プロローグ 前半
ティアノンとの再会のプロローグ前半。首都ファーディアにて、年に一度の鎮魂祭が行われる。思念者のディノは、先生のアスラウが祭りに司祭としての仕事を全うするため、その教え子のカレッディ、クラファ、ハロ・ゲナウと共に首都に訪れた。
ウェーランド公国首都ファーディア。
今日は珍しく晴天だ。
町は年に一度の鎮魂祭として盛り上がりを見せる。
そんな中司祭として呼ばれたアスラウは、宿を拠点として、自身が大学で受け持つ学生と共に街の見回りを行っていた。
人々は思念というものを常に体から放出させている。思念とは、人々の思考・感情が形となったものであり、限られた人間、思念者にしか見えない。アスラウとその学生たちはその思考が見える思念者である。思考は思念として、思念者に五感で感じられる。アスラウは思念の専門家であり、大学で思念者の学生に対し教鞭を執っている。また、彼の研究室には男女4人の学生が所属している。
「うわあ、ファーディアの鎮魂祭は最高だな!屋台のいい香りが至る所から… ねえカレッディ、この大判焼きってやつ、食べない?」
「こらディノ、今日は先生のお手伝いでしょ? 」
男女の学生であるディノとカレッディが屋台を練り歩く。
「アスラウ先生! バッグお持ちしますよ?」
女学生のハロ・ゲナウはそう話しかける。
「ありがとうハロ、でも大丈夫さ。というか既に君は儀式用の道具を抱えているじゃあないか。レディにはそれ以上重たいものを任せられないさ。」
アスラウはそうハロを気遣い、断る。
「えっへへ先生、ありがとうございます」
「こらハロ、どピンクな思念が漏れ漏れだぞ。」
そう男子学生のクラファが指摘する。
ピンクの思念は恋を意味する。
「いつもクラファはうるさいなあ、いいじゃんこのくらい。」
ハロはその指摘に反抗する。
「いいもんか、お前の先生に対するドロドロな好意の思念を見てると胃もたれするんだよ。」
そうクラファは怒る。
「うっわあ、そんなんだからモテないんじゃあないかしら?モノづくりばっかしてないで女の子の扱い方くらい勉強したら?」
ハロはそう皮肉を問いかける。それに対抗するようにクラファは見せつけるように屋台にいる女の子に笑顔を振りまく。
その女の子たちは一瞬顔を強ばらせるも、次の瞬間には惚れたことを表すピンク色の思念が滲み出ていた。
クラファは勝ち誇ったような顔をハロに見せつける。
「…やっぱあんた本当に女の子の扱い方学んだ方がいいわよ?イケメンなのはいいんだけれど。」
ハロは本心から心配する。
「…は?」
しかしクラファには届かない。
「はい2人とも、そこら辺にしておきなさい。」
2人を見兼ねたアスラウが静止に入った。
「「…はい。」」
2人は素直に反省する。その後アスラウはディノに向かい、指示を出す。
「さてディノ、夜までには街の見回りを済ませようか。できるだけ街の人々の感情に異変がないか察知するんだ。それが確認でき次第、墓地へ向かうぞ」
「はい!」
ディノはアスラウにそう言われ周りに目を凝らす。
その瞬間、祭りを囲む人々を様々な色が包み始めた。それはまるで、虹色の楽団の音色が民衆を興奮させているようだった。
思念者には2つの能力が備わっており、1つは「見る力」もうひとつは「見せる力」だ。ディノはこれまでの人生で「見る力」を制限してきたが、アスラウとカレッディら学生の協力によりその才能が開花しつつある。
「ディノ、だいぶん見る力が戻ったようだな。まだリハビリの段階だが、既にその力は上澄みだぞ。」
「アスラウ先生、ありがとうございます… 僕にはもったいない景色です」
「ディノ、そんな事言わないの。この景色はあなたがこれまで頑張ってきたご褒美なのよ。」
そう言うカレッディは、「見せる力」によって手元にホログラムのように小さな楽団を生み出した。小さな楽団はカレッディの手からどんどんと離れて町中に散らばり、思念の中で音楽を鳴らし出した。
ディノは感嘆する。
「うわぁ… やっぱり君はすごいよカレッディ 僕、君のこういう粋なところ、大好きだな」
ディノはニコッと素直な表情を見せる。
カレッディはそのあまりにも人たらしな表情に慄くも、直ぐに感謝した。
