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雨降って地固まる

作者: こじぽん

一歩進み、また一歩進む。

最寄駅からの帰り道。もはや目隠ししても帰れるほど慣れた道を歩きながら、私は彼のことを考える。

ぐるぐる、ぐるぐると。

先週別れたばかりの彼のことを。

今からでもメッセージを送って復縁できないかな。送るならどんな文面がいいかな。

なんてことを、送る度胸もないのに考える。

ぐるぐる、ぐるぐると。


「あ」


気が付くと、また公園のベンチに座っていた。

ここ一週間、一人暮らしの家に帰るのが寂しくてなんとなくここに寄ってしまう。


「寒い…、けど、今の私にはお似合い…」


なんて感傷に浸りながら、脳内で恋愛ソングが流れだす。

どうすれば、よかったんだろう。

いつからすれ違っていたんだろう。

今でも彼のことを愛している。だから、後悔もするし泣きたくもなる。というか、もう泣いてる。

脳内恋愛ソングがサビに差し掛かると同時に私の心も決壊した。


「うぅぅ……」

「みゃーー!!」

「……?」


みっともなく泣いていたその時、目の前の砂場から少女のうめき声が聞こえてきた。


「また……。なんで…?」


寂しそうな顔を浮かべる少女の前には、ぐしゃっと崩れた砂山があった。

砂山の中央には穴が開いており、少女の手は手にバケツ。

砂山トンネルに水を流そうとしてたのかな?懐かしい…。

気が付くと、少女の砂山作りをじっと観察していた。

しかし、次の砂山を作っている途中で夕焼け放送が流れる。


「あ、もうかえらないと」


少女は名残惜しそうにしながらも公園から出ていった。

いいな。子供は純粋で。

それともあれくらいの子でも最近は普通に恋愛してたりするのかな?

あの子可愛いし、モテるんだろうな…。長年付き合った彼から突然フられるような私とは違って…。

また気持ちがネガティブになってきたことを感じた私は大人しく家へ帰ることにした。

少しでも体を動かしていたほうが、気が紛れるというのはここ最近私が見つけた発見だ。


※※※


翌日、また公園に寄ると、昨日の砂場の少女も来ていた。

一人で砂山をせっせと作っている。

ようやく満足できるほどに山ができたのか、いよいよトンネルを開通して水を流し込もうとしているのだが…。

私には少女の結末がわかった。このままでは間違いなく失敗する。

なぜなら、私だって昔挑戦した記憶があるから。確か…。


「砂山に水を含ませておいた方が上手くいくと思うよ」

「え?」


我慢できなくてつい口出ししてしまった。

そういえば、彼からもよく私のコミュ力はすごいって言われてたっけ。

よく知らない人に声をかけられるなとかなんとか。これくらい普通だと思うんだけどな。


「おねえさん、なにもの?」


警戒をにじませる子供ににこりと笑いかける。

そのまま、さりげなく遠くで見守っている親と思われる人に笑顔を向けて、と…。

あ、うん。笑い返されたし、普通に遊んでも大丈夫そうだ。


「わたしは孤独のおねえさんだよ。砂遊びには少しだけ詳しいんだ」

「いっしょにあそびたいの?」

「うん!いーれーてー」

「……じゃましないならいいよ」


しぶしぶといった様子で少女は私のスペースを空けてくれた。

妙に警戒していたし、友達に砂山を壊された経験とかあるのかな?

