化け物と力
視界に入ったのは、白い蒼白な世界だった。
白。白。白。それ以外なにも見当たらない妙な空間だ。そんな場所に自分は一人で立っている。
意識が朦朧とする。景色もぼやけてピントがあわないカメラのようだ。
でも、何故だか心地よい。
ここはどこなのだろう。何故、自分はこんな所にいるのだろう。
考えが働かない。何も考えられない。この世界に、いっそ飲み込まれてしまえば――…
だが、そんな紗那の脳裏を何かがかすめた。短い一つの単語。だが、紗那はそれですべてを思い出した。
『炎』
「あ…」
燃える神社。泣き叫ぶ侍女達。対応をせがまれる家臣。忠刻の涙。
そして、私は――――
「…死んだの…?」
炎の中へと飛び込んで。真っ赤に染まる景色の中、意識が途切れて…
そうか、ここは死後の世界。自分はもう、あの世の人間。
不思議と恐怖は感じなかった。霞む世界に、身をゆだねて。
終わらせよう。
すべて。
そうすれば楽になれる。
さあ、我を解放するがいい。
力を。
トキハナテ――…
「うっ…ああああああっ!!」
激しい眩暈に襲われ頭を掴む。これは、何だ?
何か抗えない力が自分の中で大きくなっていく。どんどん、どんどん…
――飲み込まれる。
「あああああああああああああああ!!!」
だが、何かが紗那の額に触れた。
『駄目』
凛とした、鈴のような声がその場に響く。紗那はその声にハッと我に返った。う
目を見開く紗那を『それ』は笑顔で見つめる。綺麗に切りそろえられた前髪。引き締まった紅い唇。優しい瞳。整った顔立ち。
その天使のような美貌の持ち主は紗那だった。――いや、紗那に瓜二つだった。
――まさか、この人は。
「千…」
言い終わる前に、その人は紗那の額に軽く触れていた細く白い指を自分の紅い唇にあてる。
『私の名前は呼ばない約束よ。さあ、それよりもあなたにはすることがあるでしょう?』
「すること…」
『大切な人を助けなきゃ。その人は、きっとあなたを呼んでいる』
タイセツナヒト…
『行きなさい。その人を助けるには、自分の中にある神力を知る必要がある』
ふわ…と、優しい琥珀の光が体を包んだ。淡い光の中、紗那は自分の両手を見つめる。
「…行かなきゃ」
光が激しさを増す。前にいるはずのその人が見えない。ただ、まばゆい光の粒が不規則にその場を浮遊するだけで。
ゆっくりと目を閉じる。頭から声が響いた。
『さようなら、紗那。また、どこかで会いましょう』
瞼の奥で、白い光が光った――
・・・…☆…・・・
「…ん?」
疑問形の語尾を発してしまった紗那はゆっくりと瞼を開く。
ぼやぼやとかすんでいた風景がやがてはっきりと見えてきた。
青い空。澄み渡るような鮮やかな青い空。わたがしのような入道雲が浮かび、時折鳥が空をかすめる。
「え~っと…?」
朦朧とする意識の中、必死に記憶を辿る。だが、どうにも自分がなぜこのような状況にあるのかが理解できない。
自分は死んだのではなかったのか?
とりあえず分かることは、ここはどこかの森で自分はそこに大の字になって寝っころがっている、ということだけだ。
「とりあえず起きなきゃね…」
少し貧血ぎみなのかふらっとしたが、立ち上がる。大きく背伸びをしてみた。これで少しは体が動かせるはずだ。
幸い外傷は見当たらない。炎に飛び込んだはずなのに何故だろう。もやもやと脳内をいくつかの考えが浮かぶがすぐに消えていく。
「まぁ、考えるのは後ね」
ここで紗那は立ち上がって初めて周りを見渡した。
崖の上の狭い道。ガードレールなどが立ってる訳もなく、端によったら転落しそうだ。
道の両側には樹木が植わっており、鳥の気持ちいい囀りが聞こえてくる。下には川が流れている模様で、耳をすますと微かだが水の流れる爽やかな音が聞こえてきた。
この妙に落ち着く空間を紗那は知っていた。
姫路城から政朝の屋敷へ向かう途中の道だ。ここだけ異様に道幅が狭く、忠刻に「大事ないか」と声をかけられたので印象に残っている。
「じゃあ、ここは姫路城の付近ってこと…?」
わずかに胸に安心感が広がる。全く知らない場所に来るよりはまだましだ。
だが、その安心感は近づいてくる複数の足音によって断たれた。
足音の数からして敵は約五人程度。しかし、ガチャガチャと金属音がするということは武器を持っている。
太刀打ちできない数とはいえないが武器を所持しているとなると話は別だ。
とっさに自分の服装を見る。よれよれの蓬色の小袖に土で汚れた髪。確認できる所有武器は懐に忍ばせている、忠刻から渡された短刀のみだ。
圧倒的不利なこの状況。忠刻の正室だと主張してもこの貧相な身なりからして信じてくれる可能性は低い。
(どこかへ隠れようか…?)
だが、ここは崖の上の道だ。草むらはおろか、うっかり端によると足を踏み外してしまう。
こうして考えを張り巡らせている間にもどんどん足音は近づいてくる。紗那はキッと振り返った。
(一か八か…!!)
