おまけ 筋肉一族の祝福
パーシヴァル・レディングは、緊張の面持ちでソファに座っていた。
「なるほど。殿下がうちの娘を……」
「驚きではあるが、大変光栄に思います、殿下」
「さすが殿下、お目が高いですね! うちの従妹は可愛くて気立てがよくて優しくて、最高の嫁になりますよ!」
「そうそう! それに働き者の努力家ですから、絶対に後悔しません!」
「ああ……ついにサンドラ姉様が嫁いでしまうのか……寂しいなぁ……」
「……ありがたい」
パーシヴァルは、ぎこちなく微笑んだ。
ここは、エドモンズ伯爵邸。
伯爵の姪であるサンドラと結婚するために、彼は王都からはるばる伯爵領にやってきてサンドラの父と伯父、またその従兄弟たちに挨拶をしていたのだった。
なお、妖精の血のことや魅了の力のことは極力広めたくないので、伯爵たちには「熱で倒れたところをエドモンズ嬢に助けられたことで、恋に落ちた」と説明している。万が一のことがあったときに、伯爵家を巻き込むのを防ぐためでもあった。
今サンドラは席を外しており、パーシヴァルとお付きのロイドだけでエドモンズ伯爵家の男性たちと対峙していた。
……そう、今のパーシヴァルたちはまさに、戦場で強敵と対峙しているときのような気持ちであった。
それは、いきなりの一目惚れ(設定)で大切な娘をもらい受けることに関する緊張と後ろめたさというのもある。だが、それだけではない。
サンドラの父と、伯父と、従兄弟三人。
皆、エドモンズ伯爵家の男子でありこの伯爵領で生まれ育った、生粋のエドモンズ男子。
つまり五人とも例外なく、でかい。
それはもう、騎士団で鍛えており自分の筋肉にそこそこ自信のあったパーシヴァルのプライドがぽっきりへし折られるほど、でかくて筋肉増し増しだった。
エドモンズ領の男性はどいつもこいつも筋肉もりもりに育つという謎の傾向があるということは、サンドラから聞いている。
そしてこの屋敷に到着する前に馬車に乗っていて見かけた一般市民の男性たちはもれなく、ムキムキだった。大工仕事をしている者などはともかく、大通りで弾き語りをしている吟遊詩人やカフェの店員でさえムキムキだった。
もちろん屋敷の使用人もムキムキで、お仕着せがはち切れそうになっているので思わずまじまじと見てしまい、ロイドに「前を向いてください」と突っ込まれた。
……そんな彼も、「郵便でーす!」と郵便物を持ってきた配達員のムキムキ少年を二度見していたが。
だが、伯爵家の男たちはその比ではなかった。
サンドラの父と伯父は四十代後半くらいだろうが、岩石のように頑強な筋肉を持っていた。
第二王子の訪問ということで礼服を着ているが、深呼吸すれば礼服が真っ二つに裂けそうなほど固い筋肉が詰まっているのが見ただけで分かる。
そして、サンドラの従兄弟たち。
彼らは二十代後半と二十代前半、十代半ばということでまだ若い。筋肉も、ピッチピチのムッチムチだ。
なるほど、とパーシヴァルは乾いた笑みを浮かべる。こんな家族たちに囲まれて育てばそりゃあ、パーシヴァルごときの筋肉なんてまな板同然だろう。妖精の血による憎き魅了の力も、二十年間の筋肉生活による「慣れ」には勝てなかったようだ。
しばらくして、サンドラが母親と伯母を伴って戻ってきた。
サンドラの母はもちろんのこと、筋肉三兄弟の生母であるはずの伯母もまた、折れそうなほど細い体を持つ女性だった。よくこの細腕であの三兄弟を産み育てたものである。
……そういえばエドモンズ伯爵家は女児が生まれにくく、サンドラが生まれたときにはお祭り騒ぎになったそうだ。
なるほど、この生きる岩石のような男たちの一族にサンドラのような可憐な娘が生まれたらそれは確かに、祭りになってもおかしくないだろう。
