第六十話 クチミオとキリエと⑮
ヤユツ剣道場対ヒコイ剣道場。中堅戦。ゴリ対ムサネ。ゴリの、体に甲冑を纏わせる“神技”、“甲冑封血”により、ムサネの攻撃は奴に通らなくなってしまった。唯一露になっている顔面を突きで狙うムサネだったが、それも防がれ反撃のダメージをくらう。しかし、ムサネは立ち上がった。勝利への貪欲さを胸にして・・・・。
【ムサネ】
―――ヒコイ・ルミクの道場―――
「まず意識するのは、体内にある水分ね。これを少しずつ増やしていくイメージ。すると、こんな感じで腕が柔らかくなる・・・」
わたしは、正座をしてヒコイ・ルミクの神拳の実演を見ていた。彼女が、腕を掲げて上下にくねくねと揺らす。それはまるで骨が抜き取られている見たいに柔らかくしなっていた。
「実際触ってみたら、分かるけど骨も一緒に軟化しているのよね。一時的だけど。そして、この状態で素早く腕を突き出せば・・・・」
彼女が、勢いよく腕を前に出すと、それが鞭のように動き、そして数メートル先にある道場の真ん中に置かれた的に、バチンッッッ!!と音を立てて当たった。
「このように普段よりも何倍もリーチが伸び、かつ不規則な打撃を繰り出すことができる。アタシは、これを剣術に応用して戦うわけ。分かった?」
ヒコイ・ルミクがわたしに見せてくれたのは、“天候十二神拳”のひとつ“雨蛇神拳”だ。体中の水分を自在に操り、体を軟化させたり、伸縮させたりする拳法。彼女と蕎麦屋で初めて会った時に、大男に繰り出していたのがこれだった。実際に近くで見て、とても人間業じゃないなと感じた。
「えぇ、理屈は分かったけど。どうして、わたしにこれを見せたのかしら?わたしは、“神細胞”がないから使えないのでしょう?」
せっかく見せてもらったところ悪いが、わたしは自分にできることを教えて欲しいと思っていた。
「まぁね。でも、あんたの“神技”ならこれと似たようなことができるんじゃない?」
「えっ、わたしの“神技”で?」
どういうことだろうか。わたしの“神技”は、木刀から大小の風の刃を出すもの。それだけだ。彼女のように体を変形させることはできない。
「ふふふ。変形させるのは、あんたのからだじゃなくて“神技”よ!」
そういわれてもさっぱり分からないので、わたしは説明を求めた。
「いーい?例えばあんたの“風の蛮行”。溜めた力を一気に外に押し出しているでしょう?あれを長い時間かけて出すようにするのよ。ようは、パッ、って出してたものを、パーーーーーッ、って引き延ばして出すってこと」
「つまり、風の刃の導線を長くするってこと?」
「そういうこと!長くする分、威力は落ちると思うけど、これが可能ならアタシの“水蛇神拳”のように、木刀から出た刃をくねらせて出すことができると思わない?」
「なるほど・・・・・」
たしかに、それが可能であれば、わたしは鞭のような動きをしつつ鋭い刃を相手に刻むことができるかもしれない。ただの真っすぐな斬撃よりも、不規則な動きをするそれは、相当な武器へと成り果てるだろう。
「じゃあ、さっそく試してみましょう。重要なのはイメージね。さっきのアタシの動きをよーく思い出して、やってごらんなさい!」
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そう、わたしには、ヒコイ・ルミクと修業した、とっておきの技が残されていた。しかし、練習でもその成功率は低かった。今のこの緊迫した試合の状況とケガで痛む体の状態から繰り出すことはできるのだろうか。いや、悩んでいる時間はない・・・・。
「へっ、それじゃあ、続きと行くかぁ」
また、ゴリが近づいてくる。わたしは、胸から短木刀を引き抜く。あれを繰り出すには、溜めがいる。なんとかして、時間を稼がなければ。
「捕まえてみなさい!ブ男さん!」
わたしはゴリを挑発し、後ろへ身を引く。彼が、怒りで向って来たところに、顔を狙って左の短木刀から“風のちょっかい”を出す。彼は、うつむいて兜でそれを防ぐ。しかし、うつむいたことでわたしの姿を一瞬、見失う。そのすきにわたしは場所を移動する。そして、彼が顔を上げて近づいてきたら、また同じことを繰り返す。
「何度も何度も、しつこいぜぇ!」
