神社と鍵
「御馳走さまでした」
朝餉を取り終えた紗那はしっかりと両手を合わせた。すぐさま奈阿姫が皿などを下げに来る。
今日も天気は晴れだ。ここの所晴天が続いている。雨が降らないのは有難いといえば有難いのだが、農民達は困るであろう。そう思うと何故だか気分が晴れない。
城に来て早くも四日目。だが、あれだけ沢山の出来事がいっぺんに起こると、もう一カ月も時が経った錯覚を覚える。
そして今だに元の世界に帰れない。
無理なことだというのも分かっている。しかし紗那は城での生活を積むとともに、永遠に帰れないのではという不安が自身を襲うのだ。
こちらに来て四日。ということはあちらでも四日経っているのだろうか?
もしそうだとしたら、母はどうしているのだろう。きっと警察に捜索願いを出しているに違いない。
『紅梅紗那(15)姫路城で行方不明』という新聞記事まで脳裏に浮かんでくる。
必死にマイナス思考の妄想をかき消そうとしたが、それは奈阿姫の声により自然と破られた。
「紗那様、どうかなさいました? 心配事があるのならおっしゃってください。私は紗那様の味方ですから!」
「ありがとう、奈阿姫」
声を弾ませようとしたが、失敗した。奈阿姫はすぐにそれを見抜いた様子で話しかける。
「本当に大事ありませんか? いいんですよ、頼ってもらって」
馬鹿。そんなこと言われたら逆に心の線が緩んでしまう。今まで、何とか保ってきたのに。
それに、奈阿姫は紗那が未来から来た事も神力を持っていることも知らないのだ。
せいぜい、『千姫とよく似ているという理由で城に間違われて連れてこられた娘』ぐらい程度の認識であろう。
つまりこの世界で紗那の正体を知る者は、忠刻、三木之助、政朝の計三人に限られる。
(そして……)
問題の残る一人は紗那をタイムスリップさせた人物である。これで計四人だ。
しかし、信じたくない話だが最初に上げた三人の中に犯人がいる可能性もある。紗那はそれが最も恐ろしいと思っているのだ。
(でも…まさか…ね)
三人の中に犯人が潜んでいるのなら、最初に会った時とっくに殺されているはずだ。そう思い込み、悪い妄想を頭から再び消去する。
「大丈夫よ。心配してくれて有難う、奈阿姫」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべる。なんとか涙を流さずにすんだ。
奈阿姫はそんな紗那を見て安心したのか顔に笑顔が広がる。
「では、本日は何をいたしますか? あっ、良い和菓子が入ったのでお茶にでもしますか!」
そうだ。焦ってもことは訪れない。
「奈阿姫に任せるわ」
「ハイ!」
嬉しそうに調理室に向かう廊下に足を踏み出す奈阿姫だが、もう一方からも足音が響いてくる。
ハッと気付き、思わず叫んでいた。
「奈阿姫、危ないっ!」
「え?」
刹那、奈阿姫は駆けてきた人物と正面衝突をし床に倒れた。ドガン、と世にも悲しい音が辺りに響く。
「わ、悪い奈阿姫っ!!」
忠刻は慌てて前方に倒れて目を回している奈阿姫を起こした。紗那はその様子を見て即座に指摘した。
「忠刻様、いきなり駆けてこないで! 人に危害を与えることになるんだから」
「ち…違うっ…お前…あと三日…返す…」
慌てぶりは相当なものだ。まともに呂律が回っていない。
忠刻はしばらく立ちつくして呼吸を整えたのち、紗那の手をつかむと猛スピードで廊下を走り、人気のない部屋に連れ込んだ。
「へ…ちょっ…一体何!? ていうか奈阿姫気絶してたのに置いてきちゃったよ!?」
「まあ落ち着け」
「いや、あれあんたのせいでしょ!」
そんな紗那とは対照的に本当に落ち着いた様子の忠刻は、部屋の障子を閉めると向かいに腰を下ろした。急にあらたまった態度に変化した忠刻を見て、何事かと思わず口を慎む。
