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白鷺の砦  作者: 浅葱恵莉
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安堵と悪寒

通された部屋は小さな、しかしどこか豪華さがあふれる個室だった。

何人かの侍女達が、皿を下げに動きまわる。

城ほどではないとはいえ、ここ西の丸は妙に広い。


「ふぅ~美味しかった…」


出された朝餉を、残すことなく平らげた紗那はお腹をさする。


ちなみに献立は、麦ごはん、まぐろの味噌汁、昆布と油揚げの煮物、ぬかみそ漬けの一汁一菜だ。

量はそれほどでもなかったのだが、普段朝食がパン一枚の紗那には十分だった。


「紗那様、こちらのお皿、お下げします」

奈阿姫がそう言って茶碗を取った時、周りにいた侍女が不審そうにこちらを見てくる。

紗那はその様子を見るなり、あわてて訂正した。

「ちょっ…皆私のこと千姫だと思っているんだから、本名で呼んじゃだめ!」

指摘されびっくりしたように口に手をあてると、あらあらすみません、と苦笑する。


(それにしても何で皆本物じゃないって気付かないの?)


そうなのだ。ここにきてからというもの、ほとんどの人が紗那を本物だと信じている。

今だってそうだ。朝餉を運びにきた奈阿姫以外の侍女はみな、

『まぁ姫様! しばらくお顔をお見せにならなかったので心配したのですよ!?』

と口ぐちに言った。紗那はそう言われるたびに苦い笑顔を浮かべたのだった。


「それほど似ておられるのですよ」

心の中を詠んだように奈阿姫がクスクスと笑う。そうかなぁ~と言葉を返す。


「さ、朝餉もすんだことですし、気晴らしに庭園にでも行きますか?」

「えっ、行きたい!」

好奇心旺盛な紗那は思わず身を乗り出した。

千姫もこうして一日を過ごしていたのだろうか。そう思うと何だか親しみが持てる。


「ちなみに、千姫様の趣味って?」

少しでも彼女に近づいてみたくなったので、聞いてみる。

「え~っとですね…琴を奏でることでした」

「……」

自分にはとうてい無理だ。何せ紗那はスポーツ大好きなアウトドア派だからだ。

ふいに出てきた、夏休みに蝉を取りに近所の山に入り、探検しまくった記憶を頭の中から消去する。


「じ、じゃあ、庭園を眺めに…」

『ドッパーン!!』


言いかけて言葉が途切れる。目線の先は半分に切断された障子を持つ三木之助。


「おっと、また障子を割ってしまったな」

「あまり勢いつけて開けないでくださいませ」


奈阿姫が煙をはらい、破片を始末する。この光景はここでは日常茶飯事のようだ。


「…で、何の用?」

その光景に慣れていない紗那は半分言葉が遅れる。

三木之助はポリポリと無精髭をかいた。

「忠刻様がお呼びですぞ」

「忠刻様が?何の用?」

「何でも、行きたい所があるとかで…」


首をひねった。行きたい所? 思い当たる節がない。

「まあ、とりあえず天守へ」


三木之助の言われるままに部屋を出た。奈阿姫の、いってらっしゃいませ。という声が耳に入る。


階段を下り、西の丸を出る。長く続く桜並木の道を歩くと、天守が見えた。

三木之助が門を開けてくれる。紗那は入った瞬間、激しく頭を強打したのだった。





(何で…何で、こんなことになっているの―――っ!?)


天守に到着し、忠刻に会ったとたん、紗那は再び城を出させられた。

先ほどとは違う、椿の花散る森の中を歩いている。


問題は、『忠刻と二人きり』ということだ。


彼氏いない歴十五年の紗那はこういった異性との経験がまったくない。

ましてや忠刻は超がつくほどの美男だ。その一つ一つの動作が優雅すぎるのである。

早くも、心臓の鼓動はピークに達し、着替えた小袖には汗だらだらだ。


砂利を踏み歩きながら、忠刻が口を開く。

「すまない、突然このような事に。 見せたいものがあってな」


「いやいや、全然すむわよ! もう食べた朝餉が飛び出しそう!!」

我ながら解釈不明の言葉を発しながら、必死に返事を返した。


午前の森は、温かみがある。木漏れ日がこぼれ、鳥のさえずりが耳に心地よい――はずだが。

現在の紗那は、全く周りの景色が見えていない。全神経を目に集中させ、会話を紡ぐので精いっぱいだ。


「ここだ」


忠刻の声で、ようやく我に返った。慌てて顔を上げると、赤い鳥居が視界に入る。


「ここ、は…?」

口を半開きにして鳥居を眺める紗那に目をやる。


「神社」

「いやいや、見てわかるって――」

「ただしそなたの先祖が建てた」


目を見開いた。忠刻の萌黄色の着物に掴みかかる。

「先祖って、神の力を持った僧侶のっ!?」

「物分かりがいいな」


いいもなにも、紗那に力を与えた本人だ。忘れるわけがない。


「ここは、おぬしの先祖――櫂來かいらいが鎌倉の時に建てた神社だ」

風が吹き、新緑が揺れる。鳥のさえずりが、妙に遠くに聞こえた。


寂れているが、立派な彫刻が柱に施されている。中に祭られている人物、あれが自分の先祖。

おそるおそる、扉を開けようと、手を伸ばす。すると何かが舞い上がった。

「キャッ!?」

それは、短刀。同じく彫刻が施され、丁寧に赤い紐で結ばれている。


「自分の力に引くな。 手に取れ」


浮遊する短刀を振るえる指で掴む。その重さに、時代を感じた。


「これ…?」

「そなたが持っていろ」

「で、でも…」

「その短刀は力を持った者にしか触れることを許されないと聞く。 御信用にいいぞ」


それは、自分が命を狙われているという意味。背中に寒気が走る。

思わず、短刀を握りしめていた。


「そなたなら、何とかなるであろう」


その不安を打ち消したのは、頭に乗せられた忠刻の大きい手。


「忠刻…」

優しい穏やかな瞳を見詰めた。自分は、彼の心にどう映っているのか。


紗那は微笑を浮かべると、両手を合わせ瞳を閉じ、参拝したのだった。




今回はちょこっと出番がありましたね、忠刻と三木之助!

(といっても三木之助はほんのちょっとでしたが)


ようやく春ボケから解放されました、浅葱です。

でも忘れてはいけない、次は五月病が来ます!

そんなわけで、今度更新が遅れていたら、

「あ~浅葱は五月病なんだな~」

と暖かい目で見守ってください。


あれ? でも今四月ですよね。

は、早くもボケが…

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