〝バグ〟 At night
時刻は午前二時ごろ。
千年以上前ならば殆どの人が寝ていたであろう時刻。
しかし現代では昼夜逆転の生活をする人、夜更かしをする人も多くなってきたため、起きている人は結構いるだろう。
彼女もその一人だった。
街灯と頭上の月と星に照らされた道を超高速で走っている少女。
年は十五、六ぐらいだろうか。
黒いTシャツに黒いズボン、靴も黒を基調としたもので、全身黒といった感じだ。
腰まである長い髪を風に靡かせながら彼女は疾走する。
と、ある地点で止まる。
そこは何の変哲もない住宅街の中にある一見何の変哲もない家の門の前だった。
彼女はまわりを気にする風でもなく、堂々とその鍵の掛かった門を乗り越え、不法侵入。
そして道具を取出し玄関の鍵をピッキングする――否、しようとしたができなかった。
原因はいきなり出現し、そして彼女の首に突き付けられた金属の塊――刀。
「ちょっとでも動いてみなさい。刀で貴方を頭と胴に分けてあげるから」
刀――銃火器が主流となった今では時代遅れと言われても仕方がない武器。
しかし、それで威力が衰えたわけではない。今でも人の体を切る事は可能だろう。
「リアルに首飛ばされたくなかったら不法侵入をした理由を言いなさい」
彼女の後ろにはいつの間にか少女が一人いた。
彼女の首に刀を突き付けているのはその少女。
「不法侵入の理由、ね」
彼女は微かに笑った。
「挨拶、しようと思ったのよ。〝バグ〟の皆さんに」
ぴくり。
ほんの少し刀が揺れた。
「貴方誰よ?〝天使〟ではなさそうだけど〝バグ〟でもないわね」
「小さな夜(小夜)、よ。貴方の言う通り〝バグ〟でも〝天使〟でもないわ」
その台詞の直後、
小夜が動いて何かをしたが、速過ぎて少女には何をしたか分からなかった。
分かったのはその結果――自分の刀が柄のみを残して折れたという事。
―――からん。
刀の残骸が落ちる音。
「え?…………貴方……何をしたのよ?」
少女の声にはさっきまでの余裕が無い。
「さて何をしたでしょう?」
そう言いながら小夜は振り返って少女を見た。
背の低い女の子だった。小学生くらいだろうか。
彼女の顔に浮かんでいるのは紛れもない恐怖。理解不能なものに対する恐れ。
「一つメッセージ。夜がもうすぐやって来るわ。小夜のような紛い物じゃない本物の夜がね」
「は?え?ど、どういう事………」
混乱した様子の少女。
「では御機嫌よう」
小夜はそれだけ言うと呆けている少女の横を通り、門を来るときと同じように乗り越え―――ようとしたところで
「あ、ちょっ、待ちなさいよ!」
少女の声。
しかし古今東西あらゆる場面での常識。待てと言われて素直に待つ馬鹿はいない。
小夜もその例に漏れずその声を無視して走り去って行く。
少女は勿論小夜を追いかけていこうとしたが振り切られてしまった。
少女が遅かったのではない。
あまりにも小夜が速すぎたから。
それが人間の限界というものを超えた速さだったから。