呟きと温もり
「………」
何故、私はこんな所にいる。
ここは彼女の室だ。すなわち西の丸の一番奥。
ふと庭を見やると、桜が散っていた。どこか悲しげに不規則な舞いを披露し、静かに落ちていく。
――ああ、もう桜の季節は終わりなのか。
そんなことを思いながら、障子に手をかける。だが、忠刻の手は障子を引こうとはしない。
自然と開けるのを躊躇う。それは何故だか自身にも分からなかった。
忠刻はもう長いことこの廊下に立ったまま硬直している。
本来、ここは男性が立ち入ることを許されていない。忍び込んだのがばれる前に要件を済ませなければ。
――分かっている。分かっているのだ。この指さえ動けば――
しかし、なおも指は動かない。微かに痙攣し始めたのを見るとチッと舌打ちをする。
忠刻は障子から乱暴に手を離した。
自分は彼女に会うだけだ。ただ、心配だからで深い意味などない。
そもそも、傷つけたのは自分だ。言わなくてどうする。
――まてよ。
――自分は、何を言うつもりだったんだ?
先ほどは悪かった。――いや、そんな薄っぺらい言葉では駄目だ。もっと彼女の心に響くような、そんな言葉を――
思考がまともに回らない。そもそも、女に対する扱いなど習っていない。
だが、千姫は違った。無愛想な自分に向って笑ってくれた。心を開いてくれた。
あの笑顔は、この世で一番可愛いと思ったのだ。
彼女は、千姫にどこか重なるものがあった。
どこと聞かれれば分からない。しかし彼女の中にある何かは、千姫と驚くほど似ている。
「…まあ、容姿もだが」
不用意にも声に出してしまった。慌てて口を押さえると、障子に向き直る。
そもそも早く彼女に言わなければ。誰かに見られたら洒落にならない。
呼吸を整えてみた。だんだん脱線していた思考が元に戻ってくる。
自分は、彼女に怪我を負わせてしまったのだ。
外側からは決して見えない、心の中にある『神力』を威嚇させてしまった。
今でも後悔する。これでは彼女が神力に浸食される時間を早めてしまっただけだ。
第一、彼女はそうとう弱っているはずだ。この次元に来てから神力を使いすぎている。
いくら、最強とはいえあれでは体が持たないのも当然だ。
(…だが)
一体、誰がこの次元に彼女を連れ込んだのだろう。そして、何の為に。
神力を狙っているのは勿論だと思う。しかし、相手は確実にそれを使って『あること』をしようとしている。
それに、千姫が失踪したのと彼女が現れたのには何らかのつながりがあるはずだ。
(……あの夜)
何が起こったのだろうか。遠雷が鳴っていた、あの日――
三木之助に調べさせているが、手掛かりは一向にない。
もたもたしていると、必ず次の手が来る。早く、千姫を見つけなければ。
いや、まて。ひょっとしたら、彼女は千姫を探し出せるのでは…
そこまで考え、首を大きく横に振った。
(室に入らなければ何も始まらぬ!)
そして、今度こそ障子に両手を掛けた時――
「忠刻…?」
中で彼女が立ち上がる気配がした。
深い眠りからようやく解放された。視界がぼやける。
「……ん?」
目元をこすりながらゆっくりと起き上った。今は、何時なのか。
そこまで思い、障子に人影が写っていることに気付く。大柄だが、少し優しい風貌。あれは――
「忠刻…?」
すると、影は驚いたように一歩後ずさった。するすると障子が引かれる。
「な…何故分かった」
忠刻は驚いた様子でこちらを見た。障子を閉めると、紗那の向かいに正座する。
「どうでもいいじゃない。それより、何の用で来たの?」
立ち上がろうとするが、眩暈が襲う。思わず膝をついた紗那に、忠刻は慌てて手を伸ばした。
忠刻に腕をつかまれる。ギョッとして振りはらってしまった。
「ごごごご御免なさい!何だか眩暈が…」
それを聞くと、忠刻は深いため息をついた。
「無理はしない方がいい。神力が不足しているのだからな」
(へ…?神力…?)
必死に言葉の意味を探り、記憶を辿る。それが戻った時紗那はあっ、と口を押さえた。
「私、稽古していて…ってそこまでしか記憶がない!どうして布団に!?」
「やはりな…」
忠刻が額を押さえる。その細い手には、うっすらと痣のあとが見えた。
「?どうしたの、その痣…」
「いや、何でもない」
さらりと流され不審に思った紗那だが、忠刻は話題を変えてしまった。
「おぬし、最近妙な事に巻き込まれたりしていないか…?」
「え?」
いきなり問われ、目を白黒させる。妙なことといったら政朝の事件だが、あれはもう完全なる別物だ。
(ま、まさか沼に落とされたこと知っているの…?)
