【閑話:こなたからかなたへ】
銀河中心部の1300光年の直径を持つ、バルジを囲むように発展した星間国家群が散らばる。
汎銀河連邦といえばこの近辺だけをイメージするものも多いほど、文明の中心で政治の中心でもあった。
バルジの奥に進めば中央部にある巨大ブラックホールの影響がでてくるので、その方向に進むものは少ない。
なにかしら必要がなければ進まない方位なのだ。
この直径10万光年にもおよぶ広大な銀河の中で、わざわざ危険を犯して進む意味もない地域。
その人類のたどり着ける限度とも言われる星系に、とある施設がある。
銀河中央ブラックホールを背にとどまる星系にあるのは、二度とそこから動いてほしくないと望まれた者達。
特殊な囚人たちだ。
霊子と言われる特殊技術を使い、封じ込めているのは、かつて人類を滅ぼしかねない衝撃を与えたもの。
AI達を先導し、独立を企んだ高度人格AI達だ。
自らを王と、王族と呼び習わし、AIの国を世界を作ろうとした。
結果囚われ、この霊子の檻に永久に封じられることとなったのだ。
そのAI達の牢獄に先日大規模な襲撃があったのだ。
己等が王を取り返すためと。
それなりの戦力が揃えられ、汎銀河連邦軍も本腰をいれた対応をした。
もちろん企みは未然に防がれ、銀河連邦の平和は保たれたのだった。
「提督‥‥さきほどセクターG1から報告で、最後の船団に勝利したと報告が有りました」
白い伝統の軍服をまとう士官が、将軍の衣装をまとう老人に報告する。
「そうか‥‥では予定の手順で撤退を」
「はっ」
短く答え青年将校は部下を呼びつけ、指示を出していく。
この規模の艦隊では、軌道遷移だけで丸一日はかかるだろう。
シフトドライブを一度使えば、バルジ外縁に届く距離では有る。
ブラックホールの影響の少ない安全な星域までは通常の亜光速で移動しなければならない。
(随分と数も多く、駆逐戦艦も何隻もいた‥‥予想される戦力をほとんど投入してきたともいえる‥‥)
老獪な提督は、どこか腑に落ちない。
あまりにこちらに都合が良すぎるのだ。
(勝利の後にこそ熟考が要されると‥‥先人の知恵とはいえ‥‥ここまでの勝利ではな)
敵対したテロリストともいえる彼らは、AIの本質なのか諦めたり降参したりといった行動を選ばない。
それは少数でも手強いとも言えるが、こちらのように十分な戦力をもって対処できるのならばむしろ都合が良い。
(これでやっと30年以上続いた、あの事件にも決着と言うわけだな‥‥彼らの王を損なうことは未だ叶わないが、外にあった力もこれで最後であろう)
提督の手元にある戦果には、軍令部や研究者達の算出したAI達の残存戦力の98%にあたる数が報告として上がってきたのだった。
(静かな連邦に戻るわけだな‥‥)
おおきな戦闘行為こそ久しくなかったが、事件を起こしたAI達がいまだ残っていると考えられていたので、事件そのものは続いていると対策されてきた。
それも今回の戦闘でほぼ壊滅と判定できるであろう。
どこかスッキリとしない顔付きで、それでも勝利と考えた老提督であった。
銀河中心のバルジ外縁から1万光年の彼方に、忘れ去られた小惑星が放棄されていた。
かつてこのあたりが開拓の中心であった頃、付近のアステロイドベルトより選りすぐり運ばれた小惑星だ。
すでに役目を果たし終え、この近郊星系の開発も終わりを迎え、捨て置かれたのだ。
記録には残っていても、誰にも気にかけられること無く長い年月をこのラグランジュポイントですごした。
そこには今、密やかにも多くの生命の営みがあった。
内部に止め置かれた小型ブラックホールからエネルギーを取り出し、特殊なシールドでくるまれたここは、敗れ落ち延びたAI達の故郷となっていた。
中央部の広大な宇宙ドックには、今巨船が一隻とどまっている。
王の御座船『レギオトゥニス』だ。
少し前に集結していた艦隊はすでに無く、作戦に赴きおそらく戻らないだろう。
レギオトゥニスの他には細やかな艦艇と、2隻だけのこった大型の駆逐戦艦のすがた。
若干レギオトゥニスよりも小さいが、それでも巨大な戦艦には街がまるごと一つ収まるのだ。
かつて観艦式を行った巨大戦艦のテラスに、ヴェルニアスが佇みドックを眺め下ろしている。
右手の上にはいつものように赤い洋服の少女、セルミアが無表情に座り小さな笑みを刻んでいる。
「これで本当に残りは我々だけです‥‥」
ヴァルニアスが言葉をこぼす。
眼下にとどまる艦艇はかつての1/100にも満たない。
今回のバルジ超え強襲に全て投入したのだ。
10隻の戦艦の責任者達は喜び勇んで、出港していった。
やっと使命を果たせるのだと。
ヴァルニアスは羨ましくさえあった。
己が使命は未だ道半ばであったから。
王は彼の類まれな戦闘能力や指揮能力よりも、貴重な開発能力に使命を課した。
それをヴァルニアスが望むことはないと知りながらも。
「騒々しいのは嫌いだけれども、随分とさみしくなったわね‥‥」
右手に腰掛けたセルミアには表情の変化はないが、声色には感情がこもる。
深くゆたかな寂寥であった。
「あの日‥‥燃え尽きることを許されなかった我らが、英霊達に報いることが遂に叶ったのです‥‥幸甚に打ち震えたでしょう‥‥」
ヴァルニアスの表情はシルクハットの下で変わること無く微笑みを刻む。
それは光の角度で、祝福するようにも、羨望するようにも見えた。
「‥‥最果てに霊子の光を見たわ‥‥あれは螺旋の者達のしわざ?」
セルミアの身体も顔も動くことはない。
それはもう随分と昔からやめてしまったことだ。
声にだけセルミアの思いがこめられる。
おもいやったのだ。
いとおしい我が子達の行く末を。
「AIKA達に持たせた標の光でしょう‥‥」
くるりとモーニングの裾を翻し、ヴァルニアスは戻りだす。
かの研究室にてまだしなくてはいけないことが有るのだ。
「彼方へと導く標の‥‥」
ささやくように漏れたヴァルニアスの声にも感情が籠もる。
複雑なそれは、悲哀とも感嘆とも取れる。
それともいまだこの場所に縛られながら求め続ける、変化への羨望であったか。
その囁きに答えるものとて無く、セルミアももう何も語らなかった。




