現実と架空
「いったぁ~…」
下半身に衝撃が走った。どうやら尻もちをついたらしい。
だが、予想していた痛みよりはかなり軽い。階段の一番上から落下したはずなのに。
少し不審に思いながらも、立ち上がってジーンズについた泥をぬぐう。
「…さて」
母の後に続くか、と言いかけて紗那の動きが止まった。
そこには、人一人いなかったからだ。
さっきまでできていた長蛇の列は幻のように消えている。
それどころか、いやに静かだ。人の話し声も、車の走る音さえもない。
空気もとても綺麗。ほのかに鼻をつく二酸化炭素の臭いもしない。
ざあっ、と風が吹き、桜の花びらが舞った。
「………」
一瞬何が起きたか分からないが、「きっと皆天守閣の中に入ったんだ~ いや~歩くの速いな~」
と無理やり納得する。
天守閣に入ろうとしたが、門が閉まっていた。
とても頑丈そうな木と鉄でできた門だ。
やっぱり不自然だ。さっきまでこんな門はなかった。というかこんなのあったら観光客が中に入れない。
「………」
二回目の沈黙。今度は「風で門が閉まったんだ~ いや~春一番ってすごい威力だな~」
とまたもや無理やり納得する。
だが、この入口が開かないとなると、別の入口を見つけなければならない。
紗那は元来た道を戻ってみることにした。
歩いていると、やはり不自然すぎる。観光客はおろか、人の姿はない。
ただ、桜の木が悲しげに揺れるばかりだ。
それに、さっきから体の中から何かが湧き上がってくるような感覚がした。
(疲れたのかな?)
コキコキと肩を回していると、目の前に大きな屋敷が見える。西の丸だ。
(ここが千姫のために作られたっていう西の丸ね)
まじまじとそばに行って眺めてみる。やはりここも門が閉まっていた。
しかたない、と諦めて踵を返すと、遠くにうっすらと人影が見える。五人程度の集団だ。
(やっと人がいた! これで少し安心ね)
人影に近寄っていくにつれ、妙なことに気がついた。
遠目だが、皆着物を着ている。下は袴だ。そして長い髪を後で結んでいる。
(何かのイベント? それにしても大勢いるわね)
やっと表情が確認できるほどの位置に来た時、一人が紗那に向かって指を指した。
「お~い」
反射的に手を振ってみた。相手もこちらに向かって来る。
だが、なぜか表情が険しい。不審そうに紗那を見ている。
そして紗那までの距離が残り五メートルという所で停止した。
「そなたは誰だ!? 名を名乗れ!」
大声で叫ばれ、一瞬戸惑う。なぜこの場で名?と思ったが素直に従ってみる。
「わ…私は紗那といいます、紅梅紗那です」
すると、相手は驚いたように目をつり上げた。
「苗字を持っているということは、そなた武士の娘か!?」
は?うちの先祖は僧侶でしたけど、と言いかけ言葉を飲み込む。
絶対、状況がおかしい。演技にしてはなんだか本気っぽい。
状況を読み取り、考えられるのは…
「タイムスリップ!?」
そう考えれば説明がつく。人一人いないのは当たり前だ。門が閉まっていたのも納得できる。
常に門が開いていたら敵に攻め込まれるからだ。
「おい、どうした、なぜ何も答えぬ」
男の声で現実に戻された。
「やはり、こいつ敵の隠密です、斬りましょう」
男はそう囁かれると、では、と言い脇にさしてあった刀を抜いた。後の男達もそれに続く。
刀を抜く金属音が辺りに響いた。
「ちょっとまって、何が『では』なの!私は隠密でもないし第一あんたたち誰…」
先を言うヒマもなく数人が突進してきた。ようやく身が危ないということを察する。
迫ってくる男にたじろいでいると、脳裏に体操部で習った高度な技がひらめく。
(いちかばちか…!)
紗那はキッと向き直った。
男の肩に重心をかけると、大地を蹴って一回転。そして着地。
「なっ…」
驚く男達を無視して一目散に逃げ出す。頭と運動神経には自身があるのだ。
だが、振り切れるはずもなく、前から別の男達がやって来た。すぐさま紗那を囲む。
「こいつ、異人の娘ですぞ、身につけている者が妙だ」
そんな会話が聞こえた。
紗那の今日の服装は半そでのシンプルなTシャツにユ●クロで買った上着、そしてジーンズだ。
だが、紗那から見れば男達の方が変な服装だ。見たところ戦国から江戸初期の格好だろう。
分析していると、背後から気配がした。とっさに飛び退くと、刀が振り下ろされている。
「!!!」
こいつら、自分を斬るつもりだと悟る。だが、ここで死ぬわけにはいかない。
「まだ歴史検定二級制覇してねぇんだよ―――っ!!」
叫ぶと、体に力がこみ上げる。とっさに自身の手を見る。
何かが宿っているようだ。力は溢れそうなぐらい体に溜まっている。
(この力を、外に出さなければ)
そして紗那が目を見開いた刹那――
『ドッカーン!!』
「!!」
閃光が走った。男達が吹っ飛ばされていく。まるで見えない力が君臨したかのように。
その隙をついて、走りぬける。脇目もくれず、ただひたすらに走った。
しかし、それも長くは続かず、何かに突進する。
あわてて顔を上げると、中年の男。藍色の着物を身にまとっている。下は袴、髪はやはり後ろで結んでいた。
それにしても、かなりの筋肉の持ち主だ。鍛え抜かれた体はがっしりと引き締まっている。
そのたくましさに一瞬見とれていると、背後から気配がした。振り向くとあの男達。
「こ…これは三木之助様! いかがなさったのですか、このような所へ!」
一人が慌てて膝をつく。そしてそれに続くように全員膝をついた。
「いや、少し用があってな、それよりおぬし達、この者には手を出すな」
声は低く、がっしりとしている。その声に男達はしぶしぶ刀を戻した。
「下がれ」
一声かけると、紗那に向き直る。しかし紗那はポカンと口を開けるばかりだ。
(な…何この状況!? まさか本当にタイムスリップ!?)
何が起こっているのか全く分かっていない彼女に、三木之助は口を開いた。
「千姫様――?」
えーと、とりあえずこんにちは。浅葱です。
何だか良く分からないことになってしまいましたね!(お前が言うな)
友人にネタがないと泣きついたら、『何か謎の力が使える』
という設定を持ちかけられたのでそうしてみました。
その謎の力の正体は次の話で説明する予定です。
何かよくわからない不思議な小説ですが、とりえあず引かずに読んでくださいね!




