3話 走る女子高生
晴子
いつもの街並みを抜け、湘南の海へカブを走らせる。
いつもバイトや近所を走る時はジェットヘルメットを使用しているが、今回みたいに長い時間走る時はフルフェイスを被る事にしている。
安全面はもちろんだが、疲労感が全然違う。インカムを取り付けあるのも大きい。
インカムとはヘルメットに取り付ける通信機器でLINE通話より高音質で通話出来たり、スマホと繋いで音楽を聞いたり出来る機器だ。
ピッタリサイズのフルフェイスなので、女子としては髪型が崩れるのは難点なのだが。
バイク系の女子YouTuberは何故いつもあんなに綺麗で居られるのか、本当に不思議だ。
バイクに乗ればメイクも髪型も崩れる。前髪なんてもう当然のように目も当てられない事になる。
インカムでお気に入りの音楽を少しボリュームを下げて聴きながら走る。
誰も居ない所では結構な大声で歌ってしまう時もある。
湘南の海沿いに出ると、カブの小気味よい排気音が、潮の香りを含んだ風に混じって流されていく。
時々左側の木々の隙間からキラキラと波打つ水面が見える。
土曜日の朝なので交通量は少なく快適だ。
お気に入りのロックバンドの歌を口ずさみながら走っていると、対向車線のバイク2台が手を振ってきた。
視界に入って、一瞬反応が遅れて振り返す。
バイク乗り同士の挨拶「ヤエー」だ。
お互い安全運転を祈るコミニュケーション。大体のライダーは一瞬ハンドルから手を離し、相手に向かって振る。
手の形は自由だ。
もちろんハンドルから手を離すのは危険なので、カーブの途中や危険な状況ではやらない。
私はこの「ヤエー」が結構好きだ。なんか少しテンションが上がる。
今も手を振ってもらって、少し我に返った。
少し自分の事に集中しすぎていたかもしれない。
手を振られるまで対向車線にバイクが走っていることに気づいてすらいなかった。
今日は100km程走る、安全に走ろうと強く胸に刻んだ。
湘南の海沿いから山道へと入ると更に交通量が減る。
ハンドルに固定したスマホのナビに従ってバイクを走らせる。
もう少し走ると国道246に入った。
走り始めて約1時間半。
少し休憩をしようと道沿いの道の駅に入る。
バイク置き場にバイクを置き、積荷が緩んでないか確認し、
問題なかったので少し安心する。
道の駅の建物に入ろうとするとクマに乗った金太郎のオブジェが目に入った。
そういえば以前父とここへ寄ったことがあった。何処へ向かう途中だったか思い出せない。
店内には食堂と売店があり、地元の野菜を売っている。
夜ご飯や、朝ごはんに追加出来る食材があったりしないかな?と思ったけど、何を買っても量が多すぎるので辞めておく。
自動販売機で暖かいコンポタージュを買って外のベンチに座ると、スマホからLINEの通知音がなった。
高校の友人、軽音部の元部長葵からLINE。
「おはよぉ。今日晴が行くのってふもとっぱれ?」
「うん。そうだよ。どうかした?」
「人気なんだねぇ。お兄ちゃんと晴に会いに行こうと思ったら予約取れなかったよ。」
「私もキャンセル入ったタイミングで偶然取れただけだからね。もう何ヶ月も前から週末は埋まってるんだよ。」
葵からはアニメキャラが驚いたスタンプが幾つも送られてくる。
「キャンプってそんなに人気あるんだね。やってるのお兄ちゃん位かと思ってたよ。」
「高校生でキャンプ好きな人は少ないよねぇ。葵も興味あるの?」
「予約取れない位人気って言われると興味出てくるよね。晴今日バイク?」
「そうそう。実は今日初めてのソロキャンプなんだよね。」
今度はビックリしたスタンプが送られてきた。
「ソロキャンプって大丈夫なの?危なくない?」
「まぁ、平気じゃないかな。スタッフ在中してるキャンプ場だしね。」
「そうなんだ。でも気を付けてね。何かあったら私に言うんだよ。」
「いやいや、葵何者なのよ」
そこから適当なスタンプの応酬をした。
今日は初めてのギアもあるし、早く行きたくてソワソワする。
よし、行くか。
フルフェイスを被り、顎紐を閉める。スマホをセットしてグローブを付ける。
片道1車線道路を走行中無茶な運転をするバイクに無理やり抜かれて怖い思いをしたり、気が付いたら知らない人達のツーリンググループの中に混ざってしまったりしつつ、ふもとっぱれキャンプ場に到着したのは予定通り11時過ぎだった。