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白鷺の砦  作者: 浅葱恵莉
20/23

紅桜と鮮血

思わず足がすくんだ。体全身が氷ついたように動けない衝撃に襲われる。

止まることを知らないその液体は、紗那の目の前で懇々と溢れ出ている。反射的に口元を覆った。

ドラマや時代劇で血を見たことはある。だが、これは現実だ。何かが格段に違う。


「……紗那!」

突然音が戻った。忠刻が険しい表情でこちらを睨んでいる。

「何をしている、早く逃げろ!!」

「え…な、何で…」

「まだ分からぬか!こいつを襲った奴は完全にお前を狙っている!!」

次々と厳しい声が飛ぶ。紗那はどうしていいか分からず、その場を見渡した。

辺りに自分達意外は人の気配がない。きっとこの場所は屋敷の中心と離れているため、家臣の数も多くはないのだろう。


こんな状況の中、自分だけ逃げだす訳にはいかない――


「嫌です!忠刻様達を置いていくなんてできません!!」

今にも破れそうな勢いで忠刻の着物の裾をつかむ。一瞬ひるんだ彼の後ろで、政朝が微笑を浮かべた。

「あれ?君って案外頑固者だったりするのかな。まあ行くか行かないかは自由だけどね」

「おいっ、政朝、お前――」

「いいんじゃない?これはこの子の問題なんでしょ。それに――」

政朝はちらりと自分を真剣な瞳で見つめる紗那を眺めた。

「紗那ちゃんは逃げる気はないみたいだし」

忠刻が言葉を詰まらせる。そして、勝手にしろと呟くと刀の鍔に手を掛けた。

だが、その動作は負傷したはずの家臣から漏れる呻き声によって停止する。慌ててしゃがみこむと無理に体を起こそうとしている家臣を寝かせた。

「おい、大事ないか」

「は、はい…」

腕を組んだ政朝はすぐさま家臣に質問する。

「ここで何があったの?」

家臣は一瞬体を震わせたが、主の命令は絶対だ。すぐに口を開いた。

「じ、実は、黒い靄のような物が襲って来て…気が付いたらこの状況でした…」

その言葉に真っ先に反応した紗那は家臣に詰め寄る。

「それって、紅い靄が中心になかった!?」

「は、はい。黒い靄の真ん中に…わずかですが」

やはりそうだ。以前、政朝と池祓いに行った時に紗那を殺そうとした者と同じだ。

と、いうことは侵入者の狙いはやはり自分ということになる。

「上等じゃない…」

思わず口元を緩めた。政朝が茶化した口ぶりで問いかけてくる。

「あれ?紗那ちゃん、まさか…」

「そのまさかよ!迎え撃ってやろうじゃない、侵入者をね!!」

幸い短刀は懐に身に着けている。この刀に、神力を注ぎ込めば相手を撃退することは可能なはずだ。


「おい、そこの二人」

突如声を低くした忠刻に驚いて振り返る。彼は険しく鋭い目をこちらに向けた。正面から視線がぶつかる。

「これは遊びではない、下手をすれば命に係わる。無駄な行動は一切するでない」

「…は、はい…」

普段の天然体質な忠刻とはまるで別人だ。さすが姫路の藩主に匹敵するだけある。

紗那は言われた通り、気を引き締めながら辺りを再度見渡した。古びた床、屋根を支える柱、秀麗な紅桜が彩る中庭、とゆっくりと視線を移していく。

張りつめた空気の中、かすかに、ずるりという気味の悪い音が響く。真っ先に反応した元体操部の紗那は刀を構えた姿勢のまま振り返った。

無数の黒い霞がこちらに向かってくる。その後方に自陣を構えるのは墨のようなドス黒い靄だ。


「――――ッ!!」

とっさの登場に動揺しながらも短刀に二本の指をあて、神力を注ぎ込む。

体が熱い。見えない力が放出されていくかのように。

少し離れた所で同じく刀を構えていた政朝は、紗那の体を包み込む淡い金色の光を見て微笑を浮かべた。

「人の家をあまり汚さないでくれるかな、どこの誰かは知らないけれど!」

紗那に続くような形で靄に向かって突進していく。その脇で忠刻が「私の出番はなさそうだな」と密かに溜息をついた。


紗那は靄の動きをつかむと、それに合わせて体を左右に移動させる。てっとり早く仕留めたい所だが、相手は速さが並ではない。そのため攻撃は困難になる。

軽く舌打ちをすると、隣の政朝に目で合図を送る。彼はニッと笑い、紗那と苦戦している靄の塊に向かって刀を振り上げた。

それで、すべて終わると思った。だが、引き裂かれた靄は無数の糸のように細く分裂すると、なおも空中を浮遊し始める。

「な…っこいつら、増える訳ぇ!?」

目を見開く紗那をあざ笑うかのように靄が一斉に襲いかかってくる。さすがの紗那でも防ぎきれない。反射的に刀を突きだした。

「!!」

光に照らされる刀に次々と密着する靄。紗那はその負担の重さに耐えきれず手を放す。

ひるんだその隙を狙い、靄が紗那に飛びかかる。政朝が駆け出そうとした時にはもう遅い。

「キャアアア!!」


だが、予想していたはずの痛みはいつまでたってもやって来なかった。恐る恐る瞼を開けると、そこには忠刻の顔がある。

「――――!!」

抱きしめられていると分かるまで、さほどの時間はかからなかった。政朝より一歩早く駆け出した忠刻と共にその場を離れなければ紗那はあの家臣と同じ状況に陥っていただろう。


