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赤田家と周囲の方々

赤田家の日常 第一和

作者: あかたさな

※本作は正真正銘のフィクションです。

 出てくるお店や人物、動物、メールはすべて架空のもので、どこにもありません。

 どこかのなにかで「あれ?なんか似てるな〜」と感じたら、

 きっとあなたの思い出の中か、もしくは前世かなんかの遠い日の記憶です。

赤田家の日常

「第一和:何が言いたいかと聞かれたら覚えていてほしいメロンパン」


 赤田家の朝は早い。

「奈々姉っ!!何でっ!!!何で起こしてくれないのっ~!!」

現在、朝の六時の少し前。

赤田家の末っ子であり三女の沙奈の無情な叫びが響く。


そんな朝から元気な本作の主人公。

18歳である。

ちなみに今日は人生を大きく左右する就職試験の最終面接の日である。


「何言ってんの、ちゃんと起こしたわよ。あんた、また二度寝したの…」

両耳に人差し指を差し入れるような格好で妹のだらしなさに呆れる次女の奈々。

21歳の夢追う、哀れな作家志望(仮)のゲーマー。

作家志望という建前。これは取材だから、ね?母さんいいでしょ?が口癖の昼夜逆転ゲーマーである。

「まあいいわ。私寝るからさ、頑張ってきな」

沙奈を玄関まで見送ることなく背中でおやすみをする。

そんな姉の姿に「ニートめ」と恨めしそうに呟く。

「あ?」

「いってきま~す」

今日も赤田家は平和である。


面接会場へ向かうバスの中、沙奈は長女の華奈から昨夜に届いたメールを見返す。

「おつかれ?こんばんは?なんだっけ、どの挨拶があってんだ?

まあ、いいや。沙奈ちゃんや、あんた明日だったわよね?

???違うっけ???あれ???

