第八十三話 賭博博徒①
『みんな、暗いね・・・』
「そりゃあな。昨日の今日だし・・・」
『おいしいもの食べたら元気になるかな?』
「どうかな・・・まぁ、この場合、必要なのは飯より時間だろうな。とくにあいつは・・・・」
ウルは心の中のトラメと話していた。体の中から声が聞こえる感覚には、まだ慣れない。ウルたちは、ヒコイ・ルミクとトラメの葬儀を済ませ、昼頃にキョウトを出発した。今は、もう日が暮れて夜になっている。車を運転しているイヌマサが、もうそろそろコアコ・ルミクの家に着くと言っていた。ウルは助手席から、後部座席で寝ているイキセ・ルミクのことを見る。
『寝ちゃってるね・・・』
「あぁ、通夜と葬儀で泣きっぱなしだったからな、疲れたんだろ・・・」
イキセ・ルミクはまだ七歳。母親が突然いなくなったんだから当然だろう。
「なんか、昔のトラメを思い出すな・・・」
『トラメも泣いてたっけ・・・あんまり覚えてないや』
トラメは思いだそうとしているのか、うーん、と声をだす。
『でもトラメは、寂しくなかったけどね。おにいちゃんがいたから・・・』
「おれもかな・・・」
ウルはこうしてトラメと話せているから平静を保っていられるのだ。もし完全に離れ離れになっていたら、なかなか立ち直ることはできなかっただろう。事実、トラメがアシュラ・センジンにやられた時は、泣くことしかできなかったし。その時のことを思い出して、すこし、こっぱずかしくなる。
『イキセくんも、寂しくないようにしようね・・・』
「そうだな・・・」
ウルは、両親が突然いなくなった自分たちとイキセ・ルミクの姿が重なっていた。トラメとふたりで見守ってあげようという気持ちになっていた。
「話してるの・・・?トラメちゃんと・・・」
イキセ・ルミクを見ていると、後ろに座っているムサネが話しかけてきた。寝ている彼を起こさないように、小声になっている。
「・・・まぁな」
“神技”で融合しているウルにしか、トラメの声は聞こえないのだ。
「元気かしら・・・」
「お前よりな。みんな暗いねって心配してるくらいだ。幽体のこいつが一番明るいよ」
ウルは微笑んで自分の胸を親指で指す。
「そう、よかったわ・・・」
そう言いつつもムサネの表情は冴えなかった。やっぱ、トラメのことを助けられなかったことを気にしているのだろうか。ムサネの隣に座っているミソラも同じように、考え込んでいる表情をしていた。やはり、もう少し時間はいるみだいだな、とウルは車窓に映る暗い世界を覗いた・・・。
「みんな、おかえりなさい・・・」
コアコ・ルミクの家の前に車を止めて、ウルたちが降りると、カルア・ルミクが玄関を開けて出てきたところだった。長く占いをやっているからだろうか、彼女はなにかとタイミングが良い。カルア・ルミクが、扉を開けて呼びかけると、ネーヤとコアコ・ルミクも外へ出てきた。ウルは三人の顔を見て、数日会っていなかっただけなのに、なんだかとても懐かしいような感じがした。
「おかえり、ウル・・・」
ネーヤが、少し目を潤ませている。それはウルが無事に帰ってきて良かったと安堵したのとトラメの身に起こったことを憂いてのことだろう。カルア・ルミクを見ると彼女も同じく、目が潤んでいて微笑んではいるが悲哀のこもる表情をしていた。ヒコイ・ルミクの死は、イヌマサが電話で伝えている。気丈に振舞ってはいるが、姉が亡くなってさぞ辛いことだろう。そしてウルは、コアコ・ルミクのことを、不謹慎ではあるが、こういうとき彼女はどんな顔をするのかと、少し興味深い目で見ていた。コアコ・ルミクは、玄関の扉によりかかり、おにぎりを食べながら、いつもと変わらない無表情をしていた。なんだ、つまんねーの、とウルは心の中でつぶやいた・・・。そんな時、コアコ・ルミクが口を開く。
「・・・・明日の朝、道場に来い」