「…へへ、ありがとうディノ。あなたが喜ぶなら、私はいつだって頑張るよ。」
あまりにも甘々な空気は、思念を通じてハロデナウ、クラファ、アスラウの3人に通じた。
「カレッディとディノ、2人とも良かったわね。ディノの方はよく分からないけど、カレッディは地元の頃から一緒だから、なんというか感慨深いわ。あの頃からは想像もできないほど彼女は幸せよ。」
ハロ・ゲナウは少し複雑な表情を見せつつも、2人を包み込むような安堵の思念を見せる。
「ホントだな。ディノの場合は、カレッディがいたからこそ自分の能力を取り戻しつつある。2人はどちらにとっても欠かせないな。」
クラファのハロに共感するような思念が、彼女の思念と融合する。
2人の思念は重なり合い、ディノとカレッディの周りをピッタリと包み込んだ。
思念の真価は混ざり会うことにある。複数の人間が同じことを考えた場合、その思念は重なり合い、新たな形を見せる。
「さてディノ、街の方は大丈夫かな?」
そうアスラウは問いかける。
「はい先生!みんなそれぞれ穏やかなオレンジ色の思念を浮かび上がらせてます。特に鎮魂祭ということもあって、霊の思念が各地で既に重なり合い始めています。」
「そうか、何も異変はないか?」
「そうですね、若干こちらを意識した思念は感じますが、主に民衆によるものですね。」
「まあ、仕方なかろう。彼らにとって私は司祭であり、君ら4人は彼らに見えないものを見て騒いでいるのだ。無理もない。」
「はい、でも…」
「どうした?」
「…いや、なんでもないです。僕の勘違いかもしれないので。」
「…そうか。何かあったらすぐに伝えなさい。」
「わかりました!」
ディノとアスラウは一通りやり取りを済ませる。
思念とは良くも悪くも子供のように正直である。自分たちが少なからず奇怪な目で見られていることは、複雑な幼少期をすごしたディノには敏感に感じられた。だがしかし、奇怪な目で見られるには構わないのだ。問題は、尊敬などのポジティブな感情や、奇怪な感情を表す思念でない、敵意が少なからず感じられることだった。
そんな思念を感じて瞬時にディノは自らの思念を隠した。思念とは通常にじみ出るように人から漏れ出るが、思念者はその限りでない。
彼らは自分の思念を見せることも出来れば、見せないことも出来るのだ。
だが、直前まで思念を見せていたディノの変化はあまりにも分かりやすかった。
「ディノくん?僕たちが人の思考を思念からだけで読み取ってると思ったら大間違いだからねえ?」
クラファはそうディノに告げる。
「君さっきまでカレッディと一緒にどピンクな思念ドバドバ出してたのに、急にそれが止まっちゃあ否が応でも何かあったと考えるよねえ。まあ確かに人の思念を見るのには自分の思念は止めるもんだけどさあ。限度ってもんがあるさ。」
クラファの追撃は止まらない。
「い、いやさ、こんだけ広範囲にいる多くの人の思念を見るのにはそれなりに自分の思念は止めなきゃだろ?別に怪しいところなんてないさ。」
ディノは長々と言い訳をした。
「あんたバカね、それはブラフよ。あんた今一瞬戸惑いを示す灰色の思念を出したでしょ。正直に言ってご覧なさい?」
ハロにたった今、クラファから嵌められたことを告げられ、ディノはガックリと肩を落とした。
「ああ、あらま…」
「ディノ」
カレッディは無表情だ。怖いくらいに。
「はい」
素っ頓狂な声を上げるディノ。
「隠し事はなしって言ったよね?」
「はい…」
「言ってご覧なさい?」
「…少しだけ、敵意の思念が僕たちに向けられてることを感じました…」
ディノはそう白状する。
「あいだっ!?」
「ディノ、後で俺の部屋に来い。」
アスラウは怒り心頭であった。
「すみません…」
ディノは謝罪する。
「まあ、敵意くらい向ける人もいるんじゃあないですか?思念に対して少なからず疑念を抱く人だっています。」
ハロはそう告げる。カレッディもそれに同意した。
「そうね、問題なのはディノがそれを隠そうとしたことよ。いい?どんな事があっても正直でいなさいよ?」
クラファはおどけた。
「まあ俺のブラフに引っかかってるようじゃ、嘘は100年早いな?」
