小夜 In a dream
そこには闇しかなかった。
しかし不思議と心細さは感じなかった。
感じたのは温かさと安らぎ。
まるで優しい母親に抱かれた赤子のような――――――
そこまで彼女が考えた時だった。
「やっと通じたわね、夕―――夜の始まりを告げる黄昏の名を冠する者」
声が聞こえた。
それを聞いた途端、何故か懐かしさを覚えた。
それと同時に、涙が溢れ出た。
悲しみとは別の衝動が込み上げて。
彼女は泣いた。
泣きながら問うた。
「あ、貴方……は、誰…ですか?」
さっきの声の主が微笑んだ――――ような気がした。
顔はおろか何も見えない闇の中にいるのに。
「小夜―――小さな夜、よ。一応初めましてと言っておくわ」
と、その時
「小林!授業中に寝るんじゃない!」
そんな声とともに頭部に微かな衝撃。
目を開けると数学教師が教科書を持って立っている姿が見えた。
たぶんあの衝撃は教科書で頭を叩かれたものだろう。
それ以上何かを言うことはなく、そのまま教師は授業に戻っていく。
―――さっきのは夢か。
夕、フルネームで言うと小林夕は漸くそう気付いた。
それぐらいリアルな夢だった。
時計を見ると授業終了まであと十分。
この授業の記憶は最初の数分しかないため、授業の半分以上の時間眠っていた事になる。
よく寝ていたなと我ながら感心しつつ、夕は一応ノートに黒板の文字を写し始めた。
――――――ここは神様に創られた世界、〝日本〟。
四つの大きな島と無数の小さな島と無限に続く海から成っている。
〝天才〟のおかげで文明は結構発達しており、戦争も百五十年程前に大きいのがあったが、それ以後は平和そのものである。
平和そのものでもなければこんな所で退屈で退屈で退屈な授業なんて聞いている暇などない。
―――どっかで政府への抗議デモでも起きないかなぁ。
そんな事を考えているうちに授業は終わる。
そういえば、と起立礼をしながら、夕は思った。
―――さっきの夢、やけにはっきりと思い出せる。夢なんていつもは曖昧な記憶しかないのに。
一瞬その事を不思議に思ったが、それは一瞬のみだった。
念のために書いておきますが、漢字の夕とカタカナのタは微妙にですが違います。この一応主人公である小林夕さんの「夕」をカタカナの「タ」と読まないようにお願いします。