彼は私の行動に業を煮やし、兜を目深に被って、こちらに走り寄ってきた。わたしの“風のちょっかい”が彼の顔に当たるが、頬に擦り傷をつけただけとなった。どうやらゴリは、目の負傷だけを防ぎ、顔にダメージを追うことを覚悟のうえで突っ込んできたようだ。早いとこ決着をつけたいのね、望むところよ。
ゴリから振り下ろされた大剣を間一髪のところで避ける。そして、わたしは息を吐き出し集中した。木刀に力は溜まっている。あとは、イメージをより具体的に、現実に産み落とす。
ヒコイ・ルミクのしなやかでキレのある動きを思い出すのだ。行ける!!わたしは、木刀を数回横に揺らし、空中に波を描くように動かした。
「“風の奇行”!!」
すると木刀の後を追うように、曲線となった風の刃が前方に飛び出す。くねくねと動いたそれは、ゴリの体へと向かって行った。
「へっ!忘れたか、お前の全力の“神技”は、すでに防いでいるんだぜぇ!」
ゴリが、勝ち誇ったように言った。もちろん、忘れてなどいない。これは、あのときの力任せとは違う。局所を捉える、芸術的な剣導線なのだ。“風の奇行”は、ゴリの両肘と両ひざ、甲冑のわずかな隙間を狙って、そこに潜り込んだのだ。
パシッ、パシッ、パシッ、パシッ、と四ヵ所、斬撃により肉が切られた音が聞こえた。
「ぐうあああ!!」
ゴリが呻く。成功した。直線の風の刃では甲冑に防がれていたが、曲線を描いたことで甲冑の間を通り、彼の肉体に攻撃が通ったのだ。だが、威力はまずまず。切断するには至らない。しかし、これはあくまで次の行動を果たすための布石にすぎないのだ。彼は、痛みで体を縮こまらせている。わたしはそこに体を滑り込ませた。彼の顔が目の前にあった。
「悪いわね!」
「しまっ・・・・」
ゴリが言い終わらぬうちに、わたしは、左で持っていた短木刀を彼の鼻先目掛けて突き出した。ゴリュッ、と短木刀が顔にめり込む感触が手に伝わった。そのいきおいのまま、彼は後方に倒れた。甲冑が剣舞台に当たり、ものすごい音を立てた・・・・。
「・・・・鼻の穴がつながってしまったかもね」
わたしは、二つの木刀を握りしめながら、勝利の味をかみしめていた。
【クチミオ】
「そこまで!ゴリは試合続行不可能と判断。よって勝者、ムサネ!」
ムサネが勝った、ボクたちは舞台にいる彼女に駆け寄る。
「やったな、ムサネ!お前の新しい技すごかったな!」
ウルが自分のことのように喜んでいる。ボクも、彼に続いて彼女に感謝の意を述べる。
「ほんとうに、ありがとう。ボクのために・・・・」
彼女は、僕を見てフッと笑う。
「別にあんたのためじゃないわよ。わたしは、彼に勝ちたかっただけだし。それに、キリエには笑っててほしいって思っちゃうのよね。・・・・まっ、とにかく次がんばってよ」
彼女は、そう言ってボクの肩を軽く叩いた。そうだ。彼女の頑張りに報いるには、ボクがあいつに勝つしかない。ボクは、顔を上げてハルを見た。彼はいつものように冷ややかな笑みをしていた。
ムサネは、ヤユツ家使用人の治療を受けていた。
ボクはキリエのそばに来ていた。ヤユツは席を外している。
キリエは、ボクの手を取りそれを自らの額にくっつけた。
「あぁ、怖いわ。あなたが覚悟を決めているのは、その凛々(りり)しい顔を見れば一目瞭然なの。だから、本当はこんなこと言っちゃいけないと分かっているのだけれど。でも言わずにはいられないわ」
「ダメだ。君が何を言おうとしているのかは分かっている。だけど、それを君の声で聞いた瞬間にそれは確かな現実になってしまう。いまならボクの絵空事で片付くけど、君が言ったらもう真実なんだ。ボクは、その言葉に従ってしまうかもしれない。ボクは弱いからその誘惑に抗うことができないかもしれない。でも、それではダメなんだ。一時の安心より、一生の安寧を求めているんだよ、ボクは。もちろん、キミという、着脱不可能な付属物をともなってね。だから、もう何も言わないで欲しい・・・。黙って戦わせてくれ・・・・。君のために・・・・」