「いいか、これから話すことをよく聞け」
「は、はい」
忠刻の真剣な瞳を見つめていると思わず喉が上下する。
「これから、おぬしを三日以内に元の世界に返そうと思う」
目をいっぱいに開く。先に結論を述べた忠刻は細々とした理由を話はじめた。
「本日、家康候が駿府城にて亡くなった」
「ええええっ!? あの徳川家康が!?」
紗那はすばやく脳裏に歴史年表を思い浮かべる。たしか家康が死んだのは元和三年の四月。ぴったり今の時期だ。
「そして、私はその葬儀に行かねばならぬ。遅くともあと三日後にな。そうすると自然におぬしはそれにあわせて帰らなければ命が危うい」
「な、何で…?」
「考えてもみろ。私が行くとなるとここの家臣も八割は駿府に行かねばならん」
そこまで聞いて、紗那はあっと声を漏らした。
家臣がいなくなるということは姫路城は無防備な状況になる。そこに貴重な『神力』を持った自分がいれば。
当然、百%の確率で襲われるだろう。運が悪ければ殺されるかもしれない。
「そういうことだ」
紗那の意図を察した忠刻は静かに言う。しかし紗那は体を震わせたままだ。
「で、でもどうやって元の世界に…」
その言葉を待っていたというように顔を上げる。
「神社だ」
「え」
神社というと自身の先祖が建てた姫路城内にある、あの…
「あそこには神力に関しての書物が沢山あったはずだ。ひょっとすると元の世界に戻る鍵があるやもしれん」
モトノ世界ニ戻レル鍵――
その言葉だけが頭に幾度も響く。一瞬意識が飛んだが忠刻の声により現実に戻される。
「と、いうわけでだ、行くぞ」
「えっ!? 神社に!?」
「当たり前だ。ほかにどこに行くという」
立ち上がった忠刻は廊下に控えさせていた三木之助を呼ぶ。
「例の場所から鍵を」
「ハッ」
二人のやり取りを聞いていた紗那は部屋を出て行こうとする忠刻を呼びとめた。
「忠刻様、『鍵』って?」
「ああ、神社の境内に入るには私の部屋にある鍵がいるのだ。書物を荒らされたら困るからな」
「へ~」
そして会話をしている間に三木之助が遠くから駆けてくる。
「速っ! ここから東御屋敷まで結構な距離あるのに…」
「まあ、あやつは筋肉の発達が著しいからな…」
二人して呑気につっこみを入れていると三木之助が目の前まで来て急停止する。
かなり息は上がっており、顔には滝のような汗が流れている。
「どうした三木之助、そんなに急がなくてもよいものを」
三木之助は二人にキッと向き直ると声を荒げた。
「じ…事件でございます!」
ぱっと言われても実感が湧かない。一体何があったのだろうか。
「鍵が…鍵がありません! 盗まれました!!」
お久しぶりです、浅葱です。風邪が治りました。復活です!
心配をおかけしましたがもう平気です!さあ、これからガンガン更新を――
政朝 「テストは?」
紗那 「来週に迫ってるんじゃないの?」
……………。ぐぉぉぉぉぉ!忘れていたぁ!!
忠刻 「やれやれ、いきなり発狂とはな。馬鹿度が増したぞ」
静まれ天然ボケ! それにしてもすっかり忘れていました、テスト…
政朝 「あの話覚えてるよね?」
フン、三十番内に入るという話だろう。忘れるものか!
それによって今後の作者とキャラの上下関係が決まるんだからな。
政朝 「じゃあ入れなかったら土下座してね」
いいとも、その変わり入れたら今回の後書きで作者に逆らった奴←(政朝・忠刻)
次の話でぞんぶんにいじってやる!
忠刻 「入れたら、の話だろう」
こうしてますます熱くなっていく『中間テスト賭け対決』でありました。
お気に入りが一件増えたのをはげみに勉強を頑張ります。
登録してくださっている方、新たに登録してくださった方、本当にありがとうございます。
では、次回はテストが開けた六月初めにお会いしましょう。