体制を低くして相手に突進する。耳元でヒュウと風を切る音が聞こえた。
「なっ…!?」
「曲者じゃあ!!」
その声を合図に全員が武器を構えた。だが、紗那はひるまない。
敵二人の右肩と左肩に重心をおき、大地を蹴る。そのまま一回転しようとしたところですかさず両足を二人の首元に叩きこんだ。
「ぐっ…」
「な…っ!?」
あまりに一瞬の出来事。しかし、無残にも地面に転がる仲間を見て、ようやく目の前の敵が只者じゃないことを悟ったらしい。
すぐさま槍を構えた一人が紗那に襲い掛かる。
だが紗那は得意の側転でその一撃をかわすと、着地ざまに相手のみぞおちに拳を入れた。
「ぐお…っ…!」
これで三人目。残るは二人のみだ。
「あんた達、体操部の女主将を甘く見ると痛い目にあうわよ!」
ビシッと人差し指を突き出す。相手がウッと一歩退いた。
彼女の身体能力は普通ではない。毎日毎日、常人では考えられないほどのきついトレーニングをこなしてきた成果だ。
動きにも無駄がなく、なによりスタミナが半端ではない。たとえ槍を持っていようと彼女ならあっさりとその柔軟性と筋力で一撃してしまうだろう。
「さあ、来るがいいわ!」
しかし、相手は立派な武士だ。このような娘一人にやられたなどといえば一生の恥である。
「小娘ふぜいがぁ!調子にのるでない!!」
すぐに手前の一人、遅れてもう一人が交互に槍をかまえて突き出してくる。
今までのようにやみくもに突進してくる相手ならよかったものの、今度は頭脳派のようだ。これは中々手ごわい。
素早さで誤魔化していたが、それが通用する相手ではないのだ。
「――っ!」
迫りくる刃先。それを何とか体をねじってよける。これはかなり危ない状況だ。
ザン、と何かが切れる音がした。痛みのする方へ視線を向けると、肩から腕にかけてザックリと小袖が切られ、朱がにじみ出ていた。
徐々に激痛が全身に広がる。紗那はたまらず膝をついた。
「フン、もう終わりか。小娘」
「楽にしてやろう」
いやらしい笑みを浮かべて男が言う。紗那はただそれを睨みつけることしか出来なかった。
「ほお、そういう目をすると中々の別品さんじゃねぇか」
「実に殺すのが惜しいな」
男の刃が日の光を浴びてキラリと煌めく。紗那は思わず目をつぶった。
(殺される――――)
心臓がドクンと音を立てた。すると、その瞬間。
『貴様にはもう無理だ』
先ほど聞いた、低く、何の感情もない声が頭に響く。そして揺らぐ視界。
『さあ、我がすべてを終わらせよう』
カイホウスルガイイ――――…
「うっ」
頭を押さえる紗那。ぐらぐらと意識が揺らめく。また、この感じ――…
『あああああああああああっ!!』
絶叫が響いた。男達は何事かとすんでの所で刃を止める。
『フン、我を殺すことが可能かと思っているのか、この下種共が』
「ひっ…」
声はたしかに紗那。だが、その傲慢な態度はあきらかに別人だ。再び立ち上がると、凍てつくような冷たい眼差しで男達を見据える。
『この娘はどうなってもよい。だが、我は神だ。神を殺すことは不可能』
一歩づつ男達に接近する。
『光栄に思うがいい。この神力の餌食となれることをな』
「ヒイイッ!ば…化け物ぉっ!!」
男は槍を投げた。が、紗那――いや、その者はそれを素手で受け止めると爛々とその目を輝かせる。
まるで、小さい子供がおもちゃを手にした時のように…
『死ね』
「ぎゃあああああああああ!!」
刹那、光の鎌が空気を切り裂いたかと思うと、目の前には全身を切り刻まれた男達の死体があった。
じわじわと朱がにじみ始め、地面を真っ赤に染める。
『く…っ、久しぶりに力を使ったせい…か…』
その者は、腰を折るとその場に崩れ落ちた。
それはもはや紗那だが、紗那ではない。
――化け物。
そんな気絶した紗那の目の前に、一人の老人が立つ。
厳ついが、どこか優しい風貌。
「面白い物を見てしまったようじゃな…」
…はい。皆々様、お久しぶりで御座います。浅葱です。久しぶりすぎて名前を忘れてしまった方も多いと思われます。フルネームは浅葱恵莉です。
約一か月ぶりですね。皆様元気ですか?私は元気です。
…というアホな前置きは置いておいて。
ごめんなさい!更新すごく遅れました!!
ああ、そこのあなた、「もう浅葱なんて知~らない」とか言わないで!
そこのあなたもお気に入りからはずさない!
ふー…と、一人で言っていても悲しいだけなので。
お気に入りが増えていました。新に登録してくださった方、登録している方、ありがとうございます。
しばらくこの『変態ファンタジーラブコメディー』←(?)にお付き合いくださいませ。
なんだか初めてまともな後書きを書いた気がします。
それでは、このへんで。