「あぁ、黙ってろですって?そんなひどいこと言わないで。だってこのまま私のお腹の中でとどめておけば、いずれ破裂してしまうもの。あなたの前で内臓をまき散らしてもいいの?あなたがかき集めて戻してくれる?たとえ戻せたとして、どうやって塞ぐと言うの?あなたの腹の皮をくれるの?それだと今度は、あなたのお腹が開いてしまうわよ。そしたらわたしの腹とあなたの腹をくっつける?そうすれば、ふたりはいつまでも一緒ね。よし、分かった。それなら、お腹が破裂しても構わないわ。・・・・いややっぱり無理よ。言わずにいられない。だって、この戦いであなたの命が尽きてしまえば、わたしは物言わぬあなたを腹にぶら下げて一生を過ごすことになるじゃない。そんなの嫌よ!わたしは、生きたあなたと一緒にいたいのよ!体温を奪う冷たい死体となったあなたと一緒にいても全然、意味ないのよ!だから言うわ、どうか戦わないで!あのハルは、ルールなんて関係ない。あなたを殺すつもりよ。あなたが死ねばそれでいいと思っている。だから、行かないで!まだ、死んでほしくないもの。ふたりでやりたいことが、ゴミの山のようにあるんだから。どうかお願い!」
「あぁ、あぁ。そんなにいうなら・・・・嫌だめだ。でも死ぬのは怖いし・・・・・何を言っている。君とずっとこうしていたい・・・・・・ならば戦うしかないだろう!キリエ、約束する。ボクは絶対に生きてこの戦いに勝利する。誓おう。神にも君にも。過去にも未来にも。ゴミクズにも宝石にも。森羅万象に誓う。だから、信じて待っていてくれ。君が信じていてくれれば、地球上のすべての人間がボクを裏切ろうとも、まったく気にならないんだ。君だけでいい。君が信じていてくれれば生きられる。もう少し、もう少しなんだ。だから、もうボクは行くよ・・・・」
「あぁ、クチミオ。そうね、あなたを信じ続けるわ。あなたが人を殺しても信じるし、わたしを苦しめても信じる。だから、約束して。この戦いが終わったら、ふたりで子どもをつくりましょう!」
「子どもをかい?」
「そう、こ・ど・も、よ。愛の結晶、男女の創物、神聖なる恵み。そうすれば、ふたりの愛はもっと、ずっと、ぐっと、ぎゅっと、糾える縄のように強く結びつくわ。あぁ、楽しみ。楽しみはいいわね。生きる希望が湧くから。いいこと?それが約束できないならここから離れてはダメよ。どうなのクチミオ?ふたりの、いやさんにんの運命を背負う覚悟があなたにあるのかしら?」
「もちろんだよ。でもひとつ訂正しておこう。さんにんとは限らないからね。ボクの愛はたったひとりの子どもに背負いこますには重すぎるからね。五、いや十。それくらいは欲しい。絶対に。だから、それでもいいならボクは約束するよ・・・・」
「あぁ、良いわよ。わたしのお腹が張り裂けるまで、何度でも子どもを産み続けるわ・・・」
ボクは彼女を強く抱きしめる。この感覚を忘れてはいけないから・・・。ここに戻ってこれるように・・・・・。
「さぁ、いよいよきたわね・・・・」
ヒコイ・ルミクが珍しく、緊張した顔をしている。当然か。ボクはいまだに“神技”を扱えていない。抜く刀全てが使い物にならないのだ。そんな状態の弟子を試合に出すなんて先生としては、宇宙空間に裸で放り出すに等しい無謀さなのだろう。
「とにかく、ハルの攻撃を避けることね。彼を倒さなくてもミソラがやったみたいに、隙を見て彼の刀を地面に落としさえすれば、あんたの勝ちなんだから」
ボクは、黙っていた。
「お前、そんな勝ち方じゃ嫌だって、顔してるな・・・・」
ウルに見破られて、焦る。ボクの表情を見てヒコイ・ルミクがため息を吐く。
「まぁ、分かんないでもないけど、勝ち方にこだわってる余裕はないのよ。キリエと過ごしたいなら、チャンスは逃さないこと!」
「・・・・はい」
ボクは、しぶしぶと言った感じで答えた。
「それでは、大将戦を始めます。ハル、クチミオ。両者、剣舞台へ」
コウレンの指示でボクは剣舞台に上がる。高鳴る心臓。震える足。ハルとは何度も剣を合わせたことはあるが、ここまで体のこわばりを感じるのは初めてだ。
「私の出番はないと思っていたんだけど。しょうがないな。君には存分に苦痛を味わってもらうよ」
「どんな攻撃だろうとも、やられっぱなしにはならない。絶対に、ボクは勝つ」
ヤユツの隣に座る、キリエを見た。彼は、手を組んで潤んだ瞳をボクに向けてきた。大丈夫。君は、ボクが手に入れる。そうアイコンタクトを送ると彼女は、ゆっくりとうなずいた。