それだけを言って、家の中に入ってしまった。
「あいつ、弟子が大変な目に会って帰ってきたのに、おかえりも言わねーのな・・・・」
『ししょーらしいけどね・・・』
トラメがあっけらかんと言う。たしかに、あのコアコ・ルミクが取り乱して泣くところは見たくないよな、とウルは納得した。
「さぁ、みんな疲れたでしょう、入って。あら、イキセくん?大きくなったわね・・・」
カルア・ルミクは、イヌマサの背中で寝ているイキセ・ルミクの頬をつつきながら言った。
「アタシもびっくりしたわ。ヒコイちゃんの代わりにアタシたちが守りましょう・・・」
イヌマサがそう言って、カルア・ルミクは力強くうなずく。ウルはそれを見て、みんな同じ気持ちになっていたんだな、とイキセ・ルミクの頭を軽く撫でた・・・。
翌日の朝。ウルは、コアコ・ルミクに言われた通り、家の隣の道場へと向かっていた。
「トラメ、起きてるか・・・?」
『うにゃ~、おきてるぅ~・・・・』
眠そうなトラメの声がウルの体内から聞こえる。
「お前も、ちゃんと眠たくなるんだな・・・」
まだ、融合してから日が浅く、トラメがどのような状態に陥っているのか把握するのもウルが日課にし始めたことだ。できるだけ、居心地のいい空間で過ごして欲しいというのがウルの願いだった。
『うん、お腹もすくし、お風呂にも入りたくなるよ。でも、おにいちゃんが食べたり浸かったりすると、自分がしてるみたいに満足するんだー』
「そうか、それならよかったな。でも、たまには入れ替わってみるか・・・」
『うん!戦いのときに、すぐに入れ替われた方がいいもんね・・・』
ウルは、トラメの“神技”により、一定時間トラメに体の主導権を譲ることができるのだ。その間、肉体の操作や外見は、まんまトラメとなる。一度、検証済みだ。ウルとトラメは、そんなことを話しつつ、道場へと足を踏み入れた。
そこには、白いミニタンクトップとショートデニムという、いつもの露出多めの恰好をしているコアコ・ルミクが立っていた。彼女の足下には、菓子パンの袋らしきものが散乱している。まじでこの人、いつも何か食べてんな、とウルは思いつつ彼女の元へ行く。
「きたか・・・・」
「それで、修業でもするのか?」
道場に来いというからには、組手や神拳の修業をすると思い、動ける準備はしてきたウル。だが彼女は、一旦座れ、と道場の隅に置いてある座布団を持ってきた。二人は、その上に座る。
「・・・トラメは聞いているな?」
『きこえてるよ、ししょー』
「聞こえてるってさ・・・」
よし、と一息入れてコアコ・ルミクは話し出す。
「・・・まず、お前たちの状態を把握しておきたい」
「あぁ、そんなことか。なんか、こいつもちゃんと寝れるみたいで、腹も・・・・」
「そんなことはどうでもいい。オレが知りたいのは、戦闘に関してだ・・・」
そっちね、とウルは、自分たちが分かっていることをコアコ・ルミクに説明した。トラメの“神技”で、“幽体心合”、“満力幽体心合“、“変身幽体心合”の三つの形態に変化できること、“満力幽体心合“の状態なら、”危険察知《自動》“が使え、神拳も二つ同時に使用できることなどだ。顎に手を当ててコアコ・ルミクは、黙って聞いていた。
「・・・まぁ、こんなとこかな」
「・・・分かった」
コアコ・ルミクは、真っすぐウルを見た。ウルは、なんだか分からないがすごく胸がどきどきしていた。彼女が美人だからか、胸の谷間が見えるからか、それとも・・・・
「・・・お前たちは、オレが強くしてやる」
ウルは、目をぱちくりさせる。それを見てコアコ・ルミクは不審がる。
「・・・なんだ?」
「いや、あんたからそんな師匠らしいセリフが聞けるとは思ってなくて・・・」
「以前のお前はカスだったからな・・・」
「カス!?」
