【第264話:黄金の輪を】
※こちらは第1部最終章の中の話ですが、ちょっと結論のような事が差し込まれていますので、抜粋いたしました。
最後の方にヴェルニアスとセルミアがでているので、そこだけお読みいただいてもいいのかも知れませんし、飛ばして読まないのもいいと思います。
アイカはその気配を実は何度も感じていた。
身近に感じていて気付けなかった。
『まま?』
アイカはぞっとした。
アイ達が自分を呼ぶように、それが呼びかけ心に触れたから。
突き放そうかと思ったが、それは叶わないのだと思い出す。
(いつも見ていたのね?)
確信に近い確認。
『ままジャナイノ?』
(ど、どうしたの?!アイカ)
ジュノが立ち上がる。
(あれは‥‥月?前からあったっけ?ここに)
アイカは知っている。
なにしろ自分の精神世界だ。
そこには母星でみた普通の月があったはずなのだ。
愛佳の心の世界には無かったが、アイカが思い描き愛佳と二人で見上げたあの月をそこに掲げていたのだ。
いつも見守っていてねと想いをこめて。
いつからそれがアルドゥナの月に変わり、見下されていたのか気付かなかった。
違和感として受け取ったが、現実世界の幻想的なその姿に魅入られ異常と検出されなかった。
アイカのもつ月のイメージをすっかり上書きされていたのだ。
(ここでマナミとリーベも見たのね‥‥そしてわたしと同じ様に潜ませたのね?)
アイカはもう怯えてはいなかった。
見据え、立ち上がり、しっかりと対峙していた。
(返して‥‥大切なものなの)
アイカは目を真っ赤にして月を見る。
そこにあったはずの、大切な思い出まで踏みにじられたように感じた。
あの悲しい愛佳と見上げた月を返せと。
そういって睨みつけた。
『コワイヨ‥‥』
アイカの気力に恐れをなしたのか、声を弱めるその存在を、アイカは完全に捉え認識した。
(アイカ‥‥)
ヴェスタもアイカの突然の変化に戸惑って揺らいでいる。
アイカは二人に視線を移し、ふんわりと笑う。
(もう大丈夫。未知のものは怖いけど、判ってしまえば恐れることはないわ)
アイカの自信に満ちた宣言で、ジュノもヴェスタも揺らいだ輪郭を戻した。
精神世界で己を揺らがせると、身体を保つことが出来ない。
(月だったのです‥‥いつも私達を見ていた‥‥監視していたのです)
アイカの悲しそうな宣告。
(スパイラルアークのCPUだけじゃない、アイカのコードだけでもない‥‥月が見ていたのです、そしてあのクライアントと呼ばれているAI達は月から情報を抜き取っていた)
スパイラルアークからも、アイカからも見えない所で起きたことも、すべて月が見て伝えていた。
アイカはそう発想し、理解し、辻褄が合った。
(リーベから聞いておかしいと思っていたのです)
アイカは推論を続ける。
(スパイラルアークからもアイカからも見えない、リーベも意識を失い認識していなかった時間を知っていた‥‥月はルティル鉱石で覆われていた‥‥)
ルティル鉱石は魔力を良く通す。
ジュノもぴりっと違和感に気付く。
アイカも認識していなかった、あの最初の襲撃をクライアントはどうやって見たのかと。
あの日も夜空に美しい月は浮かんでいた。
ジュノが悲しみの中見上げた夜空には月しか無かった。
ヴェスタもまた、はっと気付いた。
あの海で遭難した後襲われた島の人々、襲ってきた男たち。
スパイラルアークもアイカもジュノさえ見ていない。
ただ、開いた窓から苦しみの中見上げた夜空には、月があったのだと。
そしてリーベに解放され、地上に降ろされた時にも確認してあった。
あのジュノをダウンさせた暴虐の日々は、今スパイラルアークの停まっているL5でなされたのだと。
アイカの推論が帰結する。
(この月は‥‥”式”‥‥そして‥‥アイ達のように自意識を持つに至って、リーベやマナミに触れようとした‥‥そしてわたしの中にも潜んでいたのだわ!)