「……怪我は、ないか」

紗那の目の前で口が開かれる。熱い吐息がかかり、紗那は耳まで赤く染まった。

「そそそそそそれより忠刻様こそ…」

「怪我はないかと聞いている」

真剣な眼差しに見つめられ、紗那は目をそらさざるを得られなくなった。目を合わせたら最後、大気圏までぶっとぶハメとなるからだ。

「…………は…い」

聞こえるか聞こえないかぐらいの声でぼそりと呟いた。すると忠刻は安心した様子で紗那を解放する。

横目でその一部始終を見ていた政朝はおもしろくなさそうに口を開いた。

「あと一秒早かったら僕が助けたんだけどなぁ…惜しいな」

「何がだ?」

「あ~もういいや、兄上にそっち方面説明しても時間の無駄だから」

「うるさい。とにかく目の前の者を始末しろ」

忠刻のその声で我に返った。そうだ、まだ戦いは終わっていない。

顔を上げると、先ほどまで獰猛だった靄はこちらを襲おうともせず自由気ままに空中を飛び回っている。

「…?何で急に大人しく……」

紗那のその質問に答えるように、突如辺りに声が響き渡った。最初は風のような細い声だったが、徐々に音量が上がる。まるでラジカセなどの機械であやつっているかのような声だ。


「…これほどまでの実力とはな…あの靄の攻撃を避けれたものは…お前らが初めてだ…少しは認めてやる」

三人の顔が強張る。紗那は再度短刀を構え直すと声を張り上げた。

「あ…あなたは誰!?姿を見せないなんて、相当腕に自信でもないの!?」

挑発してみたが、語尾が震えたので説得力はいまいちであろう。その場に低い笑い声が響く。

「フン、姿を見せろだと?生意気な小娘が。良いだろう」

気配がしたのは、意外にも紗那の後ろだった。慌てて振り向くと、五メートルぐらい離れた場所に人影がある。

身長は紗那よりやや高めだ。頭からつま先まで体を覆うヴェールのようなものがその人物の特徴をあいまいにさせる。唯一のぞく唇は、冷たい薄紫色。


「我が名は櫂禮かいらい…お前の先祖に値する」

ドクン、と心臓が音を立てた。自分に神力を与えたご先祖様。姫路城内にある神社は、彼によって建築された。

「嘘を申すな、櫂禮様はとうの昔に亡くなっている!!」

忠刻の怒声にも、その者はまったくひるむ様子もなく答えた。

「ああ死んださ。だが、私はもう一度蘇った。千姫のおかげでね…」

「!!!!」

突然忠刻の表情が変わった。見開かれた瞳は虚空を見つめ、荒い息を吐き出す。

「忠刻様…!?」

彼に向かって伸びる細い腕は政朝によって捕まれる。政朝の体から放つすさまじい殺気に気づいた紗那は、驚いてその腕を振り払った。

政朝は鋭い瞳でまっすぐにその者を見据えると、目にもとまらぬ速さで刀を投げる。鈍い音がして、その者のすぐ脇の壁に刀は突き刺さる。

「――――二度と、櫂禮の名を語るな」

普段とは正反対のその気迫に紗那は悪寒が走った。その者はヒヤリとした微笑を浮かべると踵を返す。

「いずれまた訪れるであろう。その娘を、殺しに」

「まてっ!!」

しかし政朝が足を踏み出した時にはその者の姿はそこにはない。ざあ、と紅桜が舞う。

その秀麗な花びらは硬直する忠刻と紗那の間を通り過ぎ、儚く地面に落ちた。







お久しぶりで御座います。浅葱です。いや~恐ろしいことに更新ペースがすっかり落ちましたね!毎日暑くて夏バテですよ~(笑)


忠刻 「何だ最後の『笑』マークは。笑ってことがすむと思ったら大間違いだぞ阿呆め」


政朝 「世の中甘くないんだよ。たとえばテストとかね☆」


あ~も~…その話題には触れるなといったのに…期末テストが終わりました。

結果は…まぁ、ご想像の通りです。ハイ。


紗那 「情けないわね…見ててイライラしてくる!何でたかが校内のテストで一位とれないわけ!?」


じ、じゃあ紗那、どうやったらそんなに頭良くなれたの!?教えなさい!!


紗那 「まずは予習ね。あと復習も。そうすれば大体毎日六時間程度勉強すれば一位ぐらい余裕よ」


………。はい、住む世界が違いますね。無視しましょう。さあ、ここからは明るい話題にしましょう。

ついに二十話いきました。なんか地味に嬉しいです。チマチマ更新してやっとここまで来れました。読者のみなさま、ありがとうございます。

では、今回は短めですがこれで。

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