第一話 最後の初恋
窓を湿り気のある土の香りがする風が叩く。
昔から鼻の利く彼は、なんとなくこの後雨が降るだろうことを察知した。
彼の名はディノ、現在ボンガー大学の網思学専攻科に通う大学院生であり、研究室は低い校舎の最上階である、3階の角部屋に位置する。
ディノは机の横に研究対象である薄汚れた分厚い布袋を丁寧に置いている。この袋についてディノは研究を行っており、先ほど論文を書き上げた。
そんなディノを横目にドアの開く音がし、彼は少しの怯えとわずかな期待を感じた。
「「よっ」」
軽やかで高い声と落ち着きのある低い声は、ディノの期待に応えてくれた。
「なんだクラファとゲナウじゃないか」
「あんたディノ!ミドルネームで呼ばないでくれる?ハロ様と呼びなさい」
ハーロ・ゲナウは自分の気に食わない呼び名に対し訂正を求める。
「相変わらず仲がよろしいことで」
「馬鹿言わないで、こんなガキと一緒にされたらたまらないわ」
クラファは二人のやり取りに安堵し、ハーロは憤った。
そう三人が軽口をたたいていると、次にディノにとって寒気のする声が聞こえた。
「お、みんなきているじゃないか」
「「「アスラウ先生、おはようございます」」」
アウラスは3人の教授である。
「ディノ、論文は出来上がったか?」
ディノは、運命は怯えにまで応える必要はないと心の中で吐き捨てるようにつぶやいた
「はい、一応、、、」
「そうか、大変だったな。あとでじっくりと聞いてやるからな」
ディノは背筋が凍る思いを感じていた。何せ彼は五教科で国語が最も苦手なのだ。
そう言いながらアスラウは部屋を出る。
「大変だな~ディノ、手伝ってやろうか?」
「いいさ、天才様の手助けなんていらないよ」
「あ~ら強がって、いいのよ苦手なことは素直に聞いとくのが一番いいんだから」
「…そしたら今度」
「ディノ君、こういうのは一人で終わらせるもんだ。どうせ第一著者をクラファ君に取られて終わりだぞ?」
「そんなことしませんよ~先生」
「…すみません先生」
ディノはまだいたのかよという悪態を感じながら論文の印刷を行おうとすると、廊下からこちらの部屋へ向かう足音が聞こえた。
ここは角部屋であり、教授とこの二人以外は来ないはずだ。
ディノはここ最近は実験と執筆に追われており、精神的にかなり追い詰められていたため、ついに幻聴が聞こえるようになったのだと恐怖を覚えた。
そんな不安とは裏腹に、ふわりと、空いている扉から体をのぞかせるようにして部屋に入る。
ふっと、窓から光が差した。
「みんなお疲れ」
ディノの目に映った彼女は、まさに天使であった。