呆れと驚き
「行ってしまわれましたなぁ…」
三木之助が障子を開け、部屋に入る。窓によると、外の穏やかな景色を見つめた。
横目で忠刻を見ると、額を抑えうずくまっている。
「いいのですか? 追われなくて…」
「かまわぬ」
予想外のハッキリした返事に少し驚く。
「あいつはああ見えても武術にはかなりたけている。 紗那を危険な目にあわせることはまずないだろう」
忠刻がむくりと立ち上がる。三木之助の隣にいくと、ポツリと言葉を漏らした。
「夕餉までには帰れよ~」
忠刻と政朝は似てなさそうで、似ているのだと、三木之助は思い、微笑を浮かべたのだった。
周りの景色はいつの間にか、森から村へと変化していた。
流れるのどかな村の風景を、すっかり馬に慣れた紗那は観察している。
ただひたすらに馬の手綱を握る政朝の腰を掴みながら。
「ここは…?」
小さな村だ。それに畑を耕す村人達も何だか生気がない。
政朝がニッと笑う。
「紗那ちゃん、君って本当反応遅いよね。 もう村に入ってから大分経つけど?」
「うるさいっ! ここはどこって聞いてるの! それに馴れ馴れしく名前で呼ばないで!」
グラグラと馬が揺れる。政朝は無意識にため息をこぼした。
「紗那ちゃんは…十五歳だっけ? 年上には礼儀正しくするもんだよ」
「なっ…年上って、あんた何歳のわけ? どうせ一歳ぐらいしか違わないんでしょ!?」
その罵声を聞き、今までで一番いやらしい笑みを浮かべる。
「僕は二十だけど?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
全身が凍りついた。まさか五歳も年上だったなんて。その知能はどう考えても園児並だ。
自分のプライドがズタズタになり、がっくりと肩を落とす。
(そっか…忠刻様が二十三歳で、三歳違いの弟って言ってたから、当然二十歳なんだ)
「ってことで、これから紗那ちゃんは僕の下僕だよ☆」
『ドガガガガガッ!!』
瞬時に拳を叩き込んだ――つもりだったが、それは政朝の片手によってあっけなく阻止されている。
「!!」
「ダメだよ、暴力は~」
いやいや、その笑顔の方が怖すぎてダメだろ。
それにしても、体操部一の筋力と瞬発力を持っている自分の拳が片手で防がれるなど初めてだ。
紗那はこの時初めて政朝の『すごさ』を目の当たりにした。
「まぁ、もう着くし、おとなしくしててよ?」
拳をそっとはずすと、馬を停止させる。そして地面に降り立った。
まだ動揺が収まらない心臓をおさえながらも、政朝に続く。久しぶりに降りる地面は新鮮だ。
「あ、その子、そこの木に繋いでおいて。 これから何かと危険だから」
最後の言葉に違和感を覚えながらも、固い手綱を幹に縛る。そこで紗那は初めて周りの風景を見た。
四方に連なる小高い山。それに囲まれた平地。元畑だったのか、土が柔らかい。
そして目を引くのは前方にある大きい池だ。平地の半分を占めている。
その池のほとりの看板には、読みずらい走り書きで、『近づくべからず』と書いてある。
「何、ココ…人いないし…」
それは、どこか不気味さを漂わせている。たしかに近づくのもためらうだろう。
「じゃあ、事情を説明するか」
政朝が傍にある石に腰を下ろした。春とは思えぬ冷たい風が頬をなでる。
「ここは僕が住んでいる屋敷の隣の村。 屋敷からもこの池は見える」
自然と、喉が上下する。
「だが、今朝、この池のほとりで妙なことが起こっているんだ。 漁で池に近づいた男や、水を汲みに来た女がことごとく消失しているか、もしくは重症を負っている」
「えっ…『近づくべからず』って看板あるのに!?」
それに対し首を横に振る。
「あの池は、元畑だったからだ。 農作物を荒らさぬように農民が立てた」
政朝が目を細め、池を見やる。
「だが、それが本物になろうとしている…」
紗那は慌ててなだめた。
「何か原因があるんじゃないの?」
「寺の物が来て、見た所、邪悪な物が取り付いているらしい。 どうやら何者かがわざと取り付けたらしいが」
何やらとてつもなく嫌な予感がしてならない。震える声を抑え、聞いてみる。
「で、それが私とどんな関係が…?」
立ち上がった政朝は、鼻と鼻が密着しそうなほどまで近づいてきた。
(は、はいっ!?)
頭はアレでもかなり美男だ。心臓が跳ね上がる。
鼓動が速まる紗那に、政朝は微笑を浮かべた。
「邪悪な物を、神の力を持つ君に取り除いてほしい」
その時の紗那の表情は、怒りと驚きと呆れが混ざった複雑な表情だったという。
作者注)紗那や政朝達の歳は、数え年ではなく現代の歳の表し方です。
それは何故なのかというと、作者が単に面倒くさがってるだけなのでした。
(政朝派の作者、只今爆走中!)
えーと次は少し更新が遅れるかもしれませんが、気にしないでください。
またいつもの春ボケかよ~と軽く流してくださいね!