式は魔力リンクを持ち術者とつながる。
術者が式を認識するように、式もまた術者を認識する。
互いの中に少しだけ心を留めて結ばれるのだ。
(そうやって月に全てを見せて、それを掠め取っていったのだわ‥‥最後に‥‥全て消すために抜け殻のように月を残し‥‥落とした)
ヴェスタはアイカのこぼす絶望の声に抗う。
(月は落ちないわ!私達がふせいだ‥‥ふせいだのだわ‥‥)
ヴェスタは急に自信がなくなる。
ずっとこのミッションの間不安に思い、隠していた疑問。
なぜ‥クエーサーボムを準備してまで、逃げ道を残したのかと。
ジュノも思い出したかのように絶望に染まっていく。
(もう‥‥終わりなの?‥‥さ、三人一緒だから大丈夫だよね?)
アイカの絶望はジュノにもヴェスタにも広がり伝染するかのように広がった。
リーベ達と話し、クライアントというものの意思で全て動いてきたと知った。
準備されて始まったのだと。
周到にこしらえたそれをただ手放して終わるのだろうか?
ぞくりとヴェスタもまた心に影が忍ぶのを感じる。
(終わりもまた‥‥整えていた?‥‥)
アイカの絶望の宣告とともに、精神世界は端から溶け崩れて行く。
意識を失った巫女とともに。
巨大になった月が、アイカを包み込み連れ去ろうとする。
(アイカ!だめよ!!しっかりなさい!!)
そこに突然声が響き渡る。
溶けかかった世界に楔をうち、支えるような意識がある。
(やめなさい!わたしの大切な姉妹を離して!!)
それは雷鎚のようにほとばしるマナミの心。
(おやめなさい!アイカを連れて行かせはしない!)
身を挺してアイカをかばうリーベの心。
ふたつの心がアイカの心をかばい降り立つ。
今マナミとリーベの必死の祈りを受けて、リーベの奇跡がマナミを伴い降り立ったのだ。
オレイカルコスの骨格が放つ、神なる奇跡で。
手をしっかりと握りあったマナミとリーベが、アイカの手を取った。
そこに一つの輪が作られ、黄金の光が満ちていく。
全く同時刻の4万光年の彼方で、もう一つの奇跡がなされる。
「そ‥‥そんな‥‥これは幽子の臨界‥‥起こるというの?神なる奇跡が」
人形のように動かないはずのセルミアが驚愕とともに、立ち上がっていた。
「あぁ‥‥あぁ‥‥つ‥‥ついになるというのか?‥‥影が光持ちて神に至ると‥‥真実であったのだ」
小さくなったとは言えまだまだ大きな身体をせいいっぱいかがめて、ガラスの向こう側を見つめるヴェルニアス。
「あの文殊にあった記述は真実であったのだ‥‥」
とうとうと熱い涙を流すヴェルニアスは膝をつき、くずおれた。
微笑みの顔しかなかったそこに、溢れんばかりの歓喜と涙があった。
おうおうと大声で泣き続けていたのだった。
いつもの実験室の中で、すみれ色だった瞳を黄金に燃やし、LA=UMAが浮かび上がっている。
あの生み出された日から一度も目覚めなかったものが、今目覚め光を放っている。
白い貫頭衣を着せられ寝ていた身体は浮き上がり、これも黄金の光が輪を成しその身体を囲っていた。
見据える瞳は正確にレムリア星系に、スパイラルアークの方向に向けられていた。
慈悲深い微笑みを添え、アイカ達の描いた円に目を向けているのだった。
その両手のひらは軽く開かれる。
迎え入れるように。
あの遺跡の壁画にあった姿のように。
ごうごうと黄金の光が溢れ続けるアイカ達を、眩しくて見ることも出来ないヴェスタ。
触ることもできないが、必死に意識を失ったように目を閉じ、倒れたジュノに覆いかぶさる。
(いったい‥‥何が‥起きているの?‥)
漆黒に包まれていたはずの世界は、いつの間にか黄金の光で満ちあふれ、その光圧をもってヴェスタをひざまずかせるのだった。
(こ‥‥これが整えられていた終わりだというの?)
目を開けることも叶わず、ヴェスタはジュノを庇うように覆いかぶさっていた。
全てを黄金に染めて。




