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地球大戦  作者: ET
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第十話 レタス先生

【タレス】

「君は天才だ!」

その言葉を信じて、私は必死に勉強をした。


小学校の担任。

初老を迎えた、じいさんだった。

お世辞にも小さいころの私は、賢くなかった。

しかし、授業中の問いに、時たま正解すると、彼はいつもこう言ってくれた。

「君は天才だ!!」



中学、高校と進むにつれ、私の成績はどんどん上がっていった。

彼の言葉は、嘘じゃなかったのだと思うようになった。

彼は、まだ(つぼみ)だった私の才能を(いたわ)り、花が咲くまで、枯れないようにしくれていたんだ。

私も、そんな教師になりたいと思った。

そして一番得意だった、数学の教師になる道を選んだ。



教育の道は、楽ではなかった。

しかし私は、勉強ができるだけではなく、教える才能もあった。

私が、担当した生徒は、もれなく成績を伸ばしていった。

生徒からも熱い信頼を持たれ、充実した教師生活を送っていた。



ある時、新任したばかりの高校で、生徒の一人から勉強を教えて欲しいと言われた。

彼のクラスは別の数学教師が担当していたのだが、どういうわけか私に頼んできた。

彼の成績は、学年の中で下から数えた方が早い。

あまり賢い子ではなかった。

しかし、自ら勉強を教えて欲しいと言ってきたことに、私は感心した。

彼も、昔の私と同じかもしれない。

まだ、才能が花開いていないだけ。

そう思い、私は、快く承諾(しょうだく)した。



彼とは週に何度か、放課後に居残りをした。

私の予想通りだった。

彼は、私が教えたことは全て吸収し、自分の物にしていた。

居残り勉強を始めてから、2か月ほどで、他の生徒を大きく引き離す成績を収めていた。

私は、彼の前でこう言った。

「キミは天才だ!」

本心だった。

彼は、その言葉に恥ずかしそうにしながらも、目を(うる)ませていた。

私は、このまま彼の才能を伸ばしていくつもりだった。

しかし、この時を境に異変が起こる。



いつものごとく彼に勉強を教えていると、シャツの隙間からアザを作った胸元が見えた。

次の日は、腕。

次の日は、脚。

とうとう、顔にまでアザを作っていた。

さすがに私は心配になり、彼に尋ねた。

しかし、彼は転んだの一点張り。


虐待?いや彼の両親は、海外に出張中だ。1人で暮らしているはず。

だとすると・・・。

もうひとつの可能性が浮かぶ。



私は、同じ数学の教師にこのことを相談した。

彼は、親身に私の話を聞き、今後気を付けて見るようにすると、約束してくれた。

しかし、それ以降もアザは増え続ける。


みかねた私は、学校で彼の後をつけることにした。

昼休み、彼の教室に行くと、姿が見えない。

同じクラスの生徒に聞くと、屋上で昼食を食べているという。

おかしい。

あそこは、生徒立ち入り禁止。

それにカギがかかっているはずだ。

疑問を感じながら、私は屋上へと向かう。



階段を登り切り、ドアが少し開いていることに気づく。

ほんとうに、ここに?

私は、ドアの隙間から屋上を覗く。

するとそこには彼がいた。

しかし、彼の体は思い切り横に飛ばされる。

見ると同じ制服を着た男たちが彼を囲んでいる。

やはり、いじめられていたのか。


足がすくむ。

しかし、私にとって一番大切な生徒だ。

私は、勇気を振り絞り、扉をあげようとする。

その時、もう一人の男の姿が見えた。

黒いスーツを身にまとった、ひときわ背の高い男。

彼は・・・。


私が、相談した数学の教師だった。


彼は、腕を組み、暴行を受ける生徒を眺めていた。

そんな・・・・。

彼もいじめに加担していたなんて。

私の落胆をよそに、屋上の生徒がざわめく。

再び隙間を覗くと、顔と体中にアザを作った彼は、屋上の縁に立っていた。

制止する生徒たち。

ふと気づくと彼はこちらを見ていた。

目が合った。

私は思わず目をそらしてしまう。

だが、再び彼を見たとき、彼は安らかな表情になっており、そのまま後しろへ身を投げた。

一瞬のできごと。

彼は屋上から飛びおりた。



私はいきおいよく扉を開けて、屋上にでた。

怯えた表情をする生徒たち。

しかし、彼だけは違った。

数学教師の彼は、思い切り私の腹を蹴り上げた。

呻く私の頭に足を乗せ、こう言った。

あいつと同じ目にあいたくなかったら、ここで見たことは忘れろ、と。



屋上のカギを勝手に持ち出し、そこで昼食をとっていた。

その際、誤って屋上から落ちた。

あの数学教師が流した、デマだ。

しかし、皆それを信じてしまった。



彼の葬式。

私は、彼の遺影を見ることが出来なかった。

私は、ついぞ、真相を話すことができなかったのだ。

罪悪感(ざいあくかん)で胸がいっぱいになる。


海外から戻ってきた彼の両親を見る。

父親は生気がなく、ハンカチで涙を拭く母親の手は、止まることはなかった。

その両親が、私に気づき近寄ってくる。

私は、冷や汗をかく。

何を言われるのだろう。

もしかして、彼の死の真相を知り、見殺しにした私を責めに来たのか?

私の考えは杞憂に終わる。


ただひとこと。

息子に勉強を教えてくれてありがとう、と。


いつも電話で、私と過ごした放課後のことを話していたそうだ。

私の目からは、涙が溢れ出た。

どうして彼を救えなかったのだろう。

そんな思いを抱え、棺桶で眠る彼に私は最後の言葉をかける。

「キミは、・・・・・・・・・・・天才だ」

卑怯者(ひきょうもの)の言葉は、安らかに眠る彼の耳には届かなかっただろう。



熱い日差しを受けながら。

私は、屋上で寝そべる。

あの日から、すべてどうでもよくなってしまった。

受け持つ授業をサボることも多くなっていた。

そのうち、校長から解雇(クビ)が言い渡されるだろう。

もうどうでもいい。


昼休みを告げる鐘の音。

その時、私の胸は熱くなる。

そして確かに聞こえた。

私の胸の内から、何かの声がささやくのを。

おそらくこう言っていたのだろう。

「君は天才だ!!!」と。


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