「それでは、試合を始めてください!!」
審判の合図と同時に、ハルは鞘に納まる刀を抑えたままボクに向かって走り出した。一切の迷いのない動き。ボクから刀による反撃はないと確信しているようだ。彼の思い通りになってたまるか。
「うおおおおおおおおおお!!!」
腹の底から雄たけびを出し、ボクは刀を引き抜いた。それをみてボクの顔は青ざめる。
「っく、ダメか!!」
ウルが悔しそうに足を踏み鳴らす。
ボクの手には、黒く萎れた刀が握られていた。やはり、ボクの刀は死んでしまったのかもしれない。ハルが、数メートル手前で飛び上がった。ボクは、萎れた刀でガードしようとするがそれは無意味。彼は刀を抜いて、萎れた刀ごとボクの体を真っ二つに切りつけた。上下で体が分断された。視界が反転する。逆さの状態で腹から血噴き出す自分の下半身を見ていた。そして、おそってくる激痛。
「ぐぅあああああああああああああああああああああ!!!」
あっさりと体を切られた。ボクの負けだ。キリエはハルに取られてしまう。しかし、そんなことを考える余裕すらなかった。ただただ痛い。体が、熱く燃えている。今まで味わった痛みの何百倍もの痛み。叫ぶ声は止められない・・・・・。
「なにしてるんだー!クチミオー!」
ボクの叫び声の間を縫って、ウルのそんな声が聞こえた。なにしてるだって?見て分からないのか?体を真っ二つにされたんだぞ。心配よりも先にかける言葉がそれか?
「さっさと立てよー!」
立つ?何?どうやってこの体で立ち上がれと言うんだ。ボクは、そう思って自分の体を見て驚く。体は元通りくっついていた。いや、傷一つなかった。痛みも消えていた。さっきまでの激痛が嘘のように・・・。まるで最初から、切られていなかったかのように・・・・。
「あっはっはっ、良い声で鳴くね~、クチミオ・・・」
彼のあざ笑うような声と顔。しかし、それよりも目がいったのは、彼が左手に握っている刀だった。いや、刀というべきなのだろうか。なぜなら彼の刀には刀身がなかったからだ。
「な、なんだそれは・・・・」
彼は、持ち手の柄しか存在しない刀を持っていた。それでボクは切られたというのか?いや、傷はないから切られていない。だがしかし、ボクは確実に切られたんだ。状況が把握できず、ボクの頭は色とりどりのハテナで埋め尽くされる。
「これが私の“神技”、“刀荒剣洩”さ!」
彼は、刀身のない刀を高く掲げる。
「私が刀を握ると、すべてこのように刀身が見えなくなる。触ることもできない。ただし、そこに刀は存在している。人間に感知できないだけだ・・・」
彼は余裕の表れか自分の能力について滔々(とうとう)と説明している。
「この刀で外傷を負わせることは不可能。ただ、この刀に切られた人間は、切られたという感覚だけを味わうこととなる」
先ほどの感覚が蘇る。まさにそんな状態だった。
「通常なら死んでいるであろう痛みだけが正常な体に起こる。脳は、パニックになっているだろうな。人間は、外傷を追えば体内で、アドレナリンなどのホルモンが分泌されることにより痛みを軽減してくれるが、それも起こらない。なぜならどこも怪我などしていないから。痛みを百パーセント、もろに感じてしまうのだ」
彼は説明しながら、徐々に声を低くしていく。ボクの恐怖を煽るように・・・・。
「死よりも恐ろしい能力だと思わないか?死に等しい痛みを何百回と受けてもなお、死ぬことができないんだぜ!この“神技”に目覚めたとき思ったよ。私にぴったりの能力だと。いくらでも相手の苦痛に歪む顔が見られる。どんなにいためつけても相手は無傷だから罪に問われることもない。拷問にも最適だよな。そして、この試合においてもだ。キミを殺さずにキミの気持ちを殺すことができるんだ・・・・」
彼は、説明終わりとばかりに刀を下ろしてボクに、にじり寄ってきた。
ボクは地震が起こったと思った。でも違った。ボクがただ、恐怖で震えているだけだった・・・。
ハルの“刀荒剣洩”、恐るべし!!
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それでは、次回もお楽しみに!!