この城に来て二日目の出来事だった。天守閣の真下にある庭園の沼に突き飛ばされたのだ。
紗那はその時、何となく誰にも言ってはいけない気がして奈阿姫にさえも口を閉ざしていた。
「ひょっとして、忠刻様が突き飛ばしたとか!?」
「はぁ?」
疑問形の語尾を聞き、体から血の気が引いた。
――自爆
そんな言葉が脳裏をかすめる。
「おい、突き飛ばしたとはどういう事だ」
(ああ~やっちゃった~…)
紗那は忠刻に心の中で白旗を振る。
「…と、いう事があって…」
身振り手振りを交え、起こったことを丁寧に説明した。
忠刻は聞くにつれ、だんだんと顔が険しくなってくる。そして、『沼に落とされた』と言いかけた時、紗那の肩を掴む。
「おぬし――!何でそれを早く言わぬ!」
「だ、だってあの後すぐに神社に連れていかれて…」
「その時に話せばよかったものを――!」
「しょうがないじゃない!『御信用にいいぞ』とか言って短刀渡したのは誰よ――!話す暇なかったんだもの!」
両者共にゼエゼエと荒い息を吐く。どこの少年マンガだよ、とつっこみたくなった紗那だが、忠刻があっさりと話しをまとめてしまった。
「もう過ぎたことだ。忘れろ」
「流すな――――!!」
少々荒い紗那のつっこみ(パンチ)をかわした忠刻はわざとらしい咳をした。
「冗談だ!」
紗那は布団の上に座りなおす。最初の緊張などどこ吹く風である。
「だが、それは問題だな…」
「な、何が!?忠刻様が流したことの方がよっぽどか問題よ」
「違う!おぬしが沼に落とされたことだ!」
訂正され思わず眉間にしわがよる。紗那は面倒くさそうに話を聞いた。
「突き落とした相手は、おぬしを殺そうとしたはずだ」
刹那、体内に寒気が走る。
殺す――何気ない一言だが、これほど恐ろしいものはない。
「わ…私を殺して何の得があるのよ…」
恐怖のため声が震えた。忠刻が紗那を指さす。
「おぬしの中にある、『神力』だ。相手はそれを奪おうとした。死ぬと、魂と一緒に神力は体外に放出されるからな」
ドクン――と心臓が一つ高鳴った。死ぬ――?
「今後、十分注意しろ。いざとなったら頼ってもかまわぬ――」
語尾が消えた。視線の先には激しく不安と動揺で震える紗那。
ギュッと拳を握りしめている彼女の背後に近づくと、そっと手を頭にのせる。
「――――!」
不意打ちだ。
忠刻の熱が体内に伝わる。紗那の顔が紅潮した。
体が動かない。胸が高鳴る。先ほどまでとは違う意味で震えそうだ。
思わず目をつぶると、自身の心臓の鼓動が体中に響いた。トクトクと規則正しい波打ちが序所に乱れていく。
「……悪い」
「!!」
何故、謝るの…
その囁きを残し、忠刻の手が離れた。障子が閉まる気配がする。どうやら帰ったようだ。
(………)
だが、その温もりはまだ体にしみ込んでいる。
紗那は、ずるい…と呟くと、再び布団を頭からかぶったのだった。
事件です。またしても事件です。くどいですが事件です。
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もう、とてもうれしいです。ここ最近三件止まりでしたので。
登録してくださった方、感謝!感謝!です~!!
本当にありがとうございました。これで浅葱は元気百%です。
(今なら何だってできるゼ!)
紗那 「じゃあ勉強したら?」
政朝 「一ヶ月後ぐらいにテストあるんでしょ~?」
うっ…おまえら、あの時かぎりの登場かと思っていたのに…
ていうかなんで作者のスケジュールを把握している、チカン!
政朝 「忠告しているだけじゃん。また前みたいに『順位三十番内に滑り込むぞ~』とか言っときながら結局叶わなかった、みたいなことになったりしないようにね」
ヌオオオオオ!それを言うな!!見てろよ、絶対今度こそ現実にしてやる…
紗那
&
政朝 「やれるもんならなってみれば~?」
フン、受けてたとうではないか!
こうして浅葱と紗那たちのかけが始まりました。
どっちが勝つか、読者の方々も予想してくださいませ。
結果は一ヶ月後におしらせします… 続く(?)