平凡
幸せな家族が一戸建ての家に住んでいた。
「パパ、今度友達とハイキング行くから友達も一緒に車で送ってくれない?」
「何人くらいだ?」
「4人よ。」
「良いだろう。」
「やったー!」
「ヴィオレッタ!ジュースこぼしてそのままにしないで。」
母親は娘がこぼしたジュースを掃除する。
「ママ悪かったよ。」
「気をつけないとまた同じことになるわ。」
「こぼせるジュースはもうここには無いわ。私がこぼしたから。」
「変な冗談はやめて。」
「面白いこと言うな。」
どこにでもある平凡な家庭だった。でもこのような家庭が一番幸せ者の家庭なのかもしれない。
「今頃紙の辞書なんていらないと思うけど。」
その家の娘は辞書や図鑑を漁って読んだ。
「他に何か面白い小説ないかしら?」
愛がテーマの小説を彼女は見る。
「何してるの?ヴィオレッタ!」
「ヴィオレッタ!」
彼女を呼ぶ声が耳元に響く。
「朝か。」
トーマスは目が覚めて、時計を見る。
「7時か。」
着替えて、キッチンに向かう。
「おはよう、トーマス。」
「ローガン、ノア!おはよう。朝ごはん作ってくれたのか?珍しい。」
「たまには俺達の料理も悪くないだろ。」
「趣味が悪い形の料理だな?誰がやったんだ?」
「俺ら二人で作ったんだよ。」
ローガンとノアはトーマスのルームメイトだ。
「もうすぐ2000年代になるぞ。」
時は1997年。3人の男がカナダのトロントに住んでいた。とても穏やかな街だ。
「不味い。これは俺が作り直した方が良いな。」
「その舌は大丈夫か?」
「そんなレベルの料理で満足する舌じゃないからな。」
「一流ぶってるわけだな。」
「ノア、家賃2ヶ月滞納してる。俺に払ってくれ。」
「悪い悪い!明日払うからよ。」
「またバーか何かにでも行ってんたんだろ?お酒にお金を費やすのも大概にしろ。」
「払うって言ってるから少し多めに見ても良いだろ!」
遠くからローガンがトーマスに言った。
「口で言うのは誰にでも出来る。だけど行動で見せてもらわないとな。もし払えないならノアは追い出す。」
「俺達に代わりのやつなんているのか?」
独身で低所得の3人だ。
「家賃が割れるなら貧乏なやつが来るだろ。」
「追い出す前提で話すなよ!悪かった!これが2ヶ月分の家賃だ。これで良いだろ?」
トーマスは黙って受け取った。
「そういうお前も口だけだな。」
「どういう意味だ。」
「今年は彼女作るって言っておきながら何も変化が無いからな。」
「これからだ。」
「待ってても彼女なんて出来ないぞ。積極性がなきゃな。」
そう言うローガンとノアも彼女がいない。
「俺達付き合うか?」
ノアがローガンに言った。
「やめろよ!そう言う目的のルームシェアじゃないだろ。」
「今すぐに作るわけじゃない。少なくとも死ぬまでには出来てる。」
「明日交通事故で死ぬかもな。」
「それはありえない。」
「そうと言えない証拠もあるわけ無いよな。」
トーマスは料理を作り終わる。
「これでも食べて舌なおししてくれ。」
「相変わらずお前の作る料理はそこそこ美味しいよな。」
「頼まれた仕事をするから出かけて来る。」
「頑張れよ!売れない鍵屋さん。」
彼は家に鍵をかけた。
「待ってたよ。鍵穴が壊れてるから見て欲しいんだ。」
トーマスはある高齢女性の家に言った。犬が吠えまくる。
「どれ?見せてください。」
犬は彼に近づいてさらに吠える。
「ちょっと!この犬どうにかしてください!仕事がはかどらないじゃないですか。」
「そう邪険に扱わないでこの子はあんたのことが好きなんじゃよ。」
「こうじゃないな。」
「そう焦らんで良いよ。」
トーマスは時間をかけて鍵穴を取り付けた。
「出来ました。これがこの鍵穴の鍵です。」
女性に鍵を渡した。
「どれかしら?」
彼女は鍵を手に取り、開けた。
「あら、ちゃんと締められる。これよ。ありがとう!待って、報酬払うからそこで待ってな。」
彼女は鞄からお金を出した。
「これが報酬だ。また鍵穴が壊れたら来てくおくれ。」
「分かりました。」
彼はその家を去った。
「鍵を直しに来たトーマスです。」
ドアから出て来たのは背が高く細身の女性が出て来た。彼はその女性を一目見て惚れた。
「この部屋に鍵を取り付けて欲しいの。どれくらいかかるのかしら?」