まあ、いいや。迷える子羊沙奈ちゃんのため、頼りになるお姉様が一肌脱ごう。

いい?名前は噛まないようにね?間違えて『あかさたな』なんて言うんじゃないわよ!」


勇気が出た。尊敬する姉の応援メールで勇気は出た。

しかし古傷をえぐられ、それ以上に怒りが湧く。

沙奈は心のなかで呟く。

「まともな姉はいねえのか」


気分を変えるためお気に入りの曲を、お気に入りのイヤホンで嗜む。

バスの揺れと曲がシンクロする。

そんな沙奈の膝の上に佇むカバン。

そのカバンの中でバスに揺らさせる「面接時に聞かれる質問100選!」、「これさえあれば面接なんて怖くない!よく出る質問集」、等の面接対策に買った書籍たち。

努力は怠らないタイプの沙奈。

本を読んで気が付いた。

欲しいのは尋ねられる問題、質問ではない。答える言葉や姿勢が知りたかった、と。

今日も沙奈のカバンは彼女の腕を鍛えてくれる大事なパートナー。


バスを降り、目的地はすぐそこ。

自宅から最寄りの駅までを自転車、そこから電車、バスと乗り継いできた。

そんな道のりも、何故か今日は早く感じる。

なぜだろう。


目的地が近づいたとき、不意に浮かんだのは、

「進学したっていいんだぞ」

いつもそう言っていた、父の姿だった。

「父さんは母さん、沙奈のおばあちゃんが若くに亡くなったからすぐに就職して、親父に親孝行したかったんだよ」

その言葉が何故か頭に残っていた沙奈。

緊張していることに気が付いたのか、直ぐにでも両親に親孝行したい、と進学ではなく就職を選んだ理由を思い返し、気を引き締める。


長女の華奈はその天然さからは考えられないほどの学力を持ち国立大学で院生として研究に没頭している。

うざくて自由奔放な次女の奈々ですら勉強はからっきしだが、それ以外ならなんでも器用にこなす天才肌。

対する沙奈は誰かに誇れるような取り柄もない。

だからこそ何かしたい。結果が欲しい。

進学すると長女と比べられかねない。

けれど逃げではない。やってみたいことだってある。

そのチャンスを掴むため、足取りは重くない。

「着いたぁ…」


本日、沙奈さんが面接を受けるのは県内に何店舗か構えるパン屋さん。

面接がある本社は沙奈が住む地元からは少し離れているが、子供の頃から大好きなパン屋さん。

ちなみに採用試験の受付開始が9時半から面接開始が10時から。

只今の時刻、7時半。

しっかりもので用意周到な沙奈さん。

ちょっぴり心配性が過ぎる沙奈さん。

近くのファストフードへ入店し面接質問集でおさらい開始。


二時間って時間が短いのか、はたまた長いのか。

それはその時によって異なるのではなかろうか。

時の価値がその時によって異なる。

なんてつまらないことに現実逃避したり、復習したり、コーヒー飲んで一息着いたり、次女の奈々の眠りを妨げるために、意味のないメールを数分おきに送ってみたり。

いやはや、二時間なんてものはあっという間なわけで。


「よしっ!」

心の中で気合を一つ。

お店の味を我が家で再現させるという野望を叶えるため、憧れの可愛いエプロンを纏うため、大好きなメロンパンの我が家で再現するため、気合をひとつ。

しまうまのように足取りは軽い、縦縞模様の動物の如く軽い。心の内には邪を宿していようと。


「お姉ちゃん、なんでメロンパンってメロン味じゃないのにメロンパンっていうの?」

初心の思いを胸にメロンパンへの愛を語る準備に余念はなし。

「あんた、何なの急に?」

妹の無邪気な質問に戸惑う奈々。

「だって、メロンパンってメロンじゃないじゃん。嘘ってだめなんでしょ?」

その瞳にからかっている様子はない。本心からの言葉なのだ。

奈々は考える。考えてみたこともないことを考える。

考えたとして、何があるのかわからないがとにかく考える。考える。

「ん~っとね、メロメロになるじゃん、これ!っていうパンってことじゃないの」

これでも必死に考えたのだ。

頭の回転には自信はある。が、それは自分の好きなことであればの話。

正直、パンより米派の奈々。割とお馬鹿なお米系女子の奈々。

「ちょっと、奈々ちゃん。てきとうなこと言わないの!」

娘二人の可愛い会話に我慢できずに入る母の真奈。

「メロンみたいに美味しいパンだから、メロンパンっていうのよ!!」

奈々は母の血を色濃く継いでいた。


母の言葉を小学1年生まで信じてました。

本当の理由を教えてくれなのが、御社で働く今でも憧れの青井さんです。

「メロンパッン~、メロンパッン~、メロンみたいに美味しいパンのメロンパッン~」

お気に入りのパン屋さんでハイテンションな今年小学校に入学予定の沙奈ちゃん。

母から聞いたなんとも驚きな名前の由来。

何故か気に入って自分で歌まで作ってしまうほどの、メロンパンへの愛。

「沙奈ちゃん、そのお歌はなに?」

耳に止まり、思わず声をかけてしまう、オレンジ・ベーカリー朝焼け4号店勤務の青井さん、19歳。

「えっとね、メロンパンのお名前の歌!!」

青井は首を傾げる。

お名前の歌?どいうことだろうか。

沙奈がメロンパンを大好きなのはよく知っている。

だからこそ気になった、聞いてしまった。

「ママがね、メロンパンはメロンみたいに美味しいパンだからメロンパンって教えてくれたの!!」

聞かなければよかった。聞くべきではなかった。

すぐに後悔する男、青井。

なんて言えばいいのか、周りの音が消えたかのように錯覚する。

そう言うならば、絶望、いや終焉。

正すことは容易だ。しかしお得意様の赤田家である。

なんとなく名字に色が入っているし、勝手に親近感すら覚えている赤田家だ。

いつもお淑やかでふわふわしている真奈を見て密かに癒やされていた。

だからこそ、沙奈の中の母、真奈の評価を下げるわけにはいかない。できない、したくない。

「沙奈ちゃん、いい?そんな理由もあるけどね、見た目がメロンみたいなパンって理由もあるらしいよ、どっちもいいよね」

これが限界である。他に答えがあれば誰か教えてください。神様、今日くらい自分を自分で褒めていいよね。

青井は今宵のデザートをいつもより奮発した。


「志望動機…ありがとうございました……では続いてですが…」

沙奈は確信した。

総務、採用担当の田村さん、男性おそらく40代に熱意が伝わったと。

その根拠に熱い思いに胸を打たれたせいか、言葉を紡ぐのに力が必要な様子。


いや、そう思いたいだけ、と我に返る。

「以上となります。ありがとうございました。ご退出いただいて大丈夫ですよ」

「こちらこそ、ありがとうございました。失礼いたします」

いったい何を答えたのか。間違いはなかっただろうか。気がつけば面接は終わったのだ。

そんなことを思いながら沙奈は控室に戻る。

面接前にはあんなに軽かったはずの足。

なんだか急に自分の足じゃないような感覚。自信がないわけではない、合格できるか不安なわけでもない。


「メロンパンへの思い、まだまだあったのに…」


赤田家は平和なのだ。


第一和~完~


なんだか妙にクセになる感じだしていきたいですね、そう呟くのは「あかたさな」。赤田家の作者である。

彼の頭の中にはふざけて回る謎のハイテンションモンスターと理屈ばかりこねくり回すメガネクイクイモンスターが同棲している。


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