう」

 陽菜子は心臓がばくばくと脈打っているのを感じていた。途中の自動販売機で買った炭酸も、味がいまいち分からなかった。帰り道、二人はぽつぽつと近況を報告しあい、少しばかり仲よくなれた気がした。再会できただけでも嬉しいのに、あろうことかアドレス交換まで叶ってしまった。こんなに幸運が舞い降りてくるなんて、今にばちでも当たりはしないかとかんぐった。

 加地の隣を歩く帰り道、陽菜子はふとあの女の子を思い出した。もしかしたら、あの子は自分のお願いをかなえてくれたのではないだろうか。あの小さな女の子は、あの神社にお祀りされている神様だったんじゃないだろうか。だとすると、とても嬉しくなった。

「じゃ、ね」

「うん。……あ! 加地君!」

 別れ際、思わず、引き止めてしまった。何、と加地は振り向いた。

「たまに、メールしていい?」

 顔が真っ赤なのを、陽菜子は自覚していた。真っ暗で助かった。もし明るかったら、自分の顔が加地に見られてしまうから。

「いいよ。そのためのアドレス交換だもんね」

 陽菜子はほっとした。

 加地と別れ、陽菜子は、今夜限りに出会った小さな女の子を、思い出していた。夏の風がそこを吹き抜ける。陽菜子は帰路についた。

そういえばもうすぐ夏休みだよなあ、ウチの地元でも夏祭りの時期が近づいてるよなあ、とふと思って書いたお話です。夏といえばやっぱり夏祭りでしょう。お祭りは心を楽しい気持ちにさせてくれますよね。最後まで読んでくださりありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文章は読み易く、視点の堅実さと、一人称による心情描写が良かったと思います。 主人公がかつての想い人と再会し、そうした小さな偶然が心を近付ける瞬間は、すごく共感しました。 そういうの、何か…
2011/07/09 23:34 退会済み
管理
[良い点] テンポがよく読めました。祭りのにおいを感じました。 [気になる点] 一つだけ、カステラを2、3個というところ、二三だと23個かと一瞬思いました。コンマをつけたほうがいいかもしれません。 (…
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