恋のはじまり
「トーマス、やけに上機嫌だな。辞書の彼女に恋をしてるのか?」
「そうだよ。まさか返事をくれる人がいるとは思ってもなかったから。それに相手もパートナーを探しているし。ローガンはノアみたいに相手はいるのか?」
ローガンはしばらく無言だった。
「何で急に黙るんだよ。」
「その相手とはよく会うけど中々そう言う関係になれない女性なんだ。」
「もしかして相手がいる女性なのか?」
トーマスは背中を向けて話した。そして彼の背中を見る。
「どうだか。少なくともその相手は俺のことが好きではない。興味を示すことのない女性だ。」
「まさかリアのことが好きなのか?」
トーマスは振り返った。
「は?何でそうなるんだよ。とにかく何としても相手を振り向かせたいんだ。」
「他の相手を探したほうが良さそうだな。俺は早速仕事に行ってくるよ。」
彼は依頼された仕事を受けた。
「これを開けて欲しい。」
彼は金庫の鍵を開けるように頼まれた。
「確認しますね。」
彼は金庫の様子を1時間かけて調べた。
「これでは開かないか。」
しばらくして時間が経つ。
「よし、やった。開きました!」
「すごいありがとう。」
依頼主は金庫の中身を見ながら感激した。
「ありがとう。こんなことが出来るなんてあんたは天才だ。」
彼は報酬を貰い帰宅した。
「ノア、新しい仕事はどうだった?」
「工場長がちょっとサボったらキレだしたから大変だったな。」
ノアは新しい仕事に転職した。単調作業の多い工場労働だった。
「俺は今日は難しい金庫を開けたんだ。残念ながら依頼主はどんなものが入ってるか見せてくれなかったけどな。」
「金になりそうな家宝が入ってんたんだろ。」
「家宝なのにお金に換金するのか?」
「依頼主はそんな感じでは無かったぞ。」
3人は1日起こったことを話した。
「まだ彼女から返事が来ないな。嫌いになったのかな。」
彼は窓際から暗闇の中にそびえ立つポストを見ながら言った。返事を2日も待っていたが、公園のポストの中身は空のままだった。彼はそのことがとても気がかりになっていた。
「返事が来ないんだ。」
トーマスはローガンにいち早く気がかりになっていることを話した。
「そうなんだ。」
「少しは同情してくれても良いだろ。」
「同情?そんなことして何になるんだ?別に悪いことだと思わないけどな。だってどう考えてもあんな面倒臭いやり取り続くわけない。ある程度続いた時が一番心に残る。それならまだ相手もよく知ってない最初の段階で終わったほうが良いだろ。」
「確かにそうだけど、どうしてもノヴァという女性と連絡を続けたいんだ。」
「何度も言うようだけどやめておいた方が良い。」
「ローガンはどうしていつも俺の人生に口出しをするんだ?俺より優位に立ちたいんだろ。」
「いつ俺がそんなことを言った。俺は優位に立つかどうかなんて暇なことは考えちゃいない。ただ思ったことをお前に言っただけ。ただそれだけのことだ。」
「話す相手を間違えたようだな。」
「とにかくノヴァと言う女性はやめておいた方が良い。」
トーマスはローガンの言うことを無視してノアとリアに話した。
「まだ2日しか経ってないのよね。」
「そうだ。」
リアが辞書を見ながら考えた。
「この複雑な暗号をすぐに理解してるから、きっとどんな返事を返すのかちょうど悩んでるところよ。」
「そうだと良いけど。」
「トーマス、気を落とすなよ。彼女から返事はきっと返って来る。」
「それをずっと望んでるよ。」
「安心して、きっと返ってくるわ。」
「そうだな。たった2日でこんなに落ち込むこと無いよな。」
「そうだ。それで相手の顔を見たこと無いのか?」
「一度もない。」
「ポストをよく開けるならうっかり遭遇するとか無いのか?」
「それは一度もない。」
「定期的にポストを確認するなら一度くらい顔を出してくれても良いのにね。」
二人が遭遇することは一度もない。
「分かったわ。」
「何が分かったんだ?」
「見られてないか様子を見てるのよ。すぐどんな人か知られないように時間をずらしてるのよ。」
「見られたって良いじゃないか?」
「お前はよく俺達とゲームするだろ。すぐ展開に分かるゲームなんてやってもつまらないだろ。新鮮さもわくわくさもない。それならどんな展開が待ち受けてるか分からないゲームをした方がずっと楽しいだろ。すぐお互いの顔が分からず相手はある程度やり取りしたいんだ。」
「だけど俺の顔を見て相手が失望したらどうするかも考えてる。」
「そんなことで失望する相手がこんなリスクあることするか?余計な心配はする必要無い。」
「そうか分かった。ありがとう。」
「それより今度一緒に映画館に行くことになった。」
「それは良かったな。」
ノアとリアは抱きしめ合う。
「お前も一緒に行くか?ローガンもついてくるんだ。」
「それなら一緒に行こうと思う。」
「決まりだな。また今度前売り券を渡しておくからな。」
幸せに満ちあふれているノアとリアをずっとトーマスは見た。自分もノヴァとあんな関係になれたらと願うばかりだった。
「そろそろしないかしら?」
「ファックを?」
「そんな汚い言葉じゃないわ。愛のファックよ。」
ノアとリアは二人だけの部屋に入った。彼らの部屋はちょうどトーマスの隣の部屋だった。
「ああ、ノア良い。」
「リア、愛してる。」
2人はベッドの上で愛の行為をした。声はトーマスに筒抜けだった。
「あいつらうるさいな。」
最初は気にせずノヴァのことを考えていたが、だんだん2人の声は大きくなる。激しく揺れる音まで響き渡る。
「ああー、もううるさい!うるさい!」
彼は壁を叩いた。それでも2人の振動する音と2人が愛し合う声は止むことはなく苛立ちながら手紙の返事を待った。
「ノヴァ。」
彼は再び暗闇にそびえ立つポストを見た。
トーマスは再び公園に向かう。彼女の返信が来ないかずっと待っていた。どんどんポストに近づく。そしてポストに触れる。
「トーマス。」
「ノヴァ…待ってたよ。」
彼はポストにキスをした。
「あれ、俺はいったい…」
彼は正気に戻った。
「どうかしてた。早速中を開けるか。」
彼はポストを開けた。すると辞書と暗号の表が入っていた。
「やっと返事が来た。ずっと待ってたよ。」
気がかりだった彼の気分はドキドキする恋の気持ちに変わった。彼の胸は高鳴る。それらを家に持ち帰って辞書を開いた。
「彼女からの返事が来たのか?」
「そうだ。」
ローガンが玄関の前で待っていた。
「手紙をここで読んで見て。」
彼はダンスミュージックを流した。
「待って。こんな音楽流してたら手紙が読みにくい。」
彼は無視して音量をあげた。
「あー、もう分かったよ。読めば良いんだろ。」
彼は無言でトーマスのことを見る。
「これが彼女からの返事だ。「返事が遅くなってすみません。暗号はすぐに解読出来たんですけど、どのように返事を返して良いか迷ってました。最近は天気が良い日々が続いてますね。私の近所では朝になるとたくさんの小鳥が元気に鳴いてます。時々カップルになってる小鳥達も見つけたりします。愛し合う小鳥や、一方が追いかけて愛を求める小鳥。鳥も人間のように色んな鳥がいますね。私は愛し合う小鳥のように今やりとりしてるトーマス、あなたと深い関係になりたい。そう思ってます。小鳥や虫の声を聞いてよく私は目を覚まします。この前目を覚まして、私が育てたハーブでお茶を作って飲みました。誰もいないのに、もう一人分のカップまで用意してついでしまいました。きっとそれはこれから深い関係になるあなたの分なのかもしれません。そうなると良いですね。カップは骨董店で買ったものです。デザインがとても美しいので愛用してます。」まだまだ続く。」
「結構長いメッセージだな。」
「続きだ。「手紙を書く前に歴史の文献を読みました。この前言ったように歴史のことを調べるのが私にとっての生きがいです。古代ローマについての文献です。古代ローマのドキュメンタリー番組とかもたくさん見ました。私が好きな古代ローマの皇帝はマルクス・アウレリウス・アントニヌス。彼はパクス・ロマーナの時代の皇帝。自省録を書いた人物であり哲学者としての一面を持った皇帝です。誰にも左右されない周りにすぐ影響されない不動心の哲学を語る皇帝です。皇帝という立場になろうと自らを省みる心持っていて、どこか慈悲深い一面も魅力的な皇帝です。ローマの皇帝の中ではネロのような暴君もいます。世界の歴史を見ると権力という物を目の前にして人が変わる人と権力を多少は行使しつつも民衆と寄り添うリーダーがいますね。どこに行っても悪い意味でも良い意味でも人は慈悲深い一面と残忍な一面を持ち合わせてる生き物ですね。私も私と向き合って生きていきたいです。自分と相手の気持ちとよく向き合って。今度おすすめの歴史書があればあなたにぜひ紹介したいと思います。」って書いてあった。かなり長い返事だった。今回分かったのは彼女が好きなことをよく語ってくれたことだ。」
「一方的に好きなことを話してたな。」
「何で君はまた否定的になるんだ。」
「そんなつもりはない。」
彼はまた音量を上げた。
「自分がいい感じの女性がいないのにそんなに拗ねているのか?」
「どうしてそうなるんだよ。嫌味か?」
「ああ嫌味だよ。普段から否定や嫌味ばかりのお前に相応しい返事をしたんだよ。」
「そう言うのは良いけどお前のやってることは2人の世界しか見えないようなことだ。取り返しのつかないことにならないと良いけどな。」
「これだけは分かる。ノヴァは決して悪いような女性じゃないってことを。心優しくて慈悲深くてまさに僕が好きな女性だよ。」
「そんなに言うならそのまま彼女を好きなれば良いけど、お前が言う否定的なことはこれからも言うかもしれないな。」
ローガンは笑いながら言った。
「そうか。」
トーマスは音楽を消した。
「ローガン、君も良い人が出来たらさっき俺が話したように話してくれ。」
「その相手が見つかったら真っ先にお前に話す。」
「そう言えばこの前した質問の返事が来てた。」
彼は前に恋人がいたかどうかの質問をしていた。その返事を確認するために辞書の1ページを開いて確認した。さらにそこにはメモがあった。




