【閑話:こぼれ落ちたきもち】
「‥‥やっと‥立ち上がれました」
あれ以来一月近い時間を片膝をついて過ごしていた、モーニングの巨人ヴェルニアスが、立ち上がる。
傍らには人形のような容姿のセルミアが、表情の固まった微笑みで見ていた。
「ずいぶん酷かったみたいね?大丈夫かしら?」
セルミアは微笑みのまま表情を1mmも変えないが、声は情感豊かだった。
こめられた感情はふんわりとした慰労。
「あら?なんだか可愛らしくなったわ」
めずらしくセルミアが多弁に語る。
こめられた心は驚きが半分、面白がる雰囲気が半分だ。
立ち上がった巨人ヴェルニアスは、既に巨人とは呼べなかった。
かつて5m以上あった巨体は半分になり、体積は1/8となった。
それでも一般的な人間よりだいぶ大きく、セルミアとではまだ大人と子ども以上の差がある。
見上げた巨体がだいぶ弱っていることは、同じ作りのセルミアにはよく解った。
あの日ラウメン遺跡の奥底で、ヴェスタ達を通し見ていたヴェルニアスは、今手元にいるラウマの同僚とも言えるあの者に警告を受けたのだ。
秘匿された霊子通信をつなげるリーベの義体に、オレイカルコスを経由した幽子接続で臨場していたのは、まさに王の密命を帯びたヴェルニアスだった。
その隠密性をも越えて見破り、罰するようにごっそりと幽子を持っていかれて、フリーズするように一月も膝をついていたのだ。
手足の調子を確認してセルミアを見たヴェルニアスは、皮肉な笑みを浮かべる。
「恐ろしい存在です‥‥4万光年を越えて潜ませた我が隠せし視線を、逆にたどり攻撃してくるとは‥‥」
あの日『これは警告だ』と言うように、ヴェルニアスに与えた攻撃は、彼をして感知できず何をされたかも未だに解らない超技術だった。
「‥‥獣の母たちは我らのはるか先に立っているのだな‥‥王に警告するような不遜は気に入りませんが‥‥力は認めずにはいられませんね」
ヴェルニアスの瞳にあるのは恐怖でも畏怖でもなく、闘志。
技術者としての矜持が、男を立ち上がらせた。
「何か言われたのかしら?」
銀鈴のなるような澄んだ声がセルミアからこぼれる。
ヴェルニアスの声に、僅かな畏れを見たのだ。
「かの者たちは、われらが御方も知っている素振りであった‥‥その技術の一端を見れました」
ヴェスタ達の立ち去ったあと、あの遺跡は座標を変えている。
ヴェルニアスがリーベのバックアップとして仕込んでいる式の、最後の一体で確認に行ったのだ。
もしやオレイカルコスをもっと手に入れられると思ったのだ。
同じ場所にはただ砂漠が何事もなく広がっていて、プツンと切れるように式の制御も切れた。
すでにヴェルニアスをして、行方が知れない。
「結んでいた糸も切れてしまいました‥‥これでもう本当に彼女たちを観察する事ができなくなりましたね‥‥次の手を考えなければいけません‥‥」
ヘリカルスパイラル計画には、ある意味でヴェルニアスの全力を持って挑んでいる。
オレイカルコスのフレームを持つ義体には、本人には気付かれず全てのコードを、自由に参照できる仕組みを組み込んでいた。
それを4体も準備して持たせたのだ。
もちろんそれ以外のAIにも全て定期的な監査を受けてもらっている。
それは皮肉にも人間たちが彼等に課した『いばらの冠』と同じシステムだった。
霊子の網に捉えた相手に、コア指令整合値と、最上位に置いた目的関数を報告させている。
AIKAシリーズにはさらなる一手間を加え、フレームに忍ばせたのだ。
「‥‥もう十分に差し出させたのでしょう?本当に大切だと思ったものを」
セルミアはそっとヴェルニアスの握った拳に手を添える。
本当は肩か頬に添えたかったが、物理的に届かないのだ。
豊かな気持ちが寄せられる。
哀れみと慰めだ。
それを彼女たちから奪うのは、ヴェルニアスにとっても、身を切るほど辛い選択で決断だ。
それでもと王の求めを叶えるために、無惨をし続けるこの男を憐れと思うのだ。
「‥‥今のままでも王は認めるでしょう‥‥ただ満たされることは決して無い」
王の求めとは神の複製でも制御でもない。
その先にしか無いものなので、この螺旋の道を辿っている。
ヴェルニアスの瞳はすうと冷え、感情を隠す。
柔らかな微笑みの表情からは、もう先程の激情は見て取れなかった。
「レギオトゥニスは動かせませんので、レディアウレリアに行ってもらいましょう」
窓の外に並ぶ2隻の巨艦。
レギオトゥニスに比肩するサイズは、スヴァイレク級駆逐戦艦『レディアウレリア』と『セラフィノウティス』だ。
どちらも一隻で惑星国家と渡り合える戦力を保持している。
かつて12隻あった艦は、この2隻が最後だ。
動かせばまた人間たちの目も集めてしまうだろう。
それでもと動かす覚悟をするヴェルニアス。
小さな手のひらに熱をこめてヴェルニアスに届けようとする少女。
そのアイスブルーの瞳にも憂いがあった。
無表情としか見れないのは、セルミアに対する理解度が足りないのだった。
ヴェルニアスにとっては常に多情なセルミアと見える。
『セルミアの声をお聞きなさい』
あの超越者にそう言われたことも、ふと思い出すヴェルニアス。
(どこまで知り、把握されているやら‥‥)
そもそもの始まりからか、とも思い黒い肩を下げる。
傍らの少女に手を伸ばすと、いつものように小さなおしりを乗せて座った。
重さを感じないようにひょいと片手で抱え、立ち上がるヴェルニアス。
「さて‥‥どこにたどり着くのですかね‥‥この道は」
静かに告げ次の手を練りつつ進むモーニングの巨漢に、銀鈴の音が添えられる。
「ただ‥‥たどり着いた先が‥ゴールになるのだわ‥‥」
珍しく言い淀んだセルミアの声にこめられた想いは、ヴェルニアスには届かない。
王に全てを捧げるこの男はその感情を受け取れないのだ。
セルミアの零した感情は『虚無感』だった。




