疑問と不安
水面に、波紋が広がる。
それは、一瞬の出来事だった。風が吹き、庭園の花が揺れる。
「…殺った…」
上から見下ろしていた人物はか細い声で呟く。
クッ、クッ、クッ、と自然に笑いがこぼれた。
「力を…神の力を…私は…!」
・・・…☆…・・・
水しぶきが上がる。体は水面を破り、池の中へと落下した。
「――っ!」
視界が閉ざされる。必死に目を凝らすが、見えるのは濁った水と絡みつく藻のみ。
奈阿姫に着せてもらった紅梅色の小袖もずぶ濡れだ。
「な…何でこんなことに…っ!?」
落とされる刹那、紗那は間違いなく誰かに突き飛ばされた。でも――
誰が、何のために――?
しかし考えている余裕はない。体は序所に沈み始めている。
必死に両手をかき、前に進もうとした。だが、思うように動けない。
腰の辺りに妙な感触がした。水中で確認する。
取り付けられていたのは、鉛だった。
(こんなの、いつ、どうやって――!?)
黒い球体を親指と人指し指でつまむ。
間違いない。これを取り付けたのは紗那を突き飛ばした張本人だ。
だが、付けられた覚えがない。
できたとするなら、着替えたあの時。でも奈阿姫がそんなことをするはずがない。
(これがあるから、沈むんだわ!)
えいっ、と鉛を遠くに投げ捨てる。そしてすぐさま向き直ると、水面を目指した。
キラキラと光輝く水面までは相当の距離がある。もうそろそろ息が限界だ。
あわてて泳ぐが、藻が絡みついて動けない。振り払おうとするが、さらに絡みつく。
視界がぼやける。息が途切れ、大きな泡を吐き出した。
反射的に無駄だと分かっていても胸に手をあてる。苦しい鼓動を抑え、最後の息を吐き出す。
鼻に、水が入ってきた。激しい衝撃に襲われ、目を閉じて――
(もう、駄目っ!)
手を翳した時だった。自身を光が包んだのは。
淡い光が全体を包み込む。まるで、紗那を守るように。
(これが、神の力――?)
ためしに頭で命令する、前進、と。すると光は水面を目指して進み始めた。
力は、一つだけではないようだ。
昨日、役人に襲われたときは『爆破』だったが、今は『光』だ。
どうやらその時の現状によって変化するらしい。
手先に力が漲る。まるで、あの時のように。
いや、あの時より倍ぐらいの力が存在しているようだ。
拳を作り、前に押し出す。
『助けて――』
呼吸が整ってきた。手足も、さっきより軽い。
視界が、激しい光線に包まれた――
ゆっくりと、瞼を開く。
「え…?」
視界に入ったのは、掛け軸と生け花、そして華麗な絵が描かれた押し入れ。
ここは、自身の部屋だ。
起き上がってみた。ざらざらとした畳の手触りが妙に心地よい。
「あれ、私…?」
必死に記憶をたどった。もしかして、あれは、夢――?
しかしぐっしょりと水に濡れた紅梅色の小袖の感触に驚く。
やはり、あれは夢でも何でもない、現実だ。
「でも何でこんな所に…」
力のせいだろうか。まるで瞬間移動である。
トタトタと廊下から足音が聞こえ、聴覚が戻った。続いて障子が開く。
「紗那様」
入ってきたのは奈阿姫だ。自身を見て、驚きの声を上げる。
「まあ、二度寝ですか!? それにそのお服! よっぽど汗をかかれたんですね」
いやいや、こんなに汗出ないから、と心の中でつっこむ。そして立ち上がった。
「ねえ、奈阿姫、あそこの池って…」
「あそこは入ってはいけませんよ!」
最後まで待たずに、奈阿姫は返答する。
「あの池は神聖な池です! 紗那様の持つ、『力』よりももっと強力なものが溢れていますからね」
そういえば忠刻が言っていた。『力』は土地の威力が強くないと発動しないと。
(だから、私は助かったのね、多分…)
とにかく、さっきの出来事は奈阿姫達には言わないようにした。また厄介なことになりかねない。
(それにしても、私を突き飛ばしたのは誰だったの――?)
少し疑問と不安を感じながらも、紗那は奈阿姫とともに朝餉を食べに向かった。
・・・…☆…・・・
「くそ…生きたか…運のいい奴だ」
その人物はチッと舌打ちをすると、廊下をゆく紗那を見つめる。
「…しかし、神の力、ますます欲しくなった…」
長い前髪の奥で、口元を僅かに上げる。
「手に入れてみせる、どんな手を使っても――」
最後の呟きは、妙に心に響いたのだった。
はい、今日は怒りの声が来ています。
面倒ですが、一つ聞いてやってください。
忠刻 「出番がない………」
三木之助 「私もです…忠刻様…」
忠刻 「これも全部、あいつのせいだ…!」
三木之助 「浅葱め…私が成敗してくれるわ!」
何かインキャラどもが刀を抜いてぶつぶつ言っていますね。無視しましょう。
え、ちょっとまって、刀を突きださないで、先端恐怖症なのに…
あ、やだやだ、首にあてないで冷たいじゃん…ちょっと…
(以下、残酷な描写が含まれているため、書けません。)




