視界と感覚
紗那はしばしの間、その突きつけられた指を見つめていた。
「………え?」
「反応おっそい! 君さぁ、状況を理解してくれない?」
内心ムッときたが、怒鳴り散らす訳にもいかないので、黙る。
「お前が話さないかぎり状況が分からんわ」
隣にいた忠刻が気持ちを代弁してくれた。兄に睨まれ、政朝はしぶしぶ話し始める。
「も~皆読解力ないな~」
一番ないのはお前だバカタレと心の中でつっこむ。
「んとね、今僕の住んでいる方でなんかまあ、色々あってさぁ~こうバサバサと…」
身振りも交えて説明するが、全く解釈不明である。
今にも刀を抜きそうな勢いの忠刻を隣で精いっぱいなだめた。
「とにかく、こっちにその子を寄こしてくんない? 半日だけ」
説得力ゼロの政朝に言われ、はいそうですかなどと言う訳がない。
「理由を言え!」
「え~面倒くさい~」
紗那は兄弟二人のやり取りをハラハラしながら見守る。このコンビ、心臓に悪いぞ!
「場合によってはねぇ…」
見つめられて背筋に悪寒が走った。さっきまでのヘラヘラした風貌は消え去り、その眼差しは凍てつくほどに冷たい。思わず後ずさる自分のその行為を、政朝は見逃すわけがなかった。
「力ずくでも連れていく!」
足をさらわれ、重心が思わず傾く。視界がぶれ、ピントがあった時はもう政朝の腕の中。
「ちょっ…放して!」
「ダーメ。 君がいないと話にならないんだから」
そう言うと、窓に手をかける。木がピシピシと音を立てた。
「紗那!」
忠刻の両手は、むなしく空をきる。その様子を見て笑みを浮かべた。
「この子、紗那ちゃんていうんだ、ちょっと借りてくよ!」
政朝の足が、窓枠から離れた。髪が後ろに靡き、風が耳元で鳴る。見えるのは青い空。
「ヒッ…」
叫び声を上げようとした刹那、激しい衝撃とともに地に降り立つ。立っているのもままならず、身体がふらついた。
「ごめんごめん、ちょっと荒っぽかったな」
政朝が倒れそうな体を支えてくれる。そこでようやく視界がハッキリとした。
ここは、天守の裏側だ。見上げると、たった一つ窓が開いている。あそこから飛び降りたのだと確信した。
それにしても、かなり高い。ゆうに十メートルはあるだろう。政朝、またしても恐るべし。
「…さて」
突然石垣に生える茂みを探り始めた。紗那が不審に思い覗きこむと、そこには一体の馬が。
「あああんた、こんな所に馬を!?」
驚く紗那を無視して繋いであった紐をほどく。ようやく馬の全身があらわになった。
この馬、大きい。紗那のゆうに二倍はあるだろう。色は黒で、所々茶色が混じっている。
「よしよし、いい子だ」
ペロペロと政朝をなめる。優しい瞳だ。どうやら、飼い慣らしているらしい。
しかし、政朝の表情は役人達の走ってくる足音で一変した。すぐさま慣れた手つきで馬に飛び乗る。
「乗れ!」
「え、でも…」
「早く!」
戸惑っていると、役人が背後に忍び寄り腕を掴む。紗那は反射的に足を上げ、相手の腹に叩き込んだ。
「グッ…」
馬の上から舌打ちが聞こえたのと同時に、手を掴まれ上にひっぱられる。気がついた時は政朝の隣。
「行け!」
手綱を引くと、馬が鳴き声を上げ疾走する。傍にいた役人が慌てて散りはじめた。
またしても頭がグラグラする。風が頬をくすぐっては逃げていき、景色が流れる。
馬に乗ったのは北海道旅行に行った時だけだ。しかももっとスピードは遅かった。
「ふぅ~あっぶなかった~」
自分の今の状況の方が危ないわ、とつっこむ。馬は早くも城の出口付近だ。
果てしない不安と目まいを抑え、背筋を伸ばし、力をぬく。こうした方がバランスが取りやすいのだ。
そしてだいぶその感覚と速さに慣れてきた時、前に座っている政朝に動きがあった。
「あっちゃぁ~来ちゃったよ、お役人さん…」
そう言いつつ額を抑える。言葉につられて首を伸ばし前を見ると、何人かの役人が道をふさいでいる。
「しょうがないなぁ~しっかり掴まっててよ?」
内心、すごくやな予感がしたが、いわれるままに政朝の腰を掴む。
それにしても、この時代の人達は本当に鍛え抜かれた体をしている。政朝も無駄な肉がない。
「どけぇ!」
ふいに、怒声混じりの叫び声がした。とっさに目をつぶると体が回転する。
(たーすーけーてー!!)
目元が涙で濡れる。その感覚は数秒続き、目を開けた時はもう城の外。
顔を上げると政朝がにんまりと笑みを浮かべている。
「強行突破、成功。なーんちゃって☆」
「前向いて前――――!!」
紗那の悲鳴は城外の森に響き渡った。
何かすごいですね、この話…
もう完全に別ものですね、ハイ。
政朝、大活躍!それに対し、奈阿姫や三木之助は…
いつか活躍できることを願います。




