衝撃と後悔
鳥の声がやけに耳に響き渡った。足元は苔でぬかるんでおり、所々石が露出していた。
東御屋敷の中庭は風情を感じる。
灯篭の脇に聳える歴史を感じる松の木。
椿の花が群衆するのを見守るように立つ優しい桜は思わず目を奪われる。
また、石垣に囲まれた場所には井戸があり、昔ながらの穏やかな風景を引き立てているようだ。
残り数少ない桜の花が、縁側にある三木之介が用意してくれた緑茶に浮かぶ。
カラン、とししおとしが落ちる音が聞こえた。
そんな決して広いとは言い難い、しかし風情溢れる中庭で向かい合う二人。
稽古用の袴に身を包んだ紗那は、大きく息を吸ってみた。だが、緊張はおさまりそうにもない。
対する忠刻は余裕の笑みを浮かべている。早くかかってこい――そんな声が聞こえそうだ。
二人の間の空気はピンと張り詰めており、今にも切れそうである。
竹刀をかまえる手には、はやくも手汗が滲んでいた。
凛とした忠刻の瞳に映る自分。唇をかみしめ、唾を飲み込む。
(…ちょっとまって。 私、剣なんてできないわよ! 体育の授業で一回だけ剣道を習ったぐらいでルールさえ分からないんだけど!)
様々な剣道についての用語が脳裏をかすめるが、どれもハッキリとした形をもたないまま消えていく。
(ここは体の柔軟性を使って勝負!)
剣のどこで柔軟性を使うのか全くもって疑問だが、紗那の決意はゆるがない。
忠刻と正面から視線がぶつかった。紗那は鮮やかに笑ってみせると、竹刀をかまえ直す。
ししおとしの音を合図に、忠刻に飛びかかった。とたんに空気が変わる。
険しい瞳で忠刻を捕えると、竹刀を突き出す。しかし、それはあっけなく阻止された。
二人の竹刀るががぶつかり合う。
力を込めるものの、相手の方が筋力は上だ。必死に守ろうとするが一旦飛び退く。
「その程度か」
微笑を浮かべる。明らかな挑発だ。
紗那はそれを察すると額の汗をぬぐい、姿勢を整える。
助走をつけ、大きく地を蹴ると中を舞う。下にいる忠刻に向かって振りかぶった。
伊達に体操部に所属しているわけではない。
激しいぶつかり合いの音が響いた。再び押し合うものの、長くは続かない。
紗那は柔軟性はあるが、剣は初心者だ。当然忠刻にかなうはずがない。何度攻めても同じ結果になるばかりである。
紗那は必死に飛びかかるが、それを忠刻が軽々とうけてはじき返し、結局紗那が一歩引くといった塩梅だ。
それに、汗だくの紗那に対し忠刻は呼吸一つ乱れていない。彼が強いという何よりの証拠である。
「やみくもに来るだけでは駄目だ。 相手の動きを読め」
忠刻はそう指導するが、彼の太刀筋は完璧すぎて読めない。
肩で息をしていると、縁側に腰を下ろした者がいる。三木之助だ。
「私達も、見物させてもらいますぞ。 のお奈阿姫」
「ハイ。 紗那様の応援をいたします!」
いつの間に来たの…と思ったが、どうせ三木之助がさそったに違いない。
応援してくれるのは嬉しいのだが、逆に気が散る。自分勝手に指図するのも何なので、放置することにしたが。
竹刀をかまえ直すのは三回目だ。真っすぐな視線を忠刻に向ける。
彼もその意味を悟ったのか、笑顔を消し真剣な表情になった。
ゆっくりと、時計回りに移動する。忠刻との距離は一定に。
相手も、いつ攻めてくるか警戒しているようである。
じわじわと、体からこみ上げるものを感じた。瞳を閉じ、目を見開く――
全身から、青白い光を放つ。目の色は深い藍色だ。
忠刻は、異変に気付きこちらを凝視した。その頬には汗が蔦っている。
ただ、見物している奈阿姫達はそれに気付いていない。
紗那は荒い息を吐くと、忠刻に向き直った。
俊足で竹刀を振りかぶる。忠刻はとっさにかまえの姿勢をとったが間に合わない。
激しく両者が交わった。竹刀を叩きつける。
その強さに忠刻が驚く暇もなく、次の攻めが来た。それは確実に急所を狙ってくる。
さっきまでの彼女ではない――この強さは、何だ!?
髪を風がかすめた。数本が切断される。
竹刀で髪が切断されるなど、あり得ない。よほどの速さでなければ。
目の前に風が迫る。必死に受けるが、その威力は並ではない。
こちらを睨む紗那は、明らかにいつもと表情が異なる。あの優しい瞳はどこへ行った!?
奈阿姫達もただならぬ物を感じたのか、立ち上がって紗那を見つめた。
我に返ると彼女がいない。慌てて振りかえろうとするが、背中に衝撃が走る。
続いて後頭部が割れるような感覚が全身に響いた。
「く…っ!」
たまらず上半身を折った。三木之助に名前を呼ばれる。
だが、彼女の攻撃は終わらない。視界の端で振りかぶるのが見えた。
衝撃を覚悟していた。だが、それはやってこない。
不審に思うと、彼女は地面に崩れ落ちていた。頭を押さえながら見ると、気を失っている。
先ほどまでの青白い光は消えていた。いつもの彼女だ。
急いで奈阿姫が紗那を室に運ぶ。
「だ…大事ありませぬか!?」
三木之助に顔を覗きこまれる。一つ頷くと、縁側に手をついた。呼吸を整える。
あの青白い光――あれは『神力』だった。
しかし、威力が強力すぎる。自分に怪我を負わせるなど。
間違いない。彼女は神力に浸食されつつある。このままでは――
彼女は、自分を失う。
紗那が歴代最強の神力を持っているということは知っていた。それなのに。
どうして、稽古などさせてしまったのだろう――
湧き上がってくるのは後悔のみだ。なぜ、自分は彼女を止められなかったのだろう。
「なぜ…!」
顔を押さえた忠刻の手の中から、竹刀が滑り落ちた。
何とか更新できました。もうヘトヘトのグニャグニャ(?)です。
ゴールデンウィークも終わりですね。長かったようであっという間だったなぁ…
さてさて、少し間があいたのには訳がありました。
そう、旅行です――――!!
京都へと行っておりました。なんせ歴史大好き人間なものなので。
東御屋敷の中庭は、新撰組の屯所の中庭をモデルとしました。
「撮影禁止」の札をド無視して写真を撮っていました。(おい)
本当に綺麗な中庭でした。ただ文章でうまく表現できなくて…
紗那 「呑気に旅行なんかして…宿題終わってないくせに」
忠刻 「そうだぞ、休み明けに困るのがオチだ。恥を知れ」
奈阿姫 「しかも宿題の問題、八割以上間違えてましたわよ」
政朝 「バカって辛いんだね~ 死なないと治らないんじゃない?」
三木之助 「これ、政朝様。 あれは死んでも治らないのですぞ」
なんか勝手に言ってますね。まぁ無視しておきましょう。
あーゆう奴らは関わらないのが一番ですよ。
紗那 「全部本当なのが悔しいくせに」
うるさい! 頭いいからって威張るなバカ!
政朝 「日本語の使い方間違ってない? これだからバ…」
勝手に出てきたくせにその先を言うんじゃない!
なぜがキャラにすっかり嫌われている浅葱です。
まずはキャラと仲良くする所から始めなければいけません。
そんな苦労が絶えない今日この頃ですが、最後までお付き合いいただき恐縮です。
ではでは、これで。