私も昔あったなー、そういうこと。


「じゃあ、まずはお水をとってくるね。砂に水をかけておくと壊れにくい砂山ができるんだ」

「けられてもこわされないくらい?」


あ、やっぱり、絶対悪さされたことあるなこの子。


「それは厳しいかもだけど…、穴をあけても壊れないくらいには丈夫にできると思う」

「……やってみる」


少女からバケツを借りた私はお水を持ってきて、せっせと砂山を作り上げる。

この泥を触っている感じいいな。落ち着く…。

彼のことばかり考えていたけれど、これなら頭空っぽで作業できるかも。

って、そんなこと考えている時点で頭空っぽではないんだろうけどね。


「まえよりしっかりしたおやまになっているきがする」

「でしょ?さて、砂山はこんなもんでいいかな。次はいよいよ……」

「かいつうのぎをおこないます!」

「お、おおー!」


急に入り込んできた少女にびっくりしながらノリを合わせておく。


「わたしはこっちをやるから、おねえさんははんたいがわからあなをほってね」

「おまかせあれ!」


上手くいきそうな予感があるからか、うきうきとした表情を浮かべる少女。こっちまでついテンションが上がる。

砂山を作っていたときは警戒してあまり話してくれなかったけど、いまならおしゃべりも楽しめるかもしれない。


「ねえ、どうして君は一人で砂山作りなんてしてたの?」

「どうしてって?」

「ほら、女の子だし、お人形遊びとかシール集めとか、おままごととかそういう遊びもあるかなって」

「わかんない。たのしいからじゃだめなの?」

「……ううん、だめじゃないよ」


純粋な瞳でそう言われてついたじろいでしまった。

少女はそれからも楽しそうに、穴を掘り進めた。

泥で服が汚れることもいとわずに、無邪気に、夢中に。

私も子供のころはこんな風にきらきらとした表情で何かに没頭していたんだろうか。

…というか、うん。つい最近まで私もそうだったな。


私は彼に夢中だったんだ。


「あ、そろそろ穴がつながりそうじゃない?」

「おてて、おててのばして!」

「「あ!」」


私たちの手が砂山の中で繋がった。


「あはは!やったね!」

「うん!でも、まだまだここからだよ」


少女は大急ぎでバケツに新しい水を汲んできた。

そして、ゆっくりと砂山のトンネルに向けて傾ける。


「いくよ、おねえさん…」

「いっけええええ!!!!」


気分は少年漫画のワンシーン。

私も夢中になって砂山ワールドに入り込む。

砂山が壊れないかどうか固唾をのんで見守った。

ちょぼ、ちょぼと私の盛大な掛け声とは正反対にビビり散らかしながら水を入れる少女。

それでも、びくともしない砂山についに安心したのか、一気に水を流し込み、そして……。


「できた……」

「トンネルの完成だ!やったね!」

「うん!」


私と少女は泥だらけの手のままハイタッチ!

心地よい達成感に満たされる。

すると、狙いすませたかのように夕焼けのチャイムが町内に響いた。


「あ……、もうかえらないと」

「なんとか、間に合ってよかったね」

「うん、でも、このおやまどうしよう…」

「残念だけど、壊すしかないかな…、明日も砂場を使う人がいるだろうしね」

「……でも、せっかくうまくいったのに」


寂しそうな顔を浮かべる少女を見て、胸がきゅっと締め付けられる。

私は反射的に少女の手を取り、声を上げた。


「わかる!!」

「え……」

「ずっと夢中だったものが突然失われるってすっごく寂しいんだよね…!!」

「う、うん……」


気が付くと私は号泣していた。

少女の砂山と私の彼を同じに扱うのは違うかもしれないけど、止まらなかった。

私もずっと誰かに吐き出したくて、共感してほしくて、スッキリしたかったんだと、止まらなくなった言葉を吐きながら気づいた。


「よ、よしよし……。あ……」


目の前の少女は私の頭を撫でようとして泥だらけの手に気づき固まった。

しばらくあわあわとした後、絞り出すようにして言葉を紡ぐ。


「で、でも、たのしかったから!」


号泣する私を慰めようとしたのだろう。

私より長い間トンネル作りに着手してきた少女の方が寂しいはずなのに、そんな言葉をかけてくれた。

これは、おねえさんとしてずっと泣いているわけにはいかないよね…。


「そう、だね…。私も楽しかったよ」

「うん……」

「じゃあ、ばいばい、しよっか……」

「わかった……」


そうして、少女は砂山に静かに近づき…、勢いよく蹴り上げた!

積年の恨みを晴らすかのように!


「ず、ずいぶんと勢いよくぶっ壊すね…」

「たのしいのかとおもったけど、あんまりたのしくないんだね、これ……」


なるほど、意地悪な子の気持ちを理解するためにやってみたのか。


「ふ、あははは!」


少女の突飛な行動に私はたまらず爆笑する。

涙を出しながら、悲しい気持ちを誤魔化すように。


「……ねえ、おねえさん。またあしたもきてくれる?」

「あーと、明日は忙しいから難しいかも…。でも、ちょくちょく来るようにするね?」

「わかった、やくそくね」


ふわりと笑う少女と泥だらけの手で指切りをした後、少女は母親と一緒に帰っていった。

一人になって、また彼のことが頭に浮かぶ。

でも、不思議と今日はネガティブ思考にはならずに済んだ。


「……あ~、子供産みて~」


その代わり、私の中に新しい欲求が生まれていたのだった。

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