3 騎士様との再会②
パーシヴァル・レディング。ここレディアノール王国の二番目の王子で、御年二十一歳。騎士団に所属しており、四つ上の兄王太子をよく支える優秀な王子である。
第一王子が既に隣国の王女を王太子妃として迎えているため、第二王子の妃の座を多くの令嬢が狙っているという。だが彼に女性の影がないどころか女性に興味がないようで、男色家なのではという噂さえ流れていた。
……そんな噂について口にするわけにはいかないので、サンドラはぶるぶると首を横に振った。
「滅相もございません! 私こそ、王子殿下とは知らずに不躾にお体に触れて、申し訳ございませんでした!」
「謝らないでくれ。君は私のことを王子ではなくて、一人の体調不良者だと思って介抱をしてくれたのだろう? その優しさは褒めてしかるべきものであるし、私は現に君に助けられた身だ。……ありがとう、エドモンズ嬢」
そう言ってパーシヴァルが頭を下げるので、悲鳴を上げそうになった。いくらサンドラが善行をしたとはいえ、第二王子に頭を下げられるなんて心臓に悪いだけだ。
(伯父様やお兄様たちがお聞きになったら、卒倒なさるかも……)
なんとも言えずに唇を引き結ぶサンドラだが、面を起こしたパーシヴァルはふと困ったような顔になった。
「実のところ、助けられた翌日にはすぐ君を探し出そうとしたんだ。だがあのときの私は熱により意識がもうろうとしており、君の顔が認識できなかった。君が一旦離れた間にロイドが来てすぐに部屋に連れて行かれたから、礼を言うこともできず……」
「申し訳なかった、エドモンズ嬢。まさか、第二王子殿下をあの場に残していくわけにもいかなかったので……」
「いえ、お気になさらないでください。飲み水を取りに行っている間にお姿が見えなくなったので不安でしたが、こうして快癒なさった姿を拝見できたので十分です」
サンドラは慌てて言った。
あのとき、いきなり姿を消したことに驚きはしたし水がもったいないとは思ったが、憤りはしなかった。
それに、彼が高貴な身の上であればすぐにお付きの者によって安全な場所に連れて行かれるというのも当然のことだ。ロイドに落ち度があったわけではない。
「その場には、ブリキのバケツがあったという。ロイド曰くあれは王城使用人たちが使うものだということなので翌日メイド長に、該当する女性使用人がいないか聞いたのだが――偽者を連れてこられた」
パーシヴァルの言葉に、あ、とサンドラは声を上げた。
(それってもしかして、アガサのこと!?)
あの日、午前中のみアガサは上機嫌で昼過ぎからは落ち込んでおり――しかもすぐにアガサの降格処分とメイド長のクビが決まった。
(もしかしてメイド長は、自分の姪を第二王子殿下の恩人に仕立てようとして、嘘がばれてしまったの?)
メイド長たちからすると第二王子に恩を売れるチャンスだったのだろうが、王族を騙したことになる。クビと降格処分だけで済んだのならば、生ぬるい方なのかもしれない。
「偽者だと分かったのは、お話をされたからですか?」
「いや、もっと分かりやすい判断方法がある」
パーシヴァルはそこで一旦言葉を切り、少し身を乗り出してきた。
「……ときに、エドモンズ嬢。今、あなたの体に不調はないか?」
「不調? ……特にはございません」
強いて言うなら雲の上のような身分の高い人に近づかれて緊張しているというくらいだが、不調と言うほどではないだろう。
サンドラの返事にパーシヴァルとロイドは顔を見合わせ、そっくりな所作で首をひねった。
「……このような女性は、初めてだな」
「彼女には特殊な能力でもあるのでしょうか」
「……あの?」
「……こうなったら、事情を話すしかないな」
パーシヴァルはサンドラの向かいのソファに座り、ふと真剣な表情になった。
「エドモンズ嬢。今から私は君に、大切な話をしたい」
「大切な……」
「簡単に言うと、レディング家の秘密に関わる機密事項だ」
「え」
絶句したサンドラを見て、ロイドが咳払いした。
「……機密ではありますが、万が一あなたが他人に漏らしたからといって処刑したりはしません。ただ、なるべく内密にしていただければありがたい、というくらいのものです」
おそらくロイドは主君のフォローとサンドラへの励ましのつもりで言ったのだろうが、言われた側のサンドラは混乱が増すばかりだ。
(え? 王家に関わる機密事項なのに、私なんかに言っていいの? なるべく内密に、という程度なの?)
突っ込みたいが突っ込めるわけもなく目を見開いて動揺するサンドラに、パーシヴァルが優しい口調で語りかけてきた。
「私たち王家としても、悩んでいることがあるんだ。もしかすると君は、その悩みを解消してくれるかもしれない。私たちの都合に君を巻き込んでしまい大変申し訳ないけれど、この状況を整理するためにも話をして、君からの意見も聞きたいんだ。……いいかな?」
「……殿下のお言葉であれば、喜んで」
いち平民でしかないサンドラには、そう返すしかなかった。
(……ここまで来たらもう、やるっきゃないわよね!)
妙に達観してしまったサンドラを見て、パーシヴァルはほっとしたようだ。
「ありがとう。……ではまず尋ねたいのだが、エドモンズ嬢はレディング家の体に妖精の血が流れていることは知っているか?」
妖精。それは、太古に存在した神秘の生物だ。
人間に近い見た目をしている彼らは不思議な術を行使したと言われ、遥か昔には多くの妖精が暮らしていたそうだ。だが彼らはだんだん数を減らし、今から数百年前にはとうとう、レディアノール王国に存在する妖精は一人だけになってしまった。
ひとりぼっちになってしまった妖精は孤独に泣いていたが、そんな彼に手を差し伸べたのがレディング家の先祖である。
妖精は自分に優しくしてくれた人間に心からの感謝をして、自分が死ぬ前にその人間に自分の血を授けたと言われている。
それからというもの、レディング家にはたびたび不思議な力を持つ子どもが生まれた。
人の心を読み取る力を持つ者、天候を読む者など、本物の妖精にはほど遠いがその力をわずかながら受け継ぐ者たちだ。
神秘の妖精の力を受け継ぐことを知られると、悪用されかねない。よって妖精の血のことはうやむやにされており、特殊な力を持つ王族たちは隠れながらその力を国のために使ってきたそうだ。
(レディング家には妖精の血が流れている、というのは噂で聞いていたけれど、本当だったのね……!)
興味を引かれたサンドラが息を呑むと、パーシヴァルは苦笑した。
「といっても、この力はここ百年ほどは誰にも顕現していなかった。妖精の血が薄れているということだな。……だが、いきなり私が妖精の能力を持って生まれてしまった」
「そうなのですか!?」
「ああ。……だがそれは、とても厄介な能力だった」
そこでパーシヴァルは、自分のシャツの襟元に右手を入れて少しくつろげた。がっしりした鎖骨と胸筋が少し見える。
「……今、エドモンズ嬢はなんとも思っていないのだな?」
「え、ええ」
「……実は、私の体を見たほとんどの女性は、正気でいられなくなるのだ」
「……え?」
登場人物メモ③
パーシヴァル・レディング(21)
レディアノール王国第二王子。さらさらの金髪に青色の目。
穏やかで優しい王子様。男色家の噂があるが全くの誤解。