「1時間しないで出来ます。」
「そう。それなら助かるわ。」
いつもより集中して鍵を設置した。
「あなた鍵職人をして長いのかしら?」
「もう5年は鍵の仕事してます。ようやく依頼が来るようになったんですけどね。」
「何でこんな仕事?他にもっと良い仕事はあるはずよ。」
「こう言う専門的な仕事の方が僕の気質にあってますから。」
トーマスは高校卒業後、大学には行かずすぐにルームシェアをした。小さい時から鍵を取りつけるのが好きだった。内向的な彼は誰にも部屋に入れないように頑丈に鍵を設置した。図書館でたくさんの資料を見て研究していた。それが今の彼を生み出した。
「そう。お茶を用意するから、終わったら一緒にどうかしら?」
「もちろん。今日はこれで仕事が終わるので。」
女性はキッチンに行った。
「出来ました。」
「ちゃんと施錠出来るわ。あなた鍵を開けることも出来るかしら?鍵を失くした日記の鍵を開けたいのよ。」
「それくらいなら任せてください。」
彼はやる気満々だった。
「お茶が出来たから飲んで帰って。」
トーマスはダイニングルームでお茶を飲む。本棚に並ぶ本を見ながらお茶を飲む。
「鍵職人じゃ儲からないわ。将来仕事が無くなってるかもしれないわ。テクノロジーはどんどん発展していくのよ。」
「何でもかんでも便利になるのが良いとは思わないです。それって格差を産むだけですから。」
辞書が本棚から落ちる。
「人は便利さを求める生き物よ。そんな未来には抗えないわ。」
「そんな話はやめて、今度一緒に飲みに行きませんか?」
「口説いてるのかしら?残念ながら私はそう言う相手にはなれないわ。」
彼女の旦那が帰って来た。
「この人が例の鍵職人?」
「そうよ。紹介するわ。旦那のピーターよ。」
2人は握手をした。
「用事があるのでもう行きます。」
「もっとゆっくりしても良いのよ。」
「僕はただの鍵職人なので。」
彼は急いでドアを閉めた。
「最初から旦那がいるの知ってれば…」
彼はかすかな期待をしたが、その期待も裏切られた。
「鍵屋のお帰りだな。」
ローガンとノアが家にいた。
「今日の稼ぎはこれくらいだ。お前らは仕事は?」
「これから1件ある。配管工も楽じゃないな。」
ローガンは売れない配管工をしている。
「大した稼ぎじゃないな。」
「これでも今日頑張ったほうだ。」
この三人は一生一緒に暮らすだろうか。ギリギリな生活をしていている。
「どこに行くんだ?」
「ちょっと酒買ってくる。」
「また飲むのかよ。」
トーマスはノアに苛ついた。
「あまり自分勝手にお金使ってたら追い出すぞ。」
「悪い悪い。それだけはマジで勘弁してくれ。それならトーマスも一緒にバーに行こう。」
「お前と一緒に行っても楽しくないだろ。」
「思わぬ出会いがあるかもしれないだろ。それで何でそんなにイライラしてるんだ?」
「俺は怒ってない。」
「怒ってんだろ!もしかして好きな女に振られたんだな?」
「クソ、お前には関係無い話だ。」
「依頼主に恋をしたけど上手くいかなかったようだな。」
ノアはトーマスの肩に手を置いた。
「俺なら話を聞くぞ。」
彼はため息をついてその日に起きたことを詳しく話した。
「そんなことでイライラしてたのか。それはあんな良い家持ってて男の一人や二人いない方が可笑しいだろ。」
「俺はただ話すきっかけを作りたかったんだ。」
「それで深い関係になれなかったわけだな。良かったんじゃないのか?あの女、お前の職業のことを少し見下してそうだし。」
「彼女はそんなこと一言も。」
「はっきり言ってなくても、お前の仕事に対して将来性はあるのかって言ってただろ。いずれ仕事すら機械とかに取られるブルーカラーを指してるみたいだな。」
「少し議論になったけど、ブルーカラーは見下してない。」
「どうだか。お前には釣り合わない相手だから次を探したほうが良いな。だから一緒にバーに行って、出会いを見つけようぜ。」
「もう良い。今日は家で休みたい。」
「そんな消極的で引きずってたらいつまで経っても相手は出来ないだろ。もしかしてあの発言はただの見栄だったのか?」
「黙れよ!放っといてくれ!疲れてんだよ。バーならお前一人で行け。」
彼はかなり落ち込んでいた。
「そうか。あまり引きずるなよ。」
