第十七話 天候十二神拳③
【ウル】
コアコ・ルミク。
トラメの武術の師匠である彼女。
その道場におれたちは来ていた。
良く磨かれた床は、心地よい音を立てて、おれたちを歓迎してくれた。
コアコ・ルミクは、“地球大戦”のことについて、何も知らなかった。
説明も兼ねて、神とやらの動画を見ることになった。
おれも見るのは初めてだ。
動画は二本あった。
ひとつは、“地球大戦”の始まりを告げるもの。
そして、もうひとつは、神が自らの“神技”で町を焼き尽くす映像だった。
二つの動画を観終えて、おれは、床をたたく。
「くそ!!ひどいことしやがる・・・・・」
少しの沈黙の後、コアコ・ルミクは、シュークリームの袋を開けながら口を開く。
「・・・・それで、お前たちにも“神技”とやらがあるのか?」
「トラメにはないけど、ふたりはあるみたい!」
トラメは、おれとムサネの方を見て明るく言う。
「・・・・で、お前たちは、オレに何の用があるんだ?」
コアコ・ルミクがおれたちに尋ねる。
「おれにもその“天候十二神拳”ってやつを教えてくれ!」
おれは力強く言う。
「おれの“神技”は、簡単に言うと自分の危険を瞬時に察知できるものだ。
だけど、これだけじゃあ、強い“神技”を持つやつとは戦えない。
だからおれもそいつらと戦えるくらいに強くしてほしいんだ」
おれは、熱く語る。
しかし、コアコ・ルミクの表情は変わらない。
「いやだ」
彼女は、そう言い放つ。
自分の思いが通じなかったことに、いささかがっかりしたが、おれはあきらめない。
「頼む!おれは強くなりたいんだ。じゃないとたった一人の妹も守ることが出来ない・・・・」
今度こそいけるか・・・・?
だが、おれの浅ましい考えは、瓦解する。
「トラメは、お前が守る必要はない」
まさかの言葉に、おれは、えっ?と聞き返す。
「こいつの戦いを見たなら分かるだろう。こいつは、強い。
このまま修業を重ねれば、ゆくゆくはオレよりも強くなる」
ほんと!?とトラメが喜んでいる。
兄が、弟子入りを断られたのに呑気な奴だ。
「あぁ、お前なら“天候十二神拳”のうち半分は習得できるはずだ」
わーい!!とまた能天気な声を出すトラメ。
「“天候十二神拳”は、十二の拳法ということかしら?詳しく知りたいわ」
ムサネは、コアコ・ルミクに訊く。
「そうだ。“天候十二神拳”は、オレの一家に伝わる歴史ある武術。
記録によると戦国時代に編み出したオレの先祖は、武装する兵士に対して、
この武術を使って素手で戦い、勝利を収めたと書かれている」
「んなばかな」
おれの一言に、コアコ・ルミクは、目を細くする。
「信じられんか?
トラメやさっきのオレの動きを見てもそう思うなら、お前には才能がない。
話を聞くだけ無駄だ。とっとと帰れ」
冷たく言い放つ彼女に、イラっとしつつもおれは黙って話を聞くことにした。
「数は十二。武術を使った時の状態が天候の様子に似ているからその名がつけられたそうだ。
オレは、三十五年かかって、ようやくそのうちの三つを使えるようになった」
三十五年!?この人何歳だ!?
おれは、彼女をまじまじとみる。
そこには、ギリギリ限界まで肌を露出した、二十歳そこそこにしかみえない女がいた。
「わたしは、まだひとつだよ!」
トラメが、おれに笑顔で言う。
コアコ・ルミクを見ていたおれは、お、おうと曖昧な返事をする。
「トラメが使えるのは、“雷兎神拳”だ。
体をこすり合わせたときに起こる静電気を増幅させ
体に電気をまとわせる。
手足を激しく動かして体にうこすらせるほど電力は増していく」
おれは、あの夜の学校を思い出す。
確かに、トラメは必要以上にぴょんぴょんはねながら相手と戦っていたな。
あれは、電気を増幅させていたのか・・・・・。
そこまで考えて、いや、静電気から電力を増幅させるなんてできるわけがない・・・・・
と思ったが、また何か言われると思い、口には出さなかった。
しかし、おれの考えは見透かされたようだ。
「まぁ、にわかには信じられんだろうな。
実際、使える奴は少ない。
おそらくだが、遺伝的な要因が絡んでいる。
簡単にいえば、体の構造が、一般的な人間と異なるのだろうな」
コアコ・ルミクは言う。
「それなら、おれは大丈夫だ。
おれとトラメは兄妹だぜ!