「みんなごめんって…」
ディノは心底謝る。彼の周りには、謝罪を表す青色の思念がにじみでた。
「ま、私はあなたが普段思念を私たちに見せてる時点で信頼してるの、だから、これからも私のこと、守ってね?」
カレッディは優しさを表わすオレンジと愛を表すピンク色が交互に混じりあった思念を見せた。
「カレッディ…」
ディノは人目をはばからずピンク色前回でカレッディにキスをした。
「まあっ、怒られた直後で、調子がいいこと。」
ハロは2人の様子に苛立たしさが勝ち、小言を言った。
5人は宿に戻った。ディノはミシミシと音を立てる廊下を歩き、直ぐに先生の部屋へ向かった。時間帯は夕暮れ時であり、祭りを開催する直前である。先生に時間は無いのだ。
ディノはドアをノックするも、返事は無い。
おそるおそる部屋を開けると、そこにはアスラウではなく、クラファがいた。
「なんで?」
「ディノ、思念を完全に閉じろ。」
「…?わかった。」
「… お前凝りもせずまた嘘をついたな?」
「…何が?」
ディノの心臓はクラファに掴まれていると言っても過言では無い。
「いいんだ、お前はいい仕事をした。」
「…クラファには全部お見通しか。」
「そうだな、この件は先生に僕から告げて、任せてもらってる」
「ああ、だから」
「うん、そしたら、君の本当の答えを聞こうか。あの時、何が見えたのか。」
「うん、」
あのとき、キスまでして話題をすり替えたのは全てお見通しだったらしいと、ディノはクラファを末恐ろしく感じると共にら頼もしく感じた。ディノはこう答えた。
「あのとき感じたものは、本当に些細なものだ。ただし、僕だからこそ見えた… のかもしれない。僕には人が隠した思念もそっくり見える。そう先生に言われたからこそ気づいたんだ。普通なら感じない、その敵意が。
その敵意は、確実にカレッディのみに向いていた。」
ディノはそう告げた。
「…ありがとうディノ。なるほどな」
ディノは特異体質を持つ。通常の思念者には無いほど「見る力」に突出していた。その代わり、見たくないものまで見えるのだ。
「ねえ、僕本当は今日カレッディをデートに誘うつもりだったんだ。あれから彼女を遠ざけようと。彼女はかすかに不安を感じていた。」
「だが、彼女は祭りの主要人物だ。」
「ああ、だから駆け落ちみたいに… あの儀式は彼女にとって酷だ。」
「だがしかし、君は彼女をいちばんよく知っているだろう。それに、その「敵」とやらが、彼女を追う天才だとしたらどうする?」
「それは…」
カレッディは4人の中でも特に責任感が強い。そんな彼女が使命である儀式を放棄することは有り得なかった。
「いいか、これは俺たちふたりで考えよう。その『敵』の狙いが分からない。」
「うん、、でもそれなら、ハロは?彼女はずっとカレッディと一緒だったんだよ?何かわかるかも」
「ダメだ、だからこそだ。」
「だからこそ…?」
「ハロゲナウこそ、その『敵』と関わりがある可能性がいちばん高い。どう転ぶか分からないんだ。」
「でも、だからこそ相手の行動を予測しやすくないか?」
「ダメだ、ハロゲナウが通じている可能性は、ゼロじゃないだろう」
「クラファ、何を言ってるの…?」
ディノは驚愕した。クラファがハロを信頼していないことに対し、次第に怒りが湧いた。
「バカをいえ、信じる信じないの話じゃない。俺らにとって精神の不安定化は、思念の乱れに繋がるんだ。」
クラファがディノを制す。
「冷静に考えるんだ、ハロは天才だが、精神的にはまだ未熟な部分もある。彼女には、意味を伝えずにティアノンと行動を共にすることのみを伝えておく。それが最善手だ。」
クラファは現状の最善手を伝えた。
「わかった… 感情的になってごめん」
ディノは後悔の思念を滲ませた。
「ばか、お前にしてはここまでよくやったさ。カレッディを守るんだ、覚悟を決めな。」
クラファはディノに信頼を寄せる。
ディノは、クラファの心強さに涙ぐみそうになる。
「ありがとう!俺頑張るよ!」
ディノは、素直な返事をする。
「さあ、アスラウ先生は既に1人で都市の墓地に向かった。俺らもそこへ向かうんだ。」