そんな、伯爵家からすると宝物に等しいサンドラではあるが、伯爵たちはパーシヴァルの申し出を快く受け入れてくれた。
「助けてもらったときに一目惚れしたから」なんて我ながら安っぽい理由だが、マッスルスマイルをもって承諾してくれた伯爵たちには感謝の言葉しかない。
「伯父様、お話は終わりましたか?」
「おお、サンドラか。もちろん、私たちはおまえとパーシヴァル殿下の婚姻を祝福するよ」
「おまえが兄上の養女になるというのは少し寂しい気もするが、俺たちの家族の絆が断たれるわけではないからな。心置きなく、王子妃としての役目を果たしてきなさい」
「頑張れよ、サンドラ!」
「おまえなら、立派なお妃様になれる!」
「応援しているよ、サンドラ姉様!」
「皆……ありがとう」
サンドラはむさ苦しい男たちにむさ苦しいエールを送られて、じんっと感動しているようだ。
それをよそにそそっと寄ってきたサンドラの母と伯母が、パーシヴァルに向かって頭を下げた。
「むさ苦しい男たちで、申し訳ございません」
「サンドラはそのようなことはなくとても明るくて前向きな子なので、どうぞよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
……もしかすると、よそから嫁いできたサンドラの母や伯母も、この筋肉領に対して思うところがあるのかもしれないが、ただ笑顔で挨拶をするだけだった。
そこで伯爵が立ち上がり、パンパンと手を叩いた。
「……では、可愛い姪の門出を祝い……おまえたち! あれをしなさい!」
「はい!」
「おう!」
「了解!」
父親の号令を受けて、筋肉三兄弟が立ち上がった。……何をするのだろうか。
わらわらと動き始めた筋肉たちを前にパーシヴァルが固まっていると、サンドラが近づいてきて耳打ちをした。
「パーシヴァル殿下、ロイド様。どうぞこちらに」
「え? あ、ああ」
「エドモンズ嬢。今から一体何が始まるのですか?」
「……その。うちの領地に伝わる伝統というか……なんというか……」
サンドラは何やら口ごもっており、壁際に移動していた彼女の母や伯母も遠い眼差しで天井のシャンデリアを眺めている。
ひとまずサンドラに促されてソファから壁際に移動すると、配置についていた三兄弟がさっとポーズを決めた。
「ではこれより、我々三兄弟による祝福の舞を披露し、可愛いサンドラのはなむけとする」
「皆様、どうぞご鑑賞ください」
「題名は、『エドモンズ伯爵家三兄弟による筋肉の舞~サンドラのために~』」
三兄弟が順に言い、いつの間にかリュートと横笛を手にしていたサンドラの父と伯爵がそれぞれの楽器を構え、何やらエキゾチックな音色を奏で始めた。
その旋律に乗せて、筋肉たちが踊る。
舞う。
宙に跳ぶ。
おーおおおー、おおおーおおー……と低い歌声と共に舞を披露する三兄弟を、パーシヴァルはなんとも言えずに見守っていた。
隣のロイドもまた、死んだような目で見守っている。
なおサンドラは大好きな従兄弟たちによる催し物だからか、酸っぱいものを食べたかのような顔になりながらも黙ってその舞を見守っていたが、母と伯母は顔を手で覆い、肩を小刻みに震わせていたのだった。
「……ええと、ですね。父も伯父も従兄弟も皆、いい人なのです。本当にいい人たちばかりなのですよ?」
「大丈夫だ、サンドラ。分かっているとも」
「ただ、その……筋肉に対する執着心がとても強いというか……たまに筋肉に脳を支配されているのではないかと思われるときがあるというか……」
「大丈夫だ、サンドラ。ちゃんと、分かっているとも」
帰りの馬車では、そんなやりとりがなされたのだった。
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