トラメが使えるならおれも使えるはずだ!!」
おれは、すかさず物申す。
「無理だ。」
しかし、彼女の意見は変わらない。
「オレは、数多くのやつを教えてたから分かる。おまえには、才能がない。
例え、覚えられたとしても実践に使うには、ほど遠い完成度になる」
おれは、我慢できずに、立ち上がる。
「いいかげんにしろよ!やってもいないのにできないってきめんじゃねえよ!!」
そしておれは、我を忘れて、コアコ・ルミクに接近する。
気づいたら、オレの体は宙に浮いていた。
逆さの状態で。
コアコ・ルミクは、逆さのまま地面に落ちる、おれの腹に向かって、右足を伸ばし、蹴りをお見舞した。
おれは、紙飛行機のように真っすぐ吹っ飛び、道場の端で気を失う。
【ムサネ】
ウルの攻撃をいなして、空中に放り投げ、そのまま蹴りを入れる。
その鮮やで無駄のない動きに感銘を受ける。
この人、かなり強い。
トラメは、吹っ飛ばされた兄の方へ小走りする。
私は、彼女に頼む。
「あなたも私たちと一緒に戦ってくれない?」
「断る」
食い気味に断られた。
「オレは、どっかの誰かと違って戦いに喜びを感じたりしない。
それに、弱いやつを庇いながら戦うなんて面倒くさいことはお断りだ」
弱いやつ、そうはっきり言われ、私はうつむく。
「ししょー、どっかの誰かって誰なの?」
トラメが、兄の額を撫でながら尋ねる。
「・・・・・・・・・・・・」
コアコ・ルミクは、しばらく黙ったのち答える。
「リベロスト・ルミク」
その名前をいうと命をとられるのかと思うくらい、重々しく言い放つ。
「ルミク?じゃあししょーの家族?」
トラメが問う。
「あぁ、私の母親だ。もうすぐ60になるばあさんだが、見た目はオレよりも若い」
そのことに、驚きつつも、この人は何歳なのだろうと思う。
「オレは、今年で41だ」
私の顔を見ながら答える。
どうやら考えていたことが、バレたらしい。
この人の家系はみんな若いのか・・・・?
私は、すこし羨ましいなと思った。
コアコ・ルミクは、彼女の母親について話を戻す。
「リベロスト・ルミク。・・・・・奴は、全ての”天候十二神拳”を使える」
私とトラメは、えっ!と同じタイミングでいう。
「端的に言えば、無敵だな」
目の前にいるコアコ・ルミクは、私じゃあ、とても敵わない相手だろう。
その人が、三つしか覚えらえないものをすべて覚えているなんて。
その恐ろしさに、私は両腕を抱える。
「その人はトラメたちの仲間になってくれるかな?」
トラメは、言う。
この子、ほんとに前向きね。
「仲間にはならんだろうが、神は倒してくれるんじゃないか。奴が強ければな・・・」
彼女は、含みのある言い方をする。
「あいつは、強いやつと戦うことにしか興味がない。
今も地球上に相手になるやつはいないから違う場所にいる」
「違う場所って?」
私が訊く。
「・・・・魔界だ。先週、手紙が届いた」
彼女の規格外っぷりに驚く。
なんだ、この人たち。
コアコ・ルミクは、道場の外に向かって歩き出す。
しばらくして、動きを止め、ウルの方へ振り返る。
「そいつが起きて、まだやる気だったらオレに教えろ」
そう言い残し、彼女は去っていった。
「・・・・今のって彼に修業をつけてくれるってことかしら」
私はトラメに訊く。
「多分ね!!ししょーは、見かけで人を判断したりしないよー。
お兄ちゃんが、真剣に武術を学ぶ気があるか試したんだと思うよ!」
そうだったのか、私は、ほっと一息つく。
彼は、コアコ・ルミクの修業を受ける。
私はどうするか。
とりあえず、自分の“神技”を使いこなせるようになろう。
彼の仲間にふさわしいように。
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