日常
ローガンのことはなかったかのように彼の部屋に向かった。するとノヴァとのやり取りで使った辞書があったのでそれを手に取った。
「ノヴァ、早く気がついたら良かった。」
辞書に向かって彼女の名前を言った。そして彼女に送ったメッセージと彼女が送ったメッセージを回収した。
「おかしいな。確か15枚送ったはずなのに14枚しかない。」
ローガンの部屋をくまなく探したが彼がノヴァへ送ったメッセージ1枚だけどこにも見当たらなかった。
「多分あいつのポケットの中か。」
これ以上死体に触りたくなかったので彼は何もしないことにした。
自分の部屋に入り、机に辞書と今までのメッセージを置いた。そしてメッセージを書き始める。
「ノヴァ、君は多分メッセージを受け取るのは久しぶりだと思ってるに違いない。不便をかけて申し訳なかった。ことの経緯を話すと僕達の仲を裂きたい奴が僕達のメッセージをわざと盗んでいたんだ。そいつの正体が分かって何とか問い詰めて二度と邪魔させなくさせた。これからは安心してメッセージを続けることが出来る。誰にも邪魔されずに二人だけのやり取りが出来る。それとその邪魔したやつからノヴァが送ってくれたメッセージも一つ一つ見たよ。僕のことを忘れないでくれてありがとう。一つ一つメッセージを読めて僕はとても嬉しいよ。僕は本当は15枚メッセージを送ったけど14枚しか今ない。多分その男が捨てたんだと思う。良かったらそのそのメッセージも見たら良いよ。最近は何をしてる?メッセージがない間は元気だった?返事を待ってるよ。」
彼はメッセージを書き終わった。
「トーマス、どこに行くんだ?」
「俺はこれからノヴァのためにポストの所に行く。」
「例の辞書の彼女か。頑張れよ。」
「ノア、ありがとう。」
彼は自転車で公園まで向かった。いつものようにポストの鍵を開けて、そこに辞書を入れた。
「ノヴァ返事を待ってるよ。」
そう言ってポストから離れた。一匹の鳩がポストに止まっていた。そしてその鳩はトーマスのいる所と反対方向に行った。
「トーマス、辞書の彼女と上手くいくと良いな。最初は無理だろとか色々思ってたけど、今はお前に上手くいって欲しいと思ってるよ。」
「言ったことはなんとしても成功させるつもりだよ。」
ローガンの事件からノアがトーマスとノヴァの関係を肯定的にとらえた。
「俺が代わりに魅力的な文章を書いてやろうか?」
「それはやめておく。自分の手でやり取りしたいから。あのポストは二人だけの空間だから。」
「そうか。きっと返事が返ってくるよ。」
「そう願ってるよ。」
部屋でトーマスが休んでいるとノアとリアが話していた。
「昨日の夜に起きたこと本当に大丈夫なのかな。私達だけでもこの家に出たりしない?」
「何も起きたりしないから大丈夫だよ。」
「本当?私とても不安なの。警察から取り調べか何か来ないかってすごい不安なの。トーマスのこと協力してノヴァが捕まるなんて考えたくない。」
「大丈夫。君の不安が和らぐまで君を慰めるつもりでいる。俺は捕まることはない。安心して。」
「ローガンの死体を本当にどこかに隠したの。」
「その話はやめよう。」
「一緒に住んでたルームメイトが死んでなんとも思わないの?」
「これはローガンのせいでもトーマスのせいでもない。そう言う運命なんだよ。」
「きっとそうだよね。」
リアはあの一件から少し取り乱すような感じだった。
「大丈夫だ。」
ノアはリアに優しくキスをした。そして2人は抱きしめあった。トーマスは二人のやり取りを少し聞いていた。
「ノヴァに会いたい。」
姿が分からなくても彼女に会いたい気持ちが強かった。
「お兄さん、何言ってるの?何でこんな所にポストがあるの?郵便配達員?」
中学生くらいの男の子が聞く。
「恋の郵便配達員かな。好きな女性にだけメッセージを届ける。」
「本当は何やってるの?」
「俺は鍵師をしてるんだ。鍵穴を取り付けたり、開かなくなった扉を開けたりするんだ。」
「それって儲かるの?」
「そんなに儲からないな。でもこの仕事を誇りに思ってる。君は将来何になりたいんだ?」
「将来はゲームを開発したいんだ。民衆の心をつかむようなゲームを作りたい。でも学校の奴らにはオタクだって馬鹿にされる。」
「それなら薄っぺらい人間たちから見れば俺はナードのように見えるだろうな。だけど周りの目は気にする必要なんてない。自分の生きたいように生きれば良いんだ。そう言う人生を邪魔するような奴らはいない存在として見たり、もしくは最初からこの世に存在していないものとして考えれば気が楽になるよ。」
「そうだよね。何だかお兄さんと話したら気が楽になったよ。」
「俺は大したことを話してないけどな。」
「元気でね。恋の郵便配達員さん。」
「元気でな。夢に目指して頑張れよ。」
彼は自転車に乗って帰宅する。彼はそよ風を身体で感じた。重苦しかった身体を風が癒してくれた。帰宅する頃には何かを忘れたかのように気が楽になった。
「そうだよ。最初からルームメイトはノアとリアだけだったんだ。最初から何も起きなかったんだ。」
家に帰るとノアがいた。
「トーマス、おかえり。何をしてたんだ?」
「ノヴァにメッセージを送ったんだ。」
「また辞書の恋人か。きっとお前のメッセージを見てくれるよ。」
「その日が待ち遠しい。」
「他に何したんだ?」
「中学生の男の子に声をかけられたんだ。将来ゲーム開発を夢見てる子で俺のような変わり者だった。」
「俺らもその子のゲームやってみたいもんだな。」
「彼は学校でオタクって言われて馬鹿にされているんだ。」
「それは酷い奴らだな。」
「だから俺はその子に言ってやったんだ。そんな奴らはいない存在として見れば良いってな。」
ノアの顔を見ながら言った。
「ノア。」
彼はノアをじっと見て呼びかける。
「何だ?」
「最初からルームメイトは俺とノアとリアだけなだよ。」
「お前何言ってるんだ。ローガンも俺達のルームメイトだったろ。」
「そのやつ最初から存在しなかったんだよ。だよな?ノア!」
「どうしたんだよ。正気か?」
「俺はいたって正常だよ。現実なんていくらでも自分の思うように出来るんだよ。元々隠し扉なんて最初からない。」
「よく分からないけど、お前までどうしたんだよ。リアのことで俺は精一杯なんだよ。お前の相手まで俺はできないぞ。」
「相手なんて最初から頼んでもいないけど、最初から何も起こらなかったことを伝えたかった。ノアだって本当はそんな風に思いたいだろ?だったら俺のように考えてみろよ。ローガンと言うやつは最初から存在しなかったって。」
「何だか知らないけど、お前は少し部屋で休んだ方が良い。」
「そう。それならこの話はもうしない。」
トーマスはベッドで寝た。
次の日になるとトーマスはいつもより遅く目が覚めた。
「あら、遅かったわね。」
彼は依頼が来てる仕事に遅れた。
「寝坊してしまって。」
「昨日パーティーか何かでもしてたわけ?」
「僕はそんなことをするような人間じゃありません。」
「寝付きが悪かったのかしら?」
「最近良く寝れないもので。」
「そう。それは大変ね。」
「お金が貯まったら寝具を変えるつもりです。」
「その方が良いわね。今日はまた鍵が開かなくなった所があるから開けて欲しいのよ。トイレ以外にもガタが出たみたいだよ。」
「分かりました。それでは修理をしますね。」
彼はドアの部品を点検して勝手に閉まるドアを開けた。
「この鍵穴もおそらく老朽化でバネが駄目になっているかもしれません。他の扉の鍵も確認しますね。」
「あなた親切ね。」
「特別なサービスですよ。」
「それならこっちもプレゼントするわ。」
「プレゼントですか。それは楽しみですね。」
彼は全ての修理が終わった。
「新しい寝具を送ってあげるわ。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
彼は送り先をメモに書いた。
「あんた少しここでゆっくりしてきたな。」
「用事がないので少しいさせて頂きます。」
高齢女性はトーマスにお茶を出した。
「あんたはお嫁さんとかいるんか?」
「いませんが、とても好きな人がいます。その人とは文通をしていてしばらくしたら会うつもりです。」
「そうか。あんたが幸せになると良いな。」
「とても優しくて頭の良い女性です。彼女の書く文の一つ一つが何故か分からないけどとても好きなんです。本が好きな女性なので僕とものすごい気が合うんです。最近まで彼女とすれ違いが起きて今ちょうど返事を待っているところなんです。彼女ならきっと返してくれると信じています。」
「そうかい。鍵屋さん、気を落とさないでくれ。あんたならきっと彼女は返事をする。私には分かる。あんたはとても優しくて親切だからさ。」
彼はお茶を飲み終わり、高齢女性の家を出た。
「鍵の修理に来ました。」
彼はその日の仕事を終わらせて、公園のポストの所まで行った。鍵を開けると中には辞書と表が入っていた。彼が添えたメッセージもなくなっていたのでノヴァが確実に返信したのが分かった。彼は家に帰宅してノヴァからのメッセージを読んだ。
「トーマス、久しぶりね。最初はあなたが私のことを嫌いになったのかと思ったの。だけど誰かが邪魔してたなんてね。私もあなたのように返事をずっと待ち続けたわ。もう邪魔する人がいないならまたメッセージがこうやって出来るわね。一緒に今まで書いてくれたメッセージも読んだわ。アリシアのことは今でも後悔してる。だけどその問題はあなたのせいだわ。きっとあなたの友達のコナーは大丈夫よ。過剰に不安にならなくて良い。アリシアといつまでもいられないように、私達もいつ死ぬか分からない。だからこのやり取りを大事にしたいと思う。家族のことも話してくれてありがとう。あとまたこの前のように私達の仲を邪魔する人が出てくるかもしれない、その時のためにメッセージを交換する場所を変えたほうが良いと思うの。良かったら何かアイデアを教えて欲しい。トーマス、今日も愛しているわ。」
彼は彼女のメッセージを最後まで読んだ。彼は辞書を思い切り抱きしめた。
「ノヴァ、僕も君のことを愛してる。こうやって抱きしめたい。」
隣からノアとリアの声が重なり合う。それを聞いて彼女の名前を何回も呼んだ。外は暗くて野良猫がたくさん鳴いていた。月がとても美しい夜だった。