トーマスはベッドで横たわる。自分の今の仕事や異性と縁が無い自分に惨めさを感じた。彼は生涯で異性と関わる機会がまともに無かった。異性に耐性がないためどんな異性にも惚れやすい性格になってしまった。不器用でいつも恋愛まで発展しない。上手く行ったと思っても相手がいることが多く。器用も運もない男だ。
「何事もないつまらない1日だったな。」
彼は本棚にある本を見つめた。
「異性と出会える方法か。」
彼はパソコンとは無縁だった。
「パソコンで出会いを見つけようと思ったけど無理か。それなら他に方法を探さないとな。」
彼はひたすら誰かと出会う方法を考えた。
「そうだ!辞書か。そして鍵。」
彼は収納庫から物を探した。
「トーマス、お前何してるんだ?お宝か何かでも発掘してるのか?」
ローガンが声をかけた。
「お宝?子供じみたことはしない。大事な辞書を探してるんだ。」
「辞書?何で?新しく外国語学んで他の国の女と結婚するのか?」
「そんな遠回りなことしてどうするんだよ。今から言語学ぶ気などない。辞書が見つかったら説明する。」
「お前がそんな必死になってるのは辞書を出会いの道具として使うからだろ?」
「そんなもんだけどそれをどう使うかなんて想像も出来ないだろ。」
「さあどんなふうになるか楽しみなもんだな。もしくは辞書を女と見立てて一晩を過ごすのか?」
「からかうな。ん?待て!誰か来たぞ。」
「ノアが帰って来たんだろ。」
「2人くらい入って来たような気がする。泥棒か?」
「こんなボロ家で盗むもんなんて無いだろ。泥棒よりホームレスが溜まりそうだな。」
「ノア!その女性は!」
「俺の連れだ。」
どこにでもいそうな女性を彼は連れた。
「ノアに早速女が出来たようだな。」
「あいつに先を越されたか。そう言うローガンは好きな人と結ばれたのか?」
「好きな人?何の話だ?すぐ出来る気がするな。」
女性が2人に近づく。
「あら、あんた達がルームメイト?私はリアよ。」
「ルームメイトのローガンだ。」
「僕もルームメイトのトーマスだ。」
「今日は泊めてくれるのね。」
「2人とも今日は彼女が泊まるから屋根裏部屋で寝てくれ。」
ノアは話しながら部屋を掃除した。
「分かったよ。」
新たにリアもルームメイトになった。
「トーマスが辞書を探してるみたいなんだ。」
「辞書なんで?」
「コイツの口から説明するってさ。」
「あったぞ!」
彼は辞書を手にした。
「懐かしいなこの辞書。子供の時にたくさん使った覚えがあるな。」
辞書を開く。
「こんな文字書いてたのか。覚えがないな。」
辞書の一番後ろのページにはVと書かれていた。
「ホコリが凄いな。」
ノアに向ってホコリをはらった。
「やめろ。汚いだろ。」
「それでどうする気なんだ?」
「辞書を使って、新しい出会いを探すんだ。」
「辞書で?どうやるんだ?」
ノアが聞く。
「まず近くの公園内に鍵つきの郵便ポストを設置するんだ。」
「何故鍵をつけるんだ?出会いを募集をするなら、たくさん候補がいたほうが良いだろ。」
「選択肢が多すぎないから良いんだよ。まずメッセージと地図つきの鍵を公園内のどこかに適当に置く。それを拾った人がポストに近づいて鍵を開ける、それで辞書を使ってやり取りをするんだよ。」
「随分大胆なやり方だな。怪しい鍵だと思ってどこかに投げ飛ばされそうな気がするけどな。」
ローガンが彼の希望を壊そうとした。
「何でそんなことを言うんだよ。」
「だって現実はそんなもんだろ。誰かも知らん相手が書いたメッセージつきの鍵とか拾ってわざわざやり取りしたいと思うのか?」
「そうね。私だったら怪しいと思うし、深い関係になりたいとは思わないわ。普通は不審者か何かだと警戒すると思うし。私はそんな人とやり取り無理だわ。」
「そうだよな。」
「それはお前達の考えだろ。やってみないと結果は分からない。ローガン、ノア、俺が前に進むから少しは応援してくれても良いだろ。」
2人を見て彼は言った。
「言い過ぎたようだけど、そのアイデアはどこか現実的じゃないと思ったんだよ。」
「トーマスらしくて良いんじゃないか?どんなふうにことが進むか楽しみだな。ローガン、一緒に様子を見て楽しめば良いだろ。」
「そうするしかないようだな。」
トーマスは新たな一歩を進もうとした。