才能がないとは何度も言われていたが、そこまでひどい風に思っていたのかとウルは驚愕する。
「カスに時間を割くのは無駄だと思っていた・・・」
ちょっと言い過ぎじゃないですか、コアコさん。おれにも感情はあるんだけど・・・とウルは肩を落とす。
「だが、トラメのおかげでかなりマシになった。これなら、育て甲いがある」
「そう、まぁやる気になってくれたのならいいか・・・・」
『トラメと一緒になれてよかったね、おにいちゃん・・・・』
「・・・・・。それで、具体的にどういう所に見どころを感じたんだ・・・?」
無意識に上から目線な発言をするトラメを無視して、ウルはコアコ・ルミクに尋ねる。
「・・・神拳の同時使用だ」
「あぁ、それか。そういえばあんたはできるのか?」
ウルは、何気なく聞くがコアコ・ルミクは首を振る。
「誰ひとりできる奴を見たことがない・・・。オレの母親でさえ、不可能だ・・・」
「えぇっ!あの“天候十二神拳”すべてを使える人でもか・・・!?」
『リベロスト・ルミクママだっけ・・・』
ママってなんだよ、とおもいながらウルは、コアコ・ルミクは見る。
「ヒコイから聞いただろう、“神細胞”がどうのこうのって。オレは理論より感覚重視だからよく分からんが、おそらく異なる“神細胞”を同居させるのは、本来は不可能なのだろう。火に水をかけると消えるようにな。だが、トラメの“神技”によって、イレギュラーが起こった・・・」
「そうだったのか・・・」
ウルは、自分の身にそんなすごいことが起こっていたんだと、体が熱くなってきたのを感じた。強くなる、成長できる可能性がある、それだけで前向きな気持ちになることができた。
「たのむぜ、コアコ・ルミク!おれは強くなりたい!誰も死なせないように・・・」
『トラメもがんばるー!!』
「あぁ、そのつもりだ・・・」
珍しく笑みを見せるコアコ・ルミク。
「それで、どうする!?何からする!?」
やる気がみなぎってきたウルは、鼻息荒くコアコ・ルミクに迫る。落ち着け、とウルを宥めたコアコ・ルミクは、元の無表情に戻って話し出す。
「まずは、“変身幽体心合”の高速化を目指す。戦闘中に、瞬時にウルとトラメが入れ替わりながら、戦えるようにする。相手にとっては、戦闘スタイルや体格が異なる人間が入れ替わり立ち替わりされるのは、かなりやっかいだからな。慣れるまでにかなりの時間を有するだろう。そして、慣れてきたところで“満力幽体心合“だ。神拳の同時発動で一気に片をつけろ。制限時間とやらも、徐々に増やしていく必要があるな。一日一度はこの状態になっておけ。今トラメは、”雷兎神拳“と”雨蛇神拳“が使えるんだな。“変身幽体心合”で短い時間しかないだろうが、”雨蛇神拳“の技を習得していく。そうなるとウルも、”風虎神拳”と、もうひとつ神拳が欲しいところだな。いくつか候補がある。”神細胞“とやらが増えている今ならひとつくらい習得できるだろう。その中から一番早そうなのを選ぶ・・・・」
『よ、よし・・・・』
「いいね!やっぱこういうのはわくわくすんな・・・」
ウルは気持ちが高まってきて思わず立ち上がる。それに続いてコアコ・ルミクも立ち上がる。
「・・・・さっそくはじめるぞ」
「おっしゃ!」
『おっしゃー!』
ウルとトラメは同時に勇ましい声を上げる。コアコ・ルミクの本格的な厳しい修業が始まろうとしていた・・・・。
道場の中を覗く人影がひとつ。コアコ・ルミクの家に住む人々ではない。その人影は、道場で奮闘しているウルとその横にいるコアコ・ルミクを見て、不敵に笑う。
「さーて、どうやって誘い込むかな・・・・」
人影が楽しそうにつぶやき、道場を振り返って丘を降りていく。彼の目的はいったい・・・。
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