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9  王子妃の一日①

 サンドラの一日は、自室のベッドで目覚めることから始まる。


 王子妃用のベッドはふかふかで寝心地がよく、うっかり二度寝をしてしまいそうになる。パーシヴァルは「もっと寝ていたければ寝ていていい」と言うが、それでは朝の仕事ができなくなってしまう。


 サンドラはどちらかというと朝の目覚めはいい方だが、実はパーシヴァルはあまり寝起きがすっきりしない方らしく、まずは彼を起こさなくてはならない。


 引き継ぎの際に男性使用人から「殿下は本当に起きないので、これで起こしてください」と渡されたのは、巨大なハンドベル。サンドラだと両手で持っても重いくらい大きなこれは、ねぼすけな第二王子を起こすための特注品だった。


「パース様、朝です! 起きてくださーい!」


 リンリンリンリン! とベルを鳴らしまくってようやく、パーシヴァルは身じろぎをする。それでも起きないので最後には布団を引っぺがして、起床を促す。


 彼は顔を洗ったりなどは自分でするので、その間にサンドラは本日の服や身だしなみ道具をそろえておく。

 まだ怪しい足取りのパーシヴァルが戻ってきたら彼にシャツとパンツを穿くところまでは自分でしてもらい、その後は鏡の前に彼を座らせて髪のセットをしたりタイを結んだりする。


(使用人が、「殿下のお世話は朝が一番大変です」と言っていたけれど……確かにそのとおりね)


 幸い眠そうにしつつもパーシヴァルは「腕を上げてください」「顔を少し横に向けてください」という指示には従ってくれるので、うとうとする彼の柔らかい髪を櫛でといて整髪剤で形を整えたり保湿効果のあるクリームを顔に塗ったりということもできた。


 準備が完了する頃にはパーシヴァルもかなり目が覚めており、うとうとしている間にきちんと身だしなみが整った自分の姿を見て、「さすがサンドラだ」と褒めてくれた。


「私はサバイバル技術も教わっているので、どんな環境でも一人で生きていける自信はあるが、朝の仕度だけは永遠にできないだろうな」

「朝、本当にぐっすりですものね……」

「兄からは、『おまえはもし夜中に奇襲があったとしても朝まで爆睡しているだろうな』と言われている」


 どうやら、冗談を言えるくらいまで覚醒できたようだ。


 パーシヴァルの仕度ができたら、二人で朝食を取るために二階の食堂に向かう。そこでは既に湯気を立てる料理たちが待っており、料理人からは「サンドラ様が殿下を起こしてくださり、本当に助かります」と感謝された。


 王城で行われる会食などのときには何回も毒味をされるので、食事はいつも冷めているそうだ。だが離宮での食事は毒味は一回だけにしているようで、いつも温かいものを食べられた。


 なお、結婚初日の夜に大量の料理を出されて食べきれなかったこともあり、あれからサンドラの分だけは減らしてもらっている。

「そんな少量で足りるのか」とパーシヴァルは驚いているが、大皿に山と盛られた肉料理をあっという間に平らげるというのになかなか引き締まった体型を維持できているパーシヴァルの方が特殊なのだと、サンドラは思っている。


 食事を終えたら、パーシヴァルの出勤を見送る。


「今日は夜には帰ってこられるから、一緒に夕食を食べようか」

「かしこまりました。本日はアーシュラ様がいらっしゃるので、たくさんお話をします」

「それはいいことだ。侯爵夫人とゆっくり過ごすといい」


 パーシヴァルは微笑んで言い、騎士服の襟元をビシッと整えて玄関に向かった。


 相変わらず彼は冬の制服姿だが、もうこれに関してはどうしようもない。彼は、「今は離宮の自室にいる間だけでも薄着でいられるから、それで十分だ」と笑っているが。


(妖精の血がなければ、どこでも夏らしい格好をできるのに……でも、仕方がないわよね)


 体中の血液から妖精の力が備わった血だけを抜くなんてことは不可能だし、屋外では季節を問わず厚着をするというのは彼が一生付き合わなければならない課題なのだろう。


(でも……離宮にいる間は安らげるというのなら、嬉しいわ)


 パーシヴァルがいなくなると、サンドラは一気に暇になる。

 自室に向かうサンドラの足取りは、軽い。


 早くも、サンドラがパーシヴァルと結婚して十日が経過した。最初の頃は野次馬らしい貴族たちが離宮付近にやってきて、「第二王子殿下の愛する妃」を見に来ていた。

 だが離宮の兵士たちが全力で追い返してくれたし、あまりにしつこい者たちに関しては国王が「うちの息子の妃に近づくな」と脅しを掛けてくれたらしく、ここ数日は野次馬の姿も見られなくなっていた。


 結婚の際に約束してくれたことを守ってくれる皆には、本当に感謝しかない。










 午前中はまったりと過ごして、昼食の時間にアーシュラが訪問してきた。


「ごきげんよう、サンドラ様」

「ごきげんよう、ギャヴィストン侯爵夫人。ようこそお越しくださいました」


 離宮の玄関ホールで、二人は挨拶を交わす。


 アーシュラのことを名前で呼ぶサンドラだが、アーシュラは王子妃の教育係という役目も持っている。よって、挨拶のときは礼儀に則った方法を行ってサンドラの練習にしているのだった。


 ダークブルーのドレスを着たアーシュラは静かに微笑み、サンドラの案内を受けて応接間に向かう。


「だいぶ背筋が伸びるようになりましたね。よいと思いますよ」


 玄関のドアが閉まるとアーシュラが気さくに声を掛けてきたので、サンドラはほっとして微笑んだ。


「ありがとうございます、アーシュラ様」

「次は、相手の反応を窺うように上目遣いにならないように気をつければもっとよくなるでしょう」

「うっ……ありがたいご助言に感謝します」


 確かに、アーシュラの反応を窺っている自覚があったので素直に受け止めると、アーシュラはしとやかに微笑んだ。


 サンドラの助っ人として来てくれるアーシュラは、このように優しい指摘をしてくれる。「こうしなさい」ではなくて「こうするともっとよくなる」という彼女の教育方針は、褒められて伸びるタイプであるサンドラにぴったりだった。


(叱られて伸びるタイプの人もいるっていうけれど……私には想像できないわね)


 そういえば、アーシュラは最初から褒めて伸ばしてくれた。彼女はサンドラの性格をすぐに見抜いてくれたのかもしれない。鋭い侯爵夫人である。


 アーシュラが来たら、一緒に絵を描いたり茶を飲んだり刺繍をしたり楽器を弾いたりする。遊びも兼ねた、淑女としての技術を磨く練習である。


 今日はフラワーアレンジメントの練習をしようと決めていたので、アーシュラが来る前から応接間には切り花を数多く準備していた。どれも、離宮の庭師たちが大切に育ててくれた花である。


 夏の花は色とりどりで、見ているだけでも楽しい。

 テーブルいっぱいに広げられた花を、サンドラとアーシュラは自分のイメージに従って選び取って花瓶に生けていく。


「前から思っていたのですが、アーシュラ様はなんでもおできになりますよね。元々練習されていたのですか?」


 ピンク色の花をどこに差そうか考えながらサンドラが問うと、紫色の花を手にしていたアーシュラは「そのようなことはございません」と答えた。


「わたくしはしがない子爵家の出身で、夫と結婚するまではろくに楽器も弾けぬ絵も描けぬ女でした。侯爵家に嫁ぐことが決まってから急いで教師を雇い、様々な技術を身につけたのです」

「そうだったのですか」


 侯爵家のロイドと子爵家のアーシュラでは、少し身分差がある。


(身分の差があってでも結婚したいって思うくらい、強い恋をしてらっしゃったのかしら?)


 疑問に思ったのでそう尋ねると、アーシュラは笑顔で首を横に振った。


「そういうものではございません。まあ、貴族同士の結婚なのですから、恋愛が全てではないですからね」

「それもそうですが……」

「ですが今は、夫のことを愛していますし夫から愛されている自覚もあります。……案外あなた方も、同じかもしれませんよ」

「私たちもですか?」


 アーシュラは、うなずいた。


「あなたは恋愛や政略ではない、別の理由でパーシヴァル殿下と結婚なさった。結婚してまだ半月も経たない今、あなたたちの間に強い愛情があるわけではないでしょう?」

「確かに、まだお互いのことを知っている段階という程度ですね」

「では、愛がないことに不満はありますか?」

「いいえ。私たちの婚姻はそもそも愛があって始まったものではないと分かっておりますし、それを抜きにしてでも愛がなくて不満だとは思いません」


 パーシヴァルは、サンドラに優しい。

 王家の都合に巻き込んでしまった負い目もあってのことだろうがそれでも、彼もサンドラのことを知ろうとしてくれること、そしてサンドラのそばで心安らいだ顔を見せてくれているというのは、嬉しいことだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] > 国王が「うちの息子の妃に近づくな」 つっよ……!これは余計な事出来ませんね。 この情報が出回れば、娘に諦めろ。と嗜める高位貴族様もいっぱい出そう。
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