新たなスタート
彼女のことを考えながら彼はいつの間にか床に寝ていた。
「トーマス、お前床で寝てるのか?ベッドから落ちたのか?」
ノアがノックもせずに部屋に入った。
「俺はお前の見世物じゃないぞ。こんな姿を見て楽しんでるのか?」
「まさか。昨日お前がずっと一人で辞書の彼女の名前を叫びながらヤッてるのが聞こえたよ。俺達に対抗でもしてるのか?」
「対抗なんてしてない。久々にメッセージが返って来たからその気になったんだ。」
「あまり激しくしすぎてテクノブレイクで死ぬなよ。彼女が悲しむぞ。」
「俺はそんな馬鹿な死に方はしねーよ。」
彼は部屋に行きノヴァへのメッセージを考えた。
「ノヴァ、返事をくれて僕はとても嬉しいよ。やっと誰にも邪魔されずにやり取りが出来るね。ノヴァの言う通りまた邪魔されるかもしれないからその時のやり取りする場所を考えよう。僕が思いついたアイデアだけど、鳥の巣をポストの隣の木に設置してそこに辞書と暗号の表も一緒にいれるのはどうかな?それならバレないと思う。ポストのある公園は鳥がたくさんいるからね。そこなら誰も気がつくはずもない。君もそれで良いなら次のやり取りの時に鳥の巣箱の鍵を辞書の264ページににはさんでおくよ。」
彼は続けてメッセージを書く。
「最近は鍵師てしての仕事も順調で、少しだけお金を稼げるようになったよ。小さい頃から機械とかそう言うことに興味があったから、今の仕事は僕にとっては楽しい仕事だね。他にもクラッシックの音楽を聞くことがあるよ。君の影響を受けたのかもしれない。」
さらに質問をした。
「また質問があるんだ。君にとっての一番の宝物は何?」
彼はメッセージを書き終わった。いつもの公園に行き辞書と暗号の表をポストの中に入れた。
「あれなんでこんなものがポケットに。」
小型ナイフがポケットに入っていた。
「気がおかしくなったのか。」
彼は帰宅した。
ある日固定電話が家の中で鳴り響いた。
「トーマス、出てくれ。」
「ノア、お前の方が電話に近いだろ。面倒臭いな。」
彼は渋々と電話に出た。
「もしもし。」
「もしもし、ローガン?」
「ローガンじゃないです。」
ローガンの母親から電話が来た。
「あなた、ルームメイトのトーマスね。元気にしてたかしら?」
「何とか元気にやってました。仕事も生活も順調に進んでます。最近恋人もいます。」
「それは良かったわ。それよりローガンと変わってくれないかしら。」
彼はその言葉を聞いて少し固まった。
「もしもし、聞こえてる?ローガンと変わってくれないかしら?」
「ローガンは今出かけてしまって。」
「そうなの。何時に戻ってくるのかしら?」
「あいつは何も言わずに出てしまいましたよ。」
「そう。ちょうど今度家に行こうと思ってるの。」
「いつですか?」
「来週の金曜日よ。」
「分かりました。その時にはきっと帰ってくると思いますよ。」
「そうなのね。楽しみにしてるわ。ローガンに色々渡したいものもあるのよ。」
彼の冷や汗は止まらない。
「それじゃあ来週の金曜日よろしくね。」
「分かりました。」
電話は切れた。
「トーマス、誰と話してたんだ?ローガンの名前が出てたけど。」
ノアがトーマスに聞く。
「あいつのお母さんから電話が来たんだ。厄介なことになってしまった。」
「何が起きたんだ?」
「来週の金曜日、あいつのお母さんがこっちに来るんだよ。」
「は?マジかよ。俺はあの件に関してはフォロー出来ないからな。」
「あいつのお母さんがそう言う前にローガンは出かけて電話に出れないって言ったんだよ。どうしたら良いのか。」
「ローガンが家に来てほしくないって嘘をつくとかどうだ?」
「家は知られてるし、そんなのあいつのお母さんが来て嘘がバレるだろ。もっとマシな嘘をつかないと。」
「あいつのお母さんも最初からここに来るって言ってくれれば良いのにな。本当に面倒臭いことになってしまったな。」
彼らはしばらく作戦会議をした。
「このことはリアにも話してくれ。分かったな?」
「分かったよ。」
ノアはリアの所に行った。
翌日彼は外に出た。いつものように自転車に乗って公園に行く。公園では子供達がかくれんぼをしていた。
「ピーター、見つけた!」
「見つかったか。」
「バレバレなんだよ。」
彼はポストの中を確認した。中には辞書と暗号の表が入っていた。
「メッセージ返してくれたんだ。」
トーマスは公園内の木に鳥の巣箱を設置した。
「何してるの?」
小さな女の子2人がトーマスに聞く。
「鳥の巣箱を作ってるんだ。」
「その高さだとリスとかが来ちゃうよ。」
「大丈夫だよ。心配しないで。」
彼は鳥の巣箱の設置を終えた。そして鍵も一緒にかけた。鳥が入れないように工夫もした。
彼は家に帰ってノヴァからのメッセージを読む。
「メッセージありがとう。またメッセージ出来て嬉しい。鳥の巣箱って面白い発想だね。私はもちろん賛成だよ。まさかその中に辞書と暗号の表が入ってるとは思わないからね。最近は古代ギリシアの本を読んでいたよ。アレクサンダー大王の所は読んでて一番面白い所だと思う。面白い本があったら一緒にポストに入れることも出来るよ。トーマスが好きな本と交換で読むのも楽しいかな。」
さらに質問の答えを読む。
「私の宝物は本かな。つまり本が存在してることが宝物のようなものかと思ってるの。本があれば知りたいという好奇心がどんどん高まるし、文章ならではの美しい物語がたくさんあると思うの。美しくて素晴らしい文章がたくさん並んでる本は私にとって宝物なの。たとえ自分のものじゃなくても。私達のやり取りもつなぎ合わせれば本になるかもしれないわ。本のように素晴らしい人生をトーマスと歩みたいと思う。トーマスにとっての宝物は何?」
彼は彼女のメッセージを全て読み終わった。
「ノヴァ、メッセージありがとう。僕にとっての宝物は今やり取りして使ってるこの辞書だよ。この辞書は人から貰ったものだけど、この辞書でやり取りした思い出がここにある。こんな素晴らしい宝物は他にないと僕は思ってる。君と実際に会ったとしてもこの辞書をずっと大切にしていこうと思う。君と会える日がとても楽しみだよ。もちろんこうやってやり取りしてる今という時間も僕はとても楽しんでる。」
彼はメッセージを書き終わった。彼と彼女がやりとりをして1週間が経った。
金曜日になると約束通りローガンの母親がやって来た。
「こんにちは。トーマス、ノア、元気?」
「元気ですよ。」
「何とかやってるよ。」
「それよりローガンはどこにいるのかしら?」
二人は無言になってしまった。
「電話した時からずっと帰ってこないんです。」
「どうしてそれを連絡してくれなかったの。あなた達、ルームメイトでしょ。」
「ノア、この人がローガンのお母さん?」
話してる時にリアがやって来た。
「そうだ。」
「ノア、この子は誰なの?」
「俺の彼女のリアだ。」
「はじめまして。」
リアとローガンのお母さんは握手をした。
「ローガンが帰ってこないなら電話を残してくれれば良いのに。」
「アイツのことだからいつか戻って来ると思ったんですよ。だから伝える必要なんてないと思って。」
「行方不明なわけね。どこで何してるのかしら?私が養子にした時から少し変なのよ。あの子。」
火災で実の父親を殺した後、彼女がローガンの保護者になった。もちろんそのことはトーマスやノアには言ってないし、彼らもローガンの過去を知らない。
「え?ローガンって養子だったの?」
「そんな話はじめて聞くけどな。」
ローガンのお母さんはソファに座る。
「ローガンは何も言わずに出ていったの?」
トーマスとノアに聞く。
「俺達、自由に出入りするのでそう言うことが当たり前なんです。」
「本当にローガンと喧嘩沙汰になったとかはないの?」
「確かにやつとは喧嘩ばかりしてますが、出ていくなど言ったことは今まで一度もありません。」
「本当に?あの子が心配なのよ。何だかとんでもないことに巻き込まれているんじゃないかって。」
「そうですね。ローガンが突然消えるなんて俺達もびっくりすることですから。でも本当に心当たりがないんです。何で突然消えだしたか色々理由とかを考えていましたが、何も思い当たるふしがないんです。」
「そうなのね。今頃何をしてるのかしら?どこにいるかしら?警察に捜索願いを出したいと思うわ。」
「警察に任せても何もしてくれないと思いますよ。」
「そんなことはないわ。このような状況が続くのなら警察に捜索願いを出さないと安心できないのよ。」
彼女の不安は和らぐことはなかった。
「ちょっとトイレに行ってくるわ。」
ローガンの母親は席をはずした。
「警察に家宅捜索されたらどうするんだ?」
ノアがトーマスに聞いた。
「その時はその時だろ。あの感じだと警察に捜索願いを出しそうな感じするし。家宅捜索は何があっても断ることは出来ないし。」
「そうか。さらに面倒なことが増えてきたな。」
「そうだな。地下につなぐルートがバレたら俺達は終わりだ。」
しばらくトーマスとノアは小声で話していた。
「そう言えばローガンのお母さん遅くないか?」
トーマスが言った。
「確かにそうだな。もしかしたらトイレで踏ん張ってるんじゃないか?」
「何だよそれ。お前汚いこと言うなよ。探しに行くぞ。」
トイレの方に行って扉を開けたが誰もいなかった。
「おかしいな。」
書斎の方に彼らは言った。するとそこにローガンのお母さんがいた。
「ここ中々良い書斎ね。」
緊張が走る。
「何だかこの本棚おかしいわね。」
彼女はじっと本棚を見つめた。トーマスは少し冷や汗をかいた。
「変なのよね。」
彼女は本を少し押すように触った。
「そんなにおかしい所がありますか?ただの本棚だと思いますが。」
彼女は少し無言になった。書斎は物音一つしなかった。
「だって置いてある本がほとんどあなた達が読まなそうな古い本ばかりなのよ。ローガンもそんな趣味ないだろうし。」
「前の住人がそのままにしたんですよ。」
「そうなのね。ホコリが被ってるから少しは掃除した方が良いわね。」
彼らは隠し扉のことはバレずに済んだ。
「今日は少し長居させてもらったわ。また用事があったらここに来るわ。今日はありがとう。」
トーマスとノアはローガンの